朦朧としていた意識が、次第に鮮明になっていく。温かな感覚が肌を撫でる感覚とともに、コタロウはゆるゆると目を開けた。橙色に照らされた、峻険な岩肌が視界に入る。
上半身だけを起こすと、足元にぱちぱちと火が焚かれているのが見えた。勢いが衰えないよう薪が下に敷かれており、明らかに人為的なものであることが伺える。
「ん、うぅ……」
「!」
傍らから、むずかるような声がする。そちらを見遣ると、ロロとララが、自分と同じように寝かされている。
「ロロ、ララちゃん、起きて」
「ん〜……」
「起き、ろって!」
まだ本調子でない喉を精一杯振り絞ってがなると、ふたりがまったく同時にぱちりと目を開けた。
「にいちゃんごめん寝坊し、た……って、アレ?」
「コタロウくんだぁ……」
「……そうですよ、はぁ」
ふたりがあっさり覚醒したことで、ひとまず胸を撫でおろす。そうして頭が冷えたところで、今に至るまでの顛末に考えを巡らせた。
──マイナソーの襲撃を受け、流砂の穴へと落とされた。改めて考えると、アリジゴクのようなやり口だ。ならばそのまま食べられてしまうということもありえたと思うのだが、現実にはそうなっていない。
そして何者かが灯したであろう、火。いったい、誰が?
そのときだった。彼らの背後でがさりと何かが動き、小石がからからと転がってきたのは。
「ッ!」
咄嗟に立ち上がり、身構える。危機管理にはコタロウ以上に慣れているロロとララもまた、同様だった。
「目が覚めたようだな、坊やたち」
そう声をかけてきたのは、当然ながらマイナソーではなかった。
全身をすっぽり覆うような厚手のマントを纏い、フードを被った大男。その口元はマスクで覆われていて、鋭い眼光を放つ三白眼だけがかろうじて布と布の隙間から露になっていた。
「……あなたは……?」
コタロウが尋ねる。敵意は感じない相手だったが、ロロたちは未だ警戒を解いていないようだった。
「俺はメゾウ。もう長いこと、この地下迷宮に棲んでいる」
「ちか、めいきゅう?」
「そう。ここはその一部だ」
コタロウたちは思わず天を仰いだ。と言ってもそこには一片の欠損もない、分厚い岩壁の天井が広がっているばかりだが。
「あの怪物に襲われて、ここに落とされたんだろう。災難だったな」
「!、マイナ……あの怪物のこと、ご存知なんですか?」
「ああ。──俺の仲間が気を揉んでいる。詳しく説明するから、ついてきてくれ」
そう指示して、メゾウと名乗った男は踵を返した。コタロウはそれに従うことやぶさかではなかったが、ロロは未だ警戒を解ききっていないようだった。結局彼は、ララが特に悪意を感じとっていない様子であることを認めて、それでも渋々という形でついてきたのだけど。
「あの、貴方がたはなぜ、こんな場所に住んでるんですか?」
移動の途中、コタロウが訊く。それに対し、
「それも、着いたら話す。いや……自ずとわかるだろう」
「……?」
何か事情がありそうだった。それに比べれば詮無いことだが、このメゾウという男、体格に比してもやけに肩幅が広い。マントに覆われているせいで見えないが、何か大きな装飾品でも身につけているのだろうか。
そうこうしているうちに、燈火によってあかるく照らされた、大きな空間に出た。
──そこに佇む複数の人影に、少年たちは思わず息を呑んだ。
彼らは皆、人間であって人間でない──異形の怪人とでも言うべき姿をしていた。それも、根本から人間とはまったく異なる姿かたちをしている、ドルイドンたちとも違う。動物やあるいは得体の知れない化け物が人間になり損なった、あるいは人間に動物などの因子を組み込んだのか。そんなふうに、コタロウには思えた。
「驚くのも無理はない」
少年たちの驚愕と不安を見透かしたように、メゾウが言う。
「そしてきみたちの反応が、我々がこの地下迷宮に潜む理由そのものだ」
「……あなたたちは、人間、なんですね」
確認するように問うと、「おそらくはな」という返答が返ってきた。
「我々は皆、ヒトの血筋でありながら、ヒトでない部分をもって生まれてきてしまった人間だ。彼のように、虎の顔と毛皮をもつ者、彼女のように、名状しがたい姿かたちをしている者……──そして、」
不意にメゾウが、マントを脱いだ。そこに隠されていたものに、コタロウたちは息を呑んだ。
やけに広いと思っていた肩幅、その正体が明らかにされた。
コウモリの翼だと思ったそれは、皮膜に覆われた筋肉組織だった。本来なら左右に一本ずつしか存在しないはずの腕が、肩口からもう二本ずつ伸びている。皮膜を通じて、それらがつながっているのだ。
「俺もまた、そんな化け物のひとりだ」
その言葉を、コタロウは否定できなかった。
*
一方、空の下でほとんど身動きがとれずにいたリュウソウ族の若者たちはというと。
「……不愉快……」
目を眇めながら、ロディがぼやく。彼に限ったことでなく、一行は皆びしょ濡れになっている。コタロウたちのように避難場所もなく、彼らはスコールを浴び続ける羽目になったのだ。
「と、とりあえず、乾かすぜ!」
エイジロウがカワキソウルを使用し、皆の身体を乾かしていく。濡れっぱなしよりはマシだが、釈然としない気持ちは変わらない。
「チィッ……!いつまでもこんなところにいられるか!」
