ARIA The PETRICHOR   作:neo venetiatti

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Episodio 19 AQUA -guitar solo-

 

「ねえ、灯里?」

 

「なに?藍華ちゃん?」

 

藍華はARIAカンパニーの一階で、さっきからずっとストーブの番を続けていた。

 

テーブルを拭いている灯里の方には目もくれず、ストーブの赤い炎を見つめたまま、背中を丸くして座っていた。

 

「あのさぁ、悪いんだけどぉ~、そのシャッターをさぁ~、一度でいいからぁ~、ちょっと閉めてみない?」

 

藍華は恨めしそうに、広がる青い空が見えるカウンターにチラリと目を向けた。

 

「そんなことしたら、休んでるみたいに見える」

 

「灯里の言うこともわかるけど・・・」

 

そう言って、藍華は店内に目を向けた。

 

「今朝から誰も来てないわけだし」

 

「午後から予約のお客様が来られるの」

 

「えっ?来るの?こんな寒空に?」

 

「藍華ちゃ~ん」

 

藍華の驚いた顔に、灯里は思わず苦笑いになっていた。

 

観光のオフシーズンを向かえたネオ・ヴェネツィアは、さすがにどこの水先案内店も客足が伸びず、店によっては開店休業状態といっていいくらいだった。

 

街にも、観光客の姿はチラホラと見えるくらい。

 

その上、二、三日前からの寒波のおかげで、いっそう寒さが身に染みる状況になっていた。

 

「毎年この時期に来られるのが恒例になっているんだって」

 

「そうなの?物好きな人もいるもんねぇ」

 

「藍華ちゃん?仮にも姫屋カンナレージョ支店の支店長さんでしょ?そんなこと言ってもいいの?」

 

「わかってるわよ!そんなことぐらい!この寒さが私をおかしくさせるの!」

 

藍華は眉間にシワを寄せて、ストーブの赤い炎を睨み付けた。

 

灯里はその姿にため息をもらした。

 

「じゃあ、しょうがないけど、ちょっと閉めてみる?」

 

「えっ?いいの?」

 

藍華は驚いた表情で灯里の方に顔を向けた。

 

「だって、藍華ちゃんがそんなに言うんだったら」

 

「ほんとに?なんてものわかりがいいの!あんたって人は!」

 

「ちょっとだけだからね」

 

そう言って、灯里は渋々といった顔でシャッターに手をかけた。

 

そして、降ろす振りをして、何もせずに振り返った。

 

ドテっ!

 

「藍華ちゃん、大丈夫?」

 

「な、なに?どうしたの?閉めるんじゃないの?」

 

「うーん。やっぱりどうしようかなぁ」

 

「なにそれ?」

 

「だって、やっぱり営業中なわけだし」

 

今度は藍華が、諦めに似た様子でため息をついた。

 

「もういいわよ。そんな無理してやることじゃないわけだし・・・ブツクサブツクサ」

 

「藍華ちゃ~ん」

 

「じゃあさあ、寒さを忘れさせるようなこと、何かない?」

 

「寒さを忘れさせる?」

 

灯里は、腕を組んで考え事をするように、遠くを見つめた。

 

藍華はその仕草を見てパッと表情を変えた。

 

「あっ、ごめん。わたしが悪かった。こんなことを灯里にリクエストしたわたしがバカだった・・・」

 

「ほっカイロ100個!」

 

「あ、あのねぇ」

 

「しかも貼るタイプのヤツ」

 

「そんなの、どっちでもいいの!」

 

「貼れる方が何かと便利だと思うんだけど」

 

「何を言ってるの?だいたい100個もどこに貼るの?」

 

「もちろん背中とか、腰とかだと思うけど」

 

「そんなとこに100個もどうやって貼るっていうの?」

 

「じゃあお腹は?お腹は結構いいよ。からだにじわ~って感じでいいんだよ!」

 

「そうね。内蔵にダイレクトにくる感じがいいわよねぇ・・・って言ってる場合じゃないの!」

 

