ARIA The PETRICHOR 作:neo venetiatti
灯里は午後の一組目の客を送り出し、次の客を待つまでの間、部屋の掃除をせっせと始めていた。
天気は快晴で気分もいい。
12月の後半に入り、寒さも厳しくなってきたが、灯里の表情はいつになく明るかった。
「早く済ませましょう!」
「ばいにゅーい!」
灯里の言葉に応えるようにアリア社長が声をあげた。
「それでですね・・・」
そう言って灯里はアリア社長と顔を見合せ、ニンマリ笑った。
「それでなんなの?」
「はひっ!」
灯里は驚いて声のする方に顔を向けた。
カウンターの外では首にマフラーをぐるぐる巻きにした藍華が立っていた。
「藍華ちゃ~ん!ビックリさせないでよ~~」
「ああ~それはめんごめんご。悪かったわね」
藍華は言葉とは裏腹に無表情で灯里を見ていた。
というか固まっていた。
「藍華ちゃん、どうしたの?」
「どうしたって、ナニが?」
「なんか寒そうというか、固まってるような・・・」
「ワダジガ・・・ガダマデルテ・・・」
「うん」
灯里は藍華のそんな様子に苦笑しながらも早速中に入らせ、ストーブの前に座らせた。
すると、まるでバターでも溶けるかのように藍華の顔が緩んでいった。
「それでナニ?」
「ナニってナニ?」
「だから、それで何があるっていうの?こんな寒空に嬉しそうに掃除なんかして」
「ふふーん」
「あっ!何よそれ!」
「どうしよっかなぁー」
「ちょっと!教えなさいよ!」
灯里はストーブの前から動かないままにらんでくる藍華を横目にニコッと微笑んだ。
「実はねぇ・・・クリスマスプレゼント」
「えっ?何?くれるの?」
「違う。もらったの」
「も、もらった?誰?いったい誰?そんな物好きな人って誰なの?」
「藍華ちゃ~ん」
灯里はキッチンへ向かうと小瓶の入った箱を持ってきた。
「何それ?」
「リンゴのジャム」
「リンゴ・・・ね」
藍華は一気に力が抜けたように抱えた膝に顎を埋めた。
「こないだね、あるカップルのお客様をお乗せしたんだけど、もう一度出会うことができたら結婚しようって約束してたんだって。それで無事に再会できて、めでたくゴールインとなったの」
「そうなんだ。それでなんで灯里がリンゴのジャムをもらうの?」
「彼女さんは彼が好きだというリンゴを持ってきて、彼は彼女さんが好きなジャムをプレゼントしたの。お互い相手が一番好きなものを持ってきたってわけなの。そんな話なんて一切してなかったんだよ!」
「へぇー」
藍華はなにか不服そうに返事した。
「藍華ちゃん?」
「それでジャムってわけね」
「うん、そうなんだけど・・・」
「ちょっと期待して損したわ」
「期待?」
「だってそうでしょ?クリスマスプレゼントだって言って喜んでる女子がいたらさぁ、普通考えることっていったらみんな同じことを想像するんじゃない?」
「うーん。素敵なお話だと思うんだけど」
「別に素敵じゃないって言ってる訳じゃないんだけどね」
灯里は残念そうにしている藍華の横顔を不思議そうに眺めていた。
「それって、あの奇跡のUターンの話ですか?」
不意にかけられた声に灯里と藍華は驚いてカウンターの方に振り返った。
「アリスちゃーん!」
カウンターの外には喜んだ表情でアリスが立っていた。
「その話、一度じっくり聞きたかったんですよ!」
「アリスちゃん知ってたの?」
「もちのろんです!」
藍華は眉間にシワを寄せてアリスの方を見た。
「なんなの?いきなりやって来て、そんな大きな声出して。こんな寒空の下でマージャンでも始める気?」
「何を言ってるんですか?藍華先輩?もしかして知らないんですか?」
「知らないわよ!そのターンがどうしたってなんなの?」
「Uターンです!しかも奇跡のです!」
「はぁ?」
灯里は女性客をひとり乗せて、間もなくリアルト橋を通過しようとしていた。
その女性客が先程からそわそわしているのを灯里は気がついていた。そしてリアルト橋に近づいたあたりからキョロキョロ辺りを見回すようになった。
灯里もそれにつられるように周りをキョロキョロ見回していた。
〈このお客様、いったいどうしたんだろう・・・〉
しかしゴンドラはそのままリアルト橋を通過していった。
