学園の入学者はみな選ばれたエリートだと聞いていた。
誰もが競走ウマ娘として輝くことを目指しレースを走るのだと聞いていた。
一つ忘れていたのは、レースに「いずれ勝てる」は存在しないということ。
誰より速く走れないのなら、永遠に輝けなどしないのだ。
ヨルノアラシ、復活。
一年前、レースに対して真摯でないと批判され下された無期の出走停止処分がついに解除された。
発表後すぐ多くの記者が一言を求めて学園にまで詰め掛けたが、本人からのコメントは文字通りただ一言。
「天皇賞に出る」
この時期で天皇賞と言えば春の天皇賞だろう。
発表はすぐさま拡散。出走表明に対し多くの一般ファンや著名人がSNSで様々な意見をかわしているのもどこ吹く風、ヨルノアラシは粛々とトレーニングに励んでいる。
しかし、彼女はその知名度に対してあまりにも私生活に関する情報が少ない。停止期間中も外出自体を自粛したり、かと思えば他のウマ娘のコーチングに当たっていたり。
今回の天皇賞出走についてもいまいち読めない。二月現在で今からなら大阪杯を復活の舞台にしてもいいと思うが(彼女ほどの規格外のウマ娘であれば、だが)、春シニアの三冠を捨てる理由は全く予想できない。
今回はそんな謎多き王者ヨルノアラシについて囁かれるとある噂について検証してみた。
それは、重病説だ。
なんと、彼女は既に病魔に侵され余命幾ばくもないのではないかという噂がまことしやかに囁かれている。
時を遡ること一年。そう、あのフェブラリーステークスから既に彼女の不調は始まっていたのだと。
確かに謎の失速についてはそれで説明がつくかもしれない。だが、そもそもの根拠は?
筆者も半信半疑だったが、その情報を聞いては信じざるを得ない。
他でもない学園関係者の証言でその事実は明らかになった。
停止処分から二ヶ月経った四月のある夜に彼女は救急車で病院に搬送されていたのだ。
理由は鼻からの夥しい出血。原因は調査によると鼻の骨折だそうだが関係者曰く、とてもそんな出血量じゃなかったとのこと。
ただでさえ鼻からの出血と言えば頭部に関する重大な病を思わせる症状だと言うのに、それがフェイクだとしても喉や内臓から出ていたのだとすればこの時点でまともに走れないのは当然のことだ。同時期の引きこもりも療養と見れば納得が行く。そして
「ねぇヨルノ。ヨルノって死にかけなの?」
「は?」
「いや、ネットに書いてあって」
「…死にそうに見えるか?」
「いや全然。あと千年生きそう」
「この記事か…ひどいな。本当に鼻が折れたのに重病だと?鼻が折れる痛みを知らないようだな」
「人の気持ちのわからないやつだね」
「度重なる通院…鼻だって言ってるだろうが!」
「ごめんヨルノ状況が上手くハマりすぎてて笑える」
「元はと言えばシロが…まあいい。しかし通りで記者会見の時も…」
『ヨルノアラシさん。復帰一戦目にこのビッグタイトル。大きく出ましたね』
『言いたいことは一つだ』
『はい?』
『春の天皇賞3200m、私は大逃げする。出走者諸君は後からゆっくりついてきて二着争いをするといい』
『『!?』』
「作戦のための挑発とは言え石の一つウマ娘の一人くらい飛んでくると思って身構えていたんだがな。半死人の強がりだと思われていたのか」
「んー、こっちの記事のせいでもありそう」
「ん?日付は最近だな…どれ」
注目すべきはもう一人。人気や実力ではなく、言うなれば運命が彼女たちをレースに駆り立てたと言うべきか。
プライベートが謎に包まれているヨルノアラシには明確な関係者が一人だけ存在する。
彼女の名はシロツメクサ。今回の天皇賞(春)に出走するウマ娘だ。
なんと彼女はトゥインクルシリーズ六年目のベテランにして、今回がGⅠ初出走という遅咲きのドラマチックなウマ娘である。
だが、その影にはさらなるドラマが秘められていた。
冒頭でも書いた通り、彼女はあのヨルノアラシの関係者だ。
