世界一最低なGⅠ制覇までのお話   作:クロカワ02

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世界一最低な決意

失うものなんてないと思っていた。

 

持っているものは僅かでどれもこれも大した価値はない。ゆえに、擲つことに躊躇なんてなくて。

 

だから、自分の得たものにどんな代償を払ったのか私は気付かない。

 

だから、自分の欲しいものが手に入らないことに私は気付かない。

 

 

 

「ぜっ、はっ、はっ、はっ…」

 

「ふう。…シロ、もう終わりか?」

 

「ま…まだまだぁ…!」

 

「…いや、休憩だな。脚の震え方が私の目にも捉えられなくなってきた」

 

「えっ、自分でも気付かないうちにそんな高速振動を…?」

 

ヨルノアラシは疲れない。かつて彼女が奪って行ったトゥインクルシリーズ最長3600mの重賞出走者は最初から最後まで先頭で逃げる彼女についていこうとして限界までスタミナを吐かされ潰された。

 

一方、シロツメクサはすぐ疲れる。適正距離は2000m、距離適性1800〜2400という競走ウマ娘で最も多いタイプで勝ち抜く武器を彼女は持っていなかった。

 

しかしそれでもその長いキャリアで何度も重賞に挑み、決して少なくない着内入りを果たしている。これは萌芽の前兆であったのだ。

 

そして五年目の今年、ついに開花は始まった!

 

春のGⅢ三連勝で一気に注目された彼女はその後も善戦、評価を上げ続け、先日ついに秋の天皇賞を勝った俊英モミジガリをその前走で下すに至る。この結果からシロツメクサ自身のステップアップも時間の問題と囁かれていたが、ようやく本人の口からその言葉が出たのだ。

 

「次に出るレースを勝って、GⅠに出走します!」

 

まさかの勝利宣言!そして、GⅠへの挑戦!

 

常にギリギリ限界を気合と根性で走り抜けてきた『燃える雑草』シロツメクサが一躍スターウマ娘になれるかどうか、今後も注目されたし。   (記者 上遠野)

 

「シロ、燃やされてるぞ」

 

「若干の炎上は慣れてるよ。今年に入ってからは走りが小汚いとか言われてるし」

 

「この記事も褒められているのか貶されているのかわからんな」

 

「私としてはむしろ、なんで私なんかに取材が来るんだろうって感じだけどね。言うほどシンデレラじゃないじゃん、私」

 

「『燃える雑草』だからな…」

 

「んふっ…ごめんちょっとウケた」

 

「『燃える雑草』」

 

「ぶっ、ふふふふっやめてよそれ」

 

「『燃えよ雑草!!今こそGⅠ挑戦の刻!!』」

 

「あははははははは!!」

 

それは休憩中にしてはあまりにハードな腹筋トレーニングとなってしまったが、まあそこはそれ。

 

実は先日、取材を受けてしまったのだ。

 

記事はちっちゃくて大手雑誌のネット掲載だけど。

 

デビュー戦とその次を二連勝した時以来の取材。思わず携帯の画面を眺めてにやついてしまう。

 

「私ね、5戦目くらいまでは次世代クラシック戦線の三番手くらいには注目されてたんだよ」

 

「微妙だな」

 

「もっと評価してくれない?」

 

「私はクラシック級の王だぞ」

 

「ごめん」

 

「分かればいいんだ」

 

王冠を投げ捨てたやつに論破された。

 

そのことに気付いて腹が立つ間にヨルノは立ち上がるとストップウォッチを握り直す。

 

「休憩は終わりだ。行くぞ」

 

「…そう言われちゃ怒ってる場合じゃないな!」

 

不思議なことに、ヨルノは当初から私のトレーニングに協力的だ。

 

「私の目的にも関わるんだ。全面的なサポートを約束する」

 

「いや、そこまではいらないけど…」

 

「まあそう言うな。ほら、併走しながらタイムを計ってやろう」

 

「なっ、なめやがってこのー!!」

 

当然のように抜けなかったししっかりタイムを計られた上にフォームまで矯正された。

 

ヨルノアラシは直感型天才の割に偉そうに理論や効率を語る。一番腹立つやつ。

 

でも、困ったことに頼りになるのだ。

 

「しかし思い切ったな、まさか宣言までするとは。既に何か種を仕込んだのか?」

 

「は、話しかけるなら息整えた後にして…」

 

 

 

 

 

「今回のレースはGⅡの芝2400m。これを勝てば出走枠の端っこくらいには入れるはず」

 

「なるほど。これ以上出走数を重ねてボロを出すよりワンチャンスに賭けるか」

 

「まあそういうこと。大事なのは勢いだよ」

 

レース当日。ヨルノは珍しく出走前から、と言うか寮からレース場の控室までついてきていた。

 

「ただ、まあ、問題があってさ…」

 

「問題?」

 

