世界一最低なGⅠ制覇までのお話   作:クロカワ02

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今回は本編に繋がる外伝なので初投稿です


外伝 世界一最高なウマ娘の話

彼女は誰もに望まれてこの世に生まれてきた。

 

黄金の髪を風に靡かせ、碧い瞳を輝かせ。

 

彼女はどこまでも、誰より速く駆けていく。

 

サーマリオン。

 

運命が彼女を手折っても。

 

彼女は運命を裏切らない。

 

 

 

 

「楽しかった!!」

 

「お疲れさま、マリオン。オフと定めた時間だったのに、悪かったね」

 

「んーん!ヴェイの紹介してくれたあの子、あの黒い子が用意してくれたあの子は最高だったよ!シロ!かわいい名前のかわいい子!」

 

「ほう、珍しいね。君が初見で名前を覚えるなんて」

 

「ヴェイ以来だよ!悔しい?」

 

「ちょっとね」

 

「むふふ。ダメだよ、嫉妬しちゃ。シロはボクのだからね」

 

「やれやれ、マリオン卿は気の多いお方だ」

 

「『やりたい帳』に書いてあるんだからいいんだよーだ。へへへー」

 

そう言ってベッドへ転がり込み無邪気な笑顔で古びたノートを広げる彼女の姿を、一体誰が25歳の女性だと思うだろう。

 

サーマリオン。

 

「やりたい帳22冊目41ページ3行目、『遠い異国でライバルと出会う』達成、と!次は4行目の『遠い異国で出会ったライバルと本気で勝負』…いや、その前に10ページ7行目の『スシ、スキヤキ、ラーメンクイダオレ』かな。ヴェイ、どう思う?」

 

「君の望むままに。マリオン」

 

「よしっ。じゃあ明日はごちそう食べに行こうね!」

 

「暴飲暴食は控えたまえよ」

 

「えー!さっきはいいって言ったじゃーん」

 

「一日で全部行く必要はないさ。レース後にも日程を取ってあるんだから、ゆっくり楽しむ方が得だよ」

 

「なるほど、その手があったかぁ…じゃあ明日は何食べよっかなー」

 

「では、先にシャワーを済ませたらどうだい?今晩は早く寝よう」

 

「えー?シャワーじゃダメだよ!やっぱり肩まで浸かって100数えなきゃね」

 

「すっかりお風呂好きになっちゃったな…前は烏の行水だったのに」

 

「広いオフロ最高ー!ひゅー!」

 

…後年、私が彼女について手記を残すとすればこう書き始めるはずだ。

 

私は、サーマリオンに魅入られた。

 

ヨーロッパではレースのために国境を越えることは少なくない。それに一流のトレーニング機関はやはりレースの歴史の深い国にあるので(その点では日本のような遠国に、いくつも施設と会場を持つトレセン学園とURAのような機関が育ったことはきっと我々の先祖も喜んでいることだろう)留学も多く、そのため各国のウマ娘間に人間関係が発生する機会は非常に多いと言える。

 

私とサーマリオンもレースを通じた知己…と誤解されがちだが実は違う。

 

彼女と初めて会ったのは英国旅行の最中だ。

 

当時の私は荒れていた。かなり荒れていた。外部には決して漏らさなかったがやっていたのは旅行とは名ばかりのヨーロッパを巡る強行軍。睡眠時間を削り、ひたすら歩き、英国へは泳いで渡った。

 

なんでそんな身にならない苦行をしていたのかと言えば、恥ずかしながら未熟ゆえと答えるしかない。今でも苦笑いだ。

 

仮にもレースを志すウマ娘が脚を酷使するような自棄を起こしていいわけがない。祖国を背負い大きな期待を寄せられていた身であるなら尚更。

 

まあ、その期待を裏切った結果として当然の批評を真芯で受けてしまったのが原因、ということになるか。

 

恥ずかしい。サーマリオンの話を始めておいて自分語りばかりしているのと同じくらい恥ずかしい。

 

当時は自罰的で何かあればすぐ己の未熟、と自分を責め立てることで何故か調子を立て直せたせいで今でも妙な癖が…いやいや、私のことはもういい。

 

要は、自暴自棄になっていたところにマリオンと出会ったという話で。

 

 

 

いよいよと言うべきかようやくと言うべきか、やっとマリオンの話に入れそうだ。

 

いや、まだもう一つ言っておくことがあった。

 

