世界一最低なGⅠ制覇までのお話   作:クロカワ02

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世界一最低な決別

「ふぅーん…へぇ…」

 

「…シロ、何読んでるんだ?」

 

「最近流行りの学園新聞。コピー機に限界を感じた誰かがついに印刷機に手を出したんだって」

 

「たかだか校内新聞に印刷機を…?」

 

「ねぇヨルノ、この子覚えてる?この前のマサキクロスって子だよ」

 

「…こんな顔をしていたのか」

 

「ほんとに人の顔見てないんだなぁ」

 

「身体しか見てない」

 

変態か?

 

「身体で判別できるの?」

 

「できない」

 

変態だった。

 

「見てないんだね」

 

「シロのことは顔でわかる」

 

「みんな大体顔でわかるんだよ。それでね、あの子がついに自分をマークしてた集団の中心にいた三人に直談判したんだって」

 

「ほう、結果は?」

 

「ヒートアップして乱闘になって全員出走停止処分とにんじん畑のお世話」

 

「喧嘩両成敗か。まあ妥当な落とし所だな」

 

「そうだね。連座になる前に早めに抜けといて良かったぁ」

 

…それだけじゃないか。

 

目的は多分淑女協定の強制終了と、調子を崩しているマサキの回復だ。

 

次会う時はカモじゃなくて強敵かと思うと、少し面倒だな、と思う。

 

春が終わり、夏が来た。

 

春の最後の大レース宝塚記念もわざと負けるような不届き者が出るでもなくつつがなく終わり、私たちの熱い夏が始まる。

 

 

 

「みんなが合宿行って手薄になったレースに出たけど仕込み無しじゃ三着が限度だったよ…」

 

「まあ妥当なところだな」

 

 

 

こうして私たちの熱い夏が終わった。

 

秋。夏に積み重ねたものが徐々に花開く季節。

 

私もヨルノと合宿トレーニングに勤しんだものの、さすがにクラシック級の参入に際してこれからはもっと多彩な策がいる。

 

「策か…ここはやっぱり定番のアレでどうだ。差し入れに下剤を盛る」

 

「露骨過ぎてバレちゃうよ」

 

「そうか…一度見てみたいんだがな…」

 

「漫画に悪い影響受けた子供だ…」

 

昼時のカフェテリアで下剤を使うとほんとにお腹がゴロゴロいうのかなんて話をするなと言いたいところだが、どうにもこうにも、この時期の私は言い訳のしようがないくらいに気が抜けていた。

 

勝ちを重ねて、目的を持ってトレーニングをして、その喜びや苦労を誰かと共有する。

 

まるでキラキラのスターウマ娘のような、いや、普通のウマ娘のような生活を送っていた私に今後に迫る困難を暗示するかのような大きな影が被さったのは多分、そう決まってたんだと思う。

 

「シロツメクサ」

 

「…」

 

私を見下ろすのは大柄なスーツの中年男。

 

最初は少しばかり萎縮したりもしたものだが、今となってはその身体に見合わない矮小で臆病な中身が可笑しいばかりで。

 

「…?シロ?」

 

「ああごめんヨルノ。…こいつは、私のトレーナーだよ」

 

「…ほう」

 

私とトレーナーの顔を交互に見て、ヨルノはもう一度「ほう」と言った。

 

なんていやらしい顔をするんだ。お前そんな表情豊かじゃなかったろ。

 

「シロツメクサ。話がある」

 

「私にはないよ」

 

「最近、調子がいいようだな」

 

「あんたは黙って出走登録だけしてくれればいい」

 

トレーナーのやり口はよく知っている。

 

迫力のある見た目とは程遠い小心者で、おまけに不器用。私に取り付く島がないと思えば話題を他に移すだろう。例えば、隣で目を輝かせているこいつとか。

 

「…ヨルノアラシ。彼女とトレーニングしていたんだな」

 

やっぱり。

 

相手を傷付けるのを恐れてまっすぐに向き合えず、私たちは破綻したというのに。

 

悪い癖は直らないものだ。

 

「この子が欲しいの?言うこと聞いてれば功績は全部くれるからあんたには向いてるんじゃない?」

 

お互いに。

 

「シロ!話を聞け!」

 

「お前がその名前で呼ぶな!!」

 

「…!」

 

私の上げた大声で周囲の注目が一手に集まると、トレーナーはばつの悪そうにすごすごとカフェテリアを出て行った。もちろん大声はわざとだ。

 