「強敵が、ね…」

 

「それを五年蓄えてカビの生えた知恵と腐った性根で勝ってきたのがシロだろう」

 

「そうだね…」

 

「…反論しないのか」

 

「いやぁ…まあ…とりあえず見ててよ。私の、走り」

 

「…ああ、わかった」

 

地下バ道。私たち出走ウマ娘の通る最後の日陰道。

 

この先に逃げ場はないし、全てが明るみの下で決着するまで帰ることもできない。

 

レースはしっかり手薄で勝てそうなものを選んだ。その上で、どうしても避けられなかった相手がいる。

 

「…来ましたね!!!」

 

「…うん、来たよ。リッチ」

 

メルトールリッチ。

 

かわいくて素直、純朴で猛烈な後輩にして、今年の宝塚記念の勝者である。

 

勢いが大事とさっきは言ったが…勢いで言えば、最高だろう。

 

「シロさん。あたし、シロさんのおかげで勝てました!」

 

「見てたよ。人気投票じゃ出走ギリギリの順位からの大逃げ圧勝、すごかった」

 

「えへへぇ!」

 

「当たりたくなかったなぁ」

 

「そう言ってもらえて嬉しいですぅ!でも、シロさんとはレースで決着をつけたかった」

 

「…リッチ」

 

「あたしを導いてくれたあなたに!お見せします!本気で!最高な!あたしを!!」

 

ああ、これは。

 

まずいやつだ。

 

私はどうやら、たかだか一勝欲しさにとんでもないものを掘り起こしてしまったらしい。

 

地下バ道の出口、光と歓声を背負いながら宣言するその佇まいは。

 

どう見ても、スターウマ娘のそれだった。

 

 

 

 

 

『ゴォール!!!一着、一着はシロツメクサ!二着はマイプライズ、三着はソリ!事前に勝利宣言をしていたシロツメクサ、見事公言を果たしました!一番人気メルトールリッチはなんとか五着』

 

『なんだかいつもの走りではありませんでしたね。不調やケガでなければいいのですが』

 

 

地下バ道に戻ると予想通り、すぐさまヨルノが超高速スタートダッシュで詰め寄ってきた。

 

「盛ったな!?なあ盛ったな!?」

 

「何のこと!?」

 

「盛ったんだろう!?下剤か?ふえるにんじんか?あるいはもっと過激なやつか!?」

 

「いつにない興奮!!…まあ、その辺は話を聞いてよ」

 

そう言うとヨルノは目をきらきらさせながら私の最低エピソードを待機する。どうしてこんな子になっちゃったんだろう。

 

さて、事の始まりはレース前に遡る。

 

実は私は事前にリッチの控室を訪れていたのだ。

 

 

 

 

 

『わ、シロツメクサさぁん!来てくれたんですねぇ!』

 

『まあね。でも驚いたよ、あの記事読んでたんだ』

 

『もちろんですぅ!レースもライブも全部追っかけてますよっ』

 

『熱烈すぎて心配になるなこの子』

 

『きみがシロツメクサさんか』

 

『あ、リッチのトレーナーさんですね』

 

『彼女が世話になったようで何よりだ。何でも、迷走していたリッチにコツを授けてくれたとか』

 

『あはは…いやいや、そんな大したことじゃありませんよ』

 

『しかしそのおかげで迷妄の霧は晴れ、彼女はやっとその才能を発揮することができた。あなたのおかげだ』

 

『だからこそ…だからこそ!シロさん!あたしは、あなたに勝ちたい!』

 

『…そこまで言われて、逃げるわけにはいかないもんなぁ。…あ、そうだ。これ、つまらないものですが』

 

『ん?どうもご丁寧に…むっ、これは!』

 

『一口サイズのカップケーキがたくさんですぅ!』

 

『この匂い…バナナ?まさかこれは…』

 

『私がトレーニングやレースの前に食べてるおやつです。バナナとか、エネルギーになりやすい材料で作って一つだけ食べるんです。あむ。…こんな風にね』

 

『なるほど、速効性の栄養食!スポドリも添えてバランスがいい!』

 

『いただいてもいいんですかぁ!?わーい!!』

 

『待てリッチ!待つんだ!』

 

『はぇっ!?トレーナーさん、なんで止めるんですかぁ!』

 

『よく考えろリッチ…これは、これはなぁ!』

 

『…ま、まさか!』

 

『ああ間違いない…彼女が秘めてきた…勝つための秘訣だ!!』

 

『そ、そんな大事なものを、あたしに!?』

 

『…まあ、正直気休め程度だけどね。でも、一歩でも全力で走り続けられるようにエネルギーが欲しいから。これは全力で挑むっていう、私の覚悟だと思ってほしい』

 

『し、シロさぁん!!!』

 

『リッチ…!心していただこう!!』

 

『はい!!!…おいひー!!!』

 

