【完結】僕のリュウソウアドベンチャー   作:たあたん

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32.日蝕 1/3

 

 思い浮かぶその表情はいつも、朗らかな笑顔に彩られていた。

 

──タマキ!

 

 いつも後ろをとぼとぼ歩く自分の名を、彼は何度も明るい声で呼んでくれた。差し伸べられる、少年にしては大きく逞しい手。自分の骨ばったそれと比較するといつも気後れしてしまうのだけれど、それ以上に温かなそれが大好きだった。

 

 あるとき、こんな質問をぶつけたことがあった。

 

──もし俺が死んでしまったら……俺のこと、わ、忘れないでいてくれる……?

 

 するとミリオは珍しく怒り顔になり、

 

──縁起でもないこと、言うもんじゃないよね!

 

 怒らせてしまったと、タマキは慌てた。自分には彼しかいないのだ。お願い、俺に失望しないで。見捨てないで。

 そんな尋常でない想いを知ってか知らずか、ミリオはへらりと相好を崩した。

 

──それに、そんなのお互い様だよね。タマキももし俺に何かあったら、忘れないでくれると嬉しいな!

 

 忘れない、忘れられるわけがない。だってミリオは、タマキにとって太陽そのものなのだ。いつだって世界を明るく照らし、その輝きで行くべき道を指し示してくれる。

 ならば、太陽が失われることがあったら?ミリオが死ぬかもしれないという仮定の話をしていてなお、タマキにはそんな日がくるとは思いもよらなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 エイジロウは一瞬、言葉を失っていた。

 目の前の光景が、現実とは思えなかった。

 

「タマキ、センパイ……?」

 

 ガイソーグの兜の下から現れたのが、タマキの顔であるなどと。

 

「タマキ先輩が……ガイソーグ……?」

「………」

 

 スリーナイツだけではない、イズクもショートも、もちろんコタロウも事態が呑み込めていなかった。ただカツキだけは、ほんの一瞬目を見開きはしたものの、すぐに何かを悟ったような表情を浮かべて唇を引き結んでいたのだが。

 

「……やっぱり、きみたちはすごいよ」

「!」

 

 つぶやかれた声音は、まぎれもなくタマキその人のものだった。

 

「でも──それだけだ」

 

 不意にガイソーグ──タマキの手に握られたのは、黄金のリュウソウルだった。それを鍔に噛ませ、

 

『ビュービューソウル……!──ガイソー斬!』

 

 刃が振り下ろされ、それと同時に無数の鎌鼬がリュウソウジャーに襲いかかる。砂塵を巻き上げたそれらは彼らの視界を完全に塞いでしまった。

 しかし、追撃は来ない。砂塵が晴れたときにはもう、タマキの姿はどこにもなかったのだ。

 

「タマキ……センパイ……」

 

 

 *

 

 

 

 冷たく鋭い真実が奔流のように襲い来てなお、時は経ち、事態は望むと望まざると前へ進んでいく。

 

 エイジロウたちは至急とった宿の一室に集い、今後のことを協議していた。といっても、その話題がタマキひとりのことに集約されるのも必然であったのだが。

 

「なんで……どうして、タマキセンパイが……?」

 

 エイジロウの独白めいた疑念の声に答える者はいない。それは皆に共通した感情であるからだ。

 

「彼は我々と同行していながら、裏ではガイソーグとして攻撃を仕掛けてきていたということか……」

「でも、ドルイドンの仲間ってワケでもなかったでしょ?何がしたかったんやろ……」

 

 目的はわからない。ただひとつ言えるのは、タマキは少なくとも味方ではないということ。仲間ではないにしても時に手を組み、こちらに刃を向けてきた。そう、ゾラとの決戦時にも──

 

(!、もしかして、ゾラと結託してたのは──)

 

 "ある事実"に行き着いたイズクだったが、それを彼が口にするより早く場を纏める言葉を発する者がいた。

 

「野郎がナニ企んでようが関係ねえ。重要なンはあいつが俺らに襲いかかってきて、うち二度もマイナソー退治を邪魔したっつー事実だ」

「!、カツキ……」

 

「ヤツは、俺が殺す」──カツキは明確にそう言い切った。そこに迷いはないし、もっと言えば"殺す"という言葉もいつも仲間に対して発しているような口癖のそれとは異なる。彼は本気で、リュウソウ族の裏切者の血で己の手を穢すつもりなのだ。それも、特段親しいわけではないといえど兄弟子の命を──

 

「待ってくれ、カツキ!!」

 

 わかるけど、それでも受け入れられないとばかりにエイジロウが真っ向から反駁した。

 

