「はー…」
「…」
「…ねぇヨルノ、なんで私寮でバニー着てるんだっけ」
「今日の併走で情けない負け方をした自戒にと自分で着たんじゃないか。覚えてないのか?」
「そうだっけ…そうかも…」
「前回からちょっと空いてるからな、忘れていることもあるだろう。どれ、少し振り返るか」
これまでのあらすじ。
世界一天才で最強なウマ娘ヨルノアラシに仲良くしてもらっているド凡人シロツメクサは
「仲良くしてあげてたの私だったよね?」
「いや、私の歴史ではこれで合ってる」
ド凡人シロツメクサは手練手管を用いた卑怯な手段と最強ウマ娘ヨルノアラシの協力を得て底辺から這い上がりついに天皇賞(秋)を制する。さあ、次はジャパンカップだ!
と張り切っていたのも束の間、トレーニングの合間に組んだヨルノアラシほどではないくらいの天才にして英国最強らしいパツキンちびウマ娘サーマリオンとの併走で敗北し落ち込む。果たしてシロツメクサはジャパンカップ本番で彼女にリベンジできるのか!
「そうだよね…負けたんだよね…」
「悔しい、という顔ではないな」
ううん、と小さく首を振った。
「悔しくなくはないよ?正直な話、勝てると思ってたから。余裕を持ってついて行けてたんだ、最終コーナーまでは」
想起する。日中行われた併走…模擬レースを。
「すごい伸びだった。あの子、二回加速したんだよ」
「そうか、お前にはそう見えたか」
「ヨルノにはどう見えた?」
「サーマリオンは確かに速かった。だがな、逆だ」
「…逆?」
「お前が伸びなかったんだよ、シロ」
この夜、私は再び決別を迫られることになる。
他ならぬ、自分自身に。
世界一最低な作戦会議
私は観察する。
…シロくらい貧相でも恰好を変えればそれなりにはなるのだなぁ。
「ヨルノ?どうしたの?」
先程まで行っていた短い作戦会議のため、シロと私は同じベッドに腰掛けているのだが、
「ヨルノ?」
じっ、と斜め下に向けた視線を変えない私の顔をシロが覗き込むように…おお、これは…
「ヨルノー?」
脂肪がつくでもなく筋肉がつくでもなかった半端な胸部と胴。
骨格に恵まれなかった華奢な肩。
しかし幼児体型ではない成熟がそこにはある。
これは…!
「たまには、こういうのも悪くないな…」
「?」
私はこの日、自分の完璧な身体に備わった深い谷間以外を初めて肯定的な視点で見ることができた。
「それにしても、すごかったなー。サーマリオンちゃん」
「何がだ?」
「こう、終わった後のファンサとか?拍手に応える様が堂に入っててさぁ…私にも握手をしに来てくれたし、ハグされた時はびっくりしたけど。あれは好かれるね」
「私も積極的にファンサしているから参考にしていいぞ」
「ヨルノは拍手にもまともに応えないし握手を求められたら冷たい目で見るしハグなんか絶対しなくない…?」
「『それがいい』と大好評だ」
「一部の人はそれでいいかもしれないけどさぁ…」
「いつまでもお前のように照れている方がおかしい。あっごめんお前はこの前まで握手を求める側だったな」
「ファンの1人や2人いたっつーの!!」
世の中にはなかなか勝てないウマ娘をこそ応援する風変わりな人間もいると聞く。私には縁のない存在だが。
「そう言えばヨルノ。私が走ってる時一緒に喋ってたの、誰?」
「…!嫉妬か?嫉妬だな?やれやれ仕方のない女だ…」
「違うわアホ。海外の子だよね、めちゃくちゃ美人だったなー」
「奴はヴェイリフロンセ。フランスのウマ娘だ。私が出た時のジャパンカップに来ていた」
「その時に知り合ったんだね。…やっぱり、強い?」
「強い。奴は自分はもうサーマリオンに劣ると言っていたが口だけだろう。全盛は過ぎたが未だトップクラスの身体能力にキャリアを積んだ、まさに古豪だ」
「おお…あのヨルノがめちゃくちゃ評価してる…」
「ふん。だがサーマリオンに入れ込んでいる今となっては取るに足らん古狸だ。あのあだ名も、あながち間違いではないな」
「あだ名?」
「欧州三冠を同年に二つまで取り、一つを後年に取ったことから無冠の皇帝などと呼ばれた女だが…奴は一度没落した」
「それって…まさか」
「たまたま気分が良くて招待に乗り訪れた極東観光。…そこで奴は、私に行き合ったのだ」
ジャパンカップ。
そこでヴェイリフロンセは私に敗北した。
「実のところ、少し不調の続いていた時期ではあったんだ。違う空気を吸って気分を変えようと思ったのか、はるばる日本まで来て、私に負けた」
アホくさい。皇帝さんがこーろんだなどと笑い話もいいところ。
が、問題はその後だ。
「無冠の皇帝とは言え二冠までは取っていた、ヨーロッパ屈指のウマ娘が極東の小娘に負けて帰ってきた。それをきっかけに『あいつはもう終わった』『栄光は過去に成り下がった』『過去の人(ヴェイリーフランセ)』などと散々に言われてな。本人は気にしていないと言っていたが、そのことをからかったら胸ぐらを掴まれた」
「それは…」
「シロ。これは笑い話だ」
「いやいや…笑えないって」
「いや、やはり笑い話だ。一年の休養明けに凱旋門を勝ってあっさり復権したのだからな。好き勝手言いまくっていた民衆もさっさと手のひらを返しておしまい。世の中そういうものだろう?」
「そりゃー…そうだけども…」
複雑そうな顔をするシロ。
だが、お前だってそうじゃないか、と私は思う。
春の天皇賞までは誰もお前がこうなるだなんて思っていなかった。
好奇の視線に晒されるだけで期待なんてされていなかった。
マスコミにとってのエサ。謎めいたスターウマ娘ヨルノアラシに繋がる誰か、でしかなかったお前だって。
そうなのに、顔色一つ変えやしなかった。
ほんの小さな記事で喜んでいたような小物が「レースでの活躍」ではなく「私に関わっている」というだけで注目されたことに屈辱を感じなかったなんてことはないだろう。そういう性格だ。弱いくせに負けず嫌いの意地っ張りだから。
だが、お前はそれを手繰り寄せた奇跡で覆してみせた。
秋の天皇賞で奇跡が本物であると証明した。
それでもまだ
秋のことを私は覚えている。念願だったG1制覇を叶えた女の顔が最後まで困惑混じりの作り笑顔だったことを。
このジャパンカップで評価を盤石に変えたその時こそお前は。
きっと、誰より素直に笑えるはずだ。
「シロ」
「何?」
「勝て。そして私の隣へ来い」
「何度も言わなくてもわかってるよ」
「これはお前のためでもある」
「ヨルノがそれ言う?何企んでるか知らないけどさ」
「まあ、確認はこれくらいでいいだろう。予定を進めるとしよう」
「予定?」
「すぐにわかる」
必勝の作戦は授けた。計画は予定通りに進んでいる。
イカサマ勝負師シロツメクサのようなトリックスターとは行かないが。
さあ、本番だ。