「さあ! 年末の中山で行われます、一年の総決算!
全国のファンとウマ娘の願いと想いをその一身に背負い。冬のターフを駆け抜けるグランプリ、有マ記念が始まろうとしております!」
実況の興奮気味の声が中山競バ場に響く。
「出走の前に、この度はまさにまさにスペシャルなゲストとして!
別の世代に生まれていれば、それぞれのウマ娘が王者であったであろうと言われている黄金世代!
そしてこの中山で鎬を削る名勝負を繰り広げた、御二方に来てもらっております!
スペシャルウィークさんとグラスワンダーさんの御二方です!」
ターフビジョンに実況席のウマ娘の姿が映し出されると、スタンドからは寒空を跳ね除け、雪を溶かし尽くしそうなほどの歓声と熱量が生まれていた。
「スペシャルウィークさんとグラスワンダーさん、この度はオファーを受けていただきありがとうございます!
早速ですが、御二方の注目するウマ娘をお教えいただいても宜しいでしょうか?」
顔を見合わす、スペシャルウィークとグラスワンダー。
「スペちゃんからどうぞ〜」
のほほんとした口調でグラスワンダーが、先を譲る。
「では。……どの娘も強いウマ娘ですが、私の一推しは。……うーん、やっぱりダブルティアラである二番のブエナビスタちゃんですね!
オークスでの重く渋ったバ馬でも、力強くて凄まじい豪脚を見せてくれました。その豪脚を存分に発揮すれば勝てると思います!
でも、実のところはリーチザクラウンちゃんと、どちらにしようかひじょーに迷いました」
スペシャルウィークは頬を指で掻きながら、笑う。
その姿に観客席の方からも笑い声が上がる。
「次は私ですね〜。私の一推しはセイウンワンダーちゃんですね。彼女も朝日杯フューチュリティーステークスで勝利を飾ってますので。
……そうですね〜どこか、自分と重ね合わせて見てるのかも、ですね〜。
理想的なレース展開としては、私がスペちゃんを宝塚記念で差した時のようなレースをして欲しいですね〜」
実況者は、グラスワンダーの穏やかではあるが、どこか抜き身の日本刀を思わせるような言葉により、実況席の温度が数度下がった気がした。
有マ記念のその瞬間を思い出した為か、スペシャルウィークは耳と尻尾をピンと立たせ、身震いする。
「え〜っと。……スペシャルウィークさんにグラスワンダーさんの一推しのウマ娘でした!
では、出走ウマ娘をもう一度、枠とウマ番のおさらいをしていきましょう」
この空気は不味いと思った実況者は切り上げ、朗々と枠と番号、そして軽い近走を読み上げてゆく。
「五枠九番ドリームジャーニー!
その小さなバ体に夢を背負い旅をしてきた!
今年の春の宝塚記念は追走を振り切り見事に覇者となりました。が、旅には苦労がつきもの。
オールカマーではマツリダゴッホを捉えきれず二着の惜敗。秋の天皇賞では六着と負けてしまいました。……しかし、同年でのグランプリ連覇の夢を目指して仕上げてまいりました!
気合十分です!」
ドリームジャーニーは集中していた。
それこそ実況の声も観客席の歓声もが聞こえないほどに。
我がウマ娘としての夢の旅路のクライマックスであり、自分の果てを見せれるのはここだという予感があった。
今がまさに肉体的にも精神的にもピークである。
今年の有マ記念の優勝を逃してしまうと来年の有マ記念では勝てないだろう、再来年は重賞レースの一つも勝てなかもしれない。
必ず勝って、池雨トレーナーと我が妹に夢の旅路の果てを見せる。
「さあ! 各ウマ娘ゲートインしました!
天気は晴れ渡り、バ場状態も良となっております!
どの娘がグランプリの栄冠をもぎ取るのか! ……今、発走しました!」
ドリームジャーニーは出遅れてしまった。しかし、最初から脚を溜める為に後方で待機しようとトレーナーと十分に話し合って決めていた為に何の問題もない。
「ドリームジャーニー出遅れた!
対して好スタートを切ってハナを進むのはリーチザクラウン!
グングンと加速して気分良くハナを進みます。追走するのはミヤビランベリとテイエムプリキュア。
さらにやや離れたところにシャドウゲイトが続く!
一番人気のブエナビスタは後方からではなく六番手の位置につけております!
ちょっとかかり気味か? セイウンワンダーたちは中団でじっくりと走っております!