大きな背中を丸くして去っていく姿の、なんと滑稽なことか。

 

「ふん」

 

「…」

 

「ごめんねヨルノ。何の話してたっけ」

 

「思ってたのと違う」

 

「え?」

 

「思ってたのと違う。漫画で読んだケンカ中のトレーナーとウマ娘はこう、もっと複雑な感情が見え隠れしていたのにシロは本気であいつを拒絶していた」

 

「また漫画に悪い影響受けてる…」

 

「何の用事だったんだろうな」

 

「…さあ?出走登録の書類でわからない項目でもあったんじゃない」

 

「なるほど、シロをスカウトする人間が有能なわけがないしな」

 

「おい」

 

その時はまだなんとも思わずにさっさと次のレースに向けての悪だくみを再開したのだが、突然のトレーナーの出現がまさかあんな形で回収されると当時の私は思ってもみなかった。

 

それはとっても、最低な形で。

 

 

 

 

「何も廊下で着替えなくても」

 

「トレーナーのやつが同じ部屋でいいなんて申請出したせいだもんっ」

 

「空き部屋を探すとか」

 

「スタッフさんの仕事増やすのは申し訳ないでしょ」

 

「そ、そうか…」

 

「トレーナーめ許さねぇ!そのちっちぇえメンツぶっ潰してやる!」

 

「こ、これが噂の悪役令嬢…?」

 

ちょっと違う。いやだいぶ違う。

 

後にこの時の会話でヨルノがまともなことしか言ってないことに気付いて夜中に飛び起きた。

 

それくらい、その時の私は冷静ではなかったのだ。

 

めちゃめちゃ掛かっていた。

 

「まさかまさかだよ、あの時の用件がこれだったなんて!」

 

「ああ、色々と驚きだな…まさか」

 

私が出走するレースに、新しい担当ウマ娘を出してくるなんて。

 

「名前はモミジガリ…はは、紅葉だって。白詰草より強そう」

 

「…それなんだが、スカウトされたばかりならこの時期はまだジュニア級じゃないのか?」

 

「知らないの?病気で入院するトレーナーから担当を預かったんだよ。だからシニア級。私と違って三年目のフレッシュなシニア級だけどね」

 

…なんか三年目の大事な時期の子とよく縁があるな。

 

でも仕方ない、四年目五年目まで残ってるってことはそれだけ強さ賢さを増したウマ娘なんだから(一部例外あり)勝ちを拾うにはなるべく弱い子を狙わないと。

 

今回は、ちょっとそういうタイプではないけれど。

 

「…そうだったのか」

 

「と言うか、ヨルノも私を煽るのに「担当を増やしたそうだな」とか言ってたのに、あれがマジでどこかで聞きかじっただけで真偽すら定かじゃなかった情報だったことに驚きだよ」

 

「私は嘘はつかないからな」

 

「嘘よりダサい真相なんだよ…」

 

「…勝てるのか?」

 

「戦績15戦11勝着外なし。最高GⅠ二着」

 

「勝てないな」

 

「勝てるよ。勝つ」

 

勝つんだよヨルノ。

 

だって私は、最低なんだから。

 

 

 

 

『さあ先頭が最終コーナーを回った!12番シロツメクサ上がってくる!先頭を逃げるモミジガリを捉えられるか!』

 

『後続も迫ってきますがここはモミジガリ負けられないですね』

 

『モミジガリ4バ身リード!いや、迫ってくる!シロツメクサが迫ってくる!モミジガリここまでか!シロツメクサだ!シロツメクサが機を逃さない!大外から5番リードロープが突っ込んできたがシロツメクサなんとか一着でゴールイン!!』

 

『前走もでしたが、彼女は咄嗟のチャンスをモノにするのがとても上手くなりましたね。今年五年目とのことですがそのキャリアを活かしたレース勘が身についたようです』

 

『二着にリードロープ、三着にモミジガリ。シロツメクサ、しっかり勝ちを掴んでいきました!』

 

 

 

 

「あーはっはっはっはっは!!!!!」

 

「本当に勝つとは…」

 

「これが私の実力ぅ!!!!」

 

「いや、ありえない…仕込みか?」

 

「仕込みだよ、当たり前じゃん」

 

「当たり前なのか…」

 

「なんで引いてるの?」

 

「いや、漫画だとこういう因縁の戦いでは一度負けるから…」

 

「漫画から学ぶのやめたら?」

 

その日の夜、ヨルノは粛々とコレクションの整理を始めた。

 

 

 

