【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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28.レッド・ライオット 2/3

 

 マイナソーの宿主となった少女は、ミナというらしい。彼女は旅の芸人一座に踊り子として所属しており、看板娘でもあったと。

 

「どうかミナを、あの娘を救けてやってください……!」

 

 座長の懇願は当然、無条件に受け入れるとして。ただ今は、様子のおかしくなったエイジロウのことも気にかかっていた。

 

「エイジロウくん、なんであんなことを……」

 

 珍しく苦々しげな表情を隠そうともせず、イズクがつぶやく。カツキでさえしないような狂暴性を露にしたばかりか、人質ごとマイナソーを攻撃しようとした。普段のエイジロウなら、絶対にありえない行動。以前のカツキのような、自分なりの信念があったとも思えない。

 

「あいつ、俺を庇って、マイナソーの尻尾に刺されたんだ。異常はそのせいに違いねえ」

「刺した相手を狂暴化させる毒……でしょうか」

「………」

 

「──いや、おそらく違うと思う」

「!」

 

 推測という形ながら明確な否定の言葉を発したのは、テンヤだった。

 

「エイジロウくんは、黒髪に()()()()()。騎士になる前の、生まれたままの色に」

「えっ……エイジロウくん、髪、染めてたの?」

「うむ、騎士見習いに選ばれた直後だった」

 

 リュウソウ族にも色々な髪色があるので、特段気にもしていなかったのだが──よもやの新事実に、幼なじみコンビはここまでの鬱屈を一瞬忘れかけた。

 

「エイジロウくんが失ってしまったのは……おそらく、"勇気"だ」

「ア゛ァ?染めたンが色落ちしたからって、ンでそう言い切れんだよ」

 

 エイジロウは我を忘れて暴れまわったのだ。狂暴性を解放されたとか、優しさや理性などを奪われたというほうが理にかなっているのに。

 

「あの赤い髪は、エイジロウくんの勇気の象徴だから」

 

 オチャコが、そう続けた。

 

 

 騎士になるべく修行を始めるまで、テンヤとオチャコは彼とそれほど親しい関係ではなかった。むろん同じ村の、歳の近い子供同士だ。交流はあったが、一緒に遊んだりするわけではない。

──今となっては信じられないことだが、ふたりはエイジロウに対してあまり良い印象をもっていなかった。エイジロウがどこそこの誰を殴った、喧嘩して怪我をさせた……そんな話ばかりを、耳にしたからだ。

 

 いったいどうして、そんな悪さばかりをするのか。きみのお父上は立派な騎士だというのに!見かねたテンヤが問いただすと、幼いエイジロウは赤い目をぎょろぎょろと泳がせながら言ったのだ。「こわいんだ」と。

 エイジロウは父に憧れていた。しかし父のように勇敢な性情をもつことはできなかった。だから巌のように尖っては、触るものみな傷つけていたのだ。

 

「でも、エイジロウくんはただ臆病なだけやなかった。あの友だち想いなところとか、昔から変わらんくて……トモナリくんとケントくんのことは、すごく大事にして、守ろうとしてたんよ」

「変わりたい、変わろうと、エイジロウくんはもがいていた。……そんな矢先、お父上が戦死されて──」

 

 エイジロウが変わったのは、皮肉にもそれが契機となったのだろうと思う。エイジロウは父に倣って明るく振る舞い、剣の腕を磨き、髪を染めた。そして、"勇猛の騎士"となった。

 

「……今のエイジロウは、親父さんから受け継いだもの、なくしちまったんだな」

 

 ショートの淡々とした言葉が、かえって事実を重く受け止めさせる。そうして騎士としての矜持を失ってしまった彼は、果たしてどこへ消えたのか。

 

「……あの、」

「!」

 

 不意に一行の誰のものでもない声がかかって、皆の視線がそちらに集中する。

 

「ンだよ、タマキセンパイよぉ?」

「ひっ……」

 

 カツキに凄まれて、タマキは怯えたような表情を見せる。思えば先ほどのエイジロウも、そんな顔をしていた。

 ただそれでも、彼は逃げ出しまではしなかったけれど。

 

「俺が……えっと、あの子のこと、捜すよ。きみたちは、マイナソー退治を優先すべきだ……と、思う……」

「………」

「も、もちろん無理にとは……言わないけど……」

 

 消え入りそうな声。決しておかしなことは言っていないのだから、もっと堂々としていればいいのに。そう思ってしまうのは、選ばれるだけの資質をもつ者の傲慢だろうか。

 ならば、せめて。

 

「おっしゃる通りです。エイジロウくんのこと、どうかよろしくお願いします!」

「!、おいクソメガネ──」

「──かっちゃん、ここはテンヤくんの言う通りにしよう?」

「僕も行きますから。戦いではお役に立てないですし」

 