その女性客は誰が見てもわかるくらいガックリとうなだれてしまった。
「あ、あの、お客様?何かあったのでしょうか・・・」
気になって声をかけた灯里だったが、その女性客の耳には届いていないようだった。
灯里は心配になってもう一度辺りを見回してみた。すると、男性がひとり、リアルト橋をかけ上がって行く姿が見えた。その男性は一番上まで来ると橋から身を乗り出して、必死になって運河のあちこちに目を向けていた。
〈もしかしたらあの男性・・・〉
灯里は塞ぎこんでいる女性客の背中に目を向けた。
そしてもう一度振り返ってリアルト橋の方を見た。先程の男性がまだ必死なって何かを探している姿があった。
前に向き直った灯里はその女性客の背中に語りかけた。
「この辺りは酒場や古くからの住居などが並んでいて、サン・マルコ広場のようなところとはまた違った風情が楽しめるんですよ?よかったら少し見ていかれてはいかがでしょうか?」
その女性客は灯里の案内にはなんの反応も示さなかった。
「お勧めします。きっとお客様にも喜んでる頂けると思うのですが、いかがなさいますか?」
女性客は身動きひとつしない。
「じゃあ良いですね?」
灯里はそういうと、女性客の返答を待つことなく舵をきって途中の運河へと入っていった。
ゴンドラはそれまでの賑やかな雰囲気からはどんどん離れてゆく。観光客の姿もまばらになってゆく運河を、灯里はまるでどこか目的地がわかっているかのように右へ左へとスイスイと進んでいった。
すると大きく視界が開けた。そこはどう見てもさきほどまでいたはずのカナル・グランデだった。
灯里は舵をグイっと切った。
「お客様?前方をご覧ください。間もなくリアルト橋です」
その声を聞いた女性客が驚いて顔を上げた。
灯里には見えてなかったが、後ろ姿から茫然と見上げる様子がうかがえた。
そして女性客は後ろを振り返った。驚いた表情の目元には少し涙の後が見えた。
「どうして・・・」
「お客様?何か探しものがあったのではないですか?」
「探しもの?」
「あのリアルト橋で」
灯里はニッコリ微笑んでリアルト橋を見上げた。それにつられるようにその女性客も橋の方に目を向けた。
橋の上の真ん中で男性がひとり大きく手を振っていた。そしてゴンドラの上の女性客に向かって何か大声で叫んでいた。
「なっ・・・」
「そういうことだったんですね?灯里先輩?」
灯里はニッコリと箱の中のその小瓶を眺めていた。
「その結果がそのジャムってわけね」
「ジャムってなんですか?」
「ふたりが再会を果たすことができたお礼なんだって」
「そうなんですかぁー?」
藍華の説明にアリスは喜びをいっぱいにして灯里の手にある小瓶に目を向けた。
「そうなんだよねぇ~」
アリスにそのジャムの小瓶を見せている灯里の姿を藍華はぼんやりと眺めていた。
「ところでさぁ灯里?なんでわかったの?」
「なんでって何が?」
「ゴンドラに乗っているお客様がその男性が探している人だったってわけでしょ?」
「なんとなく」
「なんとなく?あんたねぇ、もし違ってたらどうするつもりだったの?頼まれてもいないところを勝手に行っちゃったりして」
「でもあの場合はゼッタイそうだと思ったんだよねぇー」
「ゼッタイって、あんたは・・・」
「的中ですね」
「後輩ちゃんまで・・・」
藍華は二人の反応に思わずため息をついた。
「ネオ・ヴェネツィア広しといえども、そんなプリマはあんただけよ」
灯里はリアルト橋の少し手前で客を下ろしたところで声をかけられた。
「ちょっと頼めるか?」
少し腹の突き出た中年の男性が灯里を呼び止めた。
「いいですよ、お客様」
「それは助かる」
「ちなみにお望みのコースなどお決まりですか?」
「コース?そんなのない」
「コースがないということはどこかお目当ての観光スポットがおありなんですね?」
「観光スポット?何を言ってるんだ?わしはあそこに行きたいだけだ」
その男性は少し先に見える居酒屋を指差していた。反対岸の。
「お客様?申し訳ありません。このゴンドラは観光案内が目的なので、そのような利用はお断りしています」
「金なら払う。それなら文句はなかろう?」
「と申されましても・・・」
「なんだ?客だと言ってるんだぞ?いったいそれのどこが文句あるというんだ!」