「あの人が俺らの味方じゃねえっつーのは、おめェの言う通りかもしれねえ。……でも、それでもっ、俺はタマキセンパイを信じてえ!」

「!、エイジロウくん……」

 

 カツキがそうであるように、これもまたエイジロウらしい言葉であることは間違いない。しかしそれは、あまりに──

 

「──ッ!」

 

 次の瞬間にはエイジロウは胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられていた。それをするのは言うまでもない、エイジロウのそれより純度の濃い赤い瞳をもつ少年で。

 

「甘ぇんだよ……っ、てめェは!!アイツがこれから先、ドルイドンにつかねえ保証なんてどこにもねえんだぞ!!」

「……それは、確かにそうかもしれねえな」ふたりを分けようとしつつ、同調するショート。「あの人が何を考えて俺たちと一緒にいて、騎士竜のことまで教えてくれて……それなのにガイソーグとして襲ってきたのか、俺には皆目見当もつかねえ」

 

 そう、わからないのだ。だから最悪の可能性を考え、彼を討つ──他ならぬ無辜の人々を犠牲にしないためにも。

 カツキのそれもまた、騎士としてのあり方のひとつだ。尊敬できる先達として、また友人(ダチ)として、エイジロウはそういう彼のシビアだがまっすぐな姿勢を尊重している。今だってそれは変わらない。

 

「わかってる……そんなの俺のエゴだってことは」

「だったら──」

「でもショートの言ったように、俺らの力になったこともあった!パキガルーのこともそうだし、初めて会った日……俺がマイナソーの毒のせいで折れそうになったときも、あの人の叱咤があったからもう一度立ち上がれたんだ!そういうのが全部、嘘っぱちだったなんて思えねえ!」

 

「俺は勇猛の騎士……リュウソウレッドだ。その使命は必ず果たす。……どっちも、あきらめねえ」

「ッ、………」

 

 カツキの手からわずかに力が抜ける。それを見計らって、エイジロウはそこに己の手を添えた。互いの高い体温を感じながら、ゆっくりとそれを身体から離す。

 

「──かっちゃん、」

 

 仲間うちでカツキをそう呼ぶ者は──戯けているときは別にしても──ひとりしかいない。

 

「信じるに足るかどうか、確かめるチャンスはあるんじゃないかな。……ううん、僕も確かめたい。"どっちも獲る"──それは、僕らがロディに伝えたことでもあったはずだ」

「………」

 

「いずれにせよ、ここでじっとしていても始まらない。──捜そう、タマキ先輩を!」

「せやね。まずは行動、あるのみ!」

 

 彼らの言葉で、リュウソウジャーは動き出した。たとえ何も解決しなくとも、とにかく動くことで見えてくるものもあるのだから。

 

 

 *

 

 

 

 一方、そのタマキ青年は、薄暗い路地裏に身を潜めていた。エイジロウたちから逃げているというよりは、そういう場所に居ざるをえないというある種の強迫観念からくる行動。長じるにつれ慣れはしたが、元来タマキは明るい場所が苦手なのだ。

 

「ッ、はぁ……は……は、」

 

 リュウソウケンに瓜二つのガイソーグの剣──名をそのまま"ガイソーケン"という──を地面に突き立て、片膝を立てて座り込む。その身は鎧から解放されているが、心はそうではない。彼は今、境界の苦しみの中にいるのだ。

 

(結局、駄目だった……俺は)

 

 澱んだ瞳の中に、焦がれてやまない少年の姿を幻視する。しかしその顔をまともに見ることができず、タマキはぎゅっと目を瞑った。

 

「ミリオ……おまえが世界を照らしてくれたから、俺は──」

 

 濁る意識の中で、二度とは戻らない日々の記憶が甦ってきた。

 

 

 物心ついた頃から、自分は暗い人間だった──タマキの認識が客観的かどうかはさておき、引っ込み思案で口下手であったことは間違いないだろう。とりわけ喜怒哀楽が明確で身体も頑丈なリュウソウ族の子供たちは、遊びも喧嘩もとかく激しくなることが多い。タマキのような子供が自ずから孤立してしまうのは、これはもうやむをえないことでもあった。

 

 そんなタマキに手を差し伸べてくれたのが、ミリオだった。彼はいつもタマキの手を引き、閉じた世界から連れ出してくれた。そんな彼がリュウソウ族でも栄誉をもって称えられる"騎士"を現実の目標として語っていたのは当然のことだったし、いつしか自分もその背中に憧れるようになった。

 果たしてタマキは剣の才においては、ミリオと同等のものがあった。それゆえ年少にしてミリオとともにリュウソウジャー候補にまで挙げられたのだ──師匠である、マスターブラックによって。

 

「タマキ、俺たち一緒にリュウソウジャーになれるかもしれないね!」

 

