「それにしても、ほんとに驚いたよ。いつオセオンからこっちに来たの?」
ロディの自宅に場所を移して、旧交を温めるやりとりは続いていた。イズクたちの旧友というだけで興味津々だったエイジロウたちだが、相手がリュウソウ族ともなればその感情は天元突破しかかっている。それにあてられて、ロディは苦笑気味に応じた。
「半年くらい前だな。っつってもオセオンの中であちこち移動はしてたけど。──で、お前らは未だにドルイドンと戦ってんの?」
「もちろん!かっちゃんも僕もあれからさらに腕を磨いたし……まあ僕はまだまだだけど……何より、リュウソウジャーが六人になったんだ。遠くない将来、必ずこの世界に平和を取り戻してみせるよ!」
イズクが自信に満ちた笑みを浮かべてそう告げる後ろで、ロロとララにくっつかれているカツキがけ、と毒づくのがわかった。ふたりとも確かに成長はしたようだが、中身は相変わらずのようだ。尤も自分も、偉そうに人を品評できるほどできた人間ではないが。
「で、その一環として西へ行きたいって?」
「一環……ま、まぁそうだね。それで、きみたちの力をまた借りたいんだ。お願いできないかな?」
「そりゃもちろん大歓迎だぜ、なんたって運び屋だからな。とはいえあの峡谷を越えるとなるとお代はそれなりにいただくことになるけど」
「いくら?」
「10万ユール」
ユール?エイジロウたちが首を傾げるのに対し、イズクはというと、
「……高すぎる……!」
「……」
「………」
「……ふっ、はは。はははは!」
「ふふふふ……っ」
睨みあったかと思うと急にふたりして笑い出したので、皆は尚更戸惑った。そのやりとりの意味がわかるのは、当人らを除けばカツキくらいなもので。
「はは、まァ実際には……こんくらいだな」
さらさらと紙に計算を記しつつ、提示する。それでもなかなかの金額に、イズクは顔を顰めた。
「……もう少し安くならない?」
「おいおい、こっちは速さと安心安全の保証付きでこのお値段なんだぜ?いくらトモダチでも、これ以上はまけらんねえよ」
「……だよね、はぁ」
懐に余裕があるわけではない一行である。というか旅するにあたって大量の金子など持ち歩けないので、どうしても宵越しの金は持たない主義になってしまうのだ。
そのあたりの事情は、自分たちも流浪していた身であるから一応把握しているロディである。一応は旅人向けの商いであるから、金額もぎりぎりの線を攻めているつもりだ。
「どけや、クソデク」
「!」
と、ここで難敵が現れた。ロロララ兄妹を振り切ってテーブルについたカツキは、見積メモを睨むなり即座にこう言った。
「安心安全は要らねえし、てめェにゃ期待してねえ。どうせろくでもねーことが起こるに決まっとる。だから三割まけろ」
「おいおい、そりゃあんまりだぜカッチャン……」
「か、かっちゃん!いくらなんでも三割は……ロディだって商売なんだし──」
「原価考えたらぼったくりも良いとこだろーが」
そこを突かれると弱いロディである。まあ元々、彼らと本気の価格交渉をしようなどという気はない。一応、こちらのやり方というものを見せただけだ。
「……オーケーそれでいこう。ただし出発は明日な、ピノも休ませてやらにゃならん」
「ま、しょうがねえ。明日の日の出にまた来る」
そう言って立ち上がると、カツキはさっさと家を出ていく。旧交を温めると上述したが、彼に対してはおよそ通じない言葉である。ロロたちの「泊まっていけばいいのに」という投げかけにもまったく後ろ髪引かれる様子はなかった。
「あ、僕は泊まっていっていいかな?話したいことがまだまだあるんだ」
「良いぜ。ただし宿泊代、追加な」
「抜け目ないな……わかったよ」
苦笑するイズク。一方、ここまで置いてけぼりのエイジロウたち。
「お生憎、お客さん用のベッドはひとつしかないもんでね。あんたらも用が無いなら帰りな、ここの宿屋はそこそこのもんだぜ」
「お、おう……。じゃあまた明日……」
入り込む余地もない。イズクを除く五人は結局、カツキのあとについて辞去するしかないのだった。