「結構あったかいと思うけど・・・」

 

「暖かいのはわかるの!そんなねぇ、100個も貼ったら火傷するくらいよ!」

 

「まあ、確かに」

 

「確かにって・・・」

 

藍華は近くの椅子を引き寄せて、ドッカと座り直した。

 

「灯里?つっこむようで悪いんだけど。大体ねぇ、100個ものカイロをどうやって用意するの?そこからして、あんたの話は無理があるっていうか・・・」

 

「カステッロ商店街」

 

「な、なに?いつの間にできたの?」

 

「こないだ」

 

「こないだってねぇ、いつのこないだなの?」

 

「知らない」

 

「もう!わかったわよ!それでなに?そこへ行ったら買えるのね?カイロ100個!」

 

「もうないよ」

 

「ど、どいうこと?」

 

「貼れないタイプだけ残ってた」

 

「貼れないタイプだと、あんた、すぐに100個買えるっていうの?なに?問屋さん?」

 

「無理だと思う。藍華ちゃんでは」

 

「どうしてそんなことが言えるの?これでも姫屋のオーナーの娘よ!いざとなったら、あんたなんかねぇ、ギャフンというくらいの・・・」

 

「ARIAカンパニー専用」

 

「専用?」

 

「あっ、違った。専門?」

 

「専門?」

 

「えっと、御用達?」

 

「無理に格上げしたしょー?」

 

「王室御用達」

 

「はいはい。確かにここは王室みたいなもんよ。グランマが初代女王で、アリシアさんはお姫様?そんであんたは・・・遠い国からやって来た、右も左もわけもわからない、王太子妃ってこと?・・・そんないいもんじゃないわね」

 

「マリー・アントワネット」

 

「知ってるじゃない?」

 

「エヘヘヘ」

 

「笑ってるけどさぁ、あんたはどちらかと言えば、マリー・アンポンネットよね」

 

「藍華ちゃん?」

 

「何よ!」

 

「今の、ボケたの?」

 

「違うの!あんたに相応しい表現をしてみただけ!」

 

「なんだぁ。藍華ちゃんがボケたのかと思った」

 

「私がボケたら何かおかしいの?」

 

「だってツッコミ専門でしょ?藍華ちゃんて」

 

「あんたねぇ、私がツッコんでるのは、あんたがボケまくるからでしょ?」

 

「ええ~?わたし、そんなにボケてる?」

 

「もういいわよ!そんなことより、そのカステッロ商店街の、どこのお店なの?」

 

「何が?」

 

「カイロ100個!それも貼れないタイプのヤツ!」

 

「ないよ」

 

「これですよ、皆さん?こんなことを、あっさりと返事しちゃうの。この人ってーのは!」

 

「だって、アリシアさんの昔からのお得意様だった方だもん。だからだよ」

 

「ちょ、ちょっと待って!それって、買えるってこと?」

 

「うん」

 

「ほんとに?」

 

「うん」

 

「あんたさっきから、うんうんて簡単に返事しちゃってるようだけど。じゃあどこよ?どこのお店?」

 

「だから、カステッロ商店街だって」

 

「そうじゃなくて、買えるお店がどこかって・・・あ、あんた、まさか、それ」

 

「だから、カステッロ商店街がアリシアさんのお得意様だから」

 

藍華は、ニッコリと優しい微笑を浮かべたアリシアの顔を思い浮かべた。

 

「そういうことだったのね。どうりで、灯里の顔が余裕しゃくしゃくだったわけだぁ」

 

「しゃくしゃく?」

 

藍華はうなだれるように、カックンと頭を落とした。

 

「つまりそれって、こないだの、ゴンドラ協会のクリスマス・チャリティーの話?」

 

「そうだねぇー」

 

「そういうことなら、わかるわ。あのアリシアさんが一声掛ければ、カステッロ商店街だろうが、カンナレージョ商店街だろうが、どこでもカイロの100個や200個なんて、造作もないことだわ」

 

「貼れるタイプだよ」

 