私が日本での敗戦後取った一年の休養の使い道についてだ。

 

世間からいっそ石でも投げて欲しいくらいの罵声を頂いた私は前述のヨーロッパ旅行へ出掛けた。

 

当然だがいくら基本徒歩でも当初は一年もかけるつもりはなかったし、実際その旅程は一ヶ月も経たないうちに英国でストップしていたのだ。

 

そう。休養に入って一ヶ月以降の残り十一ヶ月。

 

私はほぼ一年イギリスで、マリオンと共に過ごす。

 

 

 

 

彼女は競走ウマ娘の名家に生まれた。

 

自国のダービーを始めとする多くのGⅠを勝った文句なしの優駿を母に持ち、父はそんな母や数々のウマ娘を支えた名トレーナー。

 

結婚は多くの人々に認められ出産はもっと多くの民衆に祝福された。

 

これ以上なく恵まれた血統と環境に生まれ落ちた幸福な幼児期を過ごし、成長した子供は自らの脚で走り始める。大人たちの評価は大絶賛だった。

 

「この子は間違いなく天才だ」

 

「なんて美しい顔立ちだろう」

 

「走る姿は愛らしくもありその速さに惹きつけられる」

 

幼いながらに自分の寄せられる期待と、それに応えられているという事実は彼女に自信を与えた。山のように積み上がる賞賛の中、自分も気に入っていたこともあって母から受け継いだ豊かで煌びやかな金髪を彼女は己の誇りとした。高い位置でくくりはしたが今でもめったに切りはしない。

 

天才は順調に成長していく。

 

両親に愛された。祖父母に愛された。親類にも友人にも愛された。何の関係もない大人にも子供にも愛された。

 

誰もが祈る。どうか彼女に幸多き人生を。

 

誰もが待ち望む。レースの場に現れる彼女の姿を。

 

専門の教育機関へ入学を決めついに競走の道へ踏み出した時は国を挙げて大盛り上がり。

 

誰もが新たなスターの誕生を待つ。誰もが既に頭角を表しつつある黄金に目を細める。

 

かくしてその時は来た。

 

運命はそっと、彼女の美しくも力強い脚を手折っていったのだ。

 

「繋靭帯炎って知ってる?そうそうそれそれ。それにかかっちゃってさぁ」

 

なんでもないことのように、彼女は会って数日の私と数年来の友人のように接しながら「それ」を口にしてみせた。

 

「デビューまであと二ヶ月くらいの時期だったかな?悔しかったなー」

 

黄金の華が咲き誇る時は…来なかったのだ。

 

運命はつぼみを攫っていった、と思ったことを覚えている。

 

それが彼女の15歳の春。

 

あまりに早い発症、散華であった。

 

 

 

 

「ま、ボクは天才だし最強だから全然諦めてなかったけどね。でも周りはもう大騒ぎ」

 

そりゃそうだろう。

 

両親は涙に暮れ神を恨んだ。友人たちは脚と心をいたわった。それ以外の人々はどこまでも深く落胆した。

 

繋靭帯炎は、レースの道を志す者にとっては不治の病に等しいものだからだ。

 

突然魂を取りに来た死神に、しかし彼女だけは狼狽えない。

 

「デビューが延びただけだよ。でもみんな楽しみにしててくれたからなぁ。ごめんね」

 

治療の日々が始まった。

 

派手好きの彼女が粛々と、真摯にできることを重ねていく。

 

彼女は決して驕らない。元々海のように自信と余裕があり驕る必要がないからだ。

 

たまにはこういうこともあるだろう、と。

 

前進を諦めない彼女の姿は民衆に盛り上がるためのネタを与え、新聞社を通じて多くの支援が寄せられた。テレビ局は名医を連れてきたし政府からは時の首相が激励に訪れた。

 

でも駄目だ。病は希望を許さない。

 

治療自体に時間がかかる病気がちょっとでも負担をかけると再発する、と言えば繋靭帯炎の忌み嫌われようの一端がわかるだろうか。

 

研究は進み、最新の治療が試される。駄目だった。

 

新しい発見があったと医者が我こそはと詰めかける。駄目だった。

 

私はかつて繋靭帯炎を抱えたウマ娘を現役引退まで無事走らせることに成功した。そんな風に宣うトレーナーが…まあ言うまでもなく駄目だった。

 