おっと、エアシェイディは意図的に最後方に下がりました、これも作戦の内でしょうか!」
ホームストレッチを走りながら、ドリームジャーニーは気がつく、ペースが異様に早い。
リーチザクラウンが逃げているのに釣られて、先行集団はハイペースで走っている。いや、走らされている。
……ああ、池雨トレーナーと各ウマ娘の研究をし尽くした甲斐があった。
あの娘達はスタミナが不足して必ず、垂れてくる。
焦らずにじっくりと脚を溜めて、爆発させる。
「ホームストレッチを突き進み、第三コーナーに入ります!
前半一千メートルに入りましたが。……五十八秒六!
速い! ペースは落とせてません!
この展開はどうでしょうか、スペシャルウィークさんにグラスワンダーさん!」
「うう〜、ハナを進むリーチザクラウンちゃんや先行集団のスタミナが心配です。先行総崩れになってしまうかも」
スペシャルウィークは心配顔でハナを進む、リーチザクラウンと先行しているブエナビスタを見つめる。
「中団に位置取って脚を溜めている娘達が最後の直線で差す可能性が高い。ですね〜」
対して、グラスワンダーはニコニコと笑顔である。
「ありがとうございます、では、先頭から見ていきましょう!
先頭はリーチザクラウン、四・五バ身を離れて、ミヤビランベリと三番手テイエムプリキュア、そしてちょっと切れましてシャドウゲイトが続いております!
今年のダブルティアラ、ブエナビスタが上がっていきます、いつもより前です!
そして中団の先頭にはスリーロールスが。……あっ! スリーロールス下がっていきます! スリーロールス故障か?! スリーロールス後ろに下がっていきます!」
ターフビジョンの前の観客席からはどよめきが上がる。
実況席のスペシャルウィークとグラスワンダーはレース中の故障発生に驚き、手で口を覆ってしまう。
幸いなことに、あの時とは。……サイレンススズカの時とは違い、転倒していないのが唯一の救いであった。
ドリームジャーニーの前方から下がってくるスリーロールスがいる。
大量の汗が吹き出し、苦悶の表情を浮かべながらも、まだ完全に脚を止めていない。
ああ、故障か。……どれだけ万全の状態だとしても、不測の事態は訪れる時がある。
「まだ走りたい。まだ走れる。まだ走らないと。私は菊花賞を獲ったウマ娘なんだ!
こんなところで有マ記念制覇の夢を終わらせたくない! 終わらせれない! 終わらさせられてなるものか!」
スリーロールスは必死の形相で吠えながら懸命に脚を動かそうとしていた。
その姿を見て、ドリームジャーニーは決心した表情でスリーロールスに近づく。
「安心しな。アンタの有マ記念制覇の夢は終わらない。アタシが背負って、一緒に夢のような旅路に連れて行ってやる。――何たって、アタシの名はドリームジャーニーだからな!」
自信満々に言い放つドリームジャーニー。
「ドリームジャーニーさん、私の……有マの夢を一緒に、夢の旅路に連れて行ってくだ……さい。ありがとう」
脚を止めたスリーロールスの目の前を光の加減か、金色に煌めくような綺麗な鹿毛と白い鉢巻が疾走してゆく。
ドリームジャーニーの勝負服であるスカジャンの背には、金色の糸で大きく刺繍された「夢」の一文字。――それが任された、と雄弁に語る。
「スリーロールスがレースを中止しております、故障発生!
医療チームが向かっております。無事だとよいのですが」
レース中に故障が発生しても、ライバルの誰もが脚を止めない。
否――レースを中止してしまってはスリーロールスを、その覚悟を侮辱してしまう。
彼女の分も背負って全力でターフを駆け抜けるのが、同じレースに出走したライバルとしての礼である。
そう、ウマ娘の誰もが考えている。
故に気が勝ってしまい、暴走とも呼べるような走りをはじめてしまうウマ娘も少なくない。
「ここだ! ソレッ! ソレッ!」
しかし、冷静に中団に位置し、脚を温存していたウマ娘が、仕掛けどころと判断して動き始める。
「さあ! 間もなく第三コーナーにかかります!
先頭は依然としてリーチザクラウン。……あっ!
マツリダゴッホ! マツリダゴッホが早くも捲った!
一昨年の有マ記念覇者が外から捲った!
ブエナビスタも動きはじめている!
さらなる激流を生み出したマツリダゴッホ!
ブエナビスタも先行集団から抜け出しはじめている!
ハナを進んでいたリーチザクラウン達はズルズルと垂れる!」
リーチザクラウンはハイペースで逃げていた為に完全にスタミナ切れであった。
そのペースに追走していた、ミヤビランベリとテイエムプリキュア、さらにはシャドウゲイトまでもがスタミナが切れて垂れてゆく。
中団の内ほどに入っていたセイウンワンダーの前に垂れてきた先行集団の壁が出来上がる。
「っ! 仕掛けどころを見誤りましたか!
