レースの世界は眩いばかりではない。
五年も走ってればいやでも理解する。
私たちはウマ娘。勝ち負けで心を歪めはしないが、それはそれとしてぶつかり合うものだから。
『先頭集団がそのまま団子状態でゴール!!これは写真判定です!』
『外側のウマ娘がわずかに体勢有利でしょうか』
『…出ました!一着は8番シロツメクサ!二着はホッポウボーロ、三着はマデリン。シロツメクサは前走に続き重賞三連勝です!一番人気マサキクロス、またしても惜敗!』
「順調だな」
レースが終わると決まってヨルノが地下バ道で待っている。
「GⅢ三連勝。この前までその勝ち一つ拾うのに年単位で苦労していたとは思えん成果だ」
「全くだよ…本人が一番びっくりしてる」
「いや、私の方が驚いている」
「なんで張り合ったの?」
「今回の種明かしはまだか?」
「まだだよ。手を引く前にもう一回くらい勝ちたいなぁ」
「欲をかくとろくなことにならんと言うが」
「欲がなきゃ勝てるものも勝てないよ。じゃ、ライブしてくるね」
「……なるほど、これが闇堕ちか」
「人聞きの悪い」
自慢ではないが、実はライブは得意な方で。勝てなかったから披露する機会はなくても、デビュー前からしっかりレッスンに励んできた。
私はまだ幸運だ。重賞でもなんとか着内に入ることもあったからセンター以外で踊る機会は多くて、一方で同じトレセン学園の中には未勝利戦を十回も走ってやめていく子もいる。せっかく頑張って入学したのに。スカウトで入った天才に捻り潰されることもあった。私の前のルームメイトがそうだ。
そんな子には中途半端に勝って居残っているのがなんとなく申し訳なくもなる。なっていた。
「でも今はもうライブが楽しくて!!ごはんもおいしいなぁ!!」
「他者を踏み躙って食うメシは美味いか?」
「ヨルノの方がよっぽどだよ」
無敗でGⅠ勝ちまくったくせにわざと負けて処分食らうのは踏み躙るどころか死屍累々屍山血河の上でよだれ垂らして昼寝してるに等しい。そこまでに負けた子や心をへし折った子に対する侮辱だろう。
でもヨルノはそんなことを気にしないし、そんなことはそもそも意識すらしてない。
走りたいから走っただけのヨルノに、負けウマの気持ちはわからない。
この前折れた鼻の絆創膏が取れてすっかり元の形良きお鼻を取り戻したヨルノはその整ったお顔をまたカレーで汚しながら不思議そうな顔で私を見る。負けウマの私を。
夜の嵐。
闇に吹き荒ぶ暴風雨とは、絶望の象徴である。
「それで、最近の好調にはどういう種があるんだ?」
「んー、実は大したことじゃないんだけどね。今日のレースの一番人気、覚えてる?」
「興味がなくて…」
「だろうね。マサキクロスって子なんだけど、去年までは三冠を狙えるんじゃないかってくらい評判のいいウマ娘だったんだよ」
「までは?意味深だな」
「そう。その子ね、リップサービスやマイクパフォーマンスが上手くて。自分はあのタマモクロスさんを尊敬してて、名前も似てるし二代目になる!とか言ってたかな?弥生賞までは無敗で来てそれだからすごい人気もあったんだけど…まあちょっと、やり過ぎたんだろうね」
「…?」
「口が過ぎる!って、一部の子に目をつけられちゃって。ビッグマウスはファンにはウケがよかったけど他の子をバカにするような過激なことも言ってたから。弥生賞で妨害寸前くらいまでガッチガチに集団マークされて結果着外。ペースを崩されて皐月賞も日本ダービーもボロボロ。その後もレースに出るたびいじめられてるんだ」
そのレースに勝ってるヨルノに話すのもおかしな話だが。
この子他の人のこと全然興味ないからなぁ…。
「…だいぶエグい話だと思うんだが顔色一つ変えないな」
「ま、それに加担して一着取ってる身だしね。ヨルノこそ残酷だとか、思ってないでしょ?」
「まあ、思ってないな」
「ヨルノも同じように囲まれてたんだよ?」
「え?いつだ?」
「ヨルノは何にも気にせずぶち抜いてたからわかんなかったんだよ」
「そうだったのか…」
「ま、そういう淑女協定は得てして対象さえ潰せれば後は恨みっこなしだから。なんとか一着取れたのは偶然だよ」
「……」
「ヨルノ?」
「面白い世界だな。一人の脚を引っ張るために何人も協力して、時には自分の勝ち目さえ捨てるのか」
「そうなるね。理解できないでしょ?」
「…ああ、新鮮で仕方ない」
その日、いつもは小学生並みの早寝なヨルノにもっとエグい話を、とねだられて随分夜更かしをした。
内容はともかく、なんだか青春っぽくて良かったな。
・マサキクロス
才能はあったが残念ながら出る杭として打たれたウマ娘。それだけ。レースの世界は厳しい。