「全部?」

 

「うん」

 

「だから、お店には貼れないタイプばかり残ったって訳ね」

 

「そうだねぇ~」

 

灯里はそう返事しながら、なんか落ち着かない態度になっていた。

 

「藍華ちゃん?」

 

「なんか用ですか?マリー・アンポンネット様?」

 

「なんか暑くない?」

 

「どこが?どこが暑いの?一体どこのお屋敷が暑うございますか?姫?」

 

「なんかさっきから・・・」

 

灯里は、肩にかかった大きめのポンチョ・マントの背中に手を回した。

 

ベリッ!ベリベリッ!

 

「なに?なんか破けたわよ!」

 

「違うの」

 

灯里は背中からカイロをはがしてみせた。

 

「やっぱりカイロって、暖かいんだねぇー」

 

「なっ」

 

藍華は口をあんぐりと開けて、灯里の顔を見つめた。

 

「どうしたの?藍華ちゃん?」

 

「あんたねー!自分だけそんなもん貼っちゃって、どういうつもりっ!」

 

「だって、この季節って寒いでしょ?アリシアさんが、女の子は身体を冷やしちゃダメよって、カイロくれたの」

 

「くれた?」

 

「うん」

 

藍華は、これ以上ないくらいに大きなため息を吐き出した。

 

「あのさぁ、灯里?だいぶんと前から、寒いって話してたよね?言ったわよね?確か言ったはずよね?それをあんたも聞いてたわよね?どう?聞いてた?どうなの?ねえ?どう?」

 

「ごめんね、藍華ちゃん」

 

「いまさら謝ってもらっても、この時間は帰って来ないわ」

 

「だって、忘れてたんだもん」

 

「忘れてた?何を?」

 

「カイロ貼ってたこと」

 

「ああ、さいですか、さいですか!よござんしたなぁー!」

 

「なんか変な言い方だね」

 

「ちょっと、それ!貸しなさい!」

 

藍華は灯里の手からカイロを奪い取った。

 

「藍華ちゃ~ん!寒いよ~!」

 

「あんた、さっき暑いって言ってたでしょ?」

 

「そうなんだけど」

 

灯里は恨めしそうに藍華の手のカイロを上目遣いで見つめた。

 

「あんたはもう十分暖まったんだから・・・」

 

「どうしたの?」

 

藍華は、その手のカイロをぎゅーっと握りしめた。

 

「う~ん、もう、カチカチよ!」

 

「えっ?」

 

「もうこんなにカチカチになってる!」

 

「そうだね。もうタイムリミットの時間だと思う」

 

「なんでそこで、爆弾の赤い線と青い線と、どっちにするかで悩みまくるクライマックス・シーンみたいなこと言う?」

 

「藍華ちゃんなら、どっちにする?」

 

「わたしなら、あんたの顔に爆弾投げつけてやる!」

 

「ええー!なんでぇー?痛いよ?」

 

「そこじゃないでしょぉぉぉぉぉー?!」

 

 

 

 

藍華は、少し余裕があるからと、灯里からカイロを数枚受け取り、背中と腰に貼って満足げに表情を緩めていた。

 

「さすがアリシアさんのカイロねぇ。あったかさが違うわ」

 

「だから、それカステッロ商店街の・・・」

 

「もう!黙っててっ!」

 

「わかった」

 

灯里は満足そうにしている藍華の顔を、微笑んで眺めていた。

 

すると、どこからため息混じりの声が聞こえてきた。

 

「あ~あぁ~」

 

灯里はその声に気づいて、カウンターの方に振り返った。

 

「いったいぜんたい先輩方は、この押し迫った年の瀬に何をやってるんですか?」

 

そこには、情けなさそうな顔で、アリスがふたりの様子を眺めていた。

 

「アリスちゃん!」

 

灯里がカウンターから乗り出すようにして声をかけた。

 

「どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもありませんよ!カウントダウン・クルーズを控えた、この忙しい時にですよ?いったいお二人はこんなところで何をしてるんですか?」

