三軒茶屋から徒歩20分、年頃の娘を抱えた三人家族が暮らすには明らかに手狭なアパートの前に、明らかに場違いな高級車が停められる。
中から出てきた男は手振りだけで車を走り出させると、一人そのアパートを眺める。
どうしようもない男二人はともかく、こんなアリの巣のようなアパートに閉じ込められている圭が不憫でならない。
ここに地上百階建てのビルを建てて贈るのに贈与税を逃れる方法はないだろうか。
「土地ごと買い取って建て替えるか?」
「何を言ってるんだ...」
地上二階建てのみみっちいアパートの二階から白銀が降りてくる。
「これは手土産だ。」
「良いって言ってるだろ...もらうけど。」
パンパンに詰まった紙袋を手渡す。
手土産というより海外旅行のお土産並の重量だが買ってきた本人はともかく受け取る側の白銀も感覚が麻痺している。
前回やってきた時は重量が軽かったため中身を確認すれば土地の権利書だった。
大切なのは重量ではないことに白銀は気づいた。
「とりあえず上がってくれ。」
「お邪魔します。」
東京でも指折りの豪邸である四宮邸に踏み入る時ですら自分がお邪魔するなどと微塵も考えていない八雲だが、ただでさえ自由なスペースのない白銀家では空間の占有率が上がることに多少の遠慮もあるらしい。
玄関と居間に間のない白銀邸では玄関を開けばいきなり食事の準備をしている圭の姿が目に入る。
白銀が八雲を連れてきたことに気づくと手を拭き近寄ってくる。
「あ、日向さん!すみませんこんな狭い家ですけど...」
表情には憧憬と狭い家に招く申し訳なさが浮かんでいる。
「気にしてないよ。狭い方が家族って感じがして良いよね、いっそ住んじゃおうかな。」
複雑な表情になる圭にこれ以上ないほど単純な笑みを浮かべる八雲。
御自慢のIQ百万の頭脳は圭の前ではサービスが停止されるらしい。
早急なアップデートが求められる。
「え!あ、いえ、なんでもないです...」
八雲の言葉に思わず声が出るが、お世辞を間に受けたことの恥ずかしさが込み上げてくる。
顔を赤くする圭に引っ越しを決意する。
既に住民票はこの家に移っている。
もちろん無許可だ。
動揺から戻ってきた圭に連れられ、食卓を囲むように床に座る。
「お。うちの圭を狙っていると噂の。」
新聞を読んでいた白銀父は入ってきた八雲に気がつくと普通に気まずい挨拶を投げかけてくる。
これで脈無しになったら娘から今後永遠にクソオヤジ呼びされることは固い。
「あぁ、お義父さん。お世話になっております。」
「もう、パパも日向さんも!まだそんな関係じゃないでしょ!」
だが将来のお義父様とあらばこの程度乗り切ることは容易い。
敷かれた座布団は圭と白銀父の間を取り、圭を構いつつ白銀父にも良い顔をするデュアルオペレーションで行く。
まぁこの胡麻擦りも白銀父は察しているだろうが、何も言わないあたり多少は八雲が認められているということだろう。
「美味しそうだね。今日はハンバーグ?」
「そうです。お口に合えば良いんですけど...」
「圭ちゃんの作る料理は美味しいから大丈夫だよ。」
食卓には既にハンバーグが四人分用意されている。
ファミレスも顔負けの出来栄えに思わず脳内シャッターを切り続ける。
スマホでも爆音を鳴らしながら写真を撮っているが圭に引く様子はなく、むしろ自分の料理に強く興味を示していることに喜びを感じている。
白銀父はドン引きしている。
「あ、俺先風呂入っても良いかな。」
白銀が部屋から着替えを持ってきて、今にも食べ始めそうな三人にそう聞く。
と言っても着替えを持っているし、その手は脱衣所のドアノブにかかっているのでほとんど報告のようなものだが。
圭の料理を出来立てで食べないことに八雲が呪力の籠った視線を送る。
脱衣所が寒いのか呪われて寒いのか鳥肌が立つのを感じる。
「飯は?」
「すぐ上がるよ。待たずに食べちゃって良いから。」
そう言って脱衣所の扉を閉める。
「ふぅ...」
白銀御行、圧倒的疎外感。
長女圭が反抗期に突入してからは和気藹々とした食事の時間では無かったが、八雲日向が加わることで圭は外向きの元気な姿を取り戻し、食卓にも自然と笑顔が溢れている。
そこは良い。
兄として妹の刺々しい姿には心配の心が勝っていたが、それが笑顔になるなら自分が多少置いていかれても問題ない。
何故なら同じく置いてきぼりになるはずの父がいるからだ。
若者二人の空気に置いていかれ、自分と一緒に弾かれ組として過ごすはずだった。
何故か父まで二人の空間に溶け込んでいる。
約束が違う。
こういうのは男性組が疎外感を覚えてやり過ごす感じになるんじゃないの!?
