「今年の有マに出る」
ジャパンカップ前日。突如開かれた記者会見の場でヨルノアラシはそう宣言した。
いつの間に運び込んだのか、やたら高い玉座に腰掛け集めた記者たちを睥睨しつつ。
記者の方も慣れたものでさらさらとメモを取り次々ポーズを変える彼女の最も写りのいい角度を求めてカメラを…
「あ、あの…」
いや、一人だけ挙手した記者がいる。
「その、有マ記念は…ファン投票で出走の可否が決まるレースで…」
「私が一位にならないとでも?」
「あっはい、すみませんでした…」
「いや、仕方ない。私の言葉を聞きたいがためわざと愚問を向けてくるのは理解している」
ヨルノアラシは意外と寛容である。
「独壇劇場」とも呼ばれる突然の会見はもはやヨルノアラシに関わってきた記者の間では常識となっており、今回のようにヨルノアラシ初心者に対して彼女は非常に親切に対応する。あくまで彼女の基準で、だが。
しかしそこでの発言は毎度毎度あまりに傲岸。普通の人間なら人生100回ぶん大炎上間違いなしの超頂点フルコース。一部では「レースを侮辱している」「今すぐ除籍しろ」「魔界へ帰れ」などのコメントが寄せられているがこれに関してヨルノアラシをよく知るこの世で唯一のウマ娘さんからは「あー、逆ですね。彼女はレースを真っ当にスポーツとして楽しんでるので引退しないんです。でも態度がアレなので魔界からも追放されてるんだと思います」との言葉を頂いた。
ついに魔王が年末の有マに再臨する。
これだけで我々としては一面のネタに芸能人のあれこれを使わなくていいので非常にありがたいのだが、今回のヨルノアラシは全く、サービス精神に溢れていたと言えよう。
「シロツメクサも出る」
彼女が放った言葉に場がざわついた。
困惑ではない。筆者も他社の連中も一様に同じ顔をしていた。
『待ってました』、と。
「奴は明日のジャパンカップを獲る。その脚で有マに出る。何故なら、これはチャンスだからだ」
彼女が言わんとすることはその場の全員が理解している。
最近大注目、ともすればヨルノアラシより衆目を集めている競走ウマ娘シロツメクサ。
彼女は先日の天皇賞(秋)を勝っておりその勢いで今回のジャパンカップに挑むが、ヨルノアラシから見れば既に勝負は決しているようだ。
仮に、天皇賞に引き続きジャパンカップを優勝すればここに有マ記念を加えた通称「秋シニア三冠」に王手がかかる。なるほど逃す手はないだろう。
「私とシロツメクサはこの有マを最後にトゥインクルを卒業する。だが、これまであいつはこの手のチャンスにとんと縁がない。トゥインクル最後の思い出作りのためにも必ず出るさ」
ふん、と鼻を鳴らすように笑うのも印象が悪くなる一因ではあるがこれも有識者であるシロツ…某ウマ娘さんに曰く「あー、あの笑い方ですね。見た目は完全に悪党ヅラなんですけど機嫌がいいサインです。多分ジョーク言ってるつもりなんですよ」とのこと。人は見た目では判断できない。
「諸君。春の天皇賞は覚えているか?」
無論だ。あのヨルノアラシ以上に鮮烈な存在の、あれはまさにデビュー戦だった。
シロツメクサ。それまで善戦屋として埋没していたのが嘘のような決死の走りを見せた彼女は今やヨルノアラシの首に最も近いウマ娘となった。
「春は私が取った。秋はあいつが取った。ならば決戦が必要だろう?喜ばせてやる。せいぜい盛り上げろ、衆生。私と、あいつの、舞台を!!」
筆者は信じられないものを聞いた。
それは、記者会見にあるまじきもの。
レースを楽しむ一人のファンとしての歓声だ。
それが、自分を含む全員から聞こえる。
当代最強の傑物たるヨルノアラシ。
挑むは今一番勢いに乗るシロツメクサ。
今年の年末はトゥインクル・シリーズに再び嵐が吹き荒れるだろう。 (筆者:上遠野)
「シロ貴様ぁぁぁぁ!!!!」
「ぎゃーはははははよかったじゃん印象良くなって!!!これからは「あっ、ヨルノアラシちゃんご機嫌なんだねー」ってみんなから言ってもらえぶっふっあー無理笑う!!みんなから「悪ぶってるんだねーかわいいねー」って温かい目で見られるヨルノかわいー!!!あははははははは!!!!!」
「なぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
故郷のお父さんお母さんそして兄と妹へ。私は今ジャパンカップの控室で号外を読みながらあのヨルノアラシを悶死寸前まで追い込んでいますが私も笑い死にしそうです。助けて。
この控室多分今日一番うるさい控室だと思う。
「くそ…くそ…わかったようなことを言いやがって…」
「いいねぇそのセリフ。思春期っぽくて」
「本当にお前学園で言われてるような「優しい先輩」なのか…?」
「だってヨルノ相手だもーん」
まあ、こんなバカらしいやりとりでも今の私にはありがたい。何せ人生で一番緊張しているのだ。
はっきり言って春天より秋天より緊張している。
サーマリオン。金色に輝くイギリスの天才ウマ娘。
私より小さいのにどこまでも高みにいる、ヨルノ級に桁外れの相手だ。
おまけにそんな子と同格かそれ以上と言われるヴェイリフロンセさんもいる。
「またくだらん想像をしているな」
「む…」
「やれやれ、私というものがありながら他の女のことばかり…言っただろう。お前はもう「普通」なんかじゃない、作戦通りに走れば必ず勝つ」
「でも、あれ作戦なんてもんじゃ…」
「作戦だ。奴らもこの号外を読んでいるだろうから間違いなく本気で来る。怒り心頭でな。自分たちを眼中にないと言い放ったも同然、侮辱にも等しいこの文面を見れば必ず」
「あー…SNSとかすごいもんね。有マのことばっかりでジャパンカップを通過点扱いするようなひっどい状態でさぁ…」
「だから前日にやったんだ。大荒れの時こそ漕ぎ出すのにふさわしい」
「わざと炎上煽るとか…これ実質参加してくれた外国への国辱だよ?来年ジャパンカップ開催できるのかなぁ」
「来年のことなどどうでもいい。私たちに必要なのは今年、今なんだからな」
「冷静でいられなくする作戦にしてもちょっと雑すぎる気がするんだけど…誰のせいでこんなんなっちゃったんだろうな…」
「他人にさんざん慕われておきながらその裏で最低な手段に手を染め正々堂々という言葉を嘲笑したウマ娘の影響だと思う」
私かぁ…
じゃあ仕方ないかぁ…
「何はともあれ、そこにレースがあって参加が決まっているんだ。行ってこい、シロ」
「わかってるよ、ヨルノ」
これで軽口の時間はおしまい。控室を出る。
わかってる、わかってるんだ。
だって、私が誰より勝ちたいんだから。
手段は選ばない。勝ちたいがために世界一最低な道を選んできた。今更綺麗な手で終われるとは思ってないよ。
何より。
この勝ちの先に待っているものがある。
ヨルノアラシという、この世で一番勝ちたい相手が。
一番の舞台で。
一番の景品を抱えて待っている。
なら行こう。行くしかない。
私はシロツメクサ。弱いくせに負けず嫌いで、諦めることすらできずレースにしがみついていただけの弱者だ。
そんな私が一番高いところへ手を伸ばせるところまで来た。なら。
あとは、走るだけだ。
時は来た。
たくさんの「勝ちたい」を乗せて、レースが始まる。