リュウソウジャー一行は北へと針路をとり、旅を続けていた。
柔らかな白砂とターコイズブルーの海はすっかり姿を消し、今ではまったく水分を含まない小麦色の砂粒ばかりが地平線の先までもを覆っている。時折風に吹かれてそれらが舞い上がり、目や耳、鼻といった体外に露出した器官を大いに苦しめてくれていた。
「こちらは砂漠地帯のオチャコ……。もう五日、こんな風景が続いとります……」
「誰に向けての実況だ、そりゃあ」
オチャコのつぶやきに対し、耳ざとく聞きつけたカツキが突っ込みを入れる。いずれの声にも瑞々しさがないのはもう、この環境のせいであるとしか言いようがない。
「まったく進んでいる実感がないが……このまま順調に行けば、あと三日ほどでロザリウの街に到着できるんだったな」
ロザリウは大オアシス群を囲むようにつくられた街である。ゆえに砂漠のど真ん中であるにもかかわらず豊富な水資源があり、商業でたいへん栄えているという。少なくとも、渇きと戦うのはあと少しの辛抱といえる。
「モサレックスもいい加減しんどそうだし、早く水に入れてやりてぇな。……にしても、」不意に振り向くショート。「あの人……いくらなんでも距離とりすぎじゃねえか?」
一行の背後およそ十メートル。まるでストーカーのように着いてくる青年、タマキ。騎士竜パキガルーの封印の場所を一行に教えるという功績を挙げた彼だが、得意になる様子はまったくなく、出逢った当初と変わらず一枚も二枚も壁を作っている。それでもなし崩し的に仲間に加わったのは、今も彼の傍であれこれ話しかけている勇猛の騎士たる少年の粉骨によるもので。
「エイジロウさん、ブレないですね……」
「ったく、あんなのに思い入れやがって」
「そんな言い方はないぞカツキくん!……まぁ、確かにタマキ先輩はこう、我々に対するスタンスが読めないところはあるが……」
テンヤですら言葉尻がそうなってしまうのだから、タマキという青年はなかなかに難敵であった。
ともあれ彼らは間もなく休息をとることになったのだが、
「──オチャコさん、ちょっといい?」
貴重な水分を補給してひと息ついたオチャコにそう声をかけたのは、他でもないイズクだった。
ちょっといいかと彼に言われれば、全然いいというのがオチャコの正直な想いである。イズクは夢にも思っていないかもしれないが、彼に対してオチャコはもう暫くの間懸想し続けているので。
「ちょっと見せたいものがあるんだ。休んでるところ本当に申し訳ないんだけど……一緒に来てくれる?」
「う、うん、もちろん!」
ひょっとしてデートのお誘い!?そんなふうに思い上がってしまうほどには、彼女も夢見がちな乙女で。ふたりは仲間たちに断り、一時的に一行を離れたのだった。
「ところで、どこまで行くん?」
「うん、もうそろそろだよ」
「?」
もうそろそろと言う割には、相変わらず砂塵のせいで視界の悪い、無限の砂漠が広がっているばかりである。ただイズクの言うことなので、オチャコも疑っているわけではないが。
「──あ……」
ややあって彼とともに足を止めたオチャコは、小さな声とともに目を見開いていた。
水場も何もない乾ききった砂漠のど真ん中に、深緑のかたまりが生い茂っていたのだ。そしてその片隅に咲く、鮮やかな一輪の花。
「これって……」
「この砂漠を通行する魔導士たちが、魔法で植林をしていく風習があるそうなんだ。砂漠はなかなか植物が根づかないんだけど、粘り強く続ければ、こうやって花も咲くんだね」
「魔導士……」
オチャコも一応、その端くれである。尤も最近魔法を使ったのは、モサレックスが入るための水珠をつくったときくらいなものなのだが。
「オチャコさんも魔導士でしょ。だからそういうの、知っておいたほうが良いんじゃないかって思って……余計なお世話だったらごめんね」
「デクくん……」
それでもイズクは、自分がただ手慰みで魔法を使っているわけではないと、きちんと認識してくれていた。