案の定癇癪というか、フラストレーションを盛大に爆発させたのはカツキである。とはいえ、彼がそういうことを言い出すのは彼なりに打開策を見出した場合だけだ。尤も、それが無理を押し通すものである場合も多いのだが──
「飛び降りんぞ」
「は!?」
当たり前のように言い放つカツキに、ロディは阿呆を見る目を向けた。
「あんたさあ……いくらリュウソウジャーだからって、この高さから落ちたら潰れたトマトみてーになるのがおちだぜ?落ちだけに、ってな」
「殺すぞ」
「うわ怖っ!……なんか手立てがあんのかよ、デク?」
「なぜ僕に振るの……」訝しげな表情を浮かべつつ、「ヤワラカソウルを使う、とか?」
「ハイ正解、ナードくん」
ニィ、と、カツキは悪戯っぽく笑った。
皆で崖っぷちぎりぎりに立ち、改めてその下を見下ろす。隙間風が音をたてて吹いている。かろうじて、視認できる程度の地面。
「ほ、本当に大丈夫かこれ……?」
ロディが引きつった笑みを浮かべる。普段空を飛んでいるといっても、空中に身を投げ出すような自殺行為はしない。当たり前の話だ。
「大丈夫、そのまま飛び降りるわけじゃないんだ。オチャコさんのカルソウルで、少しでも地面に接近する」
尤もカルソウル、放っておくとふわふわ浮いていってしまうため、降下の度合いはたかが知れている。あくまで気休め程度だ。
「じゃ、いっくよー!──カルソウルっ!」
オチャコのリュウソウケンが光を放ち、リュウソウルの効果を範囲内に浸透させていく。少年たちの身体が、不随意にふわりと浮き上がった。
「うわっ、なんだこれ」
「身体にかかる重力を軽減したんだ。さあ、今のうちに──」
「泳げ、泳げぇ!!」
次の瞬間には皆、谷底に向かって泳ぎ出していた。空中で手足をばたつかせながら進むわけだが、上昇しようとする力に抵抗する形なので大変効率はよろしくない。わかっていたことではあったが、カツキなどはぐぎぎと歯を食いしばっている。
「そろそろっ!効果がっ、切れるんじゃないかっ!?」
「うん……!──ヤワラカ、ソウル!」
水色のぷにぷにした表皮に覆われたリュウソウルが、リュウソウケンに装填される。
『ヤワラカソウル!スルスルッ!』
カルソウルの効果が切れると同時に、今度は彼らの全身が骨を失ったかのようにぐにゃぐにゃになった。同時に硬い岩肌そのものだった地面も、変化にあわせて波打っているのがわかった。
「うおぉぉぉぉ──!?」
墜落の勢いが増す。ロディは雄叫びをあげ、反射的に瞼をぎゅっと閉じた。
──ばいぃん、
「……!?」
痛みはほとんどなかった。柔らかくなった身体が柔らかくなった地面に接触し、ぼよんと跳ねる。そんなことを何度か繰り返し、彼らはようやく定着した。
「ふいぃ……みんな、怪我ねえか?」
「うむ、問題ない!」
「ロディも大丈夫?」
「んん……まぁ、肉体的には」
ぽりぽりと頬を掻きつつ、ロディは立ち上がった。尤もカツキのほうが先んじていたが。
「おら、とっとと行くぞ」
「あ、待ってくれよ!」
コタロウたちのもとへ向かうべく、一行は走り出した。彼らは当然、地下迷宮の存在を知りはしなかったが。
*
「これ、よかったら食べて」
「これも食べな、まだまだたくさんあるよ!」
怪人たちの里から動けずにいるコタロウたちはというと、次々勧められる食べ物を「もうお腹いっぱいです」と丁重に断っている真っ最中だった。
「遠慮しないで、自分たちのぶんはちゃんと残してあるから」
「いや、遠慮じゃなくて、ほんとうに……」
「うぷっ……ララ、あと食べて」
「えぇー、ララふとっちゃう……」
一番小さいはずのララが地味に一番食べているのはこの際置いておくとして、コタロウは母が死んでから親類の家に預けられていた頃を思い出した。これから成長期だからと、毎食これでもかというほどの量を食べさせられた。この人たち実はカニバリストか何かで、自分を太らせて食べるつもりなのではないかとか要らぬ心配をしていたものだ。幸い体格はさほど変わらず、上背が伸びる方向に作用したので結果的にはありがたかったのだが。
「皆、その辺にしておけ。彼らが困っている」
両肩から腕を三本ずつぶら下げたメゾウの言葉に、皆ははっとした様子で遠ざかっていく。
「すまん。皆、外部の人間、それもこちらに敵対的でないものと接触するのは久しぶりなのでな。浮かれているんだ」
そう言うメゾウはこの集落において、リーダー的な役割を果たしているようだった。とはいえ偉ぶっているわけでなく、こまめに動き回っては小さな困りごとなどへの手助けを行っているようだった。
そして、ここに棲む人々もまた、容姿にさえ目を瞑れば善良な者ばかりだというのに。
「皆、生まれもここに流れついた事情も完全にではないが、おおむね同じようなものだ」
「!」
コタロウの思考を見透かしたように、メゾウが告げる。
「迫害、ですか?」
「難しい言葉を知っているな」
「子供扱いしないでください、おじさん」
「おじっ……!?」
冷静だったメゾウが初めて動揺を見せた。聞き耳を立てていた者たちがなぜかくすくす笑っている。悪意のある呼称ではなかった──実際にそれくらいの年齢だと思ったのだ──のだが、おじさんと言うにはまだ若いのだろうか?
