ARIA The PETRICHOR   作:neo venetiatti

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Episodio 15 アドリアの海辺

ネオ・ヴェネツィアは年の瀬を迎えようとしていた。

 

寒さ本番のこの時期はオフシーズン真っ只中で、観光客が激減してしまうのだが、カウントダウンをこの地で迎えようという人達もいて、観光スポットや有名なレストランでは観光客の姿も見かけることも増えていた。

 

こんな寒空の下、進んでゴンドラに乗ろうとする客がもしいるとしたら、相当の物好きといえる。

 

藍華は、ARIAカンパニーの1階で、ストーブのそばに椅子をもっていき、そこでじっと縮こまっていた。

 

「ねえ、灯里?」

 

「なに、藍華ちゃん?」

 

「そのカウンターのシャッター閉めない?」

 

藍華は、恨めしそうにカウンターの外の青い空を見ていた。

 

「ええ~!そんなことしたら、お店休んでるみたいになるでしょ?」

 

「休んでるのと同じでしょ?一体誰が来るっていうの?こんなオフシーズンの真っ只中に」

 

「でも、予約入ってるんだよねぇ」

 

「入ってるの?なんで?」

 

「なんでって言われても・・・」

 

「物好きな人もいるもんだわねぇ」

 

「そんなこと言っていいの?藍華ちゃんは、姫屋の支店長さんでしょ?」

 

「その〈支店長〉って響き、前から思ってたんだけど、なんかおじさん臭くない?」

 

「そんなことないと思うけど」

 

「なんかさぁ、他に気の効いた言い方ないかしらねぇ?」

 

「サブマネージャー、とか?」

 

「えっ、何それ?どうしたの?灯里からそんな言葉が聞けるなんて思わなかった!」

 

「わたしだってそれくらいは言うよ。エヘヘヘ」

 

「他は?なんかないの?」

 

「えーと、えずべくてぃぶ・・・」

 

「はい、終了~~!」

 

「ええ~~!」

 

「毎度のことながら、あんたに聞いた私がバカだったわ」

 

「じゃあ藍華ちゃんは、何かあるの?」

 

「そうねぇ。特にナシ!」

 

「ええ~なんなの、それ~!」

 

「灯里さぁ、そんなことより、あんた年の瀬はひとりで過ごすつもりなの?」

 

「そうなるかなぁ。カウントダウン・クルーズが終わったら、別にやることないし」

 

「まあ、そうなるか」

 

「そんなこと言うけど、カンナレージョ支店はどうするの?」

 

「カウントダウンてこと?」

 

「うん」

 

「休み!」

 

「えっ、ホントに?」

 

「うそ~~」

 

「もう、驚かさないでよー」

 

「休めるわけないでしょ?。本店でもなんかやるって言ってるし」

 

その時カウンターの横の電話が鳴った。

 

「はい、ARIAカンパニーです!」

 

灯里は手に持った受話器にもう片方の手を添えて、相手の声を真剣に聞き取ろうとしていた。

 

「すみません!もう一度お願いします!」

 

「何?どうしたの?」

 

藍華は心配になって灯里のそばまでやって来た。

 

「はぁ、そうですか。わかりました。じゃあそちらへ伺いますので」

 

受話器を戻した灯里は、戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「どうしたの?伺いますって、どこか出かけるの?」

 

「今の電話、さっき言ってた予約のお客様だったんだけど、道がわからなくなってしまって困ってるって」

 

「それであんた、今から迎えに行くってわけなの?」

 

「うん」

 

「うんて」

 

「だから、ゴメン」

 

灯里は顔の前で手を合わせた。

 

「えっ、何?あんたまさか、私に店番頼むってこと?」

 

「だって、頼めるの藍華ちゃんしかいないし」

 

「そりゃあ、ここには私しかいないけど」

 

藍華は大きなため息をついた。

 

「これでも一応、支店長という肩書きがある身分ではあるんだからね」

 

「ごめんね」

 

「しゃあないなぁ。やってあげるわよ。そのかわりバンバン予約取っちゃうから、覚悟しときなさいよ!」

 

「ええーー!」

 

 

 

 

しばらくの時間が経過していた。

 

ドアをノックする音で、藍華はゆっくりと目を覚ました。

 

「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

 

外から呼び掛ける声に、うたた寝状態の藍華は、ズルッとよだれをぬぐいながら返事していた。

 

「はいはーい。ちょっとお待ちくださーい!」

 

