世界一最低なGⅠ制覇までのお話   作:クロカワ02

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羽化なので初投稿です


世界一最低な羽化

『ふざけるなよ』

 

「…えっ」

 

事件はゲートイン直前に起こった。

 

『わざわざ極東くんだりまで呼んでおいて、オレたちを前座扱いとはな』

 

故郷のお父さんお母さんあと兄と妹へ。

 

私シロツメクサは今、身長2mはあろうかというビッグなウマ娘に胸ぐら掴まれて持ち上げられてます。

 

「えーっと…きゃのっとすぴーくあいんぐりっしゅ」

 

「なら日本語で言ってやる」

 

「うそぉ…」

 

追記、日本語も堪能な方だった。

 

その体躯は競走ウマ娘と言うより格闘家のそれに近い、鍛え上げられた実戦用の筋肉を特大の骨格に装備したアメリカンサイズのアメリカ出身ウマ娘、名前は確かゴッドヴォルト。

 

パワーに満ちた名前と首元に巻かれた目が覚めるような赤いスカーフがヒーローのようで印象的な女性だった。

 

「お前とあの黒いのは繋がっているそうだな」

 

「あー…いや、あの件は私も知らされてなくて」

 

「ほざくな、雑草」

 

うへぇ…。

 

ちらっと目を逸らすと慌てたようにサーマリオンちゃんが駆け寄ろうとするが他の海外ウマ娘がなんでもないような顔をしてその進路に入る。係員さんも同様に道を塞がれた。

 

…なんでもない顔ではないか。こちらに向いているのは明らかに、敵意だ。

 

誰かが意図して悪意的な情報を流したんだろうなぁ…誰だろうなぁ…きっと世界一最低な黒いウマ娘だろうなぁ…。

 

ゴッドさんの糾弾は続く。海外ウマ娘からの冷たい目線も止まない。これだけ濃度の高い害意を向けられたことなどない。何分経った?いや、まだ一分も経ってない。

 

いつまで続くのだろう。

 

肌がぴりぴりするほど怖い、のに。

 

なんだろう、これ。

 

「くだらんマネをして勝負を汚すな、雑草。貴様はここで…なんだ?」

 

その時、視界に写ってほしくなかったものが入り込んだ。意識が引き戻され思わず息を呑む。

 

巨躯の背後から彼女をつついたのはよく知った顔だったのだ。

 

「リッチ!」

 

最初から囲いの内側にいたからあっさりと接近できたのだろう。

 

メルトールリッチ。彼女が俯きがちにベストのような勝負服の裾をつまんでいた。

 

「リッチ!だめ!」

 

そこにいたらだめだ!レース開始直前に仕掛けてくるほど頭の茹った相手に近付くなんて!

 

「その通りだ。ジャマをす…」

 

ゴッドヴォルトが振りのけようと僅かに振り向いた瞬間。

 

赤いスカーフが躍った。

 

いや、リッチが『掴んで引いた』!

 

思い切り引かれた拍子に体勢を崩し私を取り落としながら顔と顔が近付けられ、そんな彼女をねめつけるようにしてリッチは。

 

 

 

 

『ここはレース場だぞ?勝ってからモノを言えよ、ウサギちゃん』

 

 

 

 

『なっ…!?』

 

スカーフを離しながら軽く胸を押して顔を離したリッチはこちらを向いて、

 

「シロさん。今日もよろしくお願いします」

 

と。

 

そう言って、普段とは違う穏やかな笑顔でゲートの方へ歩き去っていくまでの数秒間誰一人として身動き出来なかった。

 

まさに、衝撃の一幕。

 

「リッチ…」

 

英語、喋れるんだ…。

 

 

 

 

 

 

…メルちゃん、我慢できませんでしたか。

 

改めて盛り上がる観客席とは別に空気の悪いまま出走ウマ娘の紹介とゲートインは進む。

 

私、モミジガリは6枠12番。あまりいい位置とは言えないがそんなことは問題ではない。そう何故なら。

 

 

 

(私もメルちゃんも件の併走では全然出番がなかったから…!)

