ARIA The PETRICHOR   作:neo venetiatti

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Episodio 13 アクアアルタ日和

「なあ、アトラ?」

「なに、あゆみ?」

「ちょっと、背中かいてくんない?」

「なんで?」

「なんでって、かゆいからに決まってるっしょ?」

「だから、なんで私があゆみの背中をかかなければいけないの?」

「そんなカタイこといいじゃん?」

「カタイとかそういうことじゃないでしょ?人にものを頼むんだから」

「へーい!お頼みもうしますぅ~お代官さまぁ~~」

「もう!わかったわよ!」

「持つべきものは友と言うけど、ほんとうだねぇ」

「はいはい。それでどこ?」

「いやぁー、助かる助かる」

「だから、どのへん?」

「右側の、肩甲骨の、ちょい下あたりなんだけど」

「このへん?」

「うーん、ちょっと右かな」

「ここ?」

「ちょい下」

「ここ?」

「あ~、そこそこ!」

「ちょっと!変な声出さないでよ!」

「ああ~いいねぇ。やはり持つべきものは友って」

「さっき聞いたわよ!」

「こりゃ失敬」

「もう!あゆみったら」

 

あゆみとアトラは、通りを前にしたあるアパートメントの、正面の階段を数段上がったところに腰かけていた。

そこで何をするわけでもなく、ぼんやりと目の前の通りの様子を眺めていた。

そこは、道路の境目がわからなくなるほど、一面を水でおおわれていた。

 

アクアアルタ。

 

11月に入って満潮の時期をむかえたネオ・ヴェネツィアは、いつものごとく一部が水没でもしてしまったかのような状態になっていた。

 

すると、街のあちこちには、市民の足を助けるための、臨時の渡り橋が出現する。

 

だが、なぜかあゆみとアトラの前の通りには出現していなかった。

 

一応長靴を履いてきたふたりだったが、水位が普段以上に増しているようだったので、とりあえずこの状況になったというわけだったのだが・・・

 

「でもなんで、私たちがこんな目に会わなきゃいけないの?」

「なんかお嬢が言うにはさぁ」

「藍華さんね」

「そう。その藍華お嬢が言うには、なんか調整した結果だって」

「調整?調整って何?」

「水かさが増したっしょ?その分、ゴンドラが通れなくなった橋なんかも出てきたりして。だから休ませなくちゃいけないウンディーネが出てきたんだって」

「つまり、私たちはその煽りを食ったってことなの?そんなこと、おかしくない?」

「しょうがないんじゃないの?うちらにはわからない、大人の事情っていうやつなんでしょ?」

「あゆみはそれで納得してるの?」

「別に納得なんかしてないけど。シングルが結構余っちゃってるっていう話らしいけど」

「そんなのおかしい!私たちだってシングルじゃない?そんな理由で外されたっていうの?」

「まあ、そんな日もあるんじゃない?そうカリカリしなさんなって」

「私、なんか納得できない」

 

そんな話をしているふたりの前を、何か板のようなものがプカプカ浮いて、流れてきた。

 

「あれぇ?アトラ、見てみぃ?」

「何?」

「ほら、あれ」

「何かしら?板みたいな・・・」

「ほんと。板だ」

「あっ、でもなんか書いてある」

「ん?どれどれ」

 

あゆみはその場に立ち上がった。

額のあたりに手をかざして、目を凝らしてみた。

 

「うーん、バ・・・」

「バ?」

「バ・・・ナ・・・ナ?」

「もしかして、バナナジュースのこと?」

「うん、それだ!」

 

すると、その後を追いかけるように、ひとりおじさんがジャボジャボ音をさせてやって来た。

 

「うーん、どこへ行ったんだ?」

 

「もしかしたら、さっきの板、あのおじさんのじゃないかしら?」

「そうかも。あのー、おじさーん!」

 

そのおじさんが、あゆみの声に振り返った。

 

「もしかして、バナナって書いてある板ですか?」

「見たの?」

「はい。さっき目の前を流れていきましたよ」

「そうなの?」

 

そのおじさんは、驚きとうれしさが同時に顔に現れていた。

 

