サーマリオン。
金髪の彼女が名乗ったその名前には聞き覚えが当然、ある。
「今年度英国三冠の覇者で、ついでに無敗だ。悪くないだろう?」
「ヨルノ!!!!」
「はははそう褒めるな」
「褒めてねぇ!!!!」
何がついでだお前!!!!
一昨年までのお前と同等ってことじゃねぇか!!!!
るんるんで準備運動中のサーマリオンを背に私はヨルノのアホの胸ぐら掴んでがっくんがっくん揺らすと、彼女は不満げに言った。
「私と同等だと?私を過小評価しすぎだろう」
「だって!英国三冠って!」
「ああはいはい英国三冠の二冠目イギリスダービーはヨーロッパ全土でも権威ある欧州三冠の一冠目にも数えられているすごいレースでそれを取ってるってことはヨーロッパトップクラスのウマ娘ということじゃないかと言いたいんだろう?わかっている」
「逆になんでそこまでわかるんだよ」
毎度のことながら減らず口だけは回るのだ。
ちらと埒外を見ればどんどん人混みが膨れ上がっている。一昨年までは私もあちら側で野次ウマをやっていたんだと思うと感慨深いと言うか、なんと言うか…
これは。
逃げ場が、ない。
「並走?誰?」
「わ、かわいい!海外の子だ!」
「シロツメクサさーん!がんばれー!」
「シロツメクサって、あの『ナイト・オブ・クローバー』?」
「サーマリオンって今ヨーロッパ最強って言われてる人じゃん…」
「ここで早くも日英対決?やばくない?」
「ちくわの元の名前はかまぼこだぜ」
「アタシも走りてぇっす」
…ないはずの圧力を感じるくらい、そこには熱量と声がひしめいている。
サーマリオン。
あまり大きい方でない私より小さな身体でこんな視線を一身に受け続け、二年も戦ってきたのかと思うとぞっとする。
春の天皇賞からまがいなりにもそれを受ける側になって初めてわかった。レース場の外でまで同じ目を向けられることの負担と、それでも平然と走り続けられるその人こそ。
本物と呼ばれる最高のウマ娘であるということが、だ。
「だが。そんなことは関係ない。ウマ娘がレースに臨むなら、ごちゃごちゃ言わないで走ることだけが全てだ」
そうだろう?シロ。
「…言われなくても」
わかってるよ、ヨルノ。
最高がなんだ。成功者がなんだ。こちらは運と悪意と偶然でのし上がった最低のウマ娘、積み上げてきたものが違う。
悪い意味で。
でも勝つ。勝ちたい。良くも悪くもそれが私の原動力である以上、燃え続ける欲望は天上を向く。
覚悟は決まった。英国最強。その栄光と功績に挑んでやる。
準備運動を終え、私とサーマリオンと向かい立つと観衆がわっ、と湧き立った。
下から見上げてくる視線は力強い。瞳は輝いて、黄金の火花が散るように髪が煌めく。紛れもない実力者にして勝利への欲望を隠しもしない才能と本能を兼ね備えた一流のウマ娘。
そうだ、私たちは一度向き合えば後はどちらかが勝つまで止まらない。
勝つのは一人だ。
見物人の中から芦毛の子が進み出てきたのを合図に私たちはコースへ並んで立つ。
「位置について!」
さり。
芝を踏み締める音が二つ。みんなが黙る。
「よーい…」
一瞬の静寂。
「スタート!!!」
芦毛のウマ娘の合図で、私たちは同時に走り始めた。