 ミリオが無邪気にそんなことをのたまうものだから、タマキは恐縮した。

 

「そんな……むりだよ、ミリオはともかく俺は……」

「そんなことないさ!タマキは腕も立つし、努力家だし、クールなように見えて熱いハートを持ってるんだよね!だからタイガランスかミルニードル……ミルニードルは物静かなヤツが好きらしいからそっちかな、に選ばれると思うよ!」

「………」

「それで俺がタイガランスに選ばれれば、完璧なんだよね!」

 

 夢見るミリオの笑顔は、いつだってあまりに眩しかった。

 

 

 結局、程なくミルニードルに選ばれたのはカツキだった。タマキもこれには納得した。彼は兄弟子である自分たちと比べても図抜けた能力をもち、"神童"と持て囃されていた。マスターブラックとの稽古で堂々とした戦いぶりを見せていたこともタマキの記憶に残っていた。ただ彼はリュウソウ族としても極めて苛烈な性格であったので、その点は少々意外ともいえたが。

 このぶんだと次代のリュウソウジャーとして、ミリオとカツキがコンビを組むことになるだろう。寂しい気持ちはあったが、それでいい。太陽のような眩い輝きを放つ者こそ、リュウソウジャーになるべきなのだから。

 

──しかしタイガランスに選ばれたのはミリオではなく、騎士見習いの中ではいちばんひ弱で力もない、周りから馬鹿にされているような少年だったのだ。

 

(どうして、あいつが)

 

 その少年が与えられたリュウソウチェンジャーを愛おしそうに撫でているのを目の当たりにして、腸が煮えくり返りそうになったときもある。しかしちょうどそこにミリオが現れて、

 

「イズク、良かったな。おめでとう!」

 

 なんら含むことのない祝福の言葉と笑顔に、タマキはますます自分のことが嫌いになった。

 

 

 その夜。日課の鍛錬を終え、ふたりで夕食の干し肉を齧っているときのことだった。

 

「タマキ、なんか元気ないね?」

「!、そんな……ことは」

「あるよ!俺はタマキのこと、大体なんでもわかっちゃうんだよね」

 

 恥ずかしげもなくそう断言するミリオが、今は少しだけ憎らしい。

 

「……ミリオは、どうして素直にあいつを讃えられるんだ?」

「イズクのこと?」

「だって、ミリオのほうが騎士として実力がある」

 

 ミリオが笑みを消し、真剣な表情を浮かべる。

 

「力だけじゃ、騎士は務まらない。マスターが常日頃俺たちに言っていることだろう」

「わかってる……!もちろん力だけじゃない、英雄としての資質だって!」

「………」

「悔しくないのか、ミリオ!?……俺は悔しい。ミリオなら、先代にも負けない立派なリュウソウジャーになれたはずなのに……っ」

 

 ミリオは自分だけじゃない、世界そのものの太陽になれたはずなのに。その可能性を摘まれてしまった、横から掠め取られてしまった。

 ふたたび仄暗い思考に囚われかかるタマキの隣で、不意にミリオが立ち上がった。

 

「悔しいよ」

 

 静かな声だった。普段の彼からは、想像もつかないくらい。

 

「でもイズクなら、俺と同じくらい……ううん、俺以上に素晴らしいリュウソウジャーになれると信じてる。彼がそのために血の滲むような努力をしてきた姿を、俺は知っているから」

「……知っていても、納得できないことはある……」

 

 「そうだね」と、簡素な返答。そして振り向いて、思いもかけぬことを言った。

 

「タマキ、俺と一緒に旅に出ないか?」

「え……」

 

 篝火に照らされたミリオのつぶらな瞳は、希望に満ちた煌めきに満たされていた。

 

「俺はもっと広い世界が見たい。想像したこともないような場所とかモノとか、人も、この世界にはたくさんあるんだ。タマキと一緒にそういうのと出逢えたら、きっとすごく楽しい」

「ミリオ……」

「それに、各地に封印された騎士竜たちを見つけ出して復活させれば、新たなリュウソウジャーになれるかもしれないしね!」

 

 冗談めかして笑うミリオの姿に、タマキは胸のうちがぽかぽかと温かくなるような錯覚を覚える。それは初めてのことではなかった。

 

(いつだってそうだった、ミリオがそばにいると)

 

 だからミリオは太陽なのだ。闇が心を占めようとすることがあっても、そのまぶしい光で吹き飛ばしてくれる。彼がいれば自分も、騎士として正しく在れる──

 

 

(でも──太陽はもう、失われてしまった)

 

 だから自分は、正しい道を進めない。騎士として在ることもできない。

 

 だから──この呪われた鎧とともに、奈落の底へと堕ちていくしかないのだ。

 

 

 

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