オチャコの体内から退いたエイジロウたちは、いったん彼女の様子を見守ることしかできなかった。無論分析、そして対策についてはそれぞれ思考を巡らせているが。
「コイツを確実に救けるには、マイナソーの前にまず尻尾を心臓から分離させるしかねえ」
カツキの言葉はまったく妥当といえるものだった、その難易度等を鑑みなければ。
ゆえに皆、あっさりと頷くことはできない。
「でも、どうすりゃあ……。マイナソーと尻尾を先に切り離すのは危険なんだろ?」
「つまりマイナソーが自発的に尻尾を離すよう仕向けるか、あるいは──」
「………」
そのとき不意に、会話に割り込んでくる者があった。
「……ドッシンソウルなら、なんとかできるかもしれない……」
「!」
その控えめな声は、他でもないタマキのものだった。
「ドッシンソウル?あれをどうやって──」
「!、そうか。あのソウルには震動のみを伝播させる能力がある、それでマイナソーの尻尾だけに衝撃を与えることができれば心臓に影響を与えず破壊も可能──と、いうことですね」
納得しつつも、難しい表情のテンヤ。それも言うだけならいかにも簡単そうだが、心臓に密着している尻尾それだけを破壊するというのは、緻密なコントロールが必要になることは言うまでもない。少し力加減を間違えれば、心臓を傷つけるどころか粉々に打ち砕いてしまうことだってありうるのだ。
「……それしかねえならやるしかねーだろ」
「……そうだな。よし、ここは使用経験のある俺が──」
「──待って!」
テンヤの言葉を途中で遮ったのは、イズクだった。
「今度こそ、僕にやらせてほしい」
「おいデク──」
カツキが彼を咎めようとするが、イズクの意志は固い。普段とはまるで逆転してしまったかのようである。
「わかってる!……でもあのとき、傍にいたのは僕だけだった。僕がもっと注意を払っていればって、そう思ってしまう気持ちは消せないんだ……!」
「イズク……」
「イズク。そいつは、おめェがオチャコを救けることで乗り越えられるモンなのか?」
エイジロウの問いに──イズクは彼の目を見返して、はっきりと頷いた。瞳がこぼれ落ちそうなほど大きいだけに──顔立ちだけならオチャコと双子のようですらある──、その感情の機微がよくわかる。自責の念に駆られてはいるが、彼は冷静だ。我を忘れているのでなければ、彼の適応力はリュウソウジャーの中でも飛び抜けているといえるのだ。
「いいんじゃねえかな、カツキ。イズクならやってくれるよ」
「………」
少なからず同じものを感じ取ったのか、カツキはもう何も言わなかった。そしてテンヤも、躊躇うことなく彼にドッシンソウルを手渡す。
「ではイズクくん、頼んだぞ」
「うん」
手にした竜の欠片を握りしめつつ、イズクはタマキに向き直った。当然、ぶっつけ本番とはいかない。マイナソーの尻尾のみを弾き飛ばすコツを、短時間で掴まねばならない。そのためにできることは、すべてやるつもりだった。
*
それから程なく、"特訓"が開始される運びとなった。
タマキが用意したのは、水風船を網で包み、それを木箱に入れたものだった。それぞれが何を表しているかは、説明されるまでもない。
「……わかってると思うけど、箱と風船を壊さず、網だけを消し飛ばす……。成功とみなすのは、それだけだ」
「………」
こくりと頷き、イズクはグリーンリュウソウルを構えた。鮮やかな緑の輝きをチェンジャーに装填し、
「……リュウソウチェンジ」
『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』
リュウソウグリーンへと竜装し、
『──ドッシンソウル!ドッシンッ!!』
リュウソウメイルの上から、さらにアーマーを纏う。分厚いグローブに覆われ、ただ殴るための武器へと変わった巨大な拳を、彼は静かに構えた。
「………」
静かに水風船の入った木箱へと迫り、
「ふ────ッ!!」
詰めた息を吐き出すと同時に、力いっぱい殴りつけた。
果たしてビリビリとした振動とは裏腹に、木箱はびくともしない。
「やっ──」
やった、そう言いかけた瞬間だった。木箱の中でばしゃあ、と音がして、水風船が弾け飛んだのは。
「……!?」
呆気にとられるグリーンの傍らで、タマキが小さく息を吐いた。そして何かをブツブツつぶやきはじめる。もはやそれすら、疾風の騎士の耳には入っていなかったけれど。
果たしてそれは魔法の詠唱だったらしい。弾けた水風船に魔力が作用し、まるで時が巻き戻るかのようにもとの姿を取り戻していく。
「……ギャクソウルと同じ効果をもつ補助魔法だ……。非生物は修復できるけど、生物は直せない……」
「……ッ、」
そのひと言だけは、はっきりと認識した。もし、この水風船がオチャコの心臓だったら──
それでも、
「……もう一回だ!」
拳を叩きつける。水風船が割れる。それを直し、また拳を。割れる。拳、水風船、拳、水風船──
「──うぉおおおおおおおッッ!!」
雄叫びをあげながら、もう何十度目かもわからない鉄拳を木箱めがけて叩きつける。衝撃が伝播し、風船の中に伝っていく……割れない?