寮における同室のルームメイトにして学園の先輩。これだけでもやっと同じ舞台に辿り着いた先輩と頂点に君臨する後輩のルームメイト対決!などと銘打てそうなものだが事実はさらに深いところにある。
なんと、処分を受けて以降のヨルノアラシの目撃証言はほぼ全てシロツメクサと一緒にいるところだと言うのだ。
時にトレーニングに協力し、時にレース場でトレーナー同然に振る舞い、外出時も共に買い物をしていたヨルノアラシ。
なんとシロツメクサの成績もヨルノアラシとの目撃情報が出始めた四月から連戦連勝なのは明らかにそのコーチングあってのものだろう。
絆を深めた大切な一年を経て、ついに二人は同じ舞台に立つ。
ヨルノアラシについて流れる噂が真実だとするなら、この一戦はますます重要なものになるだろう。
何がきっかけかは誰も知らない。
どんな経緯があったのか誰も知らない。
だが、運命が二人を導いた。
そして二人が対決の運命を選んだのだ。
「くっっっっさ」
「草」
「元号も変わってしばらく経つのにまだこんなクサい文章を書く人間がいるのか…」
「でも閲覧数すごいよ?私たちのおかげで特別ボーナスかぁ、いいなぁ、分け前もらえないかな」
「しかもここでも私の病人説が仄めかされて…つまりなんだ、世間ではお前の栄達の最後に残り少ない命を燃やして立ち塞がる私、みたいな図が出来てるのか?」
「ウマ×ウマ百合の命懸けクソデカデートかぁ。自分たちのナマモノじゃなければイケるんだけどなぁ」
「シロ…最近私にわからない言葉を使うようになったな」
「ふふふ…楽しいよ?アグネス先生の第二文芸部。ヨルノも来なよふふふふ…」
(以前のシロにはなかった威圧感を感じる…第二文芸部、一体どんな集団なんだ…!)
そんなこんなでついに時は来た。
春の天皇賞、当日である。
出走ウマ娘はみんなヨルノの煽りと世間の勝手な推測のせいでイライラマックスだろうけど悪く思うな。勝つためだ。
当の本人は自分に関する記事を検索しては顔を顰めている。見なきゃいいのに。
と言うか、なんで当然のように私の控室にいるんだろう。
「周りの評価なんて気にしないんだと思ってた」
「気にならないわけじゃない。これはただの…興味と好奇心だ。いやでも見てしまう悪癖、なんとかしたいものだが」
「ふぅん…じゃあ、こっち見てよ」
「うん?…いつも通り貧相だな」
「終わった後覚えてろよ。違う違う、勝負服!どう?似合ってるよね?私としてはこの白と緑を基調にした一見すると清楚な感じによく見ると結構肌を出してる挑戦的なデザインのバランス調整が上手くいったんじゃないかな。顔周りもサンバイザーで爽やかに!髪飾りと靴の四葉のクローバーがチャームポイントで」
「…?全部ひっくるめて貧相だと言ったんだが」
「もういっぺん鼻折ったらぁ!!!!」
指一本で止められた。
「貧相だなぁ」
「きー!!」
これが私とヨルノの本当の格差だ。
同じウマ娘とは思えないほどの、それは絶望的な頂点と最低辺。
勝負服を纏う姿は…
「…ヒールだなぁ」
「そうか?黒はかっこいいし腰マントは強者の証だぞ」
「感性が小学生だ…」
元は学ラン…なのだろうか?普段からパンツスタイルの彼女は勝負服もそうしている。腰マントがあるからか長ランにも見える。
しかし学生服がモチーフとなると黒い帽子も学帽に見えてくるし、過剰なまでの黒一色にもひとまず納得が行く。
元の髪も黒いのに勝負服も黒、手袋やブーツまで黒一色なのだ。
「デザイン担当に相当渋られた」
「そりゃそうだよ」
誰がGⅠレースの舞台やライブでその辺にもいる全身真っ黒学ラン見たいんだ。
…これが意外に好評でアンチと同じ数だけ膨大なファンがいるのも確かだが。
天才ヨルノアラシはライブやファンサも挑発と同じくらい得意である。
アイドルでも俳優でも「好きでも嫌いでもない層」というのはどう足掻いても存在するはずだがヨルノアラシという強烈な存在は良くも悪くも他者を惹きつけざるを得ない、らしい。