「なんなんですか、さっきの板は?」

「看板だよ」

「看板?なんの?」

「バナナジュース。屋台をやってんだよ」

「そうなんですか。でも・・・そうか!アクアアルタ!」

「それ!わしも長年やってっけど、こんなの初めてだよ!」

 

おじさんはそう言って、また水の中をジャブジャブと音を立てて、進んでいった。

 

「おじさん、気の毒だわね」

「そうだね。どこの屋台かわからないけど、相当流されたんだろうなぁ」

「そうね」

「でもアトラ?なんでバナナからバナナジュースなんかわかったの?」

「なんとなくだけど」

「飲みたかったの?」

「別にそんなんじゃないし」

「ふ~ん」

 

すると今度は、先程のおじさんが去っていった方角から、何か歌声が聞こえてきた。

子供たちの声だった。

 

あゆみとアトラは、その声の聞こえてくる方をじーっと見つめた。

 

「なんか歌ってるわね、あの子たち」

「なんだろう」

 

4、5人の長靴姿の子供たちが、歌いながら水の中をやって来るのが見えた。

 

「ズンタカポコテンズンタカポーン!」

 

「なんだ?」

「なんて言ってるの?」

 

子供たちはみんな笑顔で、長靴を嬉しそうにジャブジャブさせていた。

 

「ズンタカ」

「ポコテン」

「ズンタカ」

「ポーン!」

 

最後はみんなで一斉に声をあげていた。

 

「ねえねえ、君たち?なんかスッゴく楽しそうなんだけど、それ、なんの歌?」

 

「知らないーい」

「わからなーい」

 

「どういうこと?」

 

「だって、お姉さんが歌ってたから」

「おもしろーい!ってなって」

「アクアアルタの日は、ぜったい歌うよね?」

「うん、歌う!」

 

「お姉さんが歌ってた?」

「アクアアルタの時は歌うの?」

「なんだ、それ?」

 

子供たちの一団は、また歌い出した。

 

「ズンタカポコテンズンタカポーン!」

 

そのまま歩いて行く後ろ姿を見て、あゆみとアトラは自然と笑顔になっていた。

 

「そっか。今日は休校になったのね」

「なるほど。そういうことね」

 

もう遠くになっていったその一団の声を、アトラはずっと見送っていた。

 

「ズンタカズンズン」

「アトラ、そこはズンタカポコポンだろ?」

「違うわよ。ズンタカズンズンポコポンポーン!でしょ?」

「違うって。ズンズンポコポコズンポコポーン!だって」

「そうじゃないわ!ポンポコポコズンポコポ・・・もう、わかんない!」

「あの子たち、戻ってこないかなぁ」

 

そんなことを話していると、子供たちの去っていった方向から、大人たちの集団がやって来た。

 

「さあ、今度はなんの歌を聞かせてくれるのかな?」

「あゆみ、何をバカなこと言ってるの?」

 

「あっ、ウンディーネさんじゃないか!」

 

その集団の中のひとりの男性が、ふたりを見て声をあげた。

 

「確かに私たちは、変なおじさんではありませんが」

「あゆみ!」

 

「どういうこと?」

 

「おもしろくなかったかぁ」

「す、すみません!さっき、おかしな歌を聞いたもので。ちょっと具合の方が」

「ウチはなんともないよ、アトラ?」

「もう、いいの!」

 

「あっ、そうだ。ヴァポレットは、どこに行ったら乗れるんだい?」

「水上バスですか?それは水上バス乗り場に行けばいいはずだけど・・・」

「乗れんのだよ!」

「どうして?」

「折り返し運航してるって話じゃないか?知らんのか?」

 

その男性は、大きなお腹をずり落ちそうになっているズボンをあげながら、忙しく額の汗を拭いていた。

足元には、簡易的に使用する靴カバーを履いていた。

 

だが、よくみると他の人たちも同じ靴カバーを履いていた。

 

「もしかして、おっちゃんたちって団体さん?」

「ちょっとあゆみ!言い方!」

 

「そうなんだ。大事なお客様をお連れしてきたのに、こんな時に限ってアクアアルタだなんて・・・」

 

「そうなんだ。それは確かについてなかったね」

「でも、おそらくこの区間だけだと思いますよ。水位が特に上昇するところは、ボートの運航を見送るんです。それももう少し先で終わると思いますので」

 

