「恋愛相談を受けた?秀知院にはバカしかいないのか?」
「それは私を馬鹿にしてますか?それとも秀知院の皆さんですか?」
四宮への授業が終わった後、しばらくの談笑の時間。
まるで部屋の主であるかのようにくつろぐ八雲は、四宮が受けた恋愛相談の話を聞いていた。
「いえ、この場合どちらであっても問題だと思いますが。」
そう言いながらテーブルを片付け、紅茶と菓子の用意を始める早坂。
「相談したのはどこのどいつだ。他のやつに相談し直すよう言ってこよう。」
「失礼な。柏木さんは私だからと相談しにきてくれたのですよ。」
その瞬間、八雲の脳内に蘇るベーリング海での強制労働。
白銀が犯した罪を、四宮がさらに上塗りしたとあればその罪は誰が背負うことになるのか。
八雲は考えることをやめた。
「それで、どのような内容を相談しに来られたのですか?」
「それが、彼氏と円満に別れたいと。」
その瞬間、目の前の全身から負のオーラを出している女が初めて神に見えたと後に供述する。
四宮は普段碌なことをしないが、誰かの思いに関しては真摯に向き合おうとする程度の良心は残っている。
「なるほど、それで当然別れたんだよな?」
「いえ、当然二人の愛は深まりました。私にも恋愛相談程度こなせるということです。」
期待の目で見る八雲。
その目を気持ち悪そうにしつつ、ちゃっかり藤原の功績は自分のものにして結果を誇る。
いや、彼女の記憶に藤原による功績などというものは存在しない。
なぜなら藤原のポワポワした緩い言葉は誰かの耳に入ることなく空気中で霧散するからである。
「コイツ...おい早坂、これからは四宮への恋愛相談は全部防いでくれ。」
「無理です。」
なぜ別れたいとやってきた相談者を真逆の結果にして返すのか。
そして何故それを誇るのか。
いや、普段ならどこの誰が四宮に恋愛相談をしてトンチンカンな結果になろうと構やしないが、なぜこうも悪い結果のみを引く事ができるのか。
そしてそのケツは誰が拭くのか。
当然立場が下のものである。
八雲は早坂へ上司からの温かいプレゼントを用意することを決意した。
「何がどうなったら別れたかった人間にそんなめちゃくちゃなことができるんだ...」
「あら、愛を深める、素敵なことではありませんか。私はその手助けをしただけです。」
「おいこれ人の話聞いてんのか?」
「さぁ。」
愛を深める事が素敵なことならなぜ自分はそうしないのか小一時間問い詰めたかったがこれ以上話が通じない相手と会話しているとこちらまで化物に精神をやられそうだったので戦略的撤退とする。
「まずは彼の好きな所を認識してもらうことにしたんです。と言ってもいきなりやるのは難しいでしょうけど、例えば努力家なところとか...」
「すまん四宮、その思いは受け取れない。」
「違いますよ黙っててください。」
勝手に語り出したのでそのまま聞いてもよかったが、一方的に振り回されるのも癪だったので茶々を入れたらこちらを見ずにカステラを食べるのに使ったフォークを投げてきた。
ギリギリのところで回避することに成功したが、もう一人の刺客が普通に肘を入れてきた。
そんな光景は全く目に入らないのか四宮は話を続ける。
「そうやって好きなところを見つけていったらどんどん気になって、もっと好きになれるんです。」
「そうか。好きなところがない場合はどうしたらいい。」
「本当に黙っててください。続き聞きたいんで。」
いつの間にか自分の席を用意して楽しんでいる早坂は職務怠慢で報告しておく。
「でも自称恋の名探偵がもっと簡単に好きかわかる方法があるって言い始めて...そうだ、貴方達もやってみたらどう?」
「自称をつけてやるなよ迷探偵なんだから。」
「どうやるんですか?」
自称恋の名探偵が誰のことか一瞬にして察したが、彼女の中で藤原の扱いはどうなっているのか。