「にしても、まさかこんなとこで仲間に出逢うとはなぁ」
ロディの教えてくれた宿屋への道すがら、エイジロウはそんなつぶやきをこぼした。リュウソウ族は人間とは比べるべくもないほど人口が少ない。まあ異なるのは寿命の長さと身体能力くらいで、外見は一緒だし、ショートを見ればわかるように交配も可能なのだ。案外その辺の旅人が実は、ということもあるのかもしれないけれど。
「でもロディさんたち、見るからに西方の国の人って外見でしたね。リュウソウ族にも人種とか、あるんですか?」
「えー、どうなんだろ……なぁ?」
「どうなんやろ……なぁ?」
「ムッ!?……ぼ、俺は特に聞いたことはないが、混血の関係でそうなることはあるんじゃないか?たとえば髪色ひとつとっても、ショートくんは紅白に分かれているし、カツキくんは白金色だろう」
リュウソウ族と人間の違いといえば、血統の濃さも挙げられる。だからリュウソウ族の母と人間──数十分の一はリュウソウ族の血も入っているが──の父の間に生まれたショートはリュウソウ族の特徴を完全に有している。そのため血縁が濃くなりすぎることを嫌い、人間の里で暮らし、人間と結ばれる者もいた。ロディの先祖もそうだったのだろう。
「そういやカツキ、オセオンで巻き込まれたっつー大きな事件って、どんなんだったんだ?」
「あ゛ー?」立ち止まりつつ、「別に。病巣取り除いてやっただけだわ」
「病巣?ロディくん、病気やったん?」
「違っげえわアホ、ボケ、カス」
「言い過ぎちゃう!?」
「まったくきみというヤツは……。──しかし、きみにもああいう友人がいて安心したぞ!」
「ロロとララだったか、あのチビたちにも懐かれてるみたいだしな」
「ッッざっけんな!!ダチじゃねーし懐かれてもねーわ!!」
「イイじゃねーか。おめェの漢らしさは万国共通、わかるヤツにはわかるってもんだぜ!」
エイジロウに無理矢理肩を組まれ憤慨するカツキ、その姿を前に微笑む仲間たち。新天地へ向かおうという前夜でも変わらぬ、ささやかな日常の光景だった。
*
そして、すっかり日が暮れた頃。
「はぁっ!」
「ッ、おっと……!」
静かな川辺に、剣戟の音が響いていた。リュウソウケンを構えるイズクと、それには劣るが立派な長剣を振るうロディ。いずれも素早く柔軟な身のこなしで、一歩も譲ることがない。
「おにいちゃん、まけないでー!」
「デクさんもがんばれー!」
「Pi〜!」
無邪気な応援の声が響く。既に勝負は佳境だった。イズクが一気に距離を詰めようとする。
そこに、
「ようこそ、──喰らいな!」
「うわっ!?」
鋒がかっと光を放つ。不意打ちに思わず目を瞑るイズク。それこそ、ロディが待ち望んだ瞬間だった。
「おらぁッ!!」
「──!」
獲物の脳天めがけて、刃を振り下ろす──!
──しかし、
「……ッ!?」
息を呑んだのは、ロディのほうだった。
目を閉じたまま振るわれた一撃が、彼の剣を弾き飛ばしてしまったのだ。
飛翔した剣が、そのまま川面に突き刺さる。目を丸くしたロディは……ややあって、両手を挙げて降参の意を示した。
「……俺の負け。あーあ、相変わらずベイビーみたいなツラしてクソ強いな、デクは」
「まだまだだよ、僕なんて。それにロディもさらに動きが良くなったじゃないか。身体も前よりがっちりしてるし」
「へへっ。おかげさまで食糧事情も改善したしな。今ならカッチャンのカッコしてもサマになると思うぜ?」袖を捲って力こぶを見せつつ、「……ほんと、今の俺らがあるのはおまえとカッチャンのおかげだよ」
そう──イズクたちと出逢うまで、ロディたちきょうだいは流浪に流浪を重ね、とにかく死なないためだけに生きてきた。ロディに至っては、弟妹を養うためにと非合法の仕事にまで手を出していたのだ。そのために、
「確かにあのとき、僕らはきみたちを救けた。でもそれからのことは、間違いなくきみたちが自分の手で掴んだものだ。誇って良いんだよ、ロディ」
