寝そべりシーン?はややシュールですが、BGMがいいんですよね
砂漠を縦断する旅が続く。幸いマイナソーの宿主が──ちっちぇえ──行商人だったこともあり、彼らは水不足に悩まされずに済んだ。
まあそれも渇きを癒やすという生存にかかわるレベルの話であって、"もう一段階上"に関しては非常に困ったところだったのだが。
しかし彼らの苦心は、オアシスの街にたどり着いたことにより無事報われることになった。
「み、水だぁ──!!」
頭上から降りそそぐシャワーを全身で浴びながら、エイジロウは歓喜の声をあげた。その足下では、ミニティラミーゴもまた水溜りの中を跳ね回っている。
「うむ……!オアシスの街とはいえ、砂漠の街にこのような設備があるとは!」
ブースで仕切られた隣からテンヤの弾んだ声が聞こえてくる。「だな!」とエイジロウは、相手から見えていないにもかかわらず頷いてみせた。
ロザリウの街には、旅人や砂礫の中で肉体労働をする者向けに格安の入浴設備を提供していた。温泉のようにしっかり湯船に浸かれるというわけではないが、オアシスの中核たる湖群から汲み上げた水が蛇管を通して細かい水粒となり、蛇口を捻れば無尽蔵に降りそそぐ。砂漠で晒される砂粒はそれよりさらに細かいくらいなので、下手に水浴びするよりもずっと身体が綺麗になるのだ。
「は〜、最高やぁ……。しかもこっちはほぼ貸し切りやし……ねぇ、アンキローゼ?」
アンキローゼが水粒の中をピィピィ鳴きながら跳ね回る。こういうときに限っては、紅一点も案外悪くないものだと思ったりもする。
そのうち良い気分になって、オチャコは記憶の中にある歌を口ずさみはじめた。
男性用と女性用はいちおう壁で分けられてはいるが、それは薄い仕切りのようなものであって、しかも床を覆う水によって通常よりも大きく反響する。
「オチャコ……歌、うめぇな」
ショートの天然じみた台詞に、エイジロウとテンヤは苦笑した。今はそこではないと思うのだが、彼のものの捉え方は常人とは少し異なるところがある。それは生い立ちなどを思えば、無理もないことでもあって。
「まあ、こっちは俺らしかいねーしなぁ……向こうも貸切状態なんだろ」
「うむ……。しかしそろそろ出ないと、先に出たカツキくんに遅いと怒られてしまうな!」
無意識なのか声を張り上げてそう言うと、テンヤは水を止めてブースを出た。エイジロウとしてももう十分だったのでそれに続いたのだが、
「あれ、ショート出ねぇのか?」
「……ああ。モサレックスがもう少しここにいたいみたいだからな」
「わかった、カツキくんにはうまく言っておこう!」
「悪ィな、頼む」
先に出ていくふたりを見送りつつ、ショートは視線を下におろした。そこに置かれた桶の中で、モサレックスがくつろぎとぐったりの中間のような状態で水に浸かっていた。
「大丈夫か、モサレックス?」
「……うむ。しかし、砂漠というのは予想以上に堪えたようだ」
(まあ、そりゃそうか)
言うまでもなくモサレックスは、本来水中を活動領域とする騎士竜である。陸で生きられないわけではないし、キシリュウネプチューンの姿をとれば砂礫の中で戦闘を行うこともできるのはこの旅程においても見せた通りである。
しかしそこが乾いた場所であればあるほど、彼の身体には大きな負担がかかる。まあわざわざこんな小さな水桶の中でなくて、外に出て湖に放してやるほうが広いし合理的だとも思うのだが、心底リラックスしている相棒兼師匠の姿を見ているとなかなか出る踏ん切りがつかないのだった。
結局ショートがそこを出たのは、四半刻近くも経った頃だった。身体を拭き、更衣室に入る。案の定というべきか、もう誰の姿もそこにはない。もしかしたら外で待ってくれているのかもしれないが、独りになる──モサレックスはいるが──というのはそれはそれで気の詰まるものではなかった。元々海の王国では、同年代の仲間が傍にいるなんていうことはなかった。第三王子という身分、減少の一途を辿る人口──ショート自身の性格の問題もあるかもしれないが。
「……俺も花嫁探し、するべきなんだろうか」