これは彼女を僻む者の呪いである。祈祷の力で…と言って訪れようとした自称魔法使いや自称聖職者はちょうどティータイムにつまむ菓子が欲しかったとばかりに待機していた警察に片っ端から逮捕されていった。誰も彼も高額なツボと霊験あらたかな水を抱えて。

 

 

 

運が良かったのは度重なる施術で悪化しなかったことだろう。彼女の脚を傷つけるような真似は極力避けられていた。

 

それでも。

 

良かったわけではない。

 

治りはしなかったのだから。

 

「うん。『もう七年経ったよ』。治らないもんだねー」

 

私は絶句した、と言うより他ない。

 

あまりに単純な描写だがどうしようもなく黙らされたのだから絶句したとしか言いようがないのだ。

 

七年。

 

それはもはや…闘病なのか?

 

だって、でもそれじゃあ、その間の損失は。

 

七年。

 

彼女のこれまでの人生の三分の一に相当するその時間。

 

「君は…な、何をしてきたんだ…?」

 

「そりゃもちろん、治療だけど?」

 

「し、七年も?」

 

「うん」

 

「……」

 

『なぜ?』

 

…とは、とても口に出せなかったが。

 

「脚に負担かけないようにウォーキングとか柔軟とか、軽運動を中心にあれこれ。ヨガとか得意だよ!ほらこれ!腕だけで身体持ち上げて歩くやつ!」

 

「それ本当にヨガ…?」

 

「三人目のトレーナーが言ってたから多分そう!」

 

「そっか…」

 

三人目。

 

彼女のトレーナーは五回交代している。後で調べたところ内全員が担当を外れた後トレーナー業に関わる全ての資格を返上していた。一人目に至っては自殺未遂を繰り返している。

 

無理もない。

 

最高の才能を射止めた幸運が最高の才能を潰した大罪に反転したのだ。

 

擁護する人間もいるだろうが…心ない罵詈雑言の方がよほど多かったはず。

 

国一つ分の期待を裏切る、その重さを奇しくも私は知っていたから。

 

…なんて。

 

そこまではそんな風に同情しているような顔もできていたのだ。

 

 

 

彼女はつらつらとその身の上を会って間もない私に喋る。人生の三分の一を棒に振った災厄について。

 

「でさぁ、また言うんだよね。『もうやめたら?』って。そのたび言い返すんだ。『いやいやボクは諦めないよ!なんてったって最強の天才だからね!』」

 

どれだけ彼女が前向きであろうとも引退を勧められたことは、やはり当たり前にあったと言う。

 

「でもさボク思うワケ。デビューしてないんだから引退も何もなくない?」

 

「揚げ足取りだよそれは」

 

「だからさ、もう脚が痛くない時を狙ってレース出ちゃおうと思ったんだ。その後で再発しても痛くなくなってからまた出ればいいんだし」

 

「この国の決まりは詳しく知らないけどそれはアリなんだろうか…」

 

患者としては間違いなく最悪を通り越していっそ害悪的な発想ではあるが、なるほど一つの選択肢ではある。

 

このまま値千金の脚を腐らせるくらいなら…と。

 

「でもね、やめた。だってそれはカッコよくない」

 

「かっこよく…?」

 

「そ。だってさあ、それじゃ「悲劇のウマ娘の思い出作り」とか言われちゃうかもしれないじゃん!当たり前にボクが勝っても後で手加減してたとか言われるのぜぇったい許せないし。だったら完治してからとびっきり派手に活躍するのがいいよねっ」

 

いちいち休んでたら三冠取れないし。

 

そう、付け加えて。

 

ここまでで私は彼女を型破り過ぎて何か大事なものまで破ってしまっているタイプなのではと疑っていたので常識的な発想に正直安心した。

 

しかし、七年。

 

七年も戦ってきてまだ希望が見つからないのに、彼女はどうしてこう生き生きとしていられるのだろう。

 

「そりゃ、ボクは最強で天才だからね」

 

…まあ、そういう答えだと予想してはいたけれど。

 

しかし眩しい子だ。姿こそまるで時間が止まっているかのように幼いが紛れもなく本物と言える風格があるように思えた。

 

彼女と話す日々は続く。

 

 

 

マリオンとの交流にあたって私は市街にちゃんとした宿を取った。値段はあまり気にしない。使うアテのない貯金ならあるんだ。

 