男性は顔を真っ赤にして灯里を睨みつけた。
「おじさん?いい歳をして恥ずかしくないの?」
不意にかけられた声に灯里は驚いて振り返った。
背丈はまだ小さい、髪を後ろにきっちりとポニーテールに束ねた少女が立っていた。真っ赤なコートが印象的だった。
「な、なんだ、お前は?」
「お前じゃないわ。ちゃんとアスタシアっていう名前があるんだから」
そのアスタシアと名乗った少女は、きれいな額の下の両方の眉をキリリとさせた。
「だいたいあんな目と鼻の先のお店なんて歩いていけばいいでしょ?」
「目と鼻の先と言っても運河の向こう岸じゃないか!行けるわけないだろうが!」
「あそこがあるじゃない?」
アスタシアは腕を伸ばしてピッと人差し指をある方向に向けた。
「あっそこって・・・」
「そうよ。リアルト橋。あそこに立派な橋があるでしょ?」
「な、なにを言ってるんだ?あそこまでどれだけ距離があると思ってるんだ?」
「知らないわよ。そんなのは区役所に文句を言えばいいわ」
「もういい!」
男はカリカリしながらその場を遠ざかっていった。
灯里は両手を腰に据えて仁王立ちになっている少女の姿に苦笑するしかなかった。
「最近の大人はダメね。お姉さんも言うこと言わないとダメだからね」
「そうだね。ごめんね」
「なんでお姉さんもが謝るの?お姉さんは何も悪くないわ」
「確かにそうなんだけど」
「まあ、あれよ。こういう仕事をしているとこんなこともあるわよ。気を落とさないで」
「そうだね」
灯里に向かって納得しているアスタシアは目を閉じて「ウンウン」とうなずいていた。
「ということで、お姉さん?」
「はい?」
「ちょっとお願いを聞いて欲しいんだけど」
「お願い?ナニ?」
「ナニと問われても」
「わかった。おじさんを追っ払ってくれたお礼を何かしなきゃね?」
「さすがお姉さん!理解が早い!」
「じゃあジェラートでもどう?」
ガクッ
アスタシアは大袈裟のズッコケてみせた。
「あ、あのね?ウンディーネのお姉さん?お姉さんはいったいなんなの?」
「お姉さんはARIAカンパニーのウンディーネだよ。これでもプリマだけど」
「そういうことを言ってるんじゃなくて」
「うーん・・・わかった!」
「ようやくわかってもらえたようね」
「じゃがバターだ!」
ガクッ
「あ、あのねぇ」
「寒いし・・・」
「確かに寒いけども」
「ホクホクだよ」
「そういうことじゃなくて!」
呆れているアスタシアの前で灯里はアスタシアの顔をじっと見つめた。
「な、なによ?」
「アスタシアさん、だっけ?」
「そうよ」
「アスタシアさんの感じからすると」
「私の感じ?」
「う~ん・・・あれだ!」
「どれ?」
「焼き銀杏!」
「そんなおばちゃんに見えるんかいっ!」
灯里との連想ゲームにあきてきたアスタシアは単刀直入に切り出した。
「ゴンドラに乗せてほしいの」
「いいよ」
「いいの?」
「うん」
「そんな簡単に」
「だってお礼するって言ったでしょ?」
「言ったけど」
「で、どこに行きたいの?ため息橋?サン・マルコ広場?」
灯里にそう訪ねられたアスタシアは気まずそうに少しうつむいた。
「そういったところじゃないんだけど・・・」
「どこ?どこ行きたいの?」
「だから観光スポットとかそういうとこじゃないんだよね」
「そうなんだ。で、どこなの?」
アスタシアはためらいながらその言葉を口にした。
「うち」
「うち?」
「そう。うち」
「うちって、アスタシアさんのおうちってこと?」
「まあ、そうなんだけど」
さっきまでの印象とは違うアスタシアの態度の意味がようやく理解できた。
「じゃあ観光案内はしなくていいんだよね?」
「そういうことになるけど」
「その分割引にしとく」
「ありがとう・・・えっ?料金取るの?お姉さんちゃっかりしてる!」
大きく目を開けたアスタシアの驚いた顔を見て灯里は思わず笑みがこぼれた。
「ウソだから。冗談だよ♡」
「ええ~!冗談なのぉ~」
灯里の優しそうな笑顔を見たアスタシアは、ほっとした安堵の表情をしていた。
陽が傾き始めたネオ・ヴェネツィアの街並みには、あちこちにクリスマスを彩るネオンサインやクリスマスツリーが並んでいた。
