ARIA The PETRICHOR 作:neo venetiatti
通りを行き交うたくさんの観光客。
色鮮やかな仮面、きらめくヴェネツィアングラス、ネオ・ヴェネツィアを模した土産物の数々。
今日も街は、賑やかな一日となりそうだった。
アリア社長は、期待に胸を膨らませた表情で通りを歩いていた。
何かが待っている訳でもない。
どこかへ行くあてがあるわけでもない。
いつものネオ・ヴェネツィアの街並みと、そこを歩く人々の笑顔。
それ見ることこそが、アリア社長にとって楽しいひとときだった。
しばらく歩いていると、ふと何かに気づいて足を止めた。
道案内でもしているのだろうか、ひとりのウンディーネがおばあさんと話していた。
まだあどけなさの残る顔立ち、にこやかで可愛らしい表情。
アリア社長は、一瞬にして顔を赤く染め、ボーッと見とれてしまった。
思わず出た一言。
「ぷいにゅい・・・」
そのウンディーネは、何か一言声をかけ、笑顔でそのおばあさんを見送っていた。
だが振り返ったその瞬間、アリア社長とばったり目が合った。
アリア社長はビクッとなって、その場で固まってしまった。
そのウンディーネは、そんなアリア社長を見て、ニコッと微笑んだ。
「ぷ、ぷいにゅっ」
何を言っているのか定かではなかったが、心奪われているのは、誰がみても明らかだった。
アリア社長の心を奪ったウンディーネは、可愛らしい笑顔のまま、その場を離れていった。
その動きにつられるように、アリア社長は地面にゆっくりと倒れこんでいった。
ドテッ
そして地面に倒れながら、そのウンディーネの後ろ姿をじっと見送っていた。
「おい!何か丸くて、得たいの知れないものが転がってるぞ!」
アリア社長は、ARIAカンパニーの、その海を望むカウンターからぼんやりと海を眺めていた。
「ぷいにゅ~」
「アリア社長?ため息をついたりして、どうしたんですか?」
「ぷいぷい・・・」
「元気ないですねぇ。何かあったんですか?」
灯里の言葉にも曖昧な返事しか返さないアリア社長。
「ぷい~~」
今度はすごく深いため息を漏らした。
「大丈夫ですか?もしかして、この暑さにバテバテさんですか?」
「ぱいぱいぱい」
「えっ、なんですか?」
〈そういうことじゃなくて〉
そんな仕草で、アリア社長は灯里に向かって返事していた。
「違うんですか?」
「ぷいぷい」
「はい?」
〈この娘に言っても・・・〉
アリア社長は何か諦めに似た表情で、のっそりと床に降りて、そのまま外へ出ていった。
「あの~、なんか、わたし、もしかして、諦められたのですかぁ~?アリア社長~~」
そのまあるいお尻は、いつものリズミカルさのカケラもなかった。
あるのかないのかハッキリしない、そのシッポにも元気がなかった。
そう、つまり、アリア社長は心を奪われてしまったのだった。
あの時見かけたウンディーネのかわいい笑顔に。
脱け殻のアリア社長。
ほんとに一枚むけると、変わるのかもしれない。
その、もちもちポンポンが・・・
そんなことはさておき、アリア社長の行く先は決まっていた。
あの時出会った、あの場所へ。
会えるかどうかもわからないのに、それでも自然と足がそちらへ向いてしまう。
ああ、こんなアリア社長にも、笑顔を向けてくれる天使はいないのだろうか。
そんな時だった。
小さな女の子が持っていた風船が、風にあおられ、飛んでいった。
「あー、わたしの風船がー!」
その風船の行方をぼんやりと見ていたアリア社長は、突然、目がぱっちり覚めたような顔になったかと思うと、その風船を追いかけ始めた。
「ぷいぷいー!」
男アリア社長、ここにあり!
頭の中は、間違いなくカッコいいイメージであったはずのアリア社長は、その勢いのまま、その風船に向かってジャンプした!
「ばいちゃー!」
そこはアリア社長。
運河のほとりにある欄干に足を取られ失速。
水の中に落下した。
ドボン
水に落ちる音まで、らしいアリア社長。
「ばいばばいばばい!」
そうでした。
この方、泳げませんでした。
絶体絶命のアリア社長。
しかし、世の中捨てたもんじゃありません。
もがき苦しんでいるアリア社長は、ゴンドラをこぐオールですくいあげられていた。
「ばばばばばば・・・ぷい?」
「あなた、だいじょうぶぅー?」
「ばい!」
そこには、あの麗しのウンディーネが立っていた。
その距離、オール一本分。
そのウンディーネは、オールの先を自分のゴンドラに入れた。
アリア社長