彼女と話しては驚きを繰り返す間に私は胸に突き刺さったものが薄れていくのを感じていた。おかげで周りを見る余裕ができ、なんと普通の旅行のように散策を楽しむこともできたりして。

 

だから、あまり気が回らなかった。

 

サーマリオンがこの国内でどのような存在なのかも。

 

偶然の気付きがなければ延ばしに延ばしても一ヶ月ほどでフランスへ帰っていただろう。

 

ようやく、ようやく本題に入れる。

 

私が一体彼女にどう魅入られたか、何故再び日本へ行くことを決めたのか、あのレースで私と彼女が何を得たのか。

 

 

 

 

 

おかしいと思ってはいたのだ。

 

サーマリオンは自己顕示に対し余念がない。

 

変装など全くしない。なんならノーメイクでウォーキングしていることもあるくらいに(ノーメイクなのに完璧な容貌を保っているあたりは彼女の成長遅延体質も極めて羨ましいところではある)不用心で、時折声をかけられれば喜んで応じたりもした。

 

だがそれは彼女の野外トレーニングでの話だ。

 

市街で「時折」はありえないだろう。

 

国を挙げて誕生と成長を寿ぎ災いのごとき発症を嘆き悲しんだ対象であるところの彼女がまさかそんな、時折しか声をかけられないなんてことがあるか?

 

最初は私と一緒にいるから遠慮しているのだと思っていた。だが注意して周囲の反応を観察するに、彼ら彼女らが真逆の視線を向けていることに気付いた。

 

サーマリオンが現れない曜日に私は買い物へ出る。

 

宿側にも言って用意したのはネット環境とノートパソコン。

 

SNS、個人サイト、ブログ、ニュース、ネット上に保存されている多くの情報を漁りまくった。

 

なんとも察しの悪いことに、調査結果をまとめてやっと私は答えに至ったのだ。

 

彼女の戦いが始まって七年。

 

既に、国民の誰も。

 

彼女に期待などしていない。

 

 

 

強い言い方になったが、決して悪い意味ではないと補足しておく。

 

現に未だ応援する人間はいるし誰も興味がないわけではない。

 

ただ、辛いのだと言う。

 

最初に集るように寄ってきたマスコミも三年経つ頃にはすっかり退散していて既に公共の支援はない。新聞に載ることもないしテレビで取り上げられることもない。彼女の生活圏にいない人間は彼女のことをさっぱり忘れ去っている。

 

だが、そうでない人間はどうだ。

 

七年間、何の成果も上がらないのを見せつけられ続けてきた人々はどうだ。

 

家族は、友人知己は、関係者は、そうでない支援者は。

 

幾人かに連絡を取った。

 

やはりと言うべきか、何度も何度も繰り返し諦めることを勧めたと言う。

 

何度も何度も、何年も何年も。

 

全く変わらず前しか見ていない彼女に対して。

 

地獄のようだと一人は言った。

 

元々完治させる方法のない病を何年も引きずって何になる。どう考えても無駄な努力だ。幸いにも容姿は並外れて優れているし家柄もいい、少し早いとは思ったが結婚を勧めもした。

 

だが全て跳ね除けられた。あの輝くような笑顔で。

 

 

 

一人は語った。医者やトレーナーが離れたのも疲れたからだ。

 

成果の一つも上がらないのでは前向きな未来を見据えようもない。

 

地獄だろう、それは。

 

 

 

一人は涙ながらに述べた。

 

彼女は、太陽だ。

 

どんな状況であれ眩く永遠に燃え続ける存在から、我々は目を離せなかったがゆえに燃え尽きた。

 

みんなそうだ。彼女の存在は否応なしに人を惹きつけそして心を灰に変えてしまう。

 

サーマリオンは灰の上を歩いているのだ。

 

どれだけ別の道を示しても全く変わらず歩み続ける彼女に誰もついていけはしない。

 

彼女にとっても本来は地獄だろう。

 

私は敗北によって詰られ、罵られる過程でもう手遅れだと言われたことはある。この場合は私が傷付きしかし再起を誓える。

 

だが本当に手の施しようがない状態のサーマリオンのためを思ってかけられた言葉は、彼女を慮る周囲の人々にこそ堪えるはずだ。

 

本人も期待に応えられないことを悟れば、自然と心も折れる。

 

折れるはずだ。

 

だのに彼女は地獄を作ってなお前進し続ける。進んだ分戻る地獄を地獄だと思いすらしていない。

 