「やっ……」
やった、と思ったのもつかの間──木箱ごと、すべてが粉々に砕け散った。
「あ……」
その光景は、イズクの心にまでも楔を突き立てた。身体から力が抜け、その場にへたり込む。膝をつくと同時に竜装も解け、露になった顔はじっとりと汗に濡れていた。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
身体が重い。けれどそれ以上に引き裂かれるような想いだった。オチャコは今も、マイナソーに身体を食い破られるかもしれない状況に置かれているというのに。
「……あきらめるのか?」
頭上に影が差す。表情のないタマキがこちらを見下ろしている。明確な感情を露にしないからこそ、恐ろしいということはあるものだった。
「それでもきみは、騎士竜タイガランスに選ばれた騎士なのか?」
「……ッ、」
「……ミリオなら、絶対にあきらめたりなんかしなかった」
吐き捨てるようにそう言って──タマキは、その場を立ち去っていく。"ミリオなら"、その言葉が既に突き刺さった楔をより深く埋めていく。
(ミリオ先輩、なら)
それは自分がタイガランスに選ばれる前から、ずっと心のどこかにあった感情だった。騎士としての揺らがぬ使命感と頑健な肉体を兼ね備え、誰にでも分け隔てなく明るく優しかったミリオ。彼がもしリュウソウジャーの一員となっていたなら、今頃は皆を導き、尊敬を集めるリーダーとなっていただろう──カツキだけは反発するかもしれないが──。彼に比べて自分は、果たしてこの五十年でどれだけのことができたというのか。
「──デク、」
項垂れていると、不意に背後から声がかかった。振り向くとそこにはカツキとコタロウの姿、と──
「オチャコ、さん……?」
「やぁ、デクくん……」
苦しげに眉根を寄せながらも、オチャコは微笑を浮かべてみせた。
*
同じ頃、砂漠の片隅に祭祀のような朗々とした歌声が響き渡っていた。
「ちっちぇ〜なー、ちっちぇ〜なー♪身体も器もちっちぇ〜なぁ♪」
「Yo!」
「商売の規模もちっちぇえなぁ〜♪」
「Yo!Yeah!」
歌いながら踊るクレオンと、相の手を入れながら追随するワイズルー。彼らは輪を描くようにステップを踏んでいて、その中心には少年のような小男の姿があった。
「ち、ちっちゃくない……!俺はちっちゃくなんてないんやああああ!!」
絶叫する小男から緑色のエネルギー体が抜け出ていく。引き続き歌い踊りながら、クレオンはワイズルーと顔を見合わせてほくそ笑んだ。いつも通りこの調子でマイナソーを巨大化にまでもっていくだけで、作戦は成功なのだ。
「あソレ、ソレソレその調子ィ「見つけたぜワイズルー、クレオン!!」──!?」
ぎょっとする二体の前に、三人の竜装騎士たちが現れる。
「げぇっ、リュウソウジャーどうしてココが……」
「ンな大声で歌いくさってりゃ、イヤでも聞こえてくるっての!」
「我々にはすぐれた五感と、リュウソウルがある!」
「いい加減、学習したらどうだ」
「ヌウウウウ、セイしてくれる……!──クレオン、アタック!」
「ラジャー!……ドルン兵、アタック!」
「ドルドルッ!!」
孫請けの形で、ドルン兵たちが襲いかかってくる。対するレッド、ブルー、ゴールドの三人は、もはや搦め手を使うつもりなどない。この程度の連中が相手なら、いくら数がいるとしても正面突破が最善手にほかならなかった。
「その方は奪還させてもらう!」
「──いくぜぇぇッ!!」
*
「うっ!う゛ぅ、ぐ……っ」
目の前で、オチャコが再び苦しみだす。身体を支える……というか、服の裾を掴んで倒れるのを伏せカツキ。あんまりといえばあんまりな扱いだが、それが彼の精一杯であることは言うまでもなかった。
「オチャコさん、どうしたのッ!?」
「……マイナソーが、成長、したみたい……っ」
「そんな……!」
もう猶予がないことは明らかだった。そして現状オチャコを救う方法は、ただひとつ──
「デク、」
「わかってるっ!……とにかく、全力を尽くす……!」
心臓が跳ね、息が荒くなる。それが緊張なのか怯懦なのかわからないまま、イズクはリュウソウグリーンへと姿を変えた。
そして、
『ドッシンッ!!』
ドッシンソウルのエナジーが鎧を覆う。あとはこの拳を、オチャコの心臓へ叩きつけるだけだ。
(やるしかないんだ……僕が──!)