「……ありがと、デクくん。私、魔導士としては見習いも見習いで、初歩的な魔法しか使えへんけど……がんばってみるよ!」
「うん、その意気だよ!」
ガッツポーズをしてみせるイズク。童顔も相まって、歴戦の勇士とは思えない幼さを醸し出す。可愛らしい、とすら言えるかもしれない。
そんな彼の期待に応えたいと思い、オチャコは騎士としてではなく魔導士として決意を新たにしたのだった。
休息の時間ももう終わるということで、ふたりは来た道を引き返して歩き出した。旅の中では数えるほどしかない、ふたりきりの時間である。オチャコはめいっぱい、彼との会話を楽しんでいた。
(ずっとこんな時間が続けばイイのになぁ……)
かなわぬ想いと知りつつも、そう願わずにはいられない。
「なんだぁ、いちゃいちゃしやがって!いっちょまえにデートかちんちくりんコンビ!!」
──しかし何も、願った途端に現れることはないではないか。
「!、クレオン……!?」
「またちんちくりんって言った!!……ってか、あんたひとり?」
見たところワイズルーもマイナソーも傍にはいない。いや地中に潜んで不意打ちしてくるという可能性だってあるのだ、警戒は怠れなかった。
そんなふたりの心に反して、クレオンの態度はとことん戯けていた。
「いやぁ、アツアツなおふたりさんを祝福しようと思ってぇ〜」
「は?」
「熱々って……」
呆気にとられるふたりに対して、クレオンはいきなり何かを突きつけた。身構えたところで、耳を劈くような破裂音が響く。
しまった、と思ったのもつかの間、浴びせかけられたのは色とりどりの小さな紙吹雪の群れで。
「なっ、なんだ?」
「!」
風に煽られたそれはふたりの全身に引っついてくる。直後、オチャコに異変が起こった。
「あ、あかん、鼻に入った……!」
「えっ!?」
「ふぁ……は……は──っ」
イズクは慌てた。くしゃみのチャージがやたら長い。これはでかぶつが飛び出しそうだと思ったが、距離をとるのも失礼な話である。どうしたものかと右往左往していると。
「はっ……はぅ……あれ?収まってもうた……」
「……ふぅ」
ひとまず安堵するイズク。しかし彼らの気が散りに散っている隙に、クレオンは再び逃げ出していた。
「じゃ〜な〜、ちんちくりんカップル!」
「あっ、待て!」
「ちんちくりんってまた言うた!」
逃げ足だけは尋常なものでないクレオンである。砂粒の中に溶けられたらもう、剣を突き立てたところで意味がない。オチャコなどはちんちくりんと都合三度も言われたせいか、「おのれぇ……」と麗らかでない顔で悔しがっていた。
「とっ、とりあえず、みんなのところに戻ろう!ヤツが何か企んでるのは間違いないし、たぶんワイズルーも近くにいる」
「……せやね」
敵が二の矢を放ってくる可能性は十分にある。その前に一行総出で警戒態勢をとらなければと考えるのは、普通の思考として間違いではなかった。
*
そしてイズクの言うところの"企み"の端緒をなしたクレオンは、意気揚々とパートナーのもとに帰投していた。
「グヘヘヘ、やーってやりましたよワイズルーさまぁ!あのちんちくりん、まんまと引っかかってくれちゃいやした!」
「フッ、よくやったクレオン。これでファーストステージはクリアでショータァイム!」
「うわっ、唾飛んだ!」
咄嗟に距離をとりながらも、クレオンはワイズルーと喜びを共有した。忌々しいリュウソウジャーの一角を、ようやく突き崩すことができる──先日彼らの戦力強化を許してしまったことを思えば、ようやく大戦果が目の前に吊り下げられたのだった。
*
仲間のもとに駆け戻ったオチャコとイズクは、すぐさまクレオンとの遭遇について報告した。クラッカーから紙吹雪を浴びせて去るという、不審にも程がある行動についても。
「──どう思う、かっちゃん?」