八雲の中では当然カテゴリーは人間では無くその他に分類されている。
「簡単です。その人が他の異性とイチャコラしてたらどう思うか、それだけですよ。八雲さんは会長の妹さんが他の男性の方とイチャイチャしていたらどう思います?」
「何、簡単だ。宇宙一周旅行に出かけてもらう。」
「当然ですね。もしそんな事があれば私もそうします。」
硬い握手が交わされた。
「既に行動を起こしそうな者のピックアップは済ませてある。行動に出た瞬間こちらも行動を起こすつもりだ。」
「貴方の妹さんへの執着具合には脱帽です。未だにあのサイトは残しているのですよね?」
「あぁ。消されたのはファンサイトの入口だけだったからな。すぐに復旧させた。」
自身の天才具合に惚れ惚れし、チョコを一つ口に入れる。
そのまま紅茶を一口飲もうとすると、空であることに気がついた。
「早坂、ん。」
「自分で入れればいいと思います。」
「仕事だろサボるな。」
空になったカップを受け取り、渋々立ち上がる。
いつも通りの所作で綺麗に紅茶を入れる。
受け取った八雲はもう一度お菓子を口に入れ、熱々の紅茶を飲む。
「ん?な、これ、なんか味違くないか?」
「そうですか?気にしすぎでは?」
口に入れてすぐ戻そうとしたが、ここが日本で指折りの財閥の屋敷であることを思い出し、一応飲み込む。
しかし味が違うことには不平不満を垂れに垂れる。
令嬢専属の侍女が入れた紅茶相手に遠慮なく不満を述べ続ける様子をそこら辺のクレーマーに見せればクレーム神として崇められることは間違いない。
「良からぬことを企む者を監視していることは分かりましたが、肝心な妹さんの警護は行なっているのですか?」
自分の侍女が悪質クレーマーの餌食になっているにも関わらず助けようともしない主人はそんなことより他人の警護が気になるらしい。
「心配ない。個人的な警護と、四宮の俺への提供品を横流ししているからな。」
「横流しは構いませんが、個人的な警護は気になるところですね。」
四宮家でそれなりの立場にある八雲を守るための道具がいつの間にか横流しされているが問題ない。
八雲にとっても圭の方が大事で、当然かぐやにとっても比べるまでもなく圭の方が重要なためむしろそうすべきである、むしろ八雲の警護は必要ないので無くせば良いのにと考えている。
「お二人とも、そろそろお時間が。」
いつの間にか侍女モードになっていた早坂が侍女らしいことを言ってくる。
先ほどマズイ紅茶を飲まされた恨みは消えていないが、八雲も暇ではない。
早坂の靴箱に大量の画鋲を詰めることで我慢せざるを得ないだろう。
◇
一軒家が丸々入りそうなエントランスまで早坂が見送りに来る。
荷物を受け取っている時にふと思い出したので聞いてみる。
「ちなみに、早坂はどう思う?」
「どうって?」
屋敷を出て、ゆっくりと早坂がドアを閉める。
「気になる人が異性と乳繰り合ってたらどう思うか。」
「あぁ、あの話ですか。」
既に太陽は彼方へ沈み、屋敷の灯りが入り口まで続いている。
「そりゃあ気分良くないですよ。当たり前では?」
「じゃあどうするんだ?邪魔者は太陽観光ツアーにでも送り出すか?」
ゆっくり、ゆっくり、ドアが閉まっていく。
「いえ、逆です。」
八雲が振り返ると、僅かな隙間から早坂の青い瞳がこちらを覗いていた。
「好きな人に死んでもらいます。私だけのものであって欲しいので。」
ドアが閉まる。
静かな空間に一人取り残される。
「なんだ、この屋敷には頭がおかしい奴しか居られない決まりでもあるのか?」
五月にしては寒い夜だった。
体が冷えたのか、その夜八雲は酷く熱を出すことになった。
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