慌ててドアのところまで行った。

 

「いらっしゃいませー!ようこそ、姫屋カンナレージョ支店・・・」

 

藍華は思わず口を手でふさいでした。

 

「す、すみません。ようこそ、ARIAカンパニーへ。あははは」

 

「ですよねぇ?」

 

ドアの外に立っていた男性は、不思議そうな顔をしていた。

 

「一瞬間違えちゃったのかと思いました」

 

「ああ、これにはちょっとした事情がありまして」

 

藍華はばつが悪そうに頭をかいた。

 

「ところで、どういったご用件・・・あっ、そうか!予約をいただいていたお客様・・・は、灯里が迎えに行ったわけだし・・・では、あなた様は、どなた?」

 

「突然で申し訳ないのは重々わかっているのですが、そこをなんとかお願いしたいんです」

 

「いや、ですから、何を?」

 

「ゴンドラです!」

 

「まあ、そうなりますよねぇ。だって、ここは水先案内店なわけだし」

 

「ダメですか?」

 

「ダメっていうわけではないんですが・・・いや、やっぱりそこはダメか」

 

「そこをなんとか」

 

「う~ん。そうですねぇ」

 

藍華は、灯里が予約の客を連れて帰ってくるのをわかっているだけに、このまま待つように言うべきか、それとも思いきって姫屋まで自分のゴンドラで連れていくべきか、迷っていた。

 

姫屋まで連れていくと、ARIAカンパニーの客を取ったことになるかもしれないし・・・

 

「お願いします!もうすぐ生まれるんです!」

 

「生まれるって?」

 

「ボクのかわいいベイビーちゃんです!」

 

「あっ、なるほど、ベイビーちゃんね・・・う、生まれるんですかぁ?赤ちゃん?」

 

「はい!仕事で帰ってくるのが延び延びになってしまって、こんなことに・・・」

 

男は情けない顔になっていた。

 

藍華は男の表情を見て決心した顔で言った。

 

「わかりました!」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「承りましょう!姫屋の藍華・グランチェスタが、責任をもって送り届けて差し上げます!」

 

「あれ、ここ、やっぱり違うの?」

 

「そんな細かいこと、気にしてどうするんですか?生まれるんですよね?」

 

「はい!」

 

男は嬉しさのあまり目を潤ませていた。

 

「とは言ったものの・・・」

 

藍華はそう呟くと、一応壁にあるスケジュールボードに目を向けた。

 

「夜までは大丈夫そうね」

 

振り返った藍華は、パッと明るい表情で言い放った。

 

「じゃあ、行きますか!」

 

 

 

 

「せんぱーい!灯里せんぱーい!」

 

ARIAカンパニーの船着き場の少し手前から、アリスはカウンターを見上げながら声をかけていた。

 

そうすると、灯里がいつものように、そのカウンターからひょっこり顔を出すものだと、アリスは想像していた。

 

だが、まったくなんの反応も返ってこない。

 

「灯里先輩、お留守のようですね」

 

アリスは乗ってきたゴンドラを係留すると、デッキに上がってきた。

 

「こんなオフシーズンなのに、お仕事入ってるんですね。珍しいこともあるもんです」

 

アリスはポツリと呟くと、カウンターから店内の様子を伺った。

 

「相変わらず、ここはいつ来ても無用心ですねぇ。それに・・・」

 

店内に入ってきたかと思うと、ストーブの前ですっとしゃがみこんだ。

 

「つけっぱなしじゃないですかぁ!」

 

と文句を言いつつも、両手をストーブにかざした。

 

「灯里先輩に、帰ってきたらちゃんと言わないと。もし火事にでもなったらどうするんですか?」

 

だが、アリスは目がとろーんとなるくらい、ストーブの暖かさに癒されまくっていた。

 

その時だった。

 

外から威勢のいい声が聞こえてきた。

 

「ARIAカンパニーにお届けものなのだぁー!」

 

アリスはその声で、ハッとなって眠りかけていたことに気がついた。

 

「灯里ちゃーん!お届けものなのだぁー!」

 

何の反応も返って来ない様子に、ウッディは首をかしげていた。

 

「今日は忙しいから、また来るの、いつになるかわからないなのだぁー」

 

すると、デッキにアリスが現れた。

 

「ウッディさん、お疲れ様ですー!」

 

「なんだ、アリスちゃんなのだぁー。でも、なんでアリスちゃんなのだ?」

 