こういうとき、イズクが真っ先に意見を求めるのはやはりカツキである。五十年もの間ふたりで旅をしてきたという時間と経験の重みは、やはりそう簡単に突き崩せるものではない。今となってはカツキよりひと回り歳を重ねた最年長者が一行の末席に加わっているのだが、彼は出しゃばるどころか自ら隅で縮こまっていた。
「……連中が何企んでんのかは知らねえが、近くにいるってンならこっちから出向いて潰す。それが一番手っ取り早ぇ」
「なるほど、奇襲作戦か」
「そーいうのは大得意だぜ!」
鋭い歯を剥き出しにして笑うエイジロウ。彼が真っ先に突撃していって、というのは容易に想像できるのだが、実際にはカツキとイズク、テンヤという機動力の高い面々がそれを担っているため実際の行動としてはそうならない場合が多いのだった。
「確かに、連中の目論みを聞き出さねえことにはな」
皆、一斉に立ち上がる。そんな中にあってタマキは何か言いたげにしていたが、結局はその流れに従った。
「クソデク、クレオンはどっから現れた?」
「えっと、確か──」
そんなやりとりから、進撃の指針をとろうとしたときだった。オチャコが突然、身体をくの字に曲げたのは。
「ううっ、うあ゛ぁ……!」
「オチャコ!?」
「どうしたっ、オチャコくん!?」
苦しみだすオチャコ。それは加速度的に激しくなり、砂塵の中に倒れ込むまでに時間はかからない。
「オチャコさん……そんな、」
皆がオチャコに駆け寄る中で、イズクは呆然と立ち尽くしていた。クレオンの謎の行動。原因はそこにあるとしか考えられない。とすればあのとき、一緒にいた自分は何をしていたのか。
「──どけカスども!!」
乱暴な口調とともに皆の輪に割り込んだのは、言うまでもなくカツキである。彼がリュウソウケンを構えるのを見てぎょっとする一同だったが、同時に使用されたのはミエソウルだった。
良くも悪くも遠慮も恥じらいもないカツキが、オチャコの身体を──変な意味でなく──じっくりと観察する。そしてついに、あるモノを発見した。
「……コイツの肺ン中、何かいる」
「何かとは!?」
カツキがじっと目を凝らす。徐々に見えてくるその全貌。それはクレオンではないが、頭のやけに大きい三等身の子供のような姿をしていた。
「人間のガキみてぇだが間違いねえ、──マイナソーだ」
「マイナソー!?どうやってオチャコの体内に……」
「……あの紙吹雪に紛れてたんだ……!」
イズクは拳を握りしめた。その表情は今まで誰も見たことがないほど、深い自責と憤りに染まっていて。
「──手立てはある」
彼を慰めるつもりなど毛頭ないのだろうが、カツキがそう言い切った。
「クソ髪、クソメガネ、半分野郎。てめェらにチーサソウルを使う」
「チーサソウルを?」
「!、そうか、オチャコくんの肺の中に入ってマイナソーを倒すんだな?」
「それしかねえか。急がねえとな」
マイナソーがいつ生み出されたのかすら定かではない。成長によりほんのわずかでも巨大化したら、オチャコの肺はおろか、肉体そのものが四散するかもしれない。──いずれにせよ、死。
なれば細かい作戦など練ってはいられない。即行動あるのみだ。
「いくぞ、」
「かっちゃん僕も──」
「今のてめェは信用できねえ」
「!!」
悔しげに幼なじみを睨みつけるイズクだったが、彼の言いたいことは理解していた──いつも言葉の足りない彼がわざわざ"今の"と但書を付けてくれたのだ──。平静でない人間は、どんなミスを誘発するかわからない。
『チーサソウル!ミニミニッ!』
結局イズクを除き、リュウソウレッド、ブルー、ゴールドの身体が縮小していく。そして掌に全員まとめて乗せられる程度のサイズになったところで、彼らはオチャコの口腔から気道へと侵入した。
「ここが……オチャコの中……」
「………」
そんな状況でないことはわかっているのだが、エイジロウたちはやはり気恥ずかしさのようなものを感じずにはいられなかった。普段あまり意識していないとはいえ、同じ年頃の異性の体内にいるという特異な状況。
「エイジロウ、テンヤ、何してる」
