駅というのは様々な人種の坩堝である。
特に新大阪駅ともなれば、英語から中国語、韓国語にフランス語、日本語にしても様々な方言が飛び交っている。
じっとりとする梅雨時の暑さにも負けずに、目的地に向かって歩く人々。
暑いが、頑なにトレードマークのニット帽を外そうとしないナカヤマフェスタ。
その人の波に酔いそうに。……すでに新幹線に酔っていた。
ナカヤマフェスタは近距離であれば大丈夫なのであるが。……長距離の移動を苦手としていた。
どんな乗り物。……つまり、バスでも、新幹線でも、飛行機でも、長距離を乗ると、酷い乗り物酔いとなり、数日は調子が悪くなってしまう。
その影響により、関西開催のレースの勝率は散々なものである。
……ならばと、宝塚記念に勝つ為の秘策の一つとして、一週間前に関西の地へと降り立ち、完調を目指そうという魂胆であった。
「調子わりぃ」
愚痴っても体調が良くなる訳でもないのだが。……どうしても梅雨時の不快さも相まって、口から溢れてしまう。
ナカヤマフェスタはスマホを取り出し、トレーナーである三ノ宮からの指示を見る。
新幹線に乗ってから送られてきたものであるが、乗り物酔いが酷くなる為に、今まで確認できていなかった。
「……保護者代わり兼案内人が。中央改札口を出たとこにある、りくろーおじさんの店の前に……りくろーおじさんの店ってなんだ? しかも、相手の特徴も、名前すらも書いてねえ! 会ってからのお楽しみじゃねぇよ!」
スマホを叩きつけたい気持ちでいっぱいであった。……しかしナカヤマフェスタはグッと堪え、中央改札口を出る。
辺りを見回せば、りくろーおじさんの店はすぐに見つかった。
中央改札口からやや左方向に、デカデカと、りくろーおじさんの店と表示され、さらには焼き立ての芳醇なチーズケーキの香りが、離れた所までふんわりと漂ってきていた。
これは。……食べたら止まらなくなる、美味しいヤツだな。
ナカヤマフェスタは悪かった体調も、美味しい香りにより、幾分か回復した。
そのりくろーおじさんの店で、芦毛のウマ娘が、何かを購入していた。
やはり、チーズケーキなのであろうか?
振り向いた顔は、ほくほくとしていた。……見覚えのある顔。
何度か、その走りを研究する為に、昔のレースのVHSをトレーナーから借り、テープが切れかけるほどに見た。
遅咲きの芦毛のウマ娘。
シニアから覚醒し、八連勝。
怪物と呼ばれた芦毛のウマ娘、オグリキャップの前に立ちはだかり、史上初の同一年、天皇賞春秋連覇ウマ娘。
――白い稲妻。
「タマモクロス!」
ナカヤマフェスタは思わず、大きい声が出てしまった。
「そうや。ウチがタマモクロスや。そっちはナカヤマフェスタやな。ウチが保護者兼案内人や!」
両手に、りくろーおじさんのチーズケーキが入った紙袋をひっ下げながら、腕を組むタマモクロス。
彼女も完璧な形で、渋ったバ場の宝塚記念に勝利していた。
何か、勝利の為のヒントを得られれば。……そう思いながら、ナカヤマフェスタは久しく三ノ宮トレーナーに感謝した。
ブエナビスタはバーベルスクワット150kgを熟していた。
彼女の全身から噴き出た汗が滴り、水溜りを作っていた。
京都記念で勝利後に、ステイゴールドや、ハーツクライが勝利した、ドバイシーマクラシックへと出走した。
しかし、結果はダーレミに追撃を封じられ二着。
ドバイからの帰国後はヴィクトリアマイルで、ヒカルアマランサスをハナ差での辛勝。
私は弱い。
皆に同期の中では一番だと、煽てられる。
だが、私自身がよくわかっている。
私は弱い。
だから、トレーニングをしなければ。
足りないものは分かっている。
どんな相手にも競り負けないスタミナと闘志、そして筋肉である。
渋ったバ場でも、相手を突き放せるほどの加速力を得る為の筋肉。
バーベルの金属音とは別に、背後からカツカツという音がブエナビスタの耳に届く。
「スリーロールス。……私は必要なトレーニングをしているだけよ」
いつも私が自主トレーニングをしている時に、スリーロールスは杖をついて現れる。
屈腱炎の為にレースを引退した、同期で同室のウマ娘。
「ブエナ。……頑張りすぎ、オーバーワークだよ。もうちょっとで宝塚記念じゃないか」
バーベルをラックに戻し、汗を拭う。
「分かっている。……でも、トレーニングはどれだけしても足りない。私は弱いから、これぐらいしないと……貴女達を」
そこまで言い、スリーロールスの方を振り向けば。
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……貴女達を背負って走れない」
皐月賞ウマ娘のアンライバルドも、ダービーウマ娘のロジユニヴァースも、そして菊花賞ウマ娘のスリーロールスも、屈腱炎による引退や、故障による休養をしている。
同期の私が走って、貴女達に一着という、素晴らしい景色を届けないとならない。
自らの為ではなく、誰かの為に走る。
だからこそ、どんなハードトレーニングも熟せる。
だからこそ、負けたくない。
特に……私達を引き裂いた、ドリームジャーニーには。
「うっ。……」
鬼気迫るブエナビスタは、スリーロールスの事をトレーニングルームに置いて、出て行ってしまう。
「もういいんだよ。私達の事は……ブエナは自分の為に走っていいんだよ」
スリーロールスは誰も居なくなったトレーニングルームで、一人呟くしか出来なかった。
こんな言葉を無責任に投げかけてしまえば、ブエナビスタの覚悟に泥を塗ってしまう。
そればかりか、今のブエナビスタの身体を支えている、精神的柱をへし折ってしまうかもしれない。
巷ではブエナビスタの事を、不屈の女王だと囃し立てる。
だけど、彼女は私達と何も変わらない。
ただ、少しばかり頑丈な身体を持った、同い年の少女なのだから。
「姉さん。……もうちょっとで宝塚記念だね」
オルフェーヴルはドリームジャーニーに髪を梳かされながら、話しかける。
「おう、そうだな。目指せ宝塚記念連覇だぜ!」
口を開け、カカッと笑うドリームジャーニー。
「姉さん。連覇よりも、怪我だけはしないでね。……小さい頃に一緒にターフを走る約束したの。私は忘れてないからね」
オルフェーヴルは肩に置かれたドリームジャーニーの手を握る。
ドリームジャーニーはニッと笑い、オルフェの頭を少々乱暴に撫でる。
「心配すんな。アタシは約束を果たすまで怪我をしねえよ」
春の競バ。
その締め括りのレースである宝塚記念の日が近づいていた。
次回こそ宝塚記念回です。
史実通り、九月にドリームジャーニーは引退
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