選抜レース当日。
今後のスターウマ娘となるであろう、前途有望なウマ娘を探す為に、学外からも人々が来園し、本番の競バ場で行われる重賞並に、ごった返すトレセン学園。
「芝・2000右回りに出走するグループC。準備をしてください! 出走三十分前です!」
様々な所に設置された、スピーカーから流れてくる選抜レース運営からのお知らせ。
毎年、何らかの問題を起こす生徒などがいる為に、放送からでも分かるほどに緊張している。
オルフェーヴルはグループCの為、調子を確かめるように、また怪我をしないように、入念なストレッチをしていた。
体操服の上から6番のゼッケンを付けている。
「あん。……チビオルフェもCかよ。ちっ!
怪我したらジャーニーの姉御が悲しむから、怪我だけはすんなよ」
フェイトフルウォーはオルフェーヴルの姿を見かけると不機嫌そうな表情をし、その一言をかけてから離れていった。
「フェイトちゃんも。……出るんだ」
オルフェーヴルは軽い悪心を起こしたのか、口を手で押さえる。
オルフェーヴルの脳裏に浮かぶのは、トレセン学園に入学する前、幼少期にフェイトフルウォー達に寄ってたかって、追いかけ回された記憶である。
「逃げないと。……捕まらないように逃げないと」
オルフェーヴルの耳が垂れ下がり、一目で調子が悪くなった事が伺える。
「出走時間も迫ってまいりました、芝・2000右回り、グループCの出走メンバーの枠番を発表を致します!」
実況役の、やたらテンションの高いウマ娘の声がスピーカーから鳴り響く。
「1枠1番、カフナ。
2枠2番、フェイトフルウォー。
3枠3番、ダノンミル。
4枠4番、コルージャ。
5枠5番、レオノーレ。
6枠6番、オルフェーヴル。
7枠7番、エゾフジ。
8枠8番、マイティージュニア。
以上の八人のウマ娘となっております! 実況の私フジアリマとしましては、無事是名バという言葉がありますように、怪我なく走り切って欲しいですね」
ゲート前に集まる出走メンバー達。
どのウマ娘も、お互いに口々に頑張ろうね、と励まし合っていた。
――フェイトフルウォーとオルフェーヴルを除いて。
フェイトフルウォーは、オルフェーヴルと同じようにトレセン学園入学前の事を思い出していた。
幾度となく特訓と称して、オルフェーヴルと追いかけっこをしたが。……ただの一度も捕まえる事が出来なかった。
――誰も追いつけない。
オルフェーヴルの速さに、いつも歯噛みをしていた。
今度こそ、その背中を追い抜いて。
ジャーニーの姉御のように格好いい台詞を言ってやろう。
「各ウマ娘、ゲートイン完了しました」
どのウマ娘も絶好のスタートを切るために、集中していた。
音少なく開くゲート。
「各ウマ娘、一斉にスタート!
その中で抜群のロケットスタートを決めたのは6番オルフェーヴル!」
逃げる。……その一言がオルフェーヴルの頭を満たし、ペースが速くなり、必死に駆ける。
「6番オルフェーヴルが逃げております!
リードは後続から四バ身ほど! これは掛かっているのでは!?」
響めきと歓声が観戦している人々から上がる。
「うーん。……直線でのストライドは広くていい感じだな」
「それでいてアタシみたいにピッチがはやい。妹ながら器用なもんだよ。……まあ途中からアドバイスを聞いてないなぁ〜とは思ったけど、逃げるとはね〜」
その中でオルフェーヴルの走りを見守る、ドリームジャーニーと池雨は実況とは違った観点から見ていた。
「これから競バ場でのレースの勝ち方を覚えさせればいいさ。
お! カーブでストライドを短くしてピッチを上げたぞ!
すげぇな、教えてもいないのにできるとは天性のセンスか?
だけどこのペースだと4コーナー……」
「だな、4コーナーでバテて追いつかれるな」
それがドリームジャーニーと池雨の見解であった。
「逃げる逃げるオルフェーヴル!
バックストレッチを駆ける! しかし、後ろも迫ってくる!
一人旅を許さじとフェイトフルウォー、ダノンミル、コルージャが追ってくる!」
走っても走っても、突き離せない。
恐怖が背後から迫ってくる。
脚が鉛のように重たくなってくる。
肺が張り裂けそうだ。
人の目線、歓声、それら全てがワタシを否定するように、悪意を向けている、そんな気もしてくる。
「3コーナーを回り、最終4コーナーに差し掛かる!