籠から衣服を取り出しつつ、そんなことを考える。長兄はともかく、次兄はそのために陸へ出た。今どこで何をしているのかは知らないが、無事に目的を遂げれば遠からず故郷へ帰ってくるのだろう。同じ王族である以上自分にもそういう責務はあるのだろうが、ショートは未だ色恋だとかには極めて疎い少年だった。以前誤ってオチャコの着替え途中を見てしまったときも、ばつの悪さは感じたが、それだけだった。顔を赤らめもしなかったら、それはそれでムカつくと彼女に怒られたものだが。
「どう思う、モサレックス?」
訊くと、肩の上で寝そべるモサレックスはフンと鼻を鳴らした。
「そもそも、私は陸の者どもと結ばれることには反対だ。忘れるな」
「あ……そうだったな、悪ィ」
「……それに、おまえは二兎を追えるほど器用ではあるまい。陸も含めた全世界を守ろうというなら、おなごに目移りしている暇はないはずだ」
確かに、それもそうだ。王族である以上に、自分はリュウソウジャーの一員なのだ。世界を守るために戦う、それを何より優先するべきなのだ。いかに海のリュウソウ族がふたたび繁栄しようとも、この星がドルイドンの手に落ちては元も子もないのだから。
「ありがとな、おかげですっきりした」
「……構わん。俺はおまえの相棒なんだ、気になることがあればいつでも言うといい」
「ああ」
もう一度礼を言いつつ、ショートは下着に足を通そうとした──そのときだった。
勢いよく更衣室の戸が開かれ、人影が半ば転がるように飛び込んできたのは。
「あ──」
「お、」
時が止まったようだった。そこにいたのは、滑らかな黒髪を結い上げ、豊かな肢体を惜しげもなく晒した──どう見ても男ではない、つまり、女性であって。
年齢の割にそういったことに疎いというのは上述した通りだが、異性に裸を見られて咄嗟に局部を隠そうとする程度の分別はあった。
しかし彼の努力とは裏腹に、女は慌てて立ち去るどころか部屋にそのまま入ってくるではないか。しかも、どこか覚悟を決めた表情で。
「お、おいあんた──」
「申し訳ございません、匿っていただけませんこと?」
「匿うって……」
真意を問いただすまでもなく、今度は戸がノックされる。身を硬くする少女。少し悩んだショートは、「……ああ」と小声で返事をした。
戸の向こう側に立つ小柄な影は、びくっと肩を揺らしたようだった。
「……すいません。ここに誰か入ってきませんでしたか?」
予想に反してというべきか、やはりまだ少女のもの。遠慮がちなそれに罪悪感を覚えないといえば嘘になるが、顔を知った人間を売ることにはそれ以上に胸が痛んだ。
「いや……ここには俺ひとりだけだ」
「そう、ですか。……失礼しました」
一礼すると同時に、少女らしき影が去っていく。足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなったところで、ふたり揃って息をついた。
「……ふぅ」
「ありがとう、ございました。ご協力いただいて……わたくしは──」
「いい、事情はあとで聞く。……それより、着替えるからあっち向いててくれねえか」
居た堪れない気分でそう告げると、少女はショートの頭から爪先までをひととおり見渡したあと、ぶわっと顔を赤くした。
「もっ、申し訳ございません……!」
こちらに背を向ける少女。ようやく服を着はじめることができて、ショートはほっとした。籠の中に隠れていたモサレックスがするりと裾に入り込んでくる。騎士竜について説明するには、今は状況が混沌としすぎていた。
万一を考え、ふたりは裏口から外へ出た。人気がないそこを忍び足で進みつつ、往来へ出る。と、少女は「あそこへ入りましょう」ととある建物を指さしてきた。中にはいくつもテーブルセットが置かれていて、人々が談笑している。確かにあの中なら紛れ込みやすいだろう。
奥の席を選んで着席し、やってきたウェイターにこの地方の特産品だという甘茶を注文する。それを待ちつつ、少女は口を開いた。
「──申し遅れましたわ。わたくし、モモと申します。一応、