はにかみながらもそう断言するイズクは、年下で、口にもした通り赤ん坊のような顔をしているくせに、随分と大人びて見える。胸が詰まるような気持ちを誤魔化すために、ロディは努めて戯けた笑顔をつくった。
「わーってるっての。別に全部が全部お前らの手柄だとは言ってねぇしぃ〜」
「うぐっ、相変わらず辛辣……」
辛辣なのは幼なじみで慣れているはずなのだが、彼とはまた方向性が違うので、これはこれで刺さるのだった。
「さぁて、腹ごなしも済んだし、とっとと風呂沸かしますかね。ロロ、ララ、手伝え」
「「はぁーい!」」
「あ、僕も手伝うよ!」
小柄とはいえ、並みの男よりは腕力のあるイズクである。川からの水汲みなどは十八番だった。尤も手先はあまり器用ではないので、その他の仕事はロディたちきょうだいの領分だったが。
*
翌朝。エイジロウたちが再び訪れた頃には、既に出立の準備が完了していた。
「お待ちシテオリマシタ、お客サマ。ピノ航空が快適な空の旅をお約束イタシマ〜ス」
「「イタシマ〜ス!」」
「Pi!Pi!」
「いいから早よしろや、ひと晩待ってやったんだ」
カツキの容赦ないひと言に唇を尖らせるロディ一家。ピノも怒って威嚇しているが、彼の背にはしっかり固定された座席が複数設置されている。
「俺たち、背中に乗るのか」
「そりゃそーだろ。まさか足にぶら下がって飛ぶと思った?」
「いやそうではないが……我々全員が乗ったらかなりの重さになるが、大丈夫なのか?」
「大丈夫!」ロロが自信満々に言う。「ピノは力持ちだし、積載可能重量はちゃんと計算して試行もしてるからね」
「せ、セキサイカノー……?」
「ガキにアタマ負けてんぞ、丸顔」
「ロロくんは賢いからね。……あぁいやオチャコさんが賢くないって意味じゃなくてっ!」
「……いいもん、どうせ私は脳筋の騎士だもん……」
いじけてしまったオチャコにイズクが平謝りするひと幕もありつつ、一同はピノの背に乗り込んだ。ロディが一番先頭のシートに座る。船の舵輪のようなものが首のあたりにくっつけられていて、どうやらそれでピノの進行方向を制御するらしかった。
「ピノの体調、よし!」
「進行方向の天候、よ〜し!」
「障害物、ナシ!」
「お客サマがた、
「え──」
「──Go!」
それは形式的な問いでしかなかったらしい。ピンク色の翼を広げ、ピノが地を蹴る。羽ばたきとともに身体が地上から離れ、ぐんぐんと上昇していく。
「うおぉぉぉぉ──ッ!?」
「飛んでいる!僕ら、飛んでいるぞ!!」
「み、耳がキーンってするぅぅぅ──」
さらには強烈な突風までもが襲いくる。一行の身はベルトで椅子に固定されているのだが、それでも放り出されてしまうのではないかという本能的な恐怖は免れない。
結局、ピノが上昇をやめて姿勢を水平にしたのは、村の家々が豆粒のようになってからだった。
「すげぇ、やべえな」
「……王子と思えない語彙力になってますよ」
呆れるコタロウの傍らで、膨らんだ荷物入れがぶくぶくと動く。それを見つけたロロが訊いた。
「そういえばこれ、何が入ってるの?動いてるけど」
「ああ、それは──」
そのときだった。がま口を強引にこじ開けて、恐竜ヘッドが飛び出してきたのは。
「ティラァッ!!」
「うわぁ!?」
ロロがのけぞるのも無理はなかった。小さくとも迫力満点のティラミーゴである。まあ座席に固定されているおかげで、落ちたりする危険はないが。
「高いティラ!みんな見るティラ!!」
「どれどれ……ムゥッ、こ、これは!?……俺は好かん!!」
顔を出したかと思うと即座に引っ込むディメボルケーノ。他の騎士竜たちの反応も様々で。
「騎士竜か、まァた一段と賑やかになったな。でもなんか小さくねえ?」
「リュウソウルの力で小さくしてるんだ。ずっとってわけにはいかないけど、こういう必要なときには一緒に行動できるし」
「なるほどなァ。ピノ、おまえもあとで小さくしてもらうか?たまには肩乗りたいだろ?」
「Pi!」
嬉しそうに鳴くピノ。身体が大きくなっても、その性質は変わらないらしい。一方ティラミーゴたちはティラミーゴたちで、早速ロロやララに可愛がられている。空の上ということで、少なからず皆はしゃいでいるのだった。