「そうなの?そちらのメガネのお美しいウンディーネさんの言うことを信じるとするよ」

 

「な、なにそれ?」

「やっぱり、見る人が見るとわかるのね」

「アトラ?なに言ってんの?」

 

そのお腹の出たガイドのおじさんの団体は、またもやジャブジャブさせながら通りすぎて行った。

 

「でもさあ、アトラ?こうしてここにいるだけで、いろんな人に出会うもんだねぇ」

「そうねぇ。特に今日はアクアアルタだからよね」

「確かに」

「それでこのあとは、どうするつもりなの?」

「どうするって、特に何も考えてないけど」

「まだここで、ぼーっとしてるつもりなの?」

「だって急にトラゲットのメンバーから外されたわけだし、街はこんなだし、何をどうせぇっちゅうわけ?」

「だからって・・・」

 

アトラは大きなため息ををついた。

そして、膝を抱えて頭を傾けた。

 

「まあ、こんな時はこんな感じで、いいんじゃない?」

「そうなのかなぁ・・・」

 

「それならちょっと、手を貸してくれる?」

 

ふたりのいるアパートメントの階段のそばで、杏がひとり立っていた。

ユニフォームの裾をたくしあげ、しっかりと大きめの長靴を履いていた。

 

「杏じゃないか?どうした?」

「ちょっと、乗り掛かった船に乗ろうとしてるんだけど」

「杏、何を言ってるの?」

「アトラちゃんもどう?」

「だから、なんのことだよ?」

「あゆみちゃんも一緒に乗らない?なんか、スッゴーく暇そうだし」

 

杏は顔を笑顔でいっぱいにしていた。

 

「さっきね、学生さんたちが机とか椅子とかいっぱい抱えて歩いてたの。こんなアクアアルタの日になんでだろうて思って、それで聞いてみたの。そしたら、浸水しちゃって廃棄するしかなくなったお家やお店の家具やテーブルなんかを、運ぶの手伝ってるんだって」

 

「へぇーそんなことしてるんだ」

「いい人たちねぇ」

 

「別にボランティアとかそんなんじゃないの」

 

「どういうこと?」

 

「アクアアルタであちこちの学校がお休みになってるでしょ?それじゃあって、そんなことになったらしいの」

 

少し離れた通りに、家具や何かの資材のようなものを担ぎ上げ、たまった水をもろともせずに進む学生たちがいた。

 

「はい、じゃあ、こうやって裾をたくしあげて」

 

「いや、まだ、やるって言ってないっしょ?」

「杏、本気なの?」

 

「だってもう言っちゃったもん。二人ほど知り合いを連れていくからって」

 

あゆみとアトラは、思わずため息を漏らした。

 

「ところでさぁ、その学生さんたちって、杏の知り合いか何かなんかい?」

 

「ううん、ぜんぜん。さっきそこで会ったばっかりだし」

 

「とほほほ~」

「もう、杏ったら」

 

あゆみは「よっしゃぁ!」と言って立ち上がった。

アトラは「しょうがないわねぇ」と言って、あゆみに続いた。

 

「じゃあ、行きますよ!」

「ヘイヘイ!」

「わかったわ!」

 

あゆみとアトラは、杏に後に続いて、そのアクアアルタの水の中に足を入れた。

 

「ズンタカポンポコズンポコポーン!」

 

「アトラちゃん、どうしたの?」

 

「だからアトラ、違うって!ズンポコズンズンズンタカポーン!だって」

 

「あゆみちゃんまで、なに?」

 

「合ってるわよ。ズンタカポコテンズンタカパーン!」

 

「ちょっと!ふたりしてなんなの?」

 

「いや、いくらなんでも〈パーン!〉はないと思う」

 

「だから、パーンとかポーンて、なに?」

 

「ちゃんと聞いてて。ズンタカズンズンポコポンポーン!」

 

「ちょっと!アトラちゃん!」

 

「あのな、アトラ?さすがに〈ポコポン〉はないと思う」

 

「あゆみちゃん!」

 

「じゃあ、これでどう?ズンタカポコテンズンタカポーン!」

 

「もう!」

 

「おお、合ってるんじゃないの?」

 

「えっと、ズンタカ・・・知らない~~!もう~~~」

 

 

Episodio 13 アクアアルタ日和 おわり

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