 

「こんなところって、アリスちゃん?ここ、ARIAカンパニーなんだけど、一応」

 

「エ、エヘン!」

 

アリスは気まずそうに咳をしてみせた。

 

「なんか、わざとらしい咳ね」

 

「藍華先輩!そんなことどうでもいいんですぅ!カンナレージョ支店はどうしたんですか?」

 

「一応営業中よ」

 

「一応?」

 

「しょうがないでしょ?私がいたからって、この季節、急に客足が増えるってわけじゃないし」

 

「そういうことを言ってるんじゃないんです!」

 

「だって、そういうことなんでしょ?」

 

「違います!そんな格好を他の人に見せられないんです!」

 

「えっ?」

 

藍華はマントをめくって、背中にカイロを貼る位置をさぐっていた。

 

「だって寒いんだもん♡」

 

藍華は冗談っぽく、甘えてみせた。

 

「うぇ~」

 

「ちょっと、あんた!それ、どういうつもり!」

 

灯里はふたりの間に入って、苦笑していた。

 

「まあまあ、ふたりとも。でも、藍華ちゃん、ちょっとかわいい♡」

 

「灯里先輩!どこがですか?」

 

 

 

 

アリスはカウントダウン・クルーズまで少し時間ができたことで、ARIAカンパニーによってみようと思った。

 

きっと藍華のことだから、またARIAカンパニーに居座っているんだろうと予想してみたが、その予想は的中した。

 

アリスは常連の客から、新年を迎えるにあたってついたというお餅をもらっていた。

 

藍華、灯里の二人の前で広げたお餅には、きな粉と砂糖がまぶしてあった。

 

灯里が急いで入れたお茶を飲みながら、三人は口いっぱいにお餅を頬張っていた。

 

三人の口の回りには、きな粉がつきまくっていた。

 

「お餅って美味しいわねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

「灯里先輩?」

 

「なにぃ?」

 

「双子のマラソン選手って、昔いましたよね?」

 

「そうだねぇ」

 

藍華はふたりの会話に喉をつまらせそうになった。

 

「うんぐっ。あんたたち、なに言ってるの?」

 

「藍華先輩、知りませんか?」

 

「な、なんのこと?」

 

「えっと、100メートル走って、確か、じゅう・・・いや、きゅう・・・」

 

「秒だねぇ」

 

「はぁ?」

 

藍華は呆れ顔で餅をくわえたままになっていた。

 

「アリスちゃん?オールって、まっすぐだよね」

 

「まっすぐ、ですね」

 

「棒だねぇ」

 

「ああ、なるほど」

 

「何がなるほどなのよ!」

 

「じゃあ、次は藍華先輩の番です」

 

「ちょ、ちょっと!なんでそんなことに私が乗らなきゃいけないの?」

 

「藍華ちゃん?ネオ・ヴェネツィアもいよいよカウントダウンを迎えるねぇ」

 

「何言ってるの?」

 

「それって、今日だねぇ~」

 

「ああ、そうだわねっ!」

 

藍華は残っていたお餅3つを一気に口に入れた。

 

「ああー!先輩ぃー!」

 

「藍華ちゃ~ん!」

 

「おいひぃわねー!モグモグ♡」

 

こうして、相も変わらず、三人は年の瀬を迎えていた。

 

ARIAカンパニーのカウンターの横にある電話には、大声で怒鳴り散らす晃の声が、離れたところにいた灯里やアリスのところまで聞こえてきたのは、言うまでもない。

 

「藍華ぁー!お前どこで油を売ってるんだぁー!この年の瀬に支店をほったらかしてる支店長がどこにいるんだぁーー!」

 

「ずび、ば、ぜん」

 

「なんだ?なんか食ってるのか?どういうつもりだぁー!」

 

灯里とアリスは、口をモグモグさせながら直立不動になっている藍華の後ろ姿を、二人してクスクス笑いながら眺めていた。

 

 

Episodio 19 AQUA -guitar solo- おわり

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