「灯里先輩、留守なんです」

 

「そうなのだぁ。留守なのだぁ。となると、再配達になるのだけど、大丈夫なのかな?」

 

「じゃあ、私が受け取っておきます。それでいいですか?」

 

「いいもなにも、それはとってもありがたいのだぁー!」

 

アリスはサインをすると、その小包を受け取った。

 

「それでは灯里ちゃんによろしくなのだぁー!アリスちゃんもよいお年をなのなだぁー!」

 

「ウッディさんもよいお年をー!」

 

アリスは上空高く舞い上がるエアロバイクを、気持ち良さそうな表情で見送っていた。

 

「いい年の瀬になりましたね」

 

 

 

 

その時、カウンター横の電話が鳴った。

 

アリスは、灯里がいつもやるようにカウンターの外から身体をめいいっぱい伸ばして受話器をとった。

 

「あ"、あ"い、あ"りあ"・・・」

 

「だ、だれ?気持ち悪い声」

 

「ちょ、ちょっと、お待ちを~」

 

アリスは急いで店内に戻った。

 

「は、はい!お待たせ致しました!ARIA カンパニーです!」

 

「なんか、聞いたことない声のような、いや聞いたことあるような気も・・・」

 

「えっと、どのようなご用件でしょう?」

 

「あ、あの~灯里さん、いますか?」

 

「先輩は現在留守にしてます」

 

「先輩?もしかして、アリスさんですか?」

 

「はい、私はアリスですが・・・」

 

「よかったぁ。わかる人が出てくれて。うちの支店長、そっち行ってます?」

 

「支店長といいますと・・・ああ、はいはい」

 

「アリスさんもおわかりのとおり、オフシーズンに入ってから、ヒマだヒマだといいながら、いつものどこかに行っちゃうんですよね。まあ、大概はARIAカンパニーだと相場が決まってるんすけどもね」

 

「もしかして、あゆみさん?」

 

「はい、あゆみです。お久し振りっすね」

 

「お久し振りですね。藍華先輩ですよね?」

 

「はい!いたら出してもらってもいいですか?」

 

「あいにくここにはいないですよ」

 

「なんだ、そうなんすか。それじゃ仕方がないっすね。失礼しましたぁー」

 

「あ、あの、なんか急用ですか?」

 

「急用というほどではないんすけども、ちょっと手違いがありまして」

 

「手違い?」

 

「アリシアさんにお歳暮を送ったつもりだったんですけど、どうも間違って送り先をARIAカンパニーにしてしまったみたいなんす」

 

アリスは、まだ小脇に抱えていた小包をゆっくりと目の前に持ち上げた。

 

宛名はアリシア・フローレンス。そして、送り主は藍華・S・グランチェスタ。

 

「なるほど。そういうことですか。さすが先輩と言うべきか否か・・・」

 

「届いてます?」

 

「ええ、届いてますよ。それも会社名ではなく、でっかい個人名で」

 

「ああ、なんか、それだけはそうしてくれって、お嬢うるさかったっすね~」

 

「それであゆみさん?結局これをどうしろと?」

 

「それなんですけど、アリシアさんに会う機会があるなら、渡してもらえないかと、灯里さんに頼もうかと思ったわけなんですけど」

 

「なるほど。それはそれはご丁寧に」

 

「でもこればっかりはさすがに失礼だなと思ったんですよねぇ」

 

「それはそれは」

 

「えっ、アリスさん?ちょっと、なんか不穏な空気が」

 

「大丈夫ですよ、あゆみさん?別に藍華先輩の贈り物攻撃を邪魔しようと思ってるなんてこと、全然ありませんので」

 

「いや、それ十分企んでるようにしか聞こえないですけど・・・」

 

 

 

 

灯里はようやく客と合流し、ARIAカンパニーへの帰路についていた。

 

中に入ると、藍華の姿はなく、代わりに小包がひとつ、テーブルの上にポツンと置かれていた。

 

そして、その小包の下には〈火の用心〉と書かれたメモがあった。

 

「アリシアさん宛の小包と〈火の用心〉のメモ。なんなんだろう?」

 

灯里は、連れてきた客をテーブルに案内すると、その小包とメモを急いで二階に持って上がった。

 

だが、そこではたと気がついた。

 

「そうか。藍華ちゃん、アリシアさんに何か届けようとしてたんだ。それをうっかり忘れてしまって。だとすると、何か急用でもできたのかなぁ」

 