『うまーい!!!』

 

『あははは…じゃ、私はこれで』

 

 

 

 

 

「やっぱり盛ったんじゃないか!!!」

 

「あー…それがね」

 

興奮するヨルノの首を無理矢理そちらへむける。

 

地下バ道で大騒ぎをするのが、もう二人。

 

「ぶぇぇぇぇん!!!」

 

「くっ…なんということだ…これは…!」

 

「…あの暑苦しそうな男がメルトールリッチのトレーナーか?トレーナーとウマ娘は似るんだな」

 

「そういうこと言わない。…私ね、昨日の夜カップケーキ作ってる時、めちゃくちゃ悩んだんだ」

 

連絡が来たのは本当に突然だった。

 

記事が掲載されて数分後、電話の相手はリッチ。

 

そこで、私は宣戦布告されたのだ。

 

冗談じゃねぇ!と思った。

 

なんとかして次を勝ってGⅠでヨルノに勝たせてもらって全部おしまいにしようとしていたところにぶち込まれた弾道ミサイルに対策を迫られる羽目になった私の気持ちを考えて欲しい。

 

一番に思いついたのは、やはり薬。

 

何を作って渡そうとも私が先に口をつければまず間違いなく、いや渡すだけでも間違いなく躊躇なくその場で即座に食べるだろう。リッチはそういう子だ。すごく心配になる。

 

とにかくリッチさえどうにかできれば…おそらく勝てる。

 

そこまで計算できた、ほとんど奇跡みたいなチャンスを逃すわけにはいかない。

 

やるしかないんだと自分に言い聞かせながら菓子作りに挑み。

 

「でも、盛れなかったんだよね…」

 

「…?だが、現にこうして効果は」

 

「いや、あれ…」

 

 

 

 

「うぅ…シロさん、ごめんなさぁい!!あたし…あたし!!美味しすぎて、全部食べちゃいましたぁ!!!」

 

「リッチ、それは俺の責任だ…!俺が、途中で止めてさえいれば…!あんまりに幸せそうな顔で食べるお前を止められなかった俺の…!俺の指導不足だぁぁっ!!!くそぉーっ!!!」

 

 

 

「えー…?」

 

ヨルノは見たこともない顔で固まった。

 

「食べ過ぎで調子崩して負けた…?そんなことある…?」

 

「満足感出すのに甘めにはしてあるんだけどさ…美味しいからって全部食べるとは思わないじゃん…」

 

「えぇ…?」

 

結果はともかく、通路でたむろしていても仕方ない。ライブに備えて休憩と着替えのために控室へ戻る。

 

そこには、トレーナーがいた。

 

大きな身体を小さなパイプ椅子に詰め込んで。

 

あんなことをしたのに、前と変わらない不安げな顔で。

 

…目が合う。

 

「!シロ…」

 

「…トレーナー」

 

一瞬の硬直。咄嗟にヨルノが私とトレーナーの間に割り込んだ。

 

「一つ言わせてもらう」

 

「…なんだ、ヨルノアラシ」

 

「トレーナーは私だ」

 

「いや違うけど…」

 

ボケたいがために挟まりに来るな。

 

閑話休題。

 

トレーナーが訥々と話し始めるのを、私はただ待った。

 

たっぷり1分経ってから、重々しく口を開く。

 

「シロ…いいレースだった」

 

「…ま、トレーニングもがんばったしね」

 

「私のコーチングのおかげだな」

 

「感謝してるからヨルノはちょっと待っててね」

 

「それで、本気なのか。GⅠに、挑戦するというのは」

 

「…本気だよ」

 

「…どれだ?」

 

「そうだ、私もその辺りは聞いてないぞ。トレーナーとして聞かせてもらおう」

 

「この時期にこの距離なら…有マか?」

 

「なるほど、今のシロなら人気投票もなんとか滑り込めるかも知れないな」

 

「ハズレ。あのね…」

 

「いや待て…お前の距離なら、少し遠いが大阪杯か?」

 

「ふむ、挑むなら得意なディスタンスに、というのは理に適っている」

 

「それもハズレ。えっとね」

 

「それとも…ジャパンカップか!?来週だぞ!?」

 

「ほう、何らかの手で出走登録を済ませているということもあるか」

 

「フェブラリーステークスか!?」

 

「東京大賞典か!?」

 

「話聞けお前ら」

 

「すまん…」

 

「ごめん」

 

「…あのさ。二人は」

 

 

 

 

「…二人は、私が天皇賞に出るって言ったら、笑う?」

 

 

年が明けて、トゥインクルシリーズ六年目の春。

 

私は、ヨルノアラシに挑戦する。




・メルトールリッチ
このレースの後、二度と食べ過ぎで体調を崩さないように訓練を積んだ結果、レース前にたくさん食べても全力で走れるようになった。違う。そうじゃない。
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