…天才であれば誇りがある。

 

…怪物であれば目的がある。

 

…では。

 

示すべき人々を失ってなお生き様だけを示し続ける彼女は、なるほど無機質な天体だろう。

 

 

 

私はイギリスにしばらく腰を据えることにした。

 

そのことを伝えるとマリオンは少女のように喜んでくれた。

 

ウォーキングなどのトレーニングにも付き合い始めた。以前のようなひたすら高みを目指すハードなトレーニングには量でも充実感でも程遠かったが不思議と不足だとは思わなかった。

 

休日にはなんと彼女の車と運転でドライブにも出た。見た目と中身はともかく、彼女もまた大人である。しっかりと観光を楽しませてもらう。

 

「ちょっと暇だったからぱぱっと免許取っちゃった。最初は興味なかったんだけど、自由に動かせるようになってからは気に入っちゃってさ」

 

言いながら私有地のサーキットを使って素人目にも神業じみた高速ドリフトで際どいカーブを抜けてみせたりもしてくれた。まあ、当然私は助手席で目を回していたので素人目も何も見えちゃいないが。

 

「ボクにはやりたいことがあるんだ。たくさんね」

 

泊まりがけの夜にはベッドで古びたノートを見せてくれた。

 

「これは『やりたい帳』。いつかやりたいことを思いついた端から書いていくノートで、もう何冊もあるんだよ」

 

と、ノートを広げては眠くなるまで将来の展望を語る。そこに秘められているのはとても現在進行形で未来の閉ざされているウマ娘とは思えない多彩な想像。

 

「スタント抜きのカーアクションがやりたいんだよね。最後には高級車が100台くらいダメになるやつ」

 

…内容はともかく。

 

さて、そんなサーマリオンに満ちた生活の中、彼女のいない時間に私が何をしていたのかと言うと。

 

探し物をしていた。

 

死に物狂いで。

 

幸いにも自分の追い込み方には慣れていたので(ここで身についたものもある。マリオンと戯れるための体力を残す調整方法とか)、とにかくしゃにむに全力でネットの海を渡りまくった。

 

探しているのは、医者だ。

 

ヨーロッパでは既に敗北済みの医者ばかりだったのでアメリカを中心に世界各地の繋靭帯炎について実績のある人間を探し続けた。

 

理由は決まっている。マリオンの脚を治したいから。

 

マリオンの脚を治したい理由?あそこまで惨状を聞いて、何故マリオンに関わり続けるのか?

 

ごくごくありふれた当たり前の理由だ。

 

こんなにも長い間たくさん努力してるんだから、結実してほしいじゃないか。

 

希望を持って何が悪い。希望を奉じて何が悪い。…とか言って。

 

自覚はある。自分はそういうキャラじゃない。

 

だから、私も同じになってしまったのだろう。

 

灰になるまで目を逸らせない、哀れな太陽の信奉者に。

 

だが私と彼らの違いは野心があることだ。

 

ここまでどうしようもなかったサーマリオンがまさかの復活を遂げ宣言通り三冠を取って英国最強になったら…どうする?

 

いや、なる。発症前の彼女の成績はどう見ても私を上回る才能の持ち主だ。何せ模擬レースから併走まで全て無敗ときた。ここまででたらめだと眺めるのも楽しくなってくる。

 

彼女はイギリスのウマ娘の歴史に、いや世界の歴史に刻まれる世界一最高のウマ娘だと私は確信していた。

 

だから繋靭帯炎を完治させたという噂だけで日本のさる名家を探り当て連絡を取ることだってできる。日本語は三倍速で覚えた。

 

『…なるほど。話はわかりましたわ。主治医』

 

『ここに』

 

『聞いていましたわね?』

 

『はい』

 

パソコンの画面の向こう、貴婦人然とした女性の隣に佇む、眼光鋭い施術衣の男が例の繋靭帯炎を完治させたという医者らしい。

 

『治療はできません。何故なら私はお嬢様、いえ奥様の主治医だからです』

 

「…なっ」

 

…いや、断られるのは予想していた。こちらは本当か嘘かもわからない情報をアテにいきなり連絡を取った身、一手で全て上手く転ぶとは思っていない。

 

『そもそも、繋靭帯炎は脚に負担をかける限り何度でも起こりうる病。完治という概念はないのです。故に、何年経とうと私は奥様のおそばを離れるわけにはいかない』

 

何故なら私は、奥様の主治医だからです。

 

と。

 

その主人が患者だったのか。なるほど永遠に経過観察だと言い張るなら一理ある。

 

話を聞くに彼女もまた若い頃、繋靭帯炎に未来を閉ざされかけたのだと言う。

 

己の無力を実感した主治医は一度長く仕えてきた家を離れてまで治療法を模索。仮説を立てぶっつけ本人での実証を成し遂げてみせなんなら短くも現役復帰までさせられたのだと言うから事実なら想像以上に理想的な人材が見つかった。

 

説得してみせる、必ず!

