そのウマ娘は高く。
そう。……どこまでも高く、どこまでも遠くに、どこまでも飛んで行った。
その名が意味するように。
アメリカで生まれ、遠く離れた日本で闘い、そしてフランスでも闘ったウマ娘。
クラシック戦線には、アメリカ生まれであった為に出走出来なかったのだが。……後に圧倒的な走りで、同年代のダービーウマ娘であるスペシャルウィークを捩じ伏せたジャパンカップ。
翌年にはシーキングザパールや、タイキシャトルに続けとフランス遠征を敢行。
栄誉ある凱旋門賞で逃げ切り勝ちかと思われたが、モンジューの驚異の末脚により、半バ身差の二着となった。
負けは負けであるが、優勝ウマ娘であるモンジューと、そのトレーナーに「今年の凱旋門賞の優勝ウマ娘は二人だ。ほんの少しでもバ場が硬ければ負けていた」と、言わしめたウマ娘。
エルコンドルパサー。
その凱旋門賞で見せた粘り強く、速い走りに私と
今の私が狙うのは、ただ一つ。
エルコンドルパサー大先輩が手にしかけ、するりと零れ落ちてしまった。フランス名物。
世界のウマ娘たちの憧れである、凱旋門の銀の置き物だけである。
皐月賞でアンライバルトに負けたのも。
ダービーでロジユニヴァースに負けたのも。
菊花賞でスリーロールスに負けたのも。
五月に凱旋門賞の一次登録を行い、笑われたのも。
全ては布石である。
今から始まる、宝塚記念を走り切り、凱旋門賞の予行演習として優勝し。
そしてフランスで銀の凱旋門の置き物を手にする為の布石である。
国内のレースの優勝レイも、トロフィーも、賞金もいらない。
笑いたければ笑え。
たった一度のレースの為に、賭け金も己の全てもオールインしようというのだから。
勝負師としての、魂が昂る。
「さあ! やって参りました春の総決算である宝塚記念!
注目のウマ娘を見ていきましょう!」
大歓声が阪神競バ場に押し掛けたファンから上がる。
「ファン投票一位はヴィクトリアマイルでG1四勝目を挙げました、揺るぎない不屈の女王ブエナビスタです!
ドバイ帰りの前走と違って万全の調整で挑む今回。ファン投票も一位、結果も一位となるのか!?」
ブエナビスタは堂々とした佇まいであり、黄色のブレザーに赤いバッテンのようなリボン、そしてチェック柄のスカートというドバイで走った時と同じ勝負服を纏っていた。
その表情は決意に満ち溢れていた。
「そして迎え撃つのは、ファン投票二位のドリームジャーニー!
昨年春秋グランプリ覇者のウマ娘です!
この春は右脚の脚部不安から天皇賞・春を回避しましたが、立て直してグランプリ三連覇の夢を見せてくれるのか!
獲りたい気持ちは他の娘よりも強いはずです!
夢への旅路はまだ終わらない、ここも通過点だ!」
ドリームジャーニーのトレードマークである、スカジャンに刺繍された夢の一文字と、白の鉢巻が風に揺れる。
王者の貫禄を見せつけるように堂々とした佇まいであった。
「ファン投票10位のジャガーメイル!
重賞十度目の挑戦で待望のビッグタイトル、この春の天皇賞優勝ウマ娘です!
G1連勝に向けて強気の姿勢です!」
赤と黄色の縦縞マントを羽織り、古代ギリシャの胸鎧のような勝負服。
その胸の部分には豹の意匠が光を受け輝いていた。
「ファン投票4位のロジユニヴァース! 昨年のダービーウマ娘です!
そのダービー制覇以来、G1の大舞台は実に一年一ヶ月ぶり。
春の天皇賞は脚部の不安と体調不良により残念ながら回避となってしまいましたが、調整を重ね、復活を機する今回の出走となりました!」
袖には黄色のワンポイントが入り、青いオーバージャケット。
その裏地には宇宙に煌めく星々が彩られた勝負服。ロジユニヴァースが、この勝負服に袖を通すのはダービー以来である。
久方振りの大舞台であるが、ロジユニヴァースの表情は険しく。
そればかりか、ブエナビスタをじっと睨んでいた。
ロジユニヴァースがブエナビスタを睨むのには訳があった。……宝塚記念の二日前。
出走を取り消したコパノジングーの話題になった際に、ブエナビスタから「貴女も出走をやめておいた方が良いわ。……脚の調子まだ悪いんでしょう? 貴女の事も背負って走るから」と、言われ。
ロジユニヴァースはブエナビスタの襟首を思わず掴んでしまった。
ロジユニヴァースには、ブエナビスタが悪気があったわけではなく、純粋に心配してくれている事が分かっていた。
それでも、つい手が出た。
ロジユニヴァースは自らの脚が砕けても、一生走れなくなってもG1の大舞台のターフを自らの脚で駆けたかった。
「背負う? んな、お節介されなくても走ってやる! 最後の直線でまとめて撫で切ってやんよ、ダービーウマ娘を舐めんな!」
ロジユニヴァースはブエナビスタに啖呵を切り、掴んだ手を離した。
そこから今の今まで険悪な雰囲気が続いていた。
ブエナビスタとロジユニヴァースの二人のせいか。……パドックでも剣呑な雰囲気が蔓延し、伝搬したせいか、どのウマ娘も少々気が立っていた。
阪神競バ場。
そのメインスタンドは六階建てであり、ゴール板側の西ウイングの六階と五階は、基本的に一般人の立ち入りが禁止されている。
なぜならば、来賓席や貴賓室。……そしてトレセン学園関係者の席があるからである。
トレセン学園関係者の席には、現役の生徒会のメンバーや、歴代生徒会メンバー。
そして出走メンバーに縁深い引退した有名ウマ娘や、現役時代に多大な功績を残した功労ウマ娘がずらっと並ぶ事がある。
ただ、学園を卒業した功労ウマ娘達の中には一度も使用した事のない者もいる。
タマモクロスとエルコンドルパサーがそうであったのだが。……
活躍した同年代でもなく、ましてや同じターフ上で鎬を削ったわけでもなく、珍しい組み合わせの二人が並んで座り、初顔合わせのはずであるが、談笑をしていた。
「レースには絶対が無いとイイマスガ」
「ああ、ウチも同感や」
二人は顔を見合わせ、ニッと笑う。
「「勝つのは」」
史実通り、九月にドリームジャーニーは引退
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