選抜レースでの敗戦から早くも数週間が過ぎ。
トレセン学園の満開であった桜は散り、葉桜となりはじめていた。
オルフェーヴルは池雨トレーナーの元で日々トレーニングに励んでいた。
その日はオルフェーヴルと同期であるダノンバラード、カフナのウマ娘も池雨トレーナーにスカウトされ、三人仲良く、交代で併せウマをしていた。
「おーし、いい調子だぞ〜。オルフェにバラードは、ブロックする感覚を覚えろよ。カフナは追い抜けるか試してみろ」
元気よくトレーニングに精を出す三人のウマ娘。
「どうよ、グローリー! このネイル〜カワイイっしょ〜。自信作〜♪」
「イイっすねジョーダンパイセン! 自分も、後でネイルしてもらってもイイっすか」
後輩が頑張っている最中にも関わらずに、トラック外で休憩という名のサボりをしている、トーセンジョーダンとトゥザグローリーの二人。
「ジョーダンとグローリーは後輩と先輩を見習えよ、坂路追加で三本な〜! 走れ走れ! 特にグローリーは次は青葉賞だろうが! 来週だぞ!」
「ういーっす。頑張ります。……ジョーダンパイセンいくっすよ。早くしないと坂路追加がまたくるっすよ!」
「ううっ。……努力とか嫌なのに。なんか後輩に負けてるとか暗に言われたら、ムカつく〜! グローリー行くよ! サッサと終わらせてアンタにネイルしてやるんだから!」
奇声を上げながら坂路コースへ向かう、トーセンジョーダンとトゥザグローリーの二人。
「今年もいい具合に歯車が噛み合ってきたな」
思春期真っ盛りのうら若きウマ娘達。
多数のウマ娘を育成しているトレーナーにとって、ウマ娘同士の軋轢が生じるなどは日常茶飯事である。
しかし、今のところ池雨トレーナーの元では先輩後輩に良い影響が及んでいるようであった。
池雨は、次の天皇賞・春を目標に、一人黙々と走り込んでいるドリームジャーニーの方に目を向ける。
「うん? ジャーニー! 走り込むの止めて、こっちに来てくれ! 歩いて来いよ!」
池雨は僅かにだが、走り込むドリームジャーニーのフォームがブレている事に違和感を感じ、ドリームジャーニーを呼ぶ。
「んだよ。集中してて、いい感じだったのに」
ドリームジャーニーは口ではそう言いつつも、池雨の歩いて来いという指示を守る。
「んで、アタシに何用よ?」
「気の所為であってほしいんだがな。……ちょっと右脚首を見せてみろ」
「ん?」
ドリームジャーニーは首を傾げながら座り、右脚のトレーニングシューズを脱ぎ、靴下を脱ぐ。
「腫れてんな」
「ああ、腫れてるな」
池雨はジャーニーの脚首を触りながら、そう言い合う。
池雨は、いつでも応急処置ができるように持ち歩いている鞄から、コールドスプレーを取り出し、ドリームジャーニーの右脚首に吹きかける。
「ジャーニー。春天どうする? 屈腱炎でもなさそうだし、骨や腱には異常はなさそうだが、大事を取って回避もありだと思う。……走るか走らないかの判断をするのは、ジャーニー自身だ」
その言葉にドリームジャーニーは腕を組み、唸りながら考える。
レースで走り続けなければ、人気投票で票を得られなくなり、オルフェーヴルと一緒にグランプリのターフに並び立つのは難しくなる。
かと言って、無理をして故障すれば、そのまま引退する可能性が高くなる。
暫くの間、葛藤を続けるドリームジャーニー。
「よし。……回避しよう、春の最大の目標は当初の予定通り宝塚記念。そして連覇だしな」
ドリームジャーニーはニッと笑う。
「まあ。……人気投票も大丈夫だろうし、もし万が一人気投票が駄目でも、取得賞金額的にはボーダーは超えているはず」
どのウマ娘でも気軽に出走登録できないのがG1レースであり、グランプリなのである。
グランプリはファン人気投票での上位ウマ娘10名、それ以外のウマ娘は獲得賞金の多寡によって出走できる。
余談であるが、レース賞金は未成年の彼女達の手に直接渡されるのではなく、保護者に渡される。
競バ場には金が埋まっている。
そう比喩表現されるのはこの賞金があるからである。
トレーナーの手元にも賞金の数%がボーナスとして入る為に、どのトレーナーもレースで勝てる一流ウマ娘を育てようと躍起になっている。
さらには実家が貧しいウマ娘は獲得賞金で、家族を養っているパターンもあった。……名ウマ娘の一人であるタマモクロスもそうであった。
「分かった。春天回避を知らせてくるからな。……ジャーニー、迎えに来るからゆっくり休んどけよ」
「おうよ。アタシの事を放ったらかしにせず、早めに帰ってきてくれよな〜」
池雨は何度もドリームジャーニーに走るなよ、安静にしとけよと釘を差し、校舎の方へと向かっていった。
「っ! クソが!」
拳を地面に振り下ろすドリームジャーニー。
「思っていたよりも、体にガタが来るのが早えじゃねぇか」
昨年の有マ記念の時にも感じていた。
あの一年、あの瞬間がピークだった。
それを理解していても、今を走れない悔しさと、もう走れなくなってしまうのではないかという恐怖で震えそうになる。
翌日、校内新聞。通称、トレニチにドリームジャーニーの春天回避の情報が掲載された。
四月の頭に行われた産経大阪杯でドリームジャーニーを破った、テイエムアンコールとの再戦。
さらにはジャガーメイルとも、この春天で再戦する事になっていた為に落胆の声が大きかった。
「おい! オルフェ! ジャーニーの姉御が春天回避って本当かよ! いや、それよりも怪我はどうなんだ! なあ!」
選抜レース以来、オルフェーヴルの事をチビオルフェと呼ばなくなったフェイトフルウォー。
カフェテリアで食事を取ろうとしていたオルフェーヴルに、トレニチを握り締めながらフェイトフルウォーは詰め寄る。
「フェイトちゃん、ちょっと近いよ。姉さんは午前中に病院に行って精密検査するみたい。……午後には帰ってくるよ」
「サンキューオルフェ! 放課後にジャーニーの姉御に見舞いの品を持っていくから伝えておいてくれよ!」
新鮮な情報を得たフェイトフルウォーは、ランチも食べずにカフェテリアから走って出て行く。
「……。そういえば、姉さんってよく姉御って呼ばれてるな〜。ゴルシちゃんも姉さんの事をジャーニーの姉御って呼んでたし」
どうでも良い事を考えながら、ランチを食べるオルフェーヴルであった。
史実通り、九月にドリームジャーニーは引退
-
する
-
しない