レースが終わりライブが終わり、また廊下で着替えて、ヨルノに引き摺られるようにして帰ってきて。

 

彼女が部屋中に漫画を散らかしているのを眺めながら今回の反省会をする。

 

「散らかしてるんじゃない、分類してるんだ」

 

「途中で読み始めて散らかったまま寝ちゃうやつだ…」

 

「それより、今回の仕込みはなんだったんだ?また誰か抱き込んだんだろうとは思うが…」

 

「んー、それなんだけどね。私は話に乗っかっただけだよ」

 

「…?あのモミジガ某も誰かに恨まれていたのか?」

 

「リくらい覚えようか。逆だよ、彼女は全然そんなことない。謙虚だけどしっかり受け答えしてファンを勝ちで喜ばせる、わざと負けたりなんかしない高潔で理想的なウマ娘だよ」

 

「だとすればますます話が合わない。誰がお前みたいな理想の真逆みたいな限界ウマ娘に協力するんだ」

 

「モミジちゃん本人」

 

「…は?」

 

「わざと負けてもらっちゃった」

 

さすがにヨルノもこれは話が読めないのか、フクロウもかくやと言うくらい大袈裟に首を傾げる。

 

「…そういうことをしない高潔なウマ娘じゃなかったのか?」

 

「と、思ったんだけどね。話を持ってきたのはあっちからだよ。確か…」

 

 

 

『シロツメクサさんですね。よく来てくださいました』

 

『えーっと、モミジガリさんだったよね。話って何?』

 

『私があなたのトレーナーさんにお世話になるようになってしばらく経ちますが…あの人は私にほとんどつきっきりです。その間あなたはどうしているのですか?』

 

『…あー、まあ、ちょっとね。ケンカ中だから。あっ、でもトレーニングはちゃんとしてるよ。同室の子が協力してくれてね…』

 

『…それは、私のせいですか?』

 

『違うよ。勘違いしないで、私とあいつが勝手にケンカしたタイミングと被っただけ』

 

『…トレーナーとウマ娘は共にあって高みを目指せるものだと思います。仲直りをしようとは思わないのですか?』

 

『思わ…』

 

 

 

「まあ正直チャンスだと思ったよね」

 

「ゲスか?」

 

「ゲスだろうとなんだろうと勝てれば嬉しいよ」

 

「それもそうだな」

 

 

 

『…思うよ。四年も一緒にやってきた担当だもん』

 

『だったら…!』

 

『でもさ、四年も一緒だったからこそ、お互いに引っ込みがつかないんだよ。原因も私が結果を出せないからだしね』

 

『結果を…』

 

『そ、勝てない私じゃ何の意味もないんだ。だから…鍛え直してる。五年目だって諦めるもんか、ってね。それでなんとか勝ちは拾ったけど…それだけじゃ足りない!』

 

『…!』

 

『足りないんだ!私が…私が本物だって証明しなきゃ!あの人が選んでくれたことを、正しかったって証明しなきゃいけないのに…!』

 

『シロツメクサさん…』

 

『モミジちゃん…私、一つでも多く勝たなきゃいけないんだ』

 

『…わかりました。では、こうしましょう』

 

 

 

 

     「 計 画 通 り 」

 

「ゲスの極みだ…私は今、興味と好奇心に満ちた人生で初めてドン引きしている…」

 

「トレーナーもよく知る実力者を撃破することで仲直りのフェイズを進める…という建前を!あっちから提案させることで!私は頭一つ下げずに何の関係もないただ偶然巻き込まれた子を利用して勝つことができた!最っ低だよね!!ほんと計画通りで驚いたよ!モミジちゃんの希望するレースに私が出るのを知ってたのに何を考えてるのかあいつはそれを通して!私たちがとっくに繋がってることも知らずに!その上お預かりした大事な子に黒星までつけた!!もう最っ高だよ!まあ私は私でわざと内枠の方へ沈んでもらうことで後続のほとんどを巻き込んで抑えてもらっちゃったりしてさ!大外へ一人抜けてきた時はめちゃくちゃ緊張したけどなんとかなってよかったぁー!!…でも」

 

「…でも?」

 

「勝つって、嬉しいね」

 

「大嘘と同情を利用し立場的な弱みにつけ込んだ挙句汚名まで被せて使い捨てる…最低だな」

 

「嘘ばっかりじゃないよ。ちゃんとトレーナーの顔見に行こうとしたのにヨルノが「待て、嫌な予感がする」とか言って私を引っ張って帰ったんだよ」

 