オフシーズンを迎えたネオ・ヴェネツィアでも、この時期はクリスマスをこの地で過ごそうとする人たちの姿が多く見られた。
色とりどりの灯りを横目に灯里たちのゴンドラはゆっくりと進んでいた。
「こっちでいいの?」
「うん」
アスタシアはゴンドラに乗ってからあまりしゃべらなくなっていた。灯里はそんなアスタシアの背中を気にかけながら、アスタシアのいう通りの運河を進んでいた。
サン・マルコ広場では盛大にクリスマスのイベントが行われる予定になっていた。そんなお祭り気分のゴンドラやボートには背を向けるように、灯里のゴンドラは反対の方向を向いていた。
「ねえ、聞いていい?」
「えっ?」
アスタシアは不意に灯里に話しかけられ、振り返った。
「クリスマスはどこかへ行かないの?」
「行く・・・予定はあったんですけど」
「そうなんだ」
「まあ・・・」
灯里はそれ以上は聞かないでいた。アスタシアの背中が聞かないで欲しいといっているように見えたからだった。
すると今度はアスタシアが尋ねてきた。
「ウンディーネのお姉さん?」
「なに?」
「このゴンドラって、本当はどれくらいかかるの?」
「料金てこと?」
「うん」
「そうだねぇ~。うーん。でもどうして?お礼の代わりだから何もいらないよ?」
「そう・・・だった」
灯里はアスタシアの真っ赤なコートのその背中を改めて見つめた。
その時だった。
「あっ!お姉さん!」
「えっ?ナニ?」
二人の行く手を遮るように、その運河の先に通行止めのバリケードが設置されていた。工事中だった。
「おかしいなぁ。ゴンドラ協会からそんなお知らせ回って来なかったはずなんだけど」
アスタシアは茫然とそのバリケードを見つめていた。
「よくあるやつだよ。こんな時期になんでか工事やるんだよね」
「聞いたことがある。なかなか人がみつからなくてこんな時期になってしまうこともあるって、工事のおじさんが言ってた」
「知り合いでもいるの?その工事のおじさん?」
「そうだね。知り合いじゃなかったんだけど、いつの間にか知り合いになってたんだよね」
「なにそれ?」
灯里は少し疲れたようなアスタシアに話しかけた。
「どうする?アスタシアさん?」
「どうするもこうするも」
「時間はあるの?」
「時間はあるけど」
「じゃあちょっと時間はかかるけど大きく回って行く?」
「今から迂回していくの?」
「そうだけど」
「でも・・・」
アスタシアはためらっていた。灯里の好意を受けていいのだろうかと・・・
オレンジ色一色に染まっていた辺りはすっかり夜の風景へと変わりつつあった。
「じゃあ行くよ。いいよね?」
灯里はアスタシアの返事を待たずに舵を切った。そしてゴンドラを今来た運河を反対に進めた。
「お姉さん、いいの?」
「大丈夫。まかせといて!これでもお姉さんはネオ・ヴェネツィアのこと、よく知ってるんだから!」
「いや、あの、そういうことじゃなくて・・・」
「さっき言ってたところへ向かっていけばいいんでしょ?」
「そうなんですけど」
灯里は運河に漂うゴンドラやボートをすり抜けながら進んだ。クリスマスの夜のネオンたりが灯里たちを照らしている。
ネオ・ヴェネツィアを大きく回り込むと、再び運河へと入っていった。賑やかなクリスマスの灯りから遠ざかり始めると、灯里はゴンドラの舳先に灯りを灯したランプを吊り下げた。
しばらく進んだところでアスタシアは、目的の場所に近づきつつあることを灯里に知らせた。だが灯里は少し前から見たことのある風景の中にいることに気づいていた。
狭い運河を進むと前方に、屋根の上で灯りに照らされた十字架が見えてきた。
その十字架が見える位置から少し手前の船着き場で、灯里とアスタシアはゴンドラを降りた。そこからはアスタシアの後を歩いていた灯里だったが、暗い道を迷うことなく進むことができた。
そこは以前と何も変わっていなかったからだった。
道の両側にある家の前には派手さはないが、クリスマスを祝うイルミネーションが飾られていた。そこを通り抜けた先に現れた教会の前には、大きいとは言えないが飾りがつけられたクリスマスツリーと、その周辺にろうそくを持った子供たちの姿があった。
その子供たちが灯里とアスタシアに気づくと、一斉に振り返った。
「アスタシアだぁ!」
