彼らが喰らった者は歴史の闇へ消え、彼らもまた歴史の闇に身を投じる
それ故に、彼らが喰らうのは何物でもない「虚」そのものなのだ
第一話:暗躍
目を覚ますといつもの宿舎だった。
彼はまだ重い瞼を開き、時計を確認する。
「定時までまだ余裕があるな。」
彼はゆっくりと体を起こし軽く伸びをすると、ポータブルターミナルを開き、スケジュールを確認した。
「ん、今日だったか。」
ポータブルターミナル、H.A.R.O.を置き、ユニフォームに袖を通す。
デスクに置かれたH.A.R.O.のディスプレイには、まだ若い女性の写真が表示されていた。
「ケイト・コロン…」
彼、オールス・スパロウはH.A.R.Oをそっと閉じた。
「忘れ物は無し。身だしなみもよし。体調は…ちょっと寝不足だけど問題なし!」
しわの無い新品のユニフォームにまだ生活感の無い部屋。
兵士としてはまだまだ初々しさのある彼女は、今日とある部隊に編入されて初めてのミーティングへ向かう。
「それにしても、予定が20日も前倒しになるなんて、何かよくないことでも起きたのかな? まぁ、大丈夫、なんとかなるか!」
鏡の中の自分へそう語り掛け、彼女は予定よりも1時間早いことに気付かぬまま部屋を出ていった。
クラン宿舎。
ここは傭兵組織P.M.U.に登録された各
クランメンバーの居住空間を始め、ミーティングやオペレーションなどに必要な設備も一通り揃っている。
P.M.U.自体が地球圏有数の傭兵組織であるが、クラン制をはじめ、経営体制が整っている点が登録兵の高い満足度を保っている。
「では、ミーティングをはじめるぞ。」
クラン宿舎のミーティングルームで、この日もメンバーが集められていた。
その人数は6名。
クランと呼ぶにはあまりにも少数だった。
しかもその内のひとりはP.M.U.ベースキャンプスタッフ。
つまりクランメンバーは5人ということになる。
「その前に、本部から派遣された補充兵を紹介する。」
中央で進行する男が、女性兵に前に出るよう誘導する。
新品のユニフォームに身を包んだ初々しい女性だ。
「見習いパイロットのケイトです。先日P.M.U.に登録したばかりで実戦経験は無いですが、頑張ります。よろしくお願いします!」
はきはきとした声だ。
緊張からか少し強張っているようにも見えるが、しっかり者という印象を受ける。
「パイロットとしてはまだ未熟だが、本部から直々に推薦があったケイト・コロン軍曹だ。仲良くやってくれ。」
紹介が終わるとケイトはオールスの隣の席へ戻った。
よほど緊張していたのであろう、詰まっていた息を吐きだすように深く呼吸をしながらゆっくり着席した。
オールスはそんな彼女を気に掛けながらも視線を前に戻した。
「よし、では新メンバーも加わったことだ、改めて我々ファントムプレデターの目的を、俺、バラン・イーゴが確認するぞ。」
ファントムプレデター
その実態は、P.M.U.総本部直属第13特務部隊であり、他の所謂
任務内容は主に組織内の武力的な不正の取り締まりであり、その特性上から秘匿性の高い部隊となっている。
組織規模の大きくなったP.M.U.において不正の規模も年々大きくなっており、その鎮圧のための最終手段として近年編成された。
時には運営の手に余るクランに対する粛清ともとれる任務も存在している。
「この部隊の意義は、P.M.U.にとって害となる腫瘍を取り除き、不要な戦力増強や損害を排除し、組織の適正運営を維持することにある。だからこその少数精鋭であり、特務ライセンスである。それを忘れないように。」
バランによる確認が終わると、厳粛な空気が少し和らぐのを感じた。
「ま、お偉いさんはこういう硬いこと言ってるが、大丈夫だ、心配はいらない。やってることは少しばかり汚れ仕事かもしれないが、幸いそこまで酷いことは起きてない。自分のできることをやってくれればそれで構わない。まだわからないことも多いと思うしな、隣の教育係に教えてもらってくれ。」
表情を和らげながら隊長はケイトに向かって言った。
隣の教育係は驚いた顔をしてバランに視線を向ける。
