しかしケイトの身体には異変が…
オールスは必死にケイトの看病を続けていた。
生命維持はできているものの意識が戻らない。
汗もひどく、顔色も悪いままだ。
陽は沈みかけ、もうすぐ夜になってしまう。
救援信号を送るためにMSの通信系だけでも修理したいが、今は彼女から目を離すわけにはいかなかった。
「隊長たちもまだ作戦中かもしれないし、ここで待つしかないか…」
鎮痛剤が切れて鈍く痛む脚を引きずりながらテントを立てようと立ち上がった。
しかしケイトが苦しそうに呻く。
汗が止まらない。
夜になると気温が下がり、このままでは体温の急激な低下は免れない。
オールスは彼女の上着を脱がせてインナーだけにすると、素早く汗を拭きとり、身体が冷えないよう脱がせた上着をそっと彼女の身体にかける。
その時、ポケットに何か入っていることに気付いた。
「何だ…? 薬か?」
錠剤を手に取り詳しく見てみるが何の薬かわからない。
オールスはH.A.R.O.を開いてケイトのプロフィールを開いた。
備考欄に目を通すと、常用薬有りの記載を見つけた。
「常用薬ってこれのことか?」
どんな薬かも知れないそれを飲ませるか悩むオールス。
そもそも彼女の身体が今どんな状況なのかもはっきりしておらず、躊躇うのも無理はない。
しかし悩んでいる間にも彼女は苦しんでいた。
「飲ませるべきか…」
オールスは苦しむケイトを見つめると、藁にも縋る思いで錠剤をひとつ手に取り彼女に口の中に入れた。
しかしすぐに吐き出してしまう。
オールスは彼女の身体をゆっくりと起こすと、肩で身体を支えながら口を開けさせる。
錠剤を口に入れ、気管に入らないように注意しながら水を少しずつ流し込んだ。
彼女の身体をゆっくりと再び簡易ベッドに横たわらせ、しばらくすると呼吸が少しずつ落ち着いていくのがわかった。
次第に脈拍も安定し、顔色も戻っていく。
回復の兆しを見せた彼女に少し安心したオーリスは、痛む脚を放り出して座り込んだ。
まだ気を抜くことはできないが、ひとまず状態が落ち着いた。
「そういえばさっきの戦闘、ケイトの索敵が異様に敏感だったな。模擬戦のスコアが高かったとは聞いているが、そういう類の強さじゃなかった…」
オールスはラムズゴックたちとの戦闘を振り返った。
確かに、初陣からは考えられないほど彼女の勘は鋭くなっていた。
戦闘経験豊富なベテランパイロットを思わせるような、いやそれ以上かもしれない。
「ペイルライダー…やはり、そういうことなのか。」
はじめて彼女のMSを目にしたときに感じた不穏な感覚を思い出した。
鈍く痛む脚をさすり、ケイトの呼吸に耳を立てる。
彼女は、生きている。
ドミニクは炎の上がる都市を輸送機ファットアンクルから見下ろしていた。
無人都市に潜伏させていたMSをファントムプレデターにぶつけることに成功し、彼は次の任務へ向かっていた。
「陽動は概ね成功。半ば捨て駒とはいえ貴重な戦力を失ったのは痛手か。」
ドミニクは密林地帯からの2人の通信が途絶したという内容の文書を閉じ、月を見上げた。
そこに一本の通信が入る。
「アドルノの兄弟は死んだようだが、やはりお前の方は順調みたいだな。」
モニターに映るのはブルファングのリーダー、ジーノ・ホフマン。
「はい。しかしこれほどの損害を見込んでいながら強行した。アレはそうまでして守る価値のあるものなのでしょうか。」
「アレは地上の要になり得る代物だ。予定通り配備できれば、我々の計画はより確実なものになるだろう。」
怪しい笑みを浮かべながら説明するジーノ。
ドミニクは極秘資料にある図面を眺めた。
彼の眼は冷たかった。
「では自分は予定通り、
「あぁ、向こうで会おう。」
通信を切るとドミニクは再び資料を開く。
冷たい眼のまま、図面を睨みつけた。
「………ガンダム。」
オールスはまろやかな香りで目を覚ました。
どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。
まだはっきりしない視界には、色とりどりな緑と真っ白な空が見えていた。
急いで起き上がると、身体にブランケットがかけられていたことに気付く。
香りのする方へ視線を向けると、ケイトの後ろ姿があった。
「ケイト、もう平気なのか?」
オールスは驚きながら問いかける。
「おはようございます! 私は大丈夫ですよ、ありがとうございます。」
ケイトが小さな携帯用の鍋を持ってきた。
簡単な調理ではあったが、非常食とは違う、食欲を刺激するいい香りの綺麗なスープだ。
ケイトの様子は、生死を彷徨っているように見えた昨日とは打って変わって、いつも通り元気そうな様子だった。
「昨日はありがとうございます。あの、看病してくれたみたいで。」
「いいんだ。それより、身体のほうは…?」
心配な気持ちが表情に出ていたのか、ケイトは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、むしろ調子がいいです。でも、薬、飲ませてくれなかったら危なかったかも…ありがとうございます。」
ケイトが胸ポケットに手を当てる。
彼女の表情や顔色を見て、ほんとうに大丈夫そうだとわかると、オールスの肩がすとんと落ちた。
やはり気を張っていたのか、少し重く感じる。
差し出されたスープを飲みながら、オールスは薬のことを尋ねた。
「これ、やっぱり気になりますよね…これは、わたしがP.M.U.に来る前にいた施設でもらったものなんです。」
「施設?」
ケイトがゆっくりと、自らの過去を語り始めた。
言葉は少し詰まるが、心を許したかのように少しずつ。
「私、孤児だから、その施設で育ったんです。幼いころのことはほとんど覚えていないですけど、外ではずっと戦争をしていたことは覚えてます……ハイスクールに通うくらいの年齢になったころからMSの操縦も教えてもらいました。でもそのあたりから体調を崩しがちになって…それで、これをもらってたんです。」
ケイトが薬を取り出してみせた。
オールスが彼女に飲ませたものだ。
少し目を伏せる。
カップを握る手が震えるのを見たオールスは彼女の過去について何かを察し、そっと手を重ねた。
「すまない。辛いことは思い出さなくていい。」
曇っていた表情が少し緩むケイト。
そんな彼女の生い立ち、そのほんの一部だが、オールスはそれを聞いて確信した。
彼の推測は正しかった、そういうことだったのだ。
しかしどこかでそれを認めたくない自分がいた。
その言葉を口にすることはできなかった。
強化人間という言葉を。
「でも…辛いこともあったけど、こうやって外の世界に送り出してもらえたんです。完治はしなかったけど、治療してくれたおかげなんです。孤児の私を助けてくれてここまで育ててくれたあの孤児院に感謝してます。」
続けられたケイトの言葉を聞いてオールスは驚愕した。
彼女は自らの身体にされたこと、症状が治療の副作用であること、そして自分自身の正体について、全くの無自覚だったのだ。
孤児であることをいいことに強化を施し、本人にはそれを告げず、兵器として世に送り出されたのだ。
全身に鳥肌が立ち、飲み込んだスープを吐き出してしまった。
急な嘔吐に戸惑いながら背中をさするケイト。
オールスは無理やり呼吸を落ち着かせ、彼女に大丈夫と告げる。
そして、汗で濡れる顔を向けた。
「ケイト、俺たちが戦わなくても済むような世界になったら…もし、そういう時代が訪れたら…お前に見せてやる、この世界の広さを…」
オールスは微笑んでみせた。
これは祈りを込めた誓いだった。
唐突な言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするケイト。
しかし、彼の言葉の深い意味はわからなかったが、その優しさに笑みをこぼす。
「私、オールスさんのそういう優しいとこ、好きですよ。」
返答を期待していたわけではないが思っていた反応と違い驚くオールス。
ケイトはからかうような笑顔で続ける。
「人として、です。今までも護られてはきたけど、こうやってたくさん優しくしてくれる人、はじめてだから…だから私、思ったんです。私が、オールスさんを護りたいって!」
崩れ落ちるペイルライダーと彼女の言葉がフラッシュバックした。
まだ出会って間もないのにそれほどの決意で自分の背中に付いてきてくれていたことに胸の奥が締まる。
オールスは笑みで返す。
「オールス、でいいよ。」
「え?」
「ほら、あの時咄嗟に、オールスって呼んだだろ? 呼び捨てでいいさ。入隊時期も近いし、ほぼ同期みたいなものだしな。」
距離が近づくのを感じる。
咄嗟のことで明確には覚えていなかったが、顔が少し熱くなるのを感じるケイト。
だがそれ以上に、嬉しさが大きくなっていく。
そして首を横に振る。
「私がもっと立派になったら、そうさせてもらいますね。」
右手を差し出すケイト。
オールスは笑顔でその手を取った。
「あぁ。ありがとう、ケイト。」
「はい。だから今後ともよろしくお願いします、オールスさん!」
お互いに目の前の人を護る。
心の中でそう誓う2人を導くように、遠くからミデアのエンジン音が聞こえてきた。
それに気付いたケイトは空に向かって笑顔で手を振る。
見上げるオールスの顔に葉の雫が落ちる。
空は青く広がっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少し話の展開が早いかな?とも思いましたが、どちらかというとテンポよく物語が進むような作品にしたいなと思います。
最近、この作品を書いていく中でいろいろなMSを調べたりするんですが、そうしているうちにバトオペ2の方でも今まで乗ったことない機体に手を出してみたりするようになりました。
やっぱいいゲームなんですよねあれ。