 

 

 

シロさんのライバルとして不甲斐ない…!

 

後から聞いて不満と後悔でいっぱいだった、挽回せんとレース前の追い込みをいつもより細かく詰めてもらった結果、コンディションは今までにない上出来。

 

たとえ国外の強者が相手でも決して情けない走りはしない。

 

…が、それ以上に。

 

感じるものがある。

 

メルちゃんもおそらく同じものを感じているはずだ、だからこそわざわざ割って入ったのだろう。

 

…今日のシロさんは何かが違う。

 

だから、こんなところで見せないでくれ、と。

 

 

 

事実、このレースでウマ娘シロツメクサはそれまでのイメージを捨て去ることとなる。

 

紛れもない決別だった。

 

それは、私たちに対しても…

 

「これで16名全員ゲートイン完了。出走の準備が整いました。どのウマ娘も気合十分…!」

 

 

 

 

 

「スタート!」

 

 

 

 

 

「揃ってキレイなスタートを切りました本日のメインレースはジャパンカップ!先程のトラブルを感じさせない見事な立ち上がりです。ここから誰が抜け出すのか」

 

「中の方へ密集していますね」

 

「塊状態から内側1枠1番メルトールリッチがハナを取りに行く、1番人気4枠8番シロツメクサは後方からのレースになります」

 

「これは上手く押し込められましたね。やはり注目され…ん?」

 

「先頭へ続くのは同じく内枠3番サーマリオン、続いて3枠6番アイエーテース。外側…えっ?」

 

「「シロツメクサ!?」」

 

 

 

 

『バカな…!4人がかりの壁だぞ!?』

 

 

 

『何故抜けられた?』

 

 

 

『わ、わからない、気付いたら内側に、ギリギリを加速していった!』

 

 

 

『そんなものがまかり通るのか!!この邦では!!』

 

 

 

 

「こ、これは…!」

 

「マークされていたのは確かです、ですが、包囲が固まりきる前に加速して抜け出した、としか」

 

「可能なんですか!?」

 

「…ヨルノアラシであればやるでしょう」

 

 

 

 

 

『やってくれる…』

 

ヴェイリフロンセは苦笑する。

 

できるものか。可能であるものか。小柄な身体を活かした高速機動と言えば聞こえはいいが周りを同じ速度で走っている相手が何人もいるようなレースの場で、そんなものが許されてたまるか。

 

そんな荒唐無稽が許されるとしたら。

 

『レースに出ちゃいけない加速狂(アクセルハッピー)か、最初から『そうする』と決めている大バカだ…!』

 

ヨルノアラシからシロツメクサに関する情報は受け取っているがまさか、危険走での降着さえ厭わない輩だとすれば話が違う。

 

この世で最も勝たせてはいけない人間だ…!

 

 

 

 

 

 

「などと考えている頃か?ふん」

 

甘い。

 

「甘いぞ、ヴェイリフロンセ。その程度でシロをわかった気になるのはな」

 

 

 

 

 

 

『壁は消えた、だがどうする?マリオンとの一対一で完膚なきまでに敗北した君が、どこを走る!』

 

 

 

 

「後方からまるですり抜けるように上がったシロツメクサ!掟破りの地元走り!…まだ速い!シロツメクサが位置を上げます!アイエーテースの外!」

 

「この姿勢、まさか…」

 

「さらに上がってサーマリオンの外!抜いた!抜いた!二番手からさらに今メルトールリッチを抜いて先頭!シロツメクサ先頭に立ちました!」

 

 

 

 

…ここでようやく、ようやく出走ウマ娘全員がその異常事態に気付く。

 

これこそヨルノアラシが仕込んだ絶対勝利の策略。

 

全ては、シロツメクサの全力を解放するための。

 

 

 

 

「スピードがおかしい?抜くのが早すぎ?」

 

当たり前じゃないか。

 

「シロは最初から、」

 

 

 

 

 

 

『『全速力(スパート)だ…!!』』

 

 

 

 

 

 

「日本語ではこうも言う。…『大逃げ』、とな」

 

 

 

 

 

 