黒い勝負服の中で目立つのは金のボタンと左胸に光る五つの勲章。
輝かしい功績を表すはずの証は漆黒そのものの中にあってはなんとも禍々しく、かつてシンボリルドルフをはじめとした優駿が用いた装飾のように栄光を示すものにはとても見えない。
勝負服のデザインと勲章のミスマッチが意図的なものかはわからないにせよ、なるほどこれは…似合わないからこそ、嵐の如く全ての勝利を奪い去ってきた簒奪者の名に相応しい。
「強者なのも確かだしね」
「ああ。私は最強だ」
「はいはい」
漆黒の暴君と弄ばれている下民。
嵐と雑草。
並ぶに相応しからぬ強者と弱者の対比と見るならこれはまさに運命…なんて。
「改めて確認しておこう、作戦はこうだ。私が逃げる。みんな追ってくる。私が速すぎてバテる。シロが来る。私が譲る。…よし、完璧な流れだな」
「…大逃げで全員のスタミナを吐き出させようだなんて、ステイヤー相手に正気とは思えないけど。まあ、ヨルノだしなぁ…」
「GⅠともなれば明らかにシロでは地力で負ける。逆に言えば、シロ以外の全員を潰してしまえば楽勝というわけだ」
「逆に言えばってレベルじゃない暴論。…まあでも、やるしかないか。舞台は整った、トレーニングは積んできた、挑発とかの仕込みもやった」
「後は勝つだけだ、シロ」
「…うん」
実力は最低クラス、2400mが限度のウマ娘が3200mを走り、勝つ。
正気じゃない。絶対勘繰られる。バレたら二度と日向を歩けない一世一代の大イカサマ。
でもやる。
勝ちたいから。
さあ、出走だ。
この後出走直後に他のウマ娘が意地を見せてハナを奪ったりスタミナ度外視でヨルノと競ったりとあれこれ想定外の出来事が起こるたび心臓が痛くなるほど驚いたが最後尾の私には関係ないのでそういったドラマチックな部分は割愛する。多分ヨルノも気にしていないだろう。要約すると、結局ヨルノが先頭を譲ることはなく予定通りに大逃げに入り、予定通りに私以外全員を消耗させる。
問題はその後起きた。
『さあ残り1200mを切った!ここでようやく上がってくる!嵐の王の挑発に乗らなかった、唯一の挑戦者がやってくる!』
正直、そこまでの2000mでスタミナは私も削られていたけど。
心までへし折られた連中なら抜けないこともない。
最後尾からのごぼう抜き。今までに体験したことのない爽快感…なんてものはない。私が通り過ぎるのは既に嵐が蹂躙した無残な爪痕なのだから。
それでも前を向く。目指すのは前で待っているヨルノの一歩前。
そこまで走れば全てが終わる。
やっと終われるんだ。
だと言うのに、だと言うのに、だと言うのに。
(あれ…?)
一向に差が、縮まらない。
(ヨルノ、なんで)
待ってよ。
(このままじゃ、追いつけないよ)
「…ヨルノ?」
「すまん、シロ」
私は一つ、嘘をついた。
「私は嘘をつかないと言ったな」
アレは嘘だ。
・ダイヤブレイド、メイセイメレー、エアメロー
出走ウマ娘としてヨルノアラシを打倒せんと息巻いていたはずのみなさんの中で根性があった順の三人。彼女たちの健闘は我ながら上手く書けたと思います。特にヨルノアラシをライバル視していたダイヤブレイドがハナを奪い、重病を押してレースへ出てきたヨルノに引導を渡す役目を自らに課した彼女が「勝ち逃げなどさせるものか!お前は僕が討ち取ってみせる!」と涙ながらに後続を引き離す激走を見せたシーンとかは特にありませんでしたがそもそもヨルノも病人ではないので抜かれはしたものの「私は気にしないけど作戦があるからなぁ…」とあっさり抜き返したりメイセイメレーが「ヨルノアラシ…貴女には恨みがありますの。…わたくしのハートを奪った恨みが!」って言ったりエアメローが「ヨルノアラシ…will be extinct.」って言ったりとかはあったようななかったような気がしなくもないです。