「スタートは悪くないな。前に出たのは…サーマリオンか。日本の芝にすっかり適応しているようだ」
「うわぁめちゃくちゃ速い!シロツメクサさん、どんどん離されちゃうよ!」
「落ち着け。シロツメクサはまだ…『双葉』といったところだ。ここからだよ」
…向こうの方で訳知り顔しながら解説してるあの私もどきは誰だ?『双葉』?このヨルノアラシを差し置いてシロに謎の固有名詞を用いようとは。すぐに理解してやる。
「いいスタートだね。落ち着いていて、それでいて闘志を感じる」
訳知り顔がいつの間にか隣にもいた。こちらは普段から何もかもわかったような喋り方をする気取り屋だ。気障ったらしい。
「…思ってることが顔に出てるよ?ヨルノアラシ」
「気にするな。フランス人らしいと思っただけだ」
「君に呼ばれて来たのに扱いがひどくないかな…?」
「お前のことだ、私が呼ばずとも今回は来ただろう。…ヴェイリフロンセ」
そう呼ぶと鹿毛のフランスウマ娘は困ったように笑い、
「ヴェイリーでいいよ。日本語じゃ発音しづらいだろう?」
と応じた。
…速い。当たり前だが。
跳ねるように前を駆ける黄金の背中を見ながら一瞬だけ私シロツメクサは考える。
一対一(タイマン)なのでコースや位置取りの駆け引きは最低限。あちらも見る限りそういったことはできるだけ考えず走ろうとしているように…ん、今ちらっとこっちを見た。多分当たりだ。「ガチンコでやろう」という意思表示。
元より取れる手はない。小細工の余地もないとなればこういう考えは捨て置いて脚を早めるのがお互い気持ち良く走る礼儀だろう。
…わかってるんだけど、この「無粋」はもう染み付いたクセだなぁ。
でもそろそろ行こう。息を吸い、
「…ふっ」
浅く吐き、加速を始めた。
「シロツメクサがペースを上げてきたな、『三ツ葉』に入った。逃げ切りを警戒して位置を上げるつもりか」
「ねぇ、そのみつば?とかさっきのふたば、とか、なんのこと?」
「スピードメーターだ。基本は双葉で抑えて、上がる時は三ツ葉。トップスピードの『四ツ葉』、そしてその先に禁断の『五ツ葉』があるらしい…」
そんなものはない。
私もどきめ、さっきから随分勝手に喋ってくれるじゃないか。
白詰草の別名クローバーになぞらえた名前なんかつけて…良いじゃないか。おのれ。今から私が考えたことにしよう。
とりあえず最奥の入り口『七ツ葉』にセブン・センシズとルビを振る。
「ヴェイリーでいいよ。日本語じゃ発音しづらいだろう?」
「なら、ヴェイ」
「捻ってくるなー…そういうとこ、マリオンそっくり。天才は感性も通ずるところがあるのかな?」
「あれは私と同等じゃない。私と並んでいいのは、シロだけだ」
「…ふぅん。そうか。君が今回私を呼んだのは、彼女を見せたかったのか」
「ああ。引退寸前にすまないな」
「心にもないことを…なるほどね、君が言ってた通りだ。なんだいあれ。これ想定2400の併走だろう?テンション上がってペースを考えてないマリオンにあっさりついていけるようなウマ娘なんてそうそういな…いやいやいやいや!?」
「わかってもらえたようで何よりだ」
「え!?マジで言ってる!?アレがこの前まで重賞も勝てなかったって!?生まれた時からイップスでもあったのかい!?」
「今のところそういう新情報はないな。単に才能がなかっただけだ」
「えぇ…?それがある日突然覚醒して?いきなりトップクラスに躍り出た?」
「そうなる」
「マンガの話?」
「少なくとも漫画ではない」
「そっかぁ…日本人ってすごいんだなー…」
「思考放棄するな。何のためにお前を呼んだと思ってる」
そう言って口を開けて放心するヴェイの額を小突く。困るのだ。
私が知る限りでシロの次に私に近いお前に放り投げられては。
こいつと知り合ったのは三年前。クラシック級の私とジャパンカップで戦った時の、欧州最強。
今回のジャパンカップへ出走するフランスの代表格ウマ娘。
ヨーロッパの古豪。
欧州三冠に最も近付いた、『無冠の皇帝』。
ヴェイリフロンセ。
「さあヴェイリフロンセ。お前のその長いキャリアから、シロツメクサの謎覚醒について解き明かしてみるがいい」
『来なきゃよかった!!』
そうかそうか、思わずフランス語になるくらい興味深いか。
………
「シロ。トウカイテイオーを知っているか」
「そりゃ、もちろん。トレセン学園に来て知らない子もそういないと思うけど」
「そうか。私は知らなかった」
「嘘だろおい…」
「サーマリオン。奴は怪我をしなかったトウカイテイオーだ」
「…そんな言い切るほど似てるの?私も実物を見たことがないからなんとも言えないけど」
「私も見たことがない」
「おい」
「だが、下半身の類稀な柔軟性、そこから繰り出されるスピード。フォーム、好む展開、かのウマ娘に繋がる点は多い。どうだ」
「…何がどうだ、なの?」
「何って…お前、直前に走る相手をイメージしては勝手に慄いたり頭を抱えたりしているだろう?」
「いやそりゃ普通そうだよ。レース前って不安になるじゃん」
「ならない。もうお前は普通じゃないんだ。いちいち影を見ずに踏み潰せ。それが『こちら側』のやり方だ」
「…それがそうだとして、あの超有名人のトウカイテイオーを例えに出すのはどうなの?おまけにケガなしって…」
「ああ。菊花賞に勝って無敗の三冠だったかもしれない。その後の中距離GⅠを中心に活躍したかもしれない。シンボリルドルフを超え、ともすれば海外のレースにも。まあ、かもしれない、の話だが」
「…あのー、ヨルノさん。それってもしかして、最強なのでは?」
「かもしれないな。だが…」
「いや、いい。最近のヨルノが言おうとしてることはなんとなくわかる…関係無い、でしょ」
「そうだ。歴史に名を残す優駿であれ私たちは踏み越えていく。そうやって、私たちの歴史を作るんだ」
「…私の、じゃないの?」
「超えてこい。サーマリオンは間違いなく後世に名を残す。奴を超えろ。ジャパンカップでこの時代に名を上げた各国代表を叩き潰して」
私の横へ来い。シロツメクサ。