「教育係?」
「おう、今決めた。オールス、お前がケイトの面倒を見てくれ。」
「んな急に言われても…」
突然の任命に戸惑うのは当然だろう。
彼もまた、この部隊で2番目に若い新米なのだから。
「お前がここに来た時もツェクトに面倒見てもらっただろ?そういうことだよ。」
オールスが2、3席離れたところに座る先輩パイロットのツェクト・イワサザイに目を向ける。
彼は少し口角を上げるだけで結局何か口をはさむことは無かった。
「わ、わかりましたよ。やります。」
「よし決まりだ。じゃあ今朝のミーティングはここまで…と、言いたいとこだが…」
バランの表情が変わった。
ミーティングに参加していた女性ベースキャンプスタッフに視線を送り、進行を渡す。
彼女の名前はキャリー・キャドバリー。
P.M.U.全体の任務受託情報全般を管理するスタッフであり、個別にミーティングへ顔を出すことはかなり珍しい。
「P.M.U.本部から前倒しで指令書が発令されました。複数回に亘る損害補助金不正受給の疑いにより闇クランと目されていたブルファングが報酬機体であるザク・ハーフキャノンの不正配給を受けたとの情報が、諜報部隊ベルジュラックによって報告されました。今回の任務は、目標MSの奪還ですが最悪の場合は破壊も認められています。」
「ブルファングは闇クランとはいえクランレベル200超えの比較的完成されたクランだ。エース級パイロットも所属していると言われている。油断はできないな。」
「はい。それに、バックにはあのアンジェフォールズの存在も示唆されています。」
オールスの眉がピクリと動く。
「アンジェフォールズ…」
バランはそんなオールスに一瞬視線を向けるが、何を言うでもなく闇クランの組織推定図を眺める。
闇クランと目されるクランたちの組織的な関係性を推定する図だ。
複数のクランが並ぶ中、その線はある一つのクランに収束していた。
それが、アンジェフォールズだ。
P.M.U.のクランの中でも最も古いクランのひとつであり、まだ組織体系がハッキリしていなかった頃から独自のグループを形成していた。
今やP.M.U.最大級のクランにまで成長し、またその多くの悪行も状況証拠的に確認されていた。
しかし未だ目立ったペナルティ等が課せられていないことから、一部傭兵たちからビスト財団やブッホ・ジャンク社との繋がりが噂されている。
「今回の攻撃対象であるブルファングはアンジェフォールズ傘下の中でも不正行為が目立っており、複数のクランから被害報告が上がっています。早急な対処が必要と判断したアドミンさんによって作戦発動が前倒しになりました。新しい作戦予定時刻は明日2100です。」
「僕たちのボスから直々に作戦指示なんて、よほど事態が重いように見えますけど、理由は不正配給だけですか?」
ツェクトが鋭い質問を飛ばす。
確かにMSの不正配給だけでは作戦を前倒しする理由としては弱い。
「さすがツェクトさんですね。指摘の通り、それだけが作戦前倒しの理由ではありません。今回急遽ケイトさんの入隊を20日も早めたこともそうです。」
キャリーがモニタに直近の出撃履歴と出撃受付情報を表示した。
多くのクランの名前が並ぶ中、ブルファングの物を赤くハイライトする。
「これを見ると、ここ3日間ブルファングからの出撃が確認できていません。一方で、出撃受付は明日に集中しています。」
「クランマッチでもないのに何故…?」
オールスは考えを巡らせる。
同一クランによる出撃受付が集中することは特に不思議なことではない。
P.M.U.が定期的に開催するクラン対抗の模擬戦、クランマッチの期間がその例だ。
だがブルファングが集中するこの日は特別報酬等も無い、なんでもない日だった。
「潰しあいやろ。」
終始無言だった男が口を開く。
彼、ルネーロ・フィンツェルの見解は恐らく正解だろう。
「はい。私も恐らくは他クランの妨害が目的だと考えています。次回開催予定のクランマッチから報酬機体が更新される旨が4日前に告知されましたよね。その告知後に出撃受付が無くなったことを考えると、何かしら大規模作戦の準備をしていると推測できます。そのためこちらも最大限の戦力を送出します。」