「!」
尤も冷静なショートの言葉で、彼らは一応心を鎮めることができたのだが。
ともあれ気道を降り、肺に入り込む。
「どこだ、マイナソー……?」
「!、あれだ!」
マイナソーはすぐに見つかった。小さな茶碗のようなものに入り、己の上半身ほどの長さの針をもった男の子──見た目からでは、そうとはわからない姿である。
「チッチェーナ……チッチェーナ……」
しかし、ひとつの言葉を繰り返すだけのそれは、まぎれもないマイナソーの特徴だ。リュウソウケン、そしてモサブレードを構え、三人は突撃を敢行する──
『は、走らないでぇ……!震動が、き、きつい……』
「!?」
辺り一面に響く声はまぎれもないオチャコのものだった。ここは彼女の体内であるから、発した声がそのまま反響しているのだろう。
いずれにせよ、彼女の身体を傷つけるわけにはいかない。彼らはそーっと抜き足差し足で進みながら、マイナソーに接近した。
幸いにして、マイナソーは逃げ出したりはしなかった。手にもった巨大な針一本で、三つの刃に対抗する。針といってもその先端は鋭く尖っていて、これが肺を傷つけたことでオチャコを苦しめているのだろうことが容易に想像できる。
でも周囲に致命的な損傷はないようだし、今ならまだ。
「絶ッ対、倒す!!──カタソウルッ!!」
『ガッチーン!!』と威勢の良い声が響き、レッドの右腕に水晶の鎧が装着される。鎧部分だけでなく全身、ひいてはリュウソウケンをもより硬質化させ、攻防ともに高める彼の一の切札だ。
「よし来たッ、ショートくん!」
「ああ!」
ブルーとゴールドが、左右からマイナソーを抑えにかかる。迫るレッドから逃げようにも身動きがとれず、彼は困惑していた。その脳天に容赦なく、巌のごとき刃を振り下ろす──!
「アンブレイカブル、ディーノスラァァァッシュ!!!」
──斬、
「チッチェーナァァァ……!?」
吹き飛ばされ、肺の中を転がるマイナソー。やった……そう思うには、手応えが足りなかった。マイナソーはぎりぎりのところで身体を逸らし、致命傷を避けたのだ。
「ッ、こいつ、ちょこまかと……!」
「だが今のでダメージは与えられたはずだ、次で一気に──」
屈託のない言葉を発したゴールドだったが、次の瞬間、誰も予想しえなかった事態が起きた。
『う゛ぅッ、あ゛、あ゛あああああ!!』
「!?」
耳を劈くような絶叫が響き渡る。それがオチャコの苦痛にまみれた声であることは考えるまでもない。
しかし、何故?組織を傷つけないよう気をつけていたというのに。
「あ゛あッ、あ゛────ッ!!」
「ッ、ネムソウル!!」
もがき苦しむオチャコを見かね、イズクがネムソウルを発動する。脂汗に濡れたオチャコの表情が安らかなものとなり、身体から力が抜ける。無論、問題が解決したわけではないが──
「チィッ……ミエソウル!」
カツキが再びミエソウルを発動し──"それ"を、発見した。
「……マイナソーの尻尾が、こいつの心臓に巻きついてやがる……」
「──!?」
オチャコが苦しみ出した理由は、その尻尾の締め付けによるものだった。マイナソーに攻撃を加えると、その反動で尻尾に力が入ってしまうのだ。
「ッ、ならあの尻尾を斬れば……!」
「いや駄目だ!」押しとどめるブルー。「斬りとばす瞬間に、尾に力が入ったりしたら──」
──ぐしゃり。その音を幻聴して、レッドはぞっとした。
「……いったん退くしかねえ。態勢を立て直すんだ」
「ッ、ちくしょう……!」
万一にもオチャコの心臓に影響を与えるわけにはいかない。ブルーがミストソウルを発動し、霧に紛れて撤退する。
しかし目眩ましなどせずとも、マイナソーはもとより彼らを追撃する気などはなかった。
「ヒヒヒヒ……チッチェーナ!」
そう、一寸の時さえじっとしていれば、リュウソウジャーのひとりを内側から食い破ることができる。それこそが彼、イッスンボウシマイナソーに課せられた使命だった。