「そうか。俺はショート……まぁ俺も、勇者、みたいなもんだ」
厳密には違うのかもしれないが、仲間たちもよくそう自己紹介しているのを思い出し、それに倣った。
「それで、なんで──」
なんで追われていたのか。そう尋ねようとしたタイミングで、甘茶が運ばれてきてしまう。一瞬の気まずい沈黙のあと、喉が渇いていたこともあって、ひとまずは揃ってカップに口をつけることにした。
「んっ」
途端、思わず声が洩れる。瞠目しつつ、口を離した。
「お口に合いませんでした?」
「いや……。思ってたより甘ぇから、驚いただけだ」
「あら、この辺りでお茶を飲むのは初めてですの?」
「この街には今日来たばかりだ」
「まあ、そうでしたの」
「でしたら、」と続けて、モモは片手を挙げた。ウェイターが再びやってくる。彼女が聞き慣れない単語を次々に提示していく。何やら注文しているらしかった。
「何を頼んだんだ?」
「お菓子ですわ。この辺りではあまりお酒が飲まれなくて、皆さん昼下がりにお菓子と甘い紅茶を楽しみながらおしゃべりをするのが定番ですのよ」
「そうなのか。地域によって色々な文化があるもんだな……」
そういう地域ごとの様々な文化というものを、ショートはようやく学びはじめたところだった。海の底で育ち、地上を知らずに生きてきた。このような乾いた砂礫の中にさえ生命が息づいている、それどころか生きることを楽しむために様々な文化を編み出しているのだと知って、ショートは新鮮な驚きと喜びに満たされていた。
「ショートさんのご出身はどちらですの?」
「!、俺は……その、海……?」
「海?港町ですか?」
「いやまぁ……──そんなことより、なんで追われてたんだ?相手に正当な理由があるなら、今からでも俺はあんたを捕らえて突き出さなきゃならねえ」
「!、………」
モモは回答に逡巡しているようだった。しかし口ではああ言ったが、モモが何か悪事を働くような人間には思えなかった。とすれば、追う側が悪人ということも考えられる。たとえば、彼女が何か悪事の証拠を握ってしまったとか──
ややあって、モモは意を決したように顔を上げた。
「……巻き込んでしまい申し訳ありません。実は、わたくし──」
──そのときだった。
「見つけた……!」
「!」
店に飛び込んできたのは、目つきの鋭い少女だった。小柄でボブカットの青みがかった黒髪は、モモのそれとは対照的なもので。しかし彼女こそが追手であることは、一心不乱にこちらへ迫ってくる様子からも明らかであって。
ふたりは咄嗟に立ち上がり、他の客席を飛び越えて窓枠から飛び出した。その際にモモが振り返り、
「お釣りは結構ですわ!」
そう言って、金貨一枚を投げ渡した。
「ッ、なんて逃げ足の速い……!」
舌打ちしつつ、少女はふたりのあとを追って駆け出した。
*
同じ頃、街の心臓ともいえるオアシスの真っ只中に、花束を持った男の姿があった。色とりどりの鮮やかな花々とは裏腹に、頬はこけ、瞳は昏く濁っている。
その視線は一心に、美しい泉に注がれていた。
「……涸れちまえばいいんだ、こんなもん」
唸るような声でつぶやかれた言葉は、その恩恵を享受する街の人々にはおよそ聞かせられないものだった。
男は暫し立ち尽くしていたが、程なくして花束を湖に投げ捨てた。そして踵を返そうとして、
「バァ〜〜ッ!!」
「うわあぁっ!?」
いきなり視界が化け物の顔面いっぱいになって、男は驚きのあまり足を滑らせそうになった。そんな彼を咄嗟に引き留めたのは、その化け物当人であって。
「ビックリさせてメンゴメンゴ!」
「な、なんなんだ……おまえ!?まさかドルイドン──」
「しーっ!そんなことよりおまえ、この湖涸らしたいんだろぉ?聞いちった♪」
「………」
男の目に憎悪の光が宿る。ぽつぽつと語られる理由を聞いて、彼──クレオンはますます邪悪な笑みを深めた。
「オーケーオーケー。だったら手ぇ貸してやるからさ、おまえも身体ぁ貸してくれよぉ」
「身体を……?」
どろりと粘液の垂れた指が近づいてくる。ごくりと唾を呑み込みながらも、男はそれを受け入れた。