「来たぞ!」
「来ないかと思ったぁー!」
子供たちがアスタシアの方に駆け寄ってきた。子供たちに囲まれたアスタシアは嬉しそうに笑っていた。
「ウンディーネのお姉さん?ここが私のうちなんです」
「そうだったんですね」
「私、ここで育ったんです。今はここには住んでいませんが、つい最近までいたんです。だからここは私のうちなんです」
アスタシアは感慨深く目の前の教会を見上げた。十字架が明るく夜空に浮かび上がっていた。
すると神父がそのそばにやってきた。
「アスタシア?来てくれたんだね?ありがとう。みんな心待ちにしていたんだよ」
灯里は子供たちに囲まれているアスタシアの姿から神父の言葉が本当に待ち望んでいたんだと実感できた。
「ただね、困ったことがあってね?」
「どうしたんですか?神父様?」
「情けない話なんだけど、ろうそくの数が足りなくてね・・・」
「神父様?そんなことだったなら」
「いやいや、それが今しがた揃ったんだよ」
そういった神父の後ろで教会のドアが開いた。
「神父様?まだろうそくありますので、いくらでも言ってくださ・・・」
段ボールの箱を抱えて、藍華がそこに立っていた。
「藍華ちゃん!」
「灯里?あんたなんでそこにいるの?」
藍華は段ボールを抱えたまま、灯里のそばまで近づいてきた。
するとそれを見つけた子供たちが声をあげた。
「ろうそくのお姉ちゃんだ!」
「ちょ、ちょっと!よりにもよって、ろうそくのお姉ちゃんはないでしょ?」
神父がその様子を見て説明した。
「こちらの姫屋の藍華さんが、ろうそくが足りないと知って急遽用意してくださったんですよ」
藍華は照れ臭そうに笑っていた。
「ほら、ね?ここはうちの支店から近いし。まあ朝刈らぬ縁というかなんというか・・・」
「藍華さんには日頃から本当にお世話になっております。しかもマンホームの実業家の方から教会を支援したいと申し出がありましたが、それも藍華さんのご尽力のおかげなのです」
「違うんです!それは偶然と申しましょうか、なんと言いますか」
藍華はちょっと照れ臭そうにしながら必死に否定に回っていた。
「藍華ちゃん」
「な、なによ?灯里?」
「かわいい」
「こんな時に何を言って・・・」
「先輩方!」
今度は暗い道の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
「うわっ!出た!」
「何が出たって言うんですか、藍華先輩!」
「だって暗がりから急に現れるから」
「アリスちゃん、どうしたの?」
「それはこちらが聞きたいです!」
「私は説明するのに時間がかかりそうなんだけど」
「灯里先輩のことだから、きっといつものお節介が発動したんじゃないですか?」
「お節介かどうか、わかんないけど」
「そんなことより後輩ちゃんはなんなの?クリスマスクルーズで忙しいはずでしょ?オレンジぷらねっとは?」
「急にキャンセルが出たんです。それでクリスマスチャリティーの方に回ることになったわけです」
アリスは他数名のオレンジぷらねっとの従業員と、白い大きな袋を肩から担いでいた。服装は冬用のオレンジぷらねっとの制服だったが、頭はサンタの赤い帽子を被っていた。
「そうなんだぁ。それれは大変だったねぇ、アリスちゃん」
「いえいえ、そうでもないですよ」
「えっ?どういうこと?」
「だって」
そう言ってアリスはろうそくを手に持った子供たちを見回した。
「こんなにいい笑顔たちに会えることができたわけですから」
遠くで花火の上がる音が聞こえてきた。しかし、教会の前にはろうそくを持った子供たちが穏やかで静かな聖夜を迎えようとしていた。
「皆さんもどうですか?」
神父がろうそくを三本、灯里たちの前に差し出した。
灯里、藍華、アリスは顔を見合せると同時に微笑んだ。
子供たちの讃美歌が静かな街に溶け込んでいく。その列の後ろを三人もろうそくを持って続いた。
灯里の前を歩く、真っ赤なコートを着たアスタシアの頭には、赤い三角の帽子があった。
灯里はその後ろ姿を見ると、ニコッと微笑んだ。
「きっとアスタシアさんがこの夜を届けてくれたんだね」
Episodio 21 サンタクロウスの空 〜Riverside Christmas Mix〜 おわり