──今のてめェは、信用できねえ。
「……!」
はっとしてカツキのほうを見るが、彼はじっとこちらを見据えているだけだった。
拳が震える。さらに、
──それでもきみは、騎士竜タイガランスに選ばれた騎士なのか?
今度は、タマキの冷たい声。イズクの動揺はますます深まっていく。
「イズク、さん……?」
「……ッ、」
そんな彼を気づかわしげに見るコタロウ、感情の見えない瞳で見据えるカツキ。──そして、影からじっと観察するタマキ。
(イズク、きみがリュウソウグリーンであることをあきらめるというなら、)
「あきらめるというなら、そのときは……──俺が、」
そのつぶやきは、半ば無意識に放たれたものだった。
イズクは未だ、オチャコを救えるという確信をもてずにいた。
「……デクてめェ、成功しなかったんだな」
「ッ、」
カツキの言葉は、普段が嘘のように静謐そのものだった。そこにはなんの感情も含まれていない、ただ事実を指摘しているだけだ。
だからこそそれは、イズクの心を折った。
「……そうだよ……。結局、僕にはできなかった……っ」
パキガルーの加護を受けた鉄拳が、力なく垂れ下がる。
「ごめん、オチャコさん……。僕の力じゃ、きみを救えない……」
「………」
「かっちゃん、頼む。僕の代わりに、彼女を──」
そのときだった。ピンク色の影が、半ば胸ぐらを掴むようにして飛びついてきたのは。
それがカツキでないことは、彼が一歩も動いていないことから明らかで。
「何、迷ってんの……。私の知っとるデクくんは、誰かを救けるためなら誰が止めても止まらずに突っ走ってく人だよ……!」
震えるその手は、しかしいつもと変わらずとても力強いものだった。
「救けてくれるのが、デクくんじゃなくたって構わない……。カツキくんでも、テンヤくんでも、エイジロウくんでもショートくんでも……!──だけど私、デクくんを信じてる……っ。私の命、デクくんに預けるから……!」
「オチャコ、さん……」
信じている、命を預ける──救護対象にそう断言されて心動かないほど、イズクの精神は凍りついてしまったわけではなかった。
「……ごめん、かっちゃん。僕の代わりにってお願いしたの、撤回する」
対するカツキは、仏頂面のままフンと鼻を鳴らした。
「てめェの代わりなんざ、
「はは……そうだよね」
再び拳に力がこもる。それを認めたオチャコは、何も言わずイズクに背を向けた。その身体が強張るのも、目をぎゅっと瞑ってしまうのも、生理的な反応であってやむをえないことだった。彼女の言葉にこもった気迫を、イズクは決して疑っていない。
「────、」
拳をぐっと引き、呼吸を整える。──オチャコの言う通り、自分である必要などどこにもないのかもしれない。
けれど、それでも。
(きみは……僕が救ける!!)
その決意とともに、拳を突き出す。
「──!」
ぱん、と何かが弾ける音とともに、オチャコの身体が地に倒れ伏した。