「シロの奴め。スタートから前に出るのに慣れてないせいで随分不恰好な立ち上がりだな。さて…あとはお前たち次第だ。せいぜい焦ってついていくといい。なるべくシロをせっついて、その力を引き出してくれ」
天才。古豪。豪傑。幸運。精鋭。
この場に集った全てを踏み越えてお前は変われ。
負けるのが辛いなら。中途半端が辛いなら。
強さを証明すればいい。
「それができれば苦労しない」と言ったお前に、決別する時だよ。シロ。
「8番シロツメクサ先頭に立ってもまだ止まらない!二番手に既に3バ身差」
「離しに行ってますよ、仕掛けは遅れたようですがこれは明らかに逃げに入ってます」
罠だ。
彼女の「逃げ」は間違いなく付け焼き刃、それでも何か仕込みがあるならば奇策と言ってもいい。いや、併走でマリオンに逃げ切られた意趣返しか?とにかく今はついて行かず抑えるのが正解。私とマリオンなら差し切れる。
なのに。
『何故行くんだ!マリオン!!』
「速い速いシロツメクサ!彼女が『おもてなし』に選んだのは、芝2400m!スプリント並みの早仕掛けで挑む超ハイペースの消耗戦!!!最初に応じたのは英国サーマリオン位置を上げる!」
『はっ、はっ…はははっ!』
ごめんねヴェイ。でも、『これ』は行かなきゃダメだ。
何故って?ボクの脚が言ってるんだよ。
『ここで行かなきゃ、後悔するってね!!』
「その後に日本のウマ娘が続きます外からモミジガリ!」
来た、来た、来た、来た!
シロさん、シロツメクサさん、私のライバル!
本当のあなたを!
その『あなた』を待っていた!!
「食いつくようにメルトールリッチも行く!」
シロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさん!!!!!
私は!!!!!
ここに!!!!!
「ここニ戦をシロツメクサに負けている同士やる気を見せますね!その後ろ7番ゴッドヴォルト、大外16番モアーボンも力強く追い始める、どんどんバ群が縦に伸びる!このペースで保つのか、沈むのか、果たして走り切れるのか!」
『無理だ!あり得ない!!マリオン!!』
何故だ。何故マリオンは脚を緩めない。
確かにシロツメクサは速い。体感では既にこのレースのレコード更新も見えている、だがこれは明らかに破滅の逃げだ、ゴールまで保つわけがない。マリオンの脚ならペースを落としてスタミナを温存するだけでいい、最大の武器である末脚で直線勝負を選べばいい。なのに。
君は一体、何に惹かれて走っている。
『マリオン…君には何が見えているんだ…!』
力任せでレースを破壊するような走りをするそのウマ娘に、君は、何を。
感じたんだよ、と。
レース後に彼女はこう語った。
「夢が叶う予感がしたんだ」
「夢…『これ』が本当に、君の望みだったのか?」
「やりたい帳最終巻最終ページ最終行、『◯◯◯◯』。その点シロは期待通り…期待以上だったよ」
「…そうか。なら…」
仕方ないな、と私は応じた。
残り1200m。
まだスピードは落ちない。
残り1000m。
まだ落ちない。
残り800m。
まだ落ちない!
ここまで疑えば認めざるを得ない、彼女の身体に起きた変化とやらは極めて危険なことに、ああくそ、本物だ!
『認めようシロツメクサ…君は!』
ヨルノアラシと同等の脅威だ!!!
「後方控えていたヴェイリフロンセが飛び出した!前では一人また一人と遅れていき現在先頭はシロツメクサとサーマリオン!」
残り600m。
ヨルノアラシはとんでもないものを生み出してくれた!
彼女はここで私が潰す。マリオンにはまだ荷が…いや。
今私は何を考えた?バカな。マリオンだぞ。
マリオンがまだ諦めていない、なら!
必ず彼女は踏破する!誰より輝く星の下に生まれた彼女ならば!