空、といえば。エイジロウはふと、さらに上空を見上げた。雲や紺碧の空が、いつもよりずっと近い。
「なぁロディ、おめェらっていつも空飛んでんだよな?」
「まァ、そうやって人やモノを運ぶのがオシゴトなもんでね」
「じゃあ、空に浮いてる神殿、見たことねえか?」
「神殿?」
首を傾げるロディ。訝しげなその表情は、既に答を言っているようなものだった。
「そいつは雲の遥か上にあるんだろーが、この高さじゃ地上から見んのと変わりゃしねーわ」
「そっかぁ……そうだよな」
「よくわかんねえけど、そんな重要なもんなのか?」
「おう。魔法で異次元に封じられちまった俺らの村を、もとに戻すために必要なんだ」
「!、……なるほど、そりゃ重要だなァ。悪ィな、力になれなくて」
「いや謝られることじゃねえって!……大丈夫、必ず俺らの力で見つけ出してみせる!」
この先の旅もきっと厳しいものになるだろうが、きっと乗り越えてゆける。幾多の戦いと、出逢いと別れとを繰り返し、エイジロウはそう確信を深めていた。今もこうして、地と地の繋がりを断つ無限の亀裂の上を飛翔しているのだ。
「あんがとよロディ、なんかおめェのおかげで自信増したぜ!」
「へ?あ、あー、そりゃどうも……なんか暑苦しいな、コイツ。いつもこうなの?」
「最初っからだわ」
「ふふ、それがエイジロウくんの良いところだよ」
「あぁそう……。──ま、上も良いけど下もすげぇぜ。それこそ恐竜が眠ってそうだろ?」
「ほんまや、あの下どうなっとるんやろ……」
「すげぇな……」
「ききききみたち、よく覗き込めるな……。ぼ、俺はもう……」
そんなこんなで皆が賑やかに過ごしている中、最後尾にいるロディの妹・ララは舟を漕ぎはじめていた。まだ幼い中でがんばっているから、じっとしているとすぐに眠たくなってしまう。これは仕方のないことだった。
そんな妹を微笑ましげに見つめると、ロロは反対方向を見遣った。そこに座っているのは、外見上は自分と同じくらいの年齢の少年で。
「ね、さっきからそれ、何書いてるの?」
「!、あー……記録」
「へー!面白いことするね、きみ。名前なんだっけ?」
「コタロウ、です」
「コタロウ、よろしく!ところでなんで敬語なのさ。僕ら同い年くらいだろ?」
「……おいくつで?」
「僕の歳?108!」
コタロウは嘆息した。まあ肉体の成熟度でいえば確かに同等なのだろうが、人間の108歳は人生の先輩というにもおこがましい皺くちゃのおじいさんである。
「僕、リュウソウ族じゃないから……まぁタメ口でいいならそうするけど」
「へっ、リュウソウ族じゃないの?じゃあ人間?どうしてリュウソウ族の旅に同行してるの?イズクさんたちとどこでどう知り合ったの?ところで記録ってどういうこと?」
「ちょっ……いきなり質問攻めかよ」
このロロという少年、自分と少し似た匂いを感じていたらこれである。賢いというのは、周囲や世界のことに強い関心を払えるということでもある。それは標的にされた者にとって傍迷惑な場合もあるのだが、彼はそれを知らないか、忘れてしまっているようだった。
ひとつひとつ答えてやるか適当にやり過ごすか、コタロウが思案していると、眠っていたララが不意にむずかるような声をあげた。
「ん、んんぅ……」
「!、ララ、どうした?」
ロロの注意が再びそちらに向く。これ幸いと思ったコタロウだったが──残念ながら、事態はより災厄というほかない状況へと転がりつつあったのだ。
「あ……」ララが目を見開き、「なんか、くる……こわいのが……!」
「え──」
「──にいちゃん!」
「……ああ」
何がなんだかわからないうちに──ロディの頬に、冷や汗が伝っていた。
「わりィな、カッチャン。あんたの言った通りになっちまったみたいだ」
「あ?」
「──来るぞ」
陽光を遮るように現れる、巨大な影。思わず天を仰いだ一同が目の当たりにしたのは、
「ガアァァァァ────ッ!!」
ピノよりひと回り以上も巨大な、悍ましい怪鳥だった。