前にも、外にも、内にも壁が! 抜け出さないと!」
セイウンワンダーは垂れてきた先行集団を捌きながら、ジリジリと追い上げる。
一方、仲良く後方待機をしていたドリームジャーニーとエアシェイデイの二人は総崩れとなった先行集団と、垂れウマが直撃した中団を内側に見ながら、外を駆け上がる。
「第四コーナーをカーブし、マツリダゴッホが先頭を爆走しております!
その後ろをブエナビスタがピッタリと追走!
ブエナビスタまだまだ余力がありそうです!
逆にマツリダゴッホは、いっぱいいっぱいか?!
自らが生み出した激流に飲まれずにゴール板を駆け抜けれるか?!
そして後方から栗毛のエアシェイディと鹿毛のドリームジャーニーの二人が驚異の追い上げを魅せる!」
何なのこの娘。
何で? あんなにハイペースで先行してたのに、垂れないなんて、振り切れないなんて。
振り切ってカーブの終わり際で一息つけてから、直線に入る筈だったのに。……スピードを落とせない。今、交わされたら、差し返せない。
あ。……ダメだ。
「マツリダゴッホ失速! ブエナビスタ強い!
交わして先頭を駆ける!
さらには後ろから凄まじい末脚を爆発させている、ウマ娘がいるぞ!
ドリームジャーニーだ! 最後の直線200、ブエナビスタが伸び返す?!
ドリームジャーニーも負けじと伸び返す!」
大歓声が響く中、ドリームジャーニーの耳には静寂が流れていた。
限界なのかもしれない。いや、心臓も肺も限界を超えて踊っている。
残ったスタミナと根性を振り絞り、脚を我武者羅に回転させて駆け抜けるしかない。
意地だ。……小さくても、軽くても、大した実績が無くても、中々G1に勝てなくても、両グランプリ制覇という夢のような旅路をみんなに魅せる。
それが次の、どこかの、全く知らない誰かの、夢のような旅路に繋がると強く信じているから。
そう、新たな夢のような旅路を拓くのがアタシの使命だ。
「ああああ!!
夢を背負ってんだ!
さっきもダチに夢の旅路に連れて行く約束したんだ!!」
鬼気迫る形相での、意地の加速。
「ドリームジャーニー交わした!
ジャーニーだ! ジャーニーだ! 夢への旅路だ!
ドリームジャーニー先頭に立った! ドリームジャーニーが一着だ!
ブエナビスタ敗れた! ブエナビスタ二着! 半バ身差の意地の決着だ!
今、夢への旅路が一つの通過点を駆け抜けました!」
全身全霊をもって、ウマ娘全員がターフを駆け抜ける姿を、誰もが目に焼き付けていた。
ドリームジャーニーよりも少し大きな背丈で、似た顔立ちの鹿毛のウマ娘は興奮した様子であった。
「姉さん、凄い! アタシも姉さんみたいに誰かの為に。……」
「ゴルシちゃん、大・興・奮!」
鹿毛の少女の隣で、芦毛のあどけない顔であるが、自らをゴルシちゃんと呼ぶ大きな少女が飛び跳ねる。
「おいあんた! あのジャーニーの姉御ってすげぇのな!
ゴルシちゃんも早くあんな走りをしたいぜぇ!
でもって、ジャーニーの姉御みたいに格好良くポーズを決めるんだ!」
仕立ての良い、フリフリのついたお嬢様みたいな服を着たゴルシちゃんはポージングを次々に繰り出す。
「えっと。……ゴルシちゃん? 周りに迷惑がかかるからポーズするのはその辺で……」
「あん! 何でアタシの名がゴルシって知ってんだ?
はっ! まさかエスパーだな!
かかってこい宇宙人め、地球の平和はゴルシ様が守ってやるぜぇ!
ところでアンタの名は何て言うんだ?」
少女は、その瞬間に彼方此方に飛ぶ話についていくのが無理だと悟った。
「えっと。……エスパーでも、宇宙人でもないけど。……わたしはオルフェーヴル」
「オルフェか!
アタシはゴールドシップっていうんだ、未来の大スターだぜぇ!
よろしくな!」
抜群の笑顔で握手を求めるゴールドシップ。
オルフェーヴルはその手を握るか、否かを考えて。……ゆっくりと握る。
「よし! これでアタイ達はマブダチだぜ、オルフェ」
「う。……うん、よろしくねゴルシちゃん」
有マ記念の観客席にて、ほんの少し先の未来で金色の暴君と呼ばれる少女と、黄金色の不沈艦と呼ばれる少女の初遭遇であった。
まだ覚醒前のいじめられっ子だった暴君。
フェイトフルウォーは後で泣かす。
アンケート設置しました。
結果如何によっては……ifのレースが行われます。
史実通り、九月にドリームジャーニーは引退
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