 

 

 

一時間経過。

 

『やはりできません。何故なら私は奥様の主治医だからです』

 

それしかないのか!!!!

 

らしくもなく叫びかけた時だ。

 

『いいではありませんか、行って差し上げなさいな』

 

『しかし奥様、それでは』

 

『私ももう子供ではないのです、言われなくても安静にしていますわ』

 

『ううむ…』

 

『ではこうしましょう。主治医、あなたは私の脚のためにイギリスへ行くのです。そうすればあなたの知識に磨きがかかり、それは私の健康管理に関する技術向上に繋がるでしょう?』

 

『うううむ…』

 

戦況は瞬く間に覆った。うってかわって圧倒的だ。援護射撃を期待していなかったと言えば嘘になるが、まさかたった一時間様子を見られただけで得られるとは思わなかった大収穫。名前こそ出せないが、感謝の念はそれこそ死ぬまで忘れることはない。必ず。

 

かくして。

 

奇跡の医者、主治医の英国来訪が決まった。

 

 

 

…今となってはどうでもいいが、主治医という呼び方は果たして日本語的にそれで合っているのだろうか?

 

 

 

主治医の行動は早かった。現地につくやマリオンの何人目かの主治医からありったけのデータを受け取り本人の診察と検査を丸一日行い大学や病院を巡って必要なものをかき集め。

 

 

 

『まさか、そんなアプローチで!?』

 

『バカげている!不可能だ!』

 

「わかっています。ですがやります。何故なら私は、奥様の主治医だからです」

 

 

 

 

 

それから三年の月日が流れた。

 

私はリハビリを始めたマリオンに別れを告げ帰国。フランスで派手に勝ち星を挙げ再起に成功した。

 

とは言え、折を見てはイギリスに渡ってマリオンに会いに行くのでトレーナーからはだいぶ渋られているが。

 

「マリオン」

 

「あ、ヴェイ!獲ったよ!宣言通り、三冠!」

 

「その話は電話でもしただろう。ちゃんと見ていたよ」

 

「でもー、やっぱり欧州三冠も走りたかったなー。ヴェイと決着をつけたいんだよー」

 

「君の脚のこともある。これで正解だよ。それに、大丈夫。舞台は用意されているさ」

 

「えっ、どこどこ?いい加減教えてよう」

 

「行き先は…日本。レースの名は、ジャパンカップ」

 

「それって…この前招待が来たやつじゃん!」

 

「やはり来ていたね。そこに私も出るから君も出るといい。日本にはきっと、君の求めるものがあるよ」

 

「…そうかな。実はちょっとそう思ってたんだ」

 

「ほう?」

 

「日本のことを考えるとしっぽがそわそわする。先生がいる国だからかな、って思ってたんだけどやっぱり違うんだ」

 

「マリオン」

 

「うん。出るよ、ジャパンカップ。そこでボクは…」

 

彼女は。

 

また一つ、最強への階段を登るだろう。

 

奇跡の脚を持つ黄金の太陽は西から昇ったのだ。

 

であるなら、私の知る最強のウマ娘、あの闇夜の名を持つ彼女に勝つことだって。

 

ヨルノアラシ。

 

彼女をこの欧州の舞台へと引き摺り出し、私と、マリオンと、世界の強豪を集め本当の最強を決めるのだ。

 

そのためにもまずはジャパンカップ優勝を果たす。そこで目にするがいい、ヨルノアラシ。

 

サーマリオンは決して諦めることなく自らの意思で絶望を踏破し奇跡を掴んだ唯一の命だ。

 

私は確信している、最強の名はサーマリオンのためにこそ存在するのだと。

 

希望の象徴は必ず絶望の象徴を打ち破るよ。

 

例え、君がどのような刺客を用意しようとね。

 

 

(世界一最高なウマ娘の話・後編に続く)

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