一人旅をしていたオルフェーヴルにフェイトフルウォーが並びかける!」
チビオルフェに追いついた。……やっと。
届かなかった背中が、そこにある。
追い抜いて勝つのは、この。
「オルフェーヴル!! 今度はこのフェイト様の背中を追ってきやがれ!!」
オルフェーヴルの耳に届くフェイトフルウォーの叫び声。
横を抜け、並ばずに抜けていく2番のゼッケン、それに続く3番と4番のゼッケン。
「最終コーナーで並ばずに三人が抜け出した!
フェイトフルウォーを先頭にダノンミル、コルージャ、オルフェーヴルと続き、最終直前に入ります!」
フェイトちゃん、ワタシが追いかける側になっていいの?
今まで、追いかけられるだけだったワタシが追いかける。
弱者だから、追いかけられるしかなかったのに。……追いかけるという強者の特権を手にしていい。
――嗚呼、強者になってもいいんだ。
苦しいのに、笑みが溢れそうになる。
「最後の直線! 白熱の競り合いです!
フェイトフルウォー、ダノンミル、コルージャの差はほぼありません!
その後ろのオルフェーヴルは三バ身ほど距離が!
いや、伸びてきてます!
ここまでかと思われた、オルフェーヴルも伸びてきております!」
ゴール前残り3ハロン、直線600メートル。
一着を目指してどのウマ娘もスパートをかけて競り合う。
ぞくりとする圧が、先頭三人の背中を襲う。
しかし、それでも振り向かずにゴール板を目指して三人は駆ける。
――即座にその首を取られ、食い殺されそうな背後からのプレッシャーに耐えながら。
「っ! ジャーニーに近いピッチに長いストライド!
二の脚を使えるスタミナ!」
「オルフェ、闘争心に火がついたのか、笑ってるな〜」
池雨とドリームジャーニーは、全く違う観点からオルフェーヴルを見ていた。
「よく見えるな。……それにマスクしてんのに笑ってるか、どうかなんてわかるのか?」
「おうよ、分かるぜ〜。こんな感じに笑ってる」
とびっきり邪悪な笑みをするドリームジャーニー。
その笑みを見て、引く池雨であった。
「最後にゴール板を駆け抜けるのはフェイトフルウォーか!
ダノンミルか!
コルージャか!
今、もつれあったままゴールイン!
オルフェーヴルは半バ身ほどのところに迫りましたが四着!
その後ろ2バ身離れて1番カフナは五着でした!
なお、ただいま一着、二着、三着は写真判定となっております」
ゴール板を駆け抜け、息を整えるオルフェーヴル。
追いかけられるのは苦痛だったが、最後に追いかける側に立つと、楽しかった。
本当に楽しかった。
「オルフェーヴル。……良い走りだった、メイクデビュー後に、また走る機会があれば、一緒に走ろう」
ダノンミルとコルージャが、そう言いながら握手しようと近づいてくる。
「うん。……今度は、最初からその背中を追いかけるね。もっと追いかけさせてね」
異様な雰囲気。……同じレースを走ったウマ娘であり、直にそのプレッシャーを感じたから分かる。
背後からプレッシャーを掛けてきたのは、この平凡なバ体であるウマ娘だと。
ダノンミルとコルージャは震えそうになるのを意思力で抑え、握手する。
「今、着順が出ました!
一着フェイトフルウォー!
二着コルージャ!
三着ダノンミル! 白熱したレースをありがとうございました!」
フェイトフルウォーがガッツポーズをし、オルフェーヴル達のところへと近づいてくる。
「オルフェ! メイクデビュー後も、お前の前を走り続けてやる!
だから、必死に追ってきやがれよ!」
フェイトフルウォーはそう言い放ち、颯爽とターフを走ってから、トラックを出る。
その瞬間に多数のトレーナーに囲まれ、スカウトを受けていた。
オルフェーヴルはフェイトフルウォーの言葉に嬉しさを感じ、独りでゆっくりとトラックを出る。
「オルフェ〜お疲れさん。本格的なレースの感想は?」
ドリームジャーニーは満面の笑みで迎える。
「誰かを追いかけるのって楽しいんですね」
悔しさよりも、追いかける嬉しさの発見に、オルフェーヴルは顔を綻ばせる。
オルフェーヴルの心内に眠る怪物。
その胎動が始まった、春の選抜レースであった。
史実通り、九月にドリームジャーニーは引退
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