「これまでの話を聞いて私は自分の判断が正しかったことを知った。今のお前がトレーナーに会ったら確実にもう一悶着起こすだろうからな」

 

「なんでそんなこと言えるのさ」

 

「顔を見に行くと言っただろう。その言い回しは相手を煽りに行くやつの語彙だ。漫画ではそうだった」

 

「逆に聞くけどどんな漫画にハマってたらそんなことまでわかるようになるの?ちゃんと健全なやつ?」

 

「お前よりは健全だ」

 

「いや…だってさ、仕方ないじゃん」

 

「どこがだ。どんな手を使っても勝てと言ったのは私だが、勝つだけならここまでゲスに徹する必要はないはずだ」

 

「いや、まともな手であの子に勝てるとは思えなかったけどね…」

 

でも、どうだろう。

 

一瞬悩んだが閉じかけた口を開く。

 

「私はさ、あのトレーナーに選抜レースでスカウトされたんだ。『君には勝つために必要な強い本能がある。努力さえできるなら君を絶対勝たせてやる』ってね。私もあの人を信じてついて行った。でも…ダメだった」

 

レースに勝つのに必要なのは本能と才能だ。

 

努力だけじゃ、壁は越えられない。

 

気付いた時にはもう遅く、それでも、それでもとかじりついていった結果が30戦近く走って数えられるほどしかない一着の思い出。

 

私には本能も才能も足りなかったんだ。それが悪いのはわかってる。

 

「白詰草の花言葉は幸運、約束…それと、復讐」

 

私を見つけてくれた幸運。

 

絶対に勝たせるという約束。

 

トレーナーには感謝している。していた。

 

でももう、愛想も尽きた。

 

そんなやつが他人から大事な担当ウマ娘を預かるなんて許せないんだよ。

 

自分の担当も勝たせられないトレーナーがどんな顔して…自分の担当と違って勝てるウマ娘を、まるで当てつけのように迎え入れたのか。

 

「だから、これは復讐でもあるんだよ。いつか私のやった悪だくみが全部バレる時、あいつもいっしょに道連れ。私にとっては一挙両得、なんちゃって…へへ…」

 

「…シロ」

 

「あれ、おかしいな…私ここまで、ぐすっ…話す気なんてなかっ、ひくっ…」

 

「シロ…泣いてるのか」

 

そこからは、もう止まらなかった。

 

ヨルノの目も憚らずに後から後から湧いてくる涙を流れるままに枕に吸わせ、何の躊躇もなく泣き咽ぶ。

 

寮の壁が意外と厚いことにこれ以上なく甘える。

 

いつからか。

 

負けて泣きたくなるくらい悔しい時も泣けなくなった。

 

だから、この涙がどうして出てくるのか私にもわからない。

 

なんで?

 

勝ったのは、嬉しいのに。

 

「泣いてっ、ないけど…うぇっ…自力で、勝っだんだよって…自力で勝っだんだよって、言いだがっだぁぁぁぁ……!!」

 

嬉しいのに。嬉しかったはずなのに。

 

今まで泣かなかった分の悔しさが溢れてしまう。

 

もう二度とこんな思いはしたくない、などと。

 

宣言通りトレーナーのメンツをぶっ潰した今、そんなことはもはや言えはしないけれど。

 

 

 

結局私は何故トレーナーが担当ウマ娘の同時出走を認めたのか、ついぞ知ることはなかったし。知ろうともしなかった。

 

私に勝ってほしかったのかな。それとも、負けて引き際を悟ってほしかったのかな。

 

ただ。これが私とトレーナーの決定的な決別となる。

 

 

 

 

子供のように泣き疲れて眠った翌日、私は自分の引退日を定めた。

 

その日私はヨルノとの契約を満了し、その履行でGⅠに勝つ。

 

それでおしまい。

 

ヨルノアラシとの契約も。シロツメクサのレース人生も。

 

そこが世界一最低なサクセスストーリーのエンディングになる。

 

私にふさわしいみじめな幕引きにしよう。世界一最低なエンディングに。

 

 

 

 

「…シロ。お前は自分に才能がないと言っていたが、嘘泣きの才能はあるよ」

 

「これはガチの涙だよ!!!!」




・モミジガリ
ライバルその2
しっかりしているようで意外と純なのでシロツメクサに騙され八百長することになった。
あまり身体が丈夫でない代わりにコンディションをしっかり調整して少ない出走数で多くの勝利を稼ぐ。
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