百歩譲って空気に溶け込めるのであれば息子も連れて行って欲しい。
「お兄冷めちゃうよ?」
頭を洗っていると、小さく声がかかる。
だが無理だ。
あの空間に戻るのに必要なエネルギーを熱から奪う必要がある。
いつもより熱いシャワーを浴びながら、時間が過ぎ去ることを願う。
◇
「もー、せっかく日向さんが来てくれてるのに一緒に食べないなんて...」
「いいんだよ。いつも生徒会で一緒に食べてるし。」
友達を呼んでおきながら放置する兄に腹を立てているが八雲にはむしろ好都合である。
圭一人の方が圭ニウムを十分に摂取することができる。
空気中に含まれる圭ニウム一グラムあたり人間一人を蘇生することができる。
今すぐに世界中の圭ニウムを買い占めたい。
買い占めて大量に摂取したい。
♪-
半分キマリかけていた八雲を携帯の着信音が現実に引き戻す。
「お。」
机の上に置いてあった携帯に手を伸ばす白銀父。
「はいもしもし。」
電話に出ているのにちょっと席を外すとか、声のボリュームを変えるとかの他人に遠慮する様子が全くない。
白銀家はどこかがおかしくないといけない決まりがあるのか?
圭以外で。
「私は御行の父です。」
電話越しに女性の悲鳴が聞こえる。
八雲のスマホに悍ましい勢いで通知が入る。
サイドテールシュシュ
:白銀家いますよね?
:ヘルプ
:ヘルプ
:ヘルプ
:着信アリ
:着信アリ
:着信アリ
毒を持った女を助ける義理はないので電源を切る。
証拠はないが絶対に盛られた。
人に毒盛るとか四宮の人間は頭がおかしくないといけない決まりでもあるのか?
いや、絶対にある。
「みゆきぃ!女の子から電話だぞ!」
「えっお兄に女の子から電話!?」
慌ただしくなるリビング。
立ち上がった白銀父は風呂場まで携帯を持っていく。
その後ろから圭がなんとか電話の相手を盗み見ようとついて行き、八雲もハンバーグを片手についていく。
「人のケータイ勝手に出るなよ親父!」
風呂場のドアから腕だけ出してケータイを受け取ろうとしているのでとりあえずアヒルのおもちゃを握らせた。
腕が一瞬で引っ込むと、アヒルが消えた空の手が再び出てきたので仕方なく白銀父が携帯を乗せる。
元より特に興味のない白銀父がリビングに戻ると、興味はあるが八雲の前で恥を晒すわけにもいかない圭もついて戻る。
本当はドアに張り付いて聞き耳を立てたいところだったが、流石にできなかったらしい。
八雲は二人がいなくなった脱衣所でドアを開けた。
「んんん!?」
「安心してくれ、一言言いにきただけだ。」
驚愕を通り越して恐怖の表情でこちらを見る白銀に一言だけ言い残す。
「お前今裸で四宮と電話してるぞ。ほぼ変態だな。」
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