「ゴホン!……ともかくそういうことだ、程度の差はあるがな」
程度──それがとりわけ顕著なものであったのだろう、メゾウの鋭い瞳が憂いを帯びる。グロテスクにも見える枝分かれした腕に、先ほど食事の際だけ露出させていたぐわっと裂けた口。なるほど姿かたちだけ見ればドルイドン以上に恐れられても仕方がないかもしれない。しれない、けれど。
「どんな姿をしていようが、同じ人間なのに」
「……そう思ってくれる人ばかりだったら、僕らも──」
コタロウのつぶやきに反応したロロは、途中ではっとしたように口をつぐんだ。そんな兄の顔を、ララは心配そうに見上げていた。
『きみらにも、何かあるのか?』
「!」
副腕の先端からぬっと口が飛び出してきて、ロロに訊いた。ただ腕が複数あるだけでなく、副腕には手がない代わりにこのように身体の器官を再現できる能力があるらしい。便利だが使いこなすのは難しそうだなぁというのが、フラットなコタロウの見立てであった。
「僕と妹、あとここにいないけど兄は、見た目は普通だけど……やっぱり、事情があって。ずっと放浪の旅を続けてるんです。同じ場所に、長くいられないから」
詳細は伏せて、ロロはそう答えた。実際、十年経っても少ししか成長しない子供など人間には気味が悪いだけだ。ひとつの地に留まれるのはせいぜい二、三年だった。
「そうか。誰しも皆、当人にしかわからない辛苦や懊悩はある。似たような境遇でも、皆、捉え方や反応は様々だ。きみたちのように、それでも俗世の中で力強く生きていくというのもひとつの在り方ではある。しかし──」メゾウの目に力がこもる。「──そんな選択をせずとも自由に生きてゆける世界が良いと、俺は思う」
しん、と場が静まりかえった。少なくともそれだけは、この場にいる皆の願いだった。彼らはそんな世界を夢見ながら、この暗く寒々しい地の底でひっそりと暮らしている。
「……すまない、あの怪物の話がまだだったな」
確かに今、喫緊の課題はそれだった。
「アレはドルイドンの一味によるなんらかの行為によって、我々の仲間の身体から生み出されたようだ」
やはりクレオン、ここにも来ていたのか。身体を液状化させて地下だろうと建物だろうと潜り込める彼の能力は、戦闘向きでないながらリュウソウジャー、いや、世界にとって大いなる脅威にほかならない。
「その仲間の方は、今どうしてますか?」
「……意識が判然としない。ただ、延々とうわごとを発している」
「"どっち"──ですよね」
「!、よくわかったな」
「あの怪物……マイナソーと言いますが、宿主となった人間の最も激しい欲求や執着を鳴き声として表します。あの姿も──」
思い出される、ライオンの上半身と、アリの下半身をそのまま繋げたような姿。何も手を加えていないからこそ、かえってグロテスクに感じられた。
「彼は、まだここに流れついたばかりだった。その容姿ゆえか、早くに親に捨てられた彼は、己のルーツがわからないと常々言っていた。人か獣か、自分は果たしてどちらなのか──」
「………」
この地底世界においてそれは共通する懊悩で、互いに心を開陳しあうことで皆、その隘路から脱出しようとしていた。しかし新入りの彼には、まだそれがなくて──
「でも……このままマイナソーにエネルギーを吸われ続けたら、その人は死んでしまいます」
「……やはりそうか、確かに衰弱が続いている。なんとかしなければと思っていたが……やむをえんな」
そう言うと、メゾウは立ち上がった。人々に目配せをすると、そのうちの数人が頷き立ち上がる。皆男女の別なく、メゾウに負けず劣らずの屈強な体格をしていた。
「これより怪物──マイナソーの、討伐に赴く!」