 同じくタマキを知るイズク、そしてコタロウにそう言われ、カツキは憮然と沈黙した。優先すべきは何か、むしろ彼が一番よくわかっている。

 

 タマキにエイジロウを託し、彼らはワイズルーたちの追跡を開始した。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、逃げ出したエイジロウは白い砂浜に覆われた港でじっと座り込んでいた。その紅い瞳は力を失い、茫洋と透き通った海を見つめている。

 

(何、やってんだ、俺)

 

 マイナソーになんらかの精神干渉を受けたことくらいは、彼自身認識している。それでも危うく仲間を傷つけ、人質となった少女を殺してしまうところだったのは厳然たる事実で。

 昔、自分はそういうことを平気でやってしまう人間だった。怯懦に塗れて、その原因を排除するために無我夢中で暴力を振るう、騎士にも漢にも程遠い弱い人間。でもそのたびに、傷を負うのも厭わず自分を止めてくれる親友たちの存在、そして自分を見捨てず見守ってくれた父の死──それらを経て、自分は変われたと思っていたのに。

 

「なんにも変わってねえ……。俺、リュウソウジャー失格だ……!」

「──そんな情けない言葉、あなたから聞きたくないですよ」

「!」

 

 声変わりもしていない、にもかかわらず自分などよりよほど理知的で冷静な声が背後から聞こえてきて、エイジロウは弾かれるように振り返った。

 

「コタロウ、と……」

 

 声の主であるコタロウ。そしてタマキと──ミニティラミーゴの姿が、そこにはあった。

 

「……彼が、騎士竜を連れてきたほうが良いって言うから……」

「呼ばれて来てみたティラ!」ぴょんとコタロウの肩から飛び降り、「エイジロウ、オマエはワガハイが選んだ相棒ティラ!勝手に失格とか、言わないでほしいティラァ!」

「ティラミーゴが選んだあなたに、救われた人が大勢いるんです。その人たちのことまで、あなたは否定する気ですか?」

「ティラミーゴ、コタロウ……」

 

 ふたりの言葉は対照的な響きをもっていたけれど、エイジロウを真摯に勇気づけようとしていることに違いはなかった。リュウソウジャーになって……守れなかったものもあったけれど、守ってきたものも間違いなくあった。とりわけその象徴でもあるコタロウが、そうしてくれている。

 でも、でも──

 

「……おめェらには、わかんねえよ……っ。親父やタイシロウさんのマネして、明るく見せてただけの俺しか知らねぇおめェらには……っ」

「見せてたんじゃない、身につけたんでしょう」

「マイナソーにやられたくらいでなくしちまうなら、見せてたのと一緒だ……!」

 

「ごめん……コタロウ、ティラミーゴ……。ほんとはおれ、こういう情けねえヤツなんだよ……」

「………」

 

 顔を顰めるコタロウは、なおも反駁しようとしたが──ふと、隣に立っていたはずの男が姿を消していることに気がついた。

 

「──!」

 

 視線を彷徨わせると──見つかった。彼はなぜかこちらに背を向け、波打ち際で三角座りをしている。マイナソーの影響を受けているエイジロウ以上に、なぜか陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

「タマキ……センパイ?」

「……俺も騎士失格だ……。俺だって、見習うべき人は周りに大勢いたのに……見かけを取り繕うことさえ、できないままなんだ……!」

「え、えぇ……」

 

 コタロウは唖然とした。励ましに来た側が、なぜ励まされる側より落ち込んでいるのか。エイジロウもすっかりあわあわしているではないか。

 

「……俺には、一緒に修行をしていた幼なじみがいたんだ」

(え、このタイミングで自分語り……?)

 

 おどおどしている割には強引に主導権を握りすぎではないかとコタロウは思ったが、口には出さなかった。それにリュウソウ族の、それも騎士だというタマキの遍歴には興味もあったのだ。

 

「彼はいつも明るくて、前向きで、誰かが困っていたら手を差し伸べずにはいられない……そういう、太陽のようなやつだった。いや……」

 

「俺にとっては、太陽そのものだったんだ」──大仰にも聞こえる言葉。しかしエイジロウには、"だった"という語尾のほうが気にかかった。

 

「その人が、ミリオさん……?」

「……ああ」頷きつつ、「俺と違って……ミリオは、誰より騎士にふさわしい男だった。タイガランスかミルニードルか……いずれにせよ騎士竜に選ばれるのは彼だと、俺は信じて疑わなかった」

 

 実際にはカツキがミルニードルに選ばれ、後れてタイガランスはイズクを選んだのだけど。

 その後、タマキはミリオに誘われてともに集落を出た。リュウソウジャーになれずとも、騎士の使命は変わらない。それを果たすためには、より見聞を広め、腕を磨かなければならない。目を輝かせてそう主張するミリオは、タマキにとって暗闇を吹き飛ばしてくれる光そのものだった。

 

「でも……ミリオは死んだ……。俺の、せいで……」

「……センパイ、の?」

 