「二人きりで大ケヤキを回って最後尾はまだ見えません!全員巻き込んでの大驀進となりました先頭シロツメクサ逃げ切るか!」
そうだよヴェイ。ボクは諦めちゃいない。
『逃げ切らせないよ、絶対に!!!!』
「最終直線!ここで二番手サーマリオンが仕掛けた!さらに加速して先頭へサーマリオン迫っていく!」
残り400m。
「ついにヴェイリフロンセが三番手に躍り出た!このまま詰めれば射程内もありうる距離!先頭シロツメクサ!サーマリオン並ぶか!サーマリオン並ぶか!サーマリオン並ぶか!」
『とどけぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
「ゴォール!!!1着は8番シロツメクサ!!1番人気シロツメクサが魅せました!!並み居る強豪の猛追を振り切った、まさに横綱相撲!2着に4バ身差をつけ開催国の意地を見せつけた!2着はサーマリオン、3着はヴェイリフロンセ」
「残り200mでシロツメクサが見せたあのノビで勝負が決まりましたね!絶対に追いつかせないという気迫と覇気を感じました…!」
「はぁ…はぁ………あは」
…ゴールしてやっと緊張が切れたのか、今日初めて芝の色を見た気がする。
耳に音が戻る。視界に色が戻る。心臓に鼓動が戻り、一呼吸ごとに私は私の形を取り戻す。
「あははは……はぁ」
やっちまったなぁ。
もう誤魔化せない、全然勝てなかったあのシロツメクサが、正面からジャパンカップを勝っちゃった。
絶対炎上してる。ほらあそこの観客なんか怒って叫んでるもん。ライブやらずに帰りたい。
「でも…」
それでも今は。
「来たよ、ヨルノ」
降り注ぐ歓声に応えるように、思いきり両手を振り上げ空を仰いだ。
「ジロ゙ざぁ゙ん゙!゙!゙!゙」
「おっとっと。あっごめんリッチ避けちゃった!大丈夫!?」
「ぶぇぇぇぇ!!!!!」
「おーよしよし痛かったねぇ、芝でも顔面スライディングしたら痛いよねぇよしよし…!」
「死角から抱き着きに行ったメルちゃんが悪いんですけどね…おめでとうございます、シロさん」
「あ…モミジちゃん」
「シロさん。あなたに言いたいことがあります」
「あっ、はい…!」
「思うところがあるならそんな顔をなさらずに笑ってください。あなたは勝者なのですから」
「は、はい…?」
「私からは以上です。後は地下道へ。首を長くして待っているでしょうから」
「…うん!」
なんて足取りの軽い…とても2400mをレコードで逃げた人とは思えないな。
疲労を感じさせない小さな背中を見送り息を吐く。
ああ。
らしくない真似をした。
普段通り綿密に想定した作戦で挑むつもりだったのに、それをかなぐり捨ててオーバーペースに付き合ってスタミナ切れ。まだ汗が止まらない。明日は熱も出るか。
身体が強くないからこそ一戦を大切に走り確実に勝ちに行くというスタンスを自ら犯した結果がこの着外。全く妥当だ。情けない。
でも、ついて行きたかった。
それなりに近しい縁のある人間として春天以降の変化は知っていたつもりだ。因果や理由はわからないが、わからないでもいいと飲み込める程度には私もメルトールリッチも彼女自身を評価していたと思う。…もしかすると、メルちゃんにそんな考えはなくてただ彼女が好きなだけかもしれないが…とにかく。
あの人を異質なものとして一人にしたくなかった。私が、私たちがいると示したかった。これからも勝負をしていくために。
結局追いつけなくて、一人で行ってしまったけれど。
「でも、一人じゃないんですね」
「シロさぁん…うぅー…」
「ライブの準備です。私たちも行きますよ、メルちゃん」
「ぐす。…うん。まだ、終わってないから」
「そういうことです」
私たちは完全に置いて行かれてしまった。それでも、追いつけないとは思わない。
必ず追いつきます。
必ず。
世界一最低なGⅠ制覇までのお話セカンドシーズン『ジャパンカップ編』
完結。
そして一ヶ月後。舞台はついに最後の決戦へ。
世界一最低なGⅠ制覇までのお話ファイナルシーズン『有マ記念編』
近日開幕。