作戦会議の時点で全ては決まっていた。

 

未知の相手と併走させたのも。海外ウマ娘を煽ったのも。

 

全ては。

 

「…逃げろ?」

 

「そうだ。最初からクライマックス全力疾走だ」

 

「いやいや…私の逃げは付け焼き刃だよ?ヨルノもさんざん煽り倒してくれた三級品であって」

 

「逃げじゃない。全力疾走、だ」

 

「…正気(マジ)?」

 

「ああ。後ろに誰も追いついてこないように先頭をキープし続けろ。そうすれば誰だって勝てる」

 

「いやいやいやいや。そんなの不可能だって」

 

「何度も言わせるな。春以降、お前の身体は明らかに変化した」

 

「!確かに…ちょっと胸大きくなっ」

 

「いやそれはない」

 

「くっ…!」

 

「本気どころか普段より遅いくらいだったとは言え、春天のあの距離から私に迫るだけのスピードとその後判明したスタミナの増大。胸を含めちっとも外観の変化がない肉体。ウマ娘のフィジカルは人間よりも筋肉と神経の質の差が出るもので量が全てではないというのは常識だが、だからと言っていきなり全身変化するほど摩訶不思議なものではない。今のお前は、以前とはまるで別人だ」

 

「それは……」

 

「秋の天皇賞。お前はあの二人を正面から打ち破った。春以来身についた力でねじ伏せた。お前はあの二人を含む多くの人間から支持されるようになったが、同時にドーピングや八百長の疑いも受けたはずだ。他でもない、勝てなかった時代のお前を応援していた連中からも」

 

「……そうだけど」

 

「シロ。お前は、変わりたくなかったんだな」

 

「……うん」

 

「お前が望んでいたのは、私がいて、あいつらがいて、お前がいる、そんなぬるい日々だった」

 

「……うん」

 

「何かを失いたくなどなかった。茶化し茶化され、適当に生きていければそれでよかった」

 

「うん」

 

「くだらん」

 

「……」

 

「また時計で殴られるのかと思ったが」

 

「もうしないよ」

 

「いいかシロ。お前は変わった。何が起きたのか私にもわからん。聞くところによればある日突然力が湧いてくる謎の現象はたまに起きていたそうだがそれは三女神像の前でだけだと言うし、これと関係しているのかはわからんが因子、という概念が研究されていてな。要は遺伝のようなものなんだがその点から見るにシロ、お前の血統は意外にもそう悪くなくて、でもやはりそういうタイプは片鱗が」

 

「もういいよ、ヨルノ。大丈夫だから」

 

「……」

 

「あの天上天下唯我独尊のヨルノアラシがこれだけ他人のことを考えてくれたんだもん。充分だよ」

 

「……シロ」

 

「ヨルノ」

 

「シロ…」

 

「ヨル…これバカみたいだからやめない?」

 

「今いい雰囲気だったろうが!!」

 

「そうなの?」

 

「ええい本当にこいつは!!…ごほん、いいか。お前の今の実力は春からのデータを分析した上でまだ未知数だ。これは何故か。お前の悪癖のせいだ」

 

「え、私のっ!?」

 

「ああ。お前、走る相手を見て毎度毎度「強そう」とかなんとか言うだろう。私が思うにお前は相手の力量を予想して無意識に出す力を変えている。だから手の内をよく知る相手の秋天では勝ち、サーマリオンとの併走では予想を超えられ負けた」

 

「ということは…逃げろ、って」

 

「正しくは『何も見ずにただ走れ』だ。誰にも抜かれないように走ればお前はそれだけで勝てる」

 

「…わかった。やってみる」

 

「ふん。不可能だとか文句は言わなくていいのか?」

 

「うん。変わるって決めたから。…いきなり普通じゃなくなって、春から秋までかけてなんとか取り繕って。いきなり強くなりました理由はわかりませんなんて言って環境が変わるのが怖かった。でも…どれだけ行っても、そこにヨルノはいてくれるんだもんね」

 

「ああ。私は最強だからな」

 

「なら走れる。ヨルノ、待ってて」

 

すぐ追いつくから!

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