 その日タマキは、珍しくミリオと喧嘩をした。いや実際には喧嘩というほどでもない、意見の相違にすぎなかった。ただいつもならミリオに従うタマキが珍しく自己主張をした結果、少々ぎくしゃくしてしまったというだけのこと。

 

「よりによってそんなときに、俺たちはドルイドンに遭遇してしまった」

 

 今でも鮮明に覚えている。全身を覆う漆黒の鎧に、ぎょろりと光る緑色の一つ目──そしてまだ未熟な自分たちとは異なる、熟達した剣技。

 その刃がタマキを両断しようとしたそのとき、タマキを抱きしめるようにして守った、ミリオの姿──

 

「……俺があのとき言うことを聞いてさえいれば、ドルイドンと遭遇することはなかった。ミリオは、死なずに済んだんだ……」

「センパイ……」

 

 尊敬する唯一の友を死なせてしまった自責の念に駆られ、タマキはあてどなく彷徨い続けた。そうして今日のように行き倒れていたところを、ある人に拾われた。

 

「……マスターレッドも、眩しい人だよね……。強引にも程があったけど……」

「え……タイシロウさんのこと、知ってんスか!?」

「俺を拾ったの、遠征中の彼だったから……」

 

 タイシロウ──マスターレッド、エイジロウの師匠。遠征の間だけではあったが、彼はタマキを弟子として迎え、鍛えてくれた。タマキの鬱々としたところを頭ごなしに叩き直そうとしてくるものだから、彼の騎士団に入ろうという気になれずそれきりになってしまったけれど。

 

「……マスターレッドは、臆病な俺にこんな話をしたことがあった……」

 

──ええか、タマキ。剣の腕を磨くこと、強くあること、これは騎士たる者の基本中の基本や。

 

──けど、腕っぷしが強いだけならそいつはただの剣客でしかないんや。

 

 ならば、騎士には何が必要なのか。おずおずと質すタマキに、マスターレッドは答えた。

 

──勇気や。どんな強敵が立ちはだかったとしても、決して挫けず立ち向かっていく強い心。もちろん無闇矢鱈に突撃すりゃええってわけやないで、そんなんただの蛮勇や。

 

──その勇気の上に、優しさっちゅーもんが生まれる。この世界に生きとし生けるもんを愛し、守りたいと願う心や。それが揃って初めて、俺たちは騎士なんや。

 

 

「……きみはマスターレッドによく似てる……。わかる気がするよ、その騎士竜がきみを選んだ理由……」

「ティラミーゴ、ティラ!」

「あ……すみません」

 

 マスターレッドの言葉というのは、事実だろう。形は違えど、彼がそういう信念をもち、団員と共有していたことは間違いない。そしてエイジロウが、その想いを継ぐものと認められたということも。

 でも──

 

「でも俺はッ!……その勇気を、奪われちまった……」

「………」

「勇気がねえから、優しさももてねえ……。平気で他人を傷つけちまう……!結局俺は、マスターやティラミーゴの思うような人間じゃなかったん──」

 

 そのときだった。いつの間にか歩み寄ってきていたタマキに、胸ぐらを引っ掴まれたのは。

 

「甘ったれるな、リュウソウレッド」

「……!」

 

 決して大声ではない。しかし先ほどまでの消え入りそうなそれとは、まったく異なるもので。

 

「どんな泣き言を言おうが、きみはもう選ばれたんだ。逃げるな、使命を果たせ。それがきみの責務だろう」

「セン、パイ……」

 

 エイジロウが呆気にとられていると、す、と手が離れた。手だけではない、タマキ自身踵を返して、海に足を踏み入れていく。濡れちゃいますよ、なんて、声はかけられない雰囲気だった。

 

「……きみは勇気を、努力して手に入れたんだろう。だったら、また掴めば良い。……それがきみの強さなんじゃないのか。きみが騎士に、リュウソウレッドに選ばれた理由、なんじゃないのか?」

「……!」

 

 それきりもう、タマキは何も言わなかった。ざざん、ざざんと波の打ち寄せる音ばかりが、暫し響く。

 ややあって──エイジロウは、口を開いた。

 

「……コタロウ。みんなは今、どうしてる?」

「ワイズルーたちを追ってます。宿主の人も、拐われたままですから」

 

 エイジロウは立ち上がった。そして垂れた黒髪を振り乱し、走り出す。コタロウとティラミーゴはその背中を、黙って見送った。彼にかける言葉は、もうないだろう。

 言葉がないと言えば、こちらも。

 

「……説教、してしまった……。偉そうなこと言う資格なんて、俺にはないのに……」

「………」

 

 ふらふらと彷徨いながら、いずこかへ去っていくタマキ。陰鬱なオーラが背中から溢れ出している。あれは僕らの手には負えないと、コタロウはティラミーゴと顔を見合わせて苦笑した。

 

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