「で、でも私、まだ実戦経験が…」
「一足先に模擬戦のスコアを見させてもらったが、長いことここで働いている俺から言わせてもらうと、才能は十二分にある。だから戦力に組み込むと俺が判断した。」
不安がるケイトと彼女の才能を確信するバラン。
彼女の隣に座るオールスは、ケイトの不安に強く共感していた。
通ずるものがあったのだ。
「なるほど、そのための教育係と。」
「さすが、勘がいいなオールス。」
バランはそう言うとモニタに視線を戻した。
「キャリーちゃんの言う通り、今回はブルファングの大規模作戦の阻止を想定した武力介入の任務になる。作戦エリアは山岳地帯。敵部隊の進行ルートで待ち構え、進路を妨害する。ハーフキャノンの奪還も忘れないように。詳細はH.A.R.O.を確認されたし。以上!」
半ば無理やり切り上げるようにバランが説明すると、キャリーが苦笑いをしながらモニタの電源を落とす。
ルネーロとツェクトは何食わぬ顔で席を立ち、オールスも立ち上がろうと椅子を引いた。
「ん?え、終わったんですか!?」
あまりに突然終了したミーティングに戸惑うケイト。
「あぁ、隊長の悪い癖なんだ。大丈夫、適当に見えるけど後でちゃんと詳細がH.A.R.O.に送られてくるさ。」
「は、はぁ…」
戸惑うケイトについて来るよう促すと、オールスは部屋を出た。
ケイトは少し急いで書類等をまとめて駆け足でそれを追う。
オールスはケイトを連れてMSハンガーに赴いていた。
ここにはクランが所持しているMSが格納されている。
「コストライセンスは知ってるか?」
「はい!えと、P.M.U.から搭乗が認められるMSを制限する制度で、MSのスペックを基に算出した機体コストがあって、個人のコストライセンスがそれを上回っていれば搭乗が認められる、みたいな感じですよね。」
このP.M.U.では誰しもが自由にMSに搭乗できるわけではない。
実力や戦果に見合ったライセンスが発行されてはじめて高性能MSを扱うことができる。
そのため新兵は通常200コストスタートで、MSもジム・トレーナーからはじめることが一般的だ。
「しかし特務とはいえ、いきなり400コストとはな…」
オールスがハンガーに運び込まれる新品のMSを見上げる。
鮮やかな空色に塗られた彼女のMSは美しく磨き上げられていた。
「私も不思議です。登録した矢先いきなり特務部隊に編入で、しかもこんないいMSも頂いて…」
ファントムプレデターは唯一、コストライセンス制度の例外が適応されるクランだ。
任務内容が危険な分、やはりそのあたりは優遇されるのだろう。
現に、通常のクランでは輸送機の所持すら認められないにもかかわらず、ファントムプレデターは黒いミデア後期型が配備されており、独自運用まで認められている。
「この部隊は色々と特別だからな。今回も訳ありって事なのかもしれない…」
「訳あり…?」
「いや、なんでもない。」
オールスはMSを見上げ、少し痛くなる胸に手を当てた。
(こんな危険なMSを新兵に配給するなんて、彼女は一体何者なんだ…)
そんな彼を不思議そうに見つめるケイトと目が合う。
オールスは疑念を隠しながら視線を戻す。
「でも私、嬉しいです。模擬戦のスコアだけでこんな特別な仕事を任されて、こんなカッコいい機体までいただけて…期待されてるみたいで、嬉しいんです。」
見上げる彼女の瞳は輝いていた。
「よろしくね、ペイルライダー!」
オールスはケイトの瞳を曇らすことはできなかった。
死を司るモビルスーツ、そんな二つ名が脳裏をよぎった。
第一話、最後まで読んでいただきありがとうございます!
物語を書くのは久々なのであまり上手な文章ではないかもしれませんが、個人的には世界観が少しずつ形を成していくのいが楽しかったです。
次回の投稿はどのくらいになるか未定なのですが、長くても2週間程度で投稿したいなぁと考えています。
マイペースな更新になると思いますが、よろしくお願いします!