灯里は、その小包を持って、また一階に降りていった。

 

 

 

 

「ねえ、杏?これっておかしくない?」

 

「うーん、おかしいと言えばおかしいのかも」

 

「もう!杏はお人好しなんだから!」

 

アトラと杏は、ふたりして海岸沿いを足早に歩いていた。

 

その前方の方にARIAカンパニーが見えてくる。

 

「でもほら、あゆみちゃんと合流するまで、まだ時間あるし、その時に渡せればいいんじゃない?」

 

「なんか納得いかないのよねぇ。いくらあゆみの頼みだからっていって、なんで姫屋の用事を引き受けないといけないの?」

 

「まあまあそう言わず。ほら、もう見えてきたし」

 

二人はARIAカンパニーの前まで来ると、表のドアをノックした。

 

「こんにちはー!灯里さん、いますー?」

 

「返事ないわね」

 

「仕事かなぁ」

 

「こんな押し迫った日に、しかもすごっく寒い日に、お客様来ると思う?」

 

「そんなのわかんないじゃない、アトラちゃん?」

 

「オレンジぷらねっとでも、カウントダウン・パーティーは例年に比べると、少なめだって」

 

「カウントダウンまで、まだ時間あるしね」

 

まだ少し陽が傾き始めたくらいのネオ・ヴェネツィアは、街をゆく人通りが少し増え始めたくらいの印象だった。

 

ふたりはデッキをくるりと回って、カウンターから中を覗きこんだ。

 

「やっぱりいないね」

 

「あゆみの言ってた小包って、ある?」

 

中をぐるりと見渡したが、どこにもありそうになかった。

 

「テーブルの上に置いておいてもらっとくって話だったけど」

 

「誰に?」

 

「わかんない」

 

「灯里さんじゃないの?」

 

「うーん、どうなのかなぁ」

 

「何それ」

 

アトラは思わずため息をついていた。

 

 

 

 

「藍華さん、お電話なんですけど」

 

藍華は姫屋カンナレージョ支店に戻っていた。

 

「ちょっと、待って。さっきまでスンゴイパワー使いまくってきたところなのよ」

 

藍華はそう言って、エントランスにある椅子にぐったり座りこんでいた。

 

「ちなみに誰?その電話」

 

「あのぉー、それがあゆみさんのお使いを頼まれたっていう人からなんですけど」

 

「お使い?あゆみの?じゃあ本人に出てもらえばいいんじゃないの?」

 

「それがあゆみさん、今しがた出ていったんで、ここにはいないんです」

 

「いないの?それでなんで私なわけ?」

 

「それがですね、例のお歳暮の件で、なんかやっちゃったって・・・」

 

「何?やっちゃった?どういうこと?」

 

「あまり詳しいことまでは。ただ、アリシアさんのところには届かなかったって」

 

「ちょ、ちょっと、それ、どういうこと?一番肝心なところじゃない!もう~~」

 

「それで、あの、電話の方はいかが・・・」

 

「それで一体誰なのよ?」

 

 

 

 

アリスは、いつもの行きつけのスイーツ店の中でも、高級なところにやって来ていた。

 

「いくらアリシアさんでも、女子は女子。気持ちは私たちと変わらないはず」

 

アリスは中でも、ゴージャスな印象のものを頼んだ。

 

フルーツを、これでもかと言わんばかりにふんだんに使ったタルト。

 

「これは間違いなくゴージャスです!そして、アリシアさんに持って来いです!」

 

すると、どこからともなく麗しい香りが漂ってきた。

 

「この香りは、もしや・・・」

 

振り返ることもなく、すべてをわかってしまった。

 

「何がわたしに持って来いなのかしら?」

 

アリスは聞き覚えのある声に話しかけられ、完全に固まってしまった。

 

恐る恐る振り返った先には、にこやかに笑うアリシアが立っていた。

 

「ア、アリシア、さん・・・さっきまで、いなかったはず・・・」

 

「あらあら気づかなかった?おかしいわね?一緒に入ってきたはずなんだけど」

 

「い、い、い、一緒とはどういうことなんですか?」

 

「ねえ、そんなことより、私に持って来いって、どれかしら?もしかして、このタルト?」

 

「は、はい!アリシアさんも私たちと同じ、女子なわけですから、好みも同じではと・・・」

 

「嬉しいわ。私も仲間に入れてくれるのね♡」

 

「もちろんです!」

 

「ところで、誕生日でもないのにどうしてなのかしら?できれば〈持って来い〉の意味を教えてもらえるとうれしいのだけど」

 

「はあ~わかりました。もう降参です、アリシアさん!」

 

「降参て、ナニ?」

 

 

 

「アリシアさーん!アリスちゃーん!」

 

灯里は客をおろした帰りに、偶然にもアリシアとアリスが一緒に歩いているところに遭遇していた。

 

辺りはすっかりと夕暮れになっていた。

 

運河沿いの建物に反射した夕陽の照り返しに、灯里は目を細めていた。

 

「灯里ちゃん、お疲れ様♡」

「先輩、お疲れ様です」

 

「ふたり揃ってどうしたんですか?」

 

「偶然その先のスイーツ店で一緒になったの」

 

「へえーそうだったんですか」

 

「それで、ね?」

 

「は、はい?」

 

アリスはアリシアの問いかけに、気まずそうに返事した。

 

「何?どうしたの?アリスちゃん?」

 

「あの、これからですね、ARIAカンパニーにお邪魔なんかしようかなぁなんて思いましてですね?」

 

「なんか、言いにくそうだねぇ」

 

「そ、そんなこと、ないですけど・・・」

 

「アリシアさんもですか?」

 

「ううん、私はこのまま帰ります。大事な人が待ってるからね♡」

 

「そ、そうなんですね」

 

アリスは、ほっとした表情になっていた。

 

「アリシアさん、ちょっとジェラシーですぅ~」

 

「あらあら」

 

「あっ、そうでした!」

 

灯里はそう言うと、足元のバッグからひとつの小包の箱を取り出した。

 

「はっ!せ、先輩、それ!」

 

「アリシアさん、なんかね、藍華ちゃんがアリシアさん宛にお届けものがあったみたいなんだけど・・・えっ、なに?アリスちゃん?」

 

「あっ、いえ、特に何も・・・」

 

「へぇーそうなの?最近は贈り物流行ってるの?」

 

アリスは目がテンになっていた。

 

「なんのことですか、アリシアさん?」

 

「いいのいいの。それで、藍華ちゃんがどうしたの?」

 

「藍華ちゃん、アリシアさんに送るものを、ARIAカンパニーに忘れて行ったみたいで、どうしようかと思ってたんです」

 

「そうなのね」

 

アリシアは、腕を組んで「うーん」と思案して見せた。

 

「アリシアさん?」

 

「そうね。それは藍華ちゃんに一旦返しておいてくれる?」

 

そう言って、アリスの耳元でそっとつぶやいた。

 

「タルトは、またの機会にいただくわ♡」

 

「は、はい!」

 

その様子を見た灯里が、納得いかないと不満いっぱいの顔になっていた。

 

「なんですかぁ~それぇ~~!」

 

 

 

あゆみは、ARIAカンパニーのその大きなテーブルを前に、頭をかいていた。

 

「あれーおかしいなぁ?確かにアリスさんにおいといてって頼んだのになぁ」

 

そのテーブルを挟んで座っていたアトラと杏は、そのあゆみの困った顔を見上げていた。

 

「灯里さんじゃないの?」

 

「灯里さんは、予約のお客様がいたとかで、忙しかったはずなんだよね」

 

「じゃあ誰かが持っていったってこと?」

 

「そんなふうに考えたくないわよね」

 

「そうだなぁ」

 

「とにかく、あゆみ自身が来た訳だし、私と杏はカウントダウン・パーティーがあるから、会社に戻らないといけないから」

 

「悪かったなぁ、アトラ、杏」

 

「そう言えば、藍華さんなんだけど」

 

「何?お嬢がどうしたの?」

 

「実はカンナレージョ支店に一度電話したの。でも、あゆみが出た後だったのね?そうしたら、藍華さんが出てらして、一応話はしておいたんだけども」

 

「あちゃー!話したの?やっばいよ、それ!」

 

「そんなに大変なことだったの?」

 

すると、その会話を遮るように、ノックをすることもなく、藍華が勢いよく入ってきた。

 

「ちょっと、あゆみぃー!あんた、どういうつもりなのよー!」

 

「ほら来た」

 

「ほらって何よ!」

 

「お嬢なら来るだろうなぁと予想してたんですよ」

 

「あんたぁ!そんなことでごまかせると思ってんの?」

 

「これは確かにウチの入力ミスです。ごまかすつもりなんかありません」

 

「だいたい、あんたがトラゲットばっかりじゃあ物足りないとか言って、なんかやることないですか?なんて言ってきたから、任せたんでしょ?それをよりによって、一番気を付けないといけないことをやね・・・」

 

藍華はふぅ~と一息ついた。

 

「ちょっと、それちょうだいね」

 

そう言って藍華は、アトラの前に置いてあったペットボトルの水を、グイッと飲んだ。

 

「藍華さん、それ、私の・・・」

 

「はぁー」

 

「うまいっすか?」

 

「うん、走って来たから丁度言い感じね・・・って、言ってる場合じゃないの!」

 

「どっちにしたって、もう遅いっすから」

 

「遅いって、どういうことよ!」

 

「ないっす」

 

「何が?」

 

「だから、例のブツ」

 

「ちょっと、おかしな言い方しないでよ!」

 

「あゆみ?ブツって?」

 

「あゆみちゃん?いくら上司が言うからって、変なことに加担しちゃあダメだよ」

 

「カ、カ、カタン?」

 

「大丈夫だよ、アトラ、杏。心配してくれてありがとう。やっぱり最後に信頼できるのは友達だね」

 

「はぁ~~」

 

藍華は余っていた椅子にドッカとへたりこんだ。

 

「あのさあ、あんたたち、どうしたらお歳暮の手続きをする程度のことで、そんなヤバそうな話になるの?」

 

「お歳暮?」

「なんですか?」

 

「そうよ!」

 

「あゆみ!あんたってそんなこと、私たちに一言もいってないわよね?」

「なんか、相当ヤバい賄賂かなんかだと」

 

「まあ、賄賂てところは、当たらずも遠からずってところじゃないすか?」

 

「違うわよ!そんなんじゃないの!」

 

「じゃあ、なんなんすか?他の人と違って、個人的に送るっていうのは?」

 

「これはナイショよ」

 

「ナイショなんですか?」

「私たちも聞いていて、いいんですか?」

 

「だから、変なものでもブツでもなくて、単なる健康茶なの!」

 

「健康」

「茶」

 

「なんすか、それ?」

 

「その後に〈カトウ〉とか、着けないでよ」

 

「いくらなんでも、そんなダジャレ、言わないっすよ」

 

「カトウ、茶?」

 

「アトラちゃん!」

 

「アトラ、お前もう一回、ペアからやり直すか?」

 

「なんでよ!」

 

 

 

 

「なんでぇー?どうしたのぉー?」

 

灯里は、ARIAカンパニーに顔馴染みの人たちが大勢集まっていることに、驚きを隠せないでいた。

 

だが藍華は、灯里が小脇に抱えている箱に、すぐ目が向いていた。

 

「なんでぇーじゃないわよ!あんたがそれを持ち歩いてることに、なんでぇーよ!」

 

「そうだ、藍華ちゃん?忘れてたでしょ?アリシアさんへのお届けもの」

 

灯里は藍華の座っているテーブルのところに小包を置いた。

 

「もういいわよ!」

 

「なんで?」

 

「タイミングが悪いわよ」

 

「でもね、さっきアリシアさんに会ったんだけど」

 

「あ、会ったの?」

 

「うん」

 

「いや、うんてどいうこと?それなら渡してくれればよかったじゃない?」

 

「だって、これは藍華ちゃんに一旦お返しするって言ってた」

 

「お返しって」

 

「ねえ、アリスちゃん?」

 

「まあ、そんなようなことをおっしゃってましたですね」

 

「ちょっと、後輩ちゃん?あんた、なんかリアクションおかしくない?それになんで、あんたまで一緒にいるわけ?」

 

「アリスちゃんは、さっきスイーツ店でアリシアさんと偶然一緒になったんだって。ねえ、アリスちゃん?」

 

「まあ、そんなような感じで・・・」

 

「それで、それ?」

 

藍華は、アリスが持っている白い大きめの箱をじっと見つめた。

 

「アリシアさんは、大切な人との時間があるから、みんなで食べてって言ってたぁ」

 

「灯里先輩!素直過ぎます!なんでもかんでも言うなんて、もう!」

 

「つまり、何?後輩ちゃんは、その結構な評判のスイーツ店のケーキか何かを、アリシアさんに贈ろうとしてた訳なのね?どうなの?」

 

「そんなこと言って、藍華先輩だって、なんか意味ありげなもの、贈ろうとしてるじゃないですか!」

 

「ちょっと待って。藍華ちゃんも、アリスちゃんも、何言ってるの?もしかして・・・」

 

「な、何よ、灯里?」

 

「もしかしてお祝いなの?」

 

「なんの?」

 

「アリシアさん、おめでたなのぉー?」

 

「灯里?あんた、ちょっと休みなさい。もうすぐ年が変わろうというのに、一体何を言ってるの?」

 

「違うのぉー?」

 

「違うの!」

 

 

 

 

灯里たちは、テーブルを囲んでアリスの買ってきたフルーツタルトを、灯里の入れた紅茶で味わった。

 

アトラと杏は、遠慮がちに食べていたが、あゆみはお構いなしに食べまくっていた。

 

「一体さぁ、誰がそもそもの原因なのよ」

 

だが、話が進むにつれ、だんだんと盛り上がっていった。

 

年の瀬に訪れた、ひとときの時間。

 

みんなそれぞれに忙しさを抱えた中で、短くとも、充実した時間となった。

 

ひとしきり盛り上がったところで、アトラと杏が立ち上がった。

 

先に行ってます、という言葉を残し、ARIAカンパニーを出たふたりに促されるように、アリスも席を立った。

 

あゆみは、アトラと杏の姿を見送ったところで、「そろそろ行きますか?」と藍華に声をかけ、席を立った。

 

「後からすぐ、追いかけるから」

 

藍華はあゆみを先に行かせると、灯里と一緒にみんなが食べた食器を片付け始めた。

 

「藍華ちゃん、ありがとう。大丈夫だから。もうお店に戻って」

 

「まだ大丈夫だから」

 

そうしていると、ドアをノックする音がした。

 

「カウントダウン・クルーズのお客様が来られたと思う」

 

「じゃあ、私も戻るね」

 

「うん。藍華ちゃん、ありがとうね」

 

藍華は入ってきた客たちと入れ替わる言うに、ARIAカンパニーをあとにした。

 

 

 

 

それぞれのカウントダウンが近づいていた。

 

オレンジぷらねっとは、賑やかなパーティーと華やかなクルーズが盛大に行われていた。

 

姫屋カンナレージョ支店は、本店との合同企画を行うため、藍華たち従業員たちは走り回っていた。

 

そして、ARIAカンパニーは・・・

 

 

 

灯里はゴンドラの前後にランプを灯し、その時をゆっくりと待っていた。

 

「でも、ホントによかったの?」

 

「だって、このために勉強頑張ってきたんです!楽しむのは当然なんです!」

 

「そうなんだ」

 

灯里のすぐ前の席には、大きなリボンを頭の後ろに着けた女の子が、今か今かと待ちきれないといった様子で座っていた。

 

その席の向かい側には、女の子の姉夫婦が座っている。

 

周りにもたくさんのゴンドラが浮かんでいた。

 

そして、ついにその時がやって来た。

 

サン・マルコ広場の大鐘楼に、特別に設営された電光時計が時間の表示を止め、真っ黒になった。

 

そして、そこにカウントダウンを知らせる「10」の文字が浮かび上がった。

 

「アイちゃん、いよいよだよ!」

 

「はい!」

 

灯里とアイは、周りに浮かぶゴンドラやボートに乗る人たちと一緒になって、カウントダウンを大きな声で始めた。

 

「はち!なな!ろく!」

 

「ごー!よん!さん!」

 

「にー!いち!ぜろぉー!!」

 

電光時計の数字がゼロになった瞬間、ネオ・ヴェネツィアの空には、爆音とともに次々と花火が上がった。

 

「アイちゃん、ハッピーニューイヤー!」

 

「ハッピーニューイヤー!灯里さん!」

 

あちらこちらから、歓声が沸き起こっている。

 

灯里もアイも、思わず大きく口を開けて、あちこちから上がる花火の光景に見とれてた。

 

ふたりは、その頭上に次々と花開く花火に、心震えるような感動を味わっていた。

 

「灯里さーん!」

 

「なにぃー!アイちゃーん!」

 

「今度この花火を見るときは、灯里さんを私のゴンドラに招待しますねぇー!」

 

「なにぃー?アイちゃーん!よく聞こえないけどぉー!」

 

「別にいいんですぅー!」

 

「ええー!なにそれーー!」

 

 

Episodio 15 アドリアの海辺  おわり

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