秀知院高等学院百周年記念講堂は、秀知院の持つ講堂の中ではそれほど大きい方ではない。
常に隅々まで清掃が行き届いている秀知院だからこそキレイな姿を保てているが、そうでなければ所々に蜘蛛の巣が張っていてもおかしくない。
いや、あるいは幾つもの施設を持つ秀知院だからこそ小さいからなどという理由で日の目を見ない待遇なのかもしれないが。
しかし突然入った予定を執り行うには空いてることは都合が良い。
珍しく百周年講堂は人で溢れかえっていた。
「間に合った...」
豪勢に飾り付けられた立食式のパーティーは舌の肥えた秀知院の生徒にとっても満足のいくものであったようで、扉の先からは笑い声と共に飛び交うフランス語が聞こえてくる。
対して突然仕事を振られた生徒会の面々は死に損ないのセミのようなものである。
「皆サマお疲れ様デス。」
「どのツラ下げて来た髭を生やした大体ルー大柴。」
這う這うの体の八雲も心なしか元気が無い。
切れかけのシャンプーのようなものである。
「次は沈めるからなジジイコラ。」
「八雲君が元気が無いのに怖いです!」
這うを越して寝転がりながら校長にメンチを切る。
「ハッハ、皆サンも楽しんでクダサイ。」
生徒会の面々の肩をグイグイと押して会場へ押し入らせる。
八雲が白銀の三倍怖い、見られたらそれだけで死にそうな視線で校長を見ている。
白銀は普段から三分の一人を殺せそうな視線をしている。
「良かった、恙無く盛り上がっているみたいだな。」
色とりどりのフランス料理や日本料理を盛り付けた皿を片手に談笑を嗜む生徒達。
笑顔で染まる会場の様子に疲労も回復したのか安心した様子でそう呟く白銀。
「あぁ、この景色を見るとやりがいを感じられるな。」
「先輩も普通の人間みたいなこと感じられるんですね。」
同じく輝かしい空間を目にし、屈託の無い、まるで純粋な喜びを感じているかのように振る舞う八雲。
山頂から望む初日の出に心が洗われるように、やりがいを感じれば誰しも浄化されるのだ。
石上は感動した。
「与えられた物を享受するだけの愚民を導くのも生徒会の仕事だ。」
石上は失望した。
「にしても皆んなフランス語話せるんだな...」
生徒達はフランス語を流暢に操り巧みに会話をこなしている。
「このパーティーに参加しているのはフランスに興味があるかフランス語が話せる生徒ばかりですから」
「フランス語が話せないのにこの場にいるとか地獄でしかないだろ。強制参加でもないのに来るもんか。」
学業で優秀な成績を収めるだけでなく、親の仕事の影響もあり多言語を習得している生徒の多い秀知院ではこのような海外の生徒との交流の機会は少なくない。
姉妹校がある事もあって比較的メジャーなフランス語に興味がある生徒は多く、自由参加のパーティーでも参加者はそれなりにいる。
まさか話せないのに参加してくる訳もなく、この場でフランス語が話せない者は片手で数えられるほどしかいない。
「石上は話せないもんな。」
その内の一人、石上優。
生徒会に入るにあたりある程度の能力は把握されているため、当然話すことのできる第三言語が無い事も知られている。
「英語でも下の下ですからね。まぁ大人しく角のほうにいますよ。」
「いつもと変わんないな。」
「なんでそういうこと言っちゃうんですか?」
角ポジの取り方がプロの石上は料理の近くを陣取り、"いやー料理食べてるから話せないんすわ。"の姿に擬態した。
「四宮は...」
「それほど得意ではないですが、一応。」
「当然話せるぞ。聞くまでもない。」
白銀の傍に立つ四宮に聞くとなんか一緒にひっついてきたのがいるが二人が話せることは分かった。
「藤原は?」
「ハハ、話せると思うのか?期待のしすぎは人間を潰すぞ白銀。まぁ本当に人間ならだが。」
「会長すごいですね。この人誰かを貶める時だけ露骨に口数多いですよ。」
白銀の今世紀ナンバーワンギャグは八雲にバカウケした。
「あほら、あそこで喋ってるの藤原先輩ですよ。」
「奴なら会話じゃなくてテレパシーによる交信を試みている可能性がある。秀知院の恥だ、止めてこい。」
遠くの方に楽しく会話する藤原の姿が見える。
今すぐに会話相手を救出する必要がある。
石上はレスキュー隊にジョブチェンジした。
「そういう会長は?」
「ふっ......コマンタレブー マドモアゼル。」
「おーっ!」
誰かを立てることを知る四宮は素直に立てた。
「ハンドブック片手に良いドヤ顔だな。」
「言わないであげて下さい話せないのに話せるふりしてる方が秀知院の恥だとか。」
「お前の方が酷くないか?」
立てたくても立たせられない無能、つまり不能はヒソヒソと陰口に勤しんだ。
「Enchantee.」
そんな一同の元にフランスからの交換生が挨拶にやってくる。
当然一番立場の高い者、つまり会長である白銀に挨拶している。
「助けないで良いんですか?」
「言語学習に最も有効なのはその言語の話者に恋することだ。」
「!!!」
四宮はフランス語を根絶することを決めた。
「そして次に有効なのは実際に使ってみることだ。経験を積ませるのも白銀の今後に役立つだろう。」
「たまごっち育成してるつもりなんすか?」
目つき悪っちを育成するのは容易ではない。
「ーーーーオリガミーーー」
「!」
混んだパーティー会場でも自分の名前には反応できるように、スラスラと流れるフランス語の中から知っている単語を捕まえることに成功する。
この秀知院において金のかからない遊びにかけては白銀の右に出る者はいない。
培った技術で作ったバラを女子生徒の胸に挿す。
「!!」
一人のために大勢を犠牲にすることなど許されないが、これは姉妹校全体で責任を取る必要がある問題だ。
帰りの飛行機はカリブ海に沈んだとかなんとか。
「Bonjour.」
四宮から溢れ出る負のオーラを感じ取った人間は身の危険を感じ自然と白銀から遠ざかる。
そんな中果敢にも突撃してきたのは仏ディベート大会で数多くの対戦相手を再起不能に追い込み、"傷舐め剃刀"の異名を持つ女。
「"出会い頭に顔面パンチ級の皮肉"。」
「...ウィ。」
地面に電気、ゴーストに格闘。
白銀にフランス語は効果がないようだ。
しかし、それを見ている生徒会の面々は違う。
「あの人なんて言ってるんですか?明らかに穏便なこと言ってる人の顔してないですけど。」
「お前が白銀に言ったら一発でギロチンに掛けられるような事だ。」
白銀同様フランス語が右から左に流れていく石上はともかく、八雲と四宮には丸聞こえである。
藤原はフランス人とイタリア語でのコミュニケーションを試みている。
「八雲さん。」
「はい。」
思わず八雲がまともに返事するほどの圧力。
石上は既に地に伏している。
「行きなさい。」
「自分でやれよ。」
化け物には化け物をぶつける他ない。
四宮でも八雲でも対抗できることを考えれば生徒会に潜む化け物の数はつまりそういうことだ。
「脅迫にかけては私よりも適任でしょう。行きなさい尊厳否定マシーン。」
「その言い方で行くと思うか?」
化け物が化け物を貶めている。
「妹さんと同じ部屋で寝てたらしいですね?」
「だからなんだなんで知ってんだ行くけどさ。」
白銀も同じ部屋で寝ていたのだから後ろめたさなど感じる必要もないし、どこかから飛んできたクナイも関係ない。
だが知らないはずのことを知っているストーカー女に逆らうのは得策ではないと判断した。
やばい奴に逆らうと碌なことがないと知っている、常識人である自分はヤバい奴相手に屈するしかないのだ。
「白銀、選手交代だ。」
「お、おう。選手?」
リングに投げられたタオルを拾い退場する白銀。
突然の乱入者に警戒しファイティングポーズを取り直すベツィー。
だが所詮ルール有りの競技しか行っていない小娘が人間のことを喋る肉塊としか見ていない生物に敵う訳もない。
「"生まれてきたことを後悔するレベルの脅迫"」
「ヒィッ!」
挨拶がわりに脅迫を行う。
いや、ルール無用のファイトではこれこそが挨拶なのだ。
「"家族構成と職業から出生体重までの個人情報の羅列"」
「"地球にさよならを告げる前に言い残したことはないかの質問"」
「"いいディベートだったよ。何も議論してないけど"。」
右手を差し出し握手を求める。
傍目に見れば有効を深めるワンシーンだが、身体中を震わせて逃げ出すべツィー。
真横で見ていても何を言っているか理解できていない白銀は逃げ出す後ろ姿を呆然と見ていた。
「八雲さん、いくら相手から始めた事とはいえあそこまでの報復はやりすぎですよ。」
「あの程度で報復なんて心外な。ジャパニーズトラディショナル挨拶だ。」
逃げ帰る後ろ姿に五つのうちどれかの指をまるで柔道フランス代表とのルーレットのようにランダムに選択して立てた四宮がノコノコと現れる。
八雲がやらなければ自分がやるつもりだったとは言え、人が暴れる様子を見れば自分は落ち着いてくる。
自分のやろうとした事を棚に上げ平然と非難した。
「ホスト側の癖にゲストにあんな良い笑顔で暴言吐いてたんすかこの人。僕もう感動してきましたよ。」
同じく何を言っているか理解していない石上は、しかし恐らく人間として最低な言葉を吐いていたことだけは分かるので取り敢えず非難しておいた。
「"ーーーーーーー"」
良い笑顔を浮かべ素晴らしい後輩に何やら外国語で言葉をかける。
「えそれどういう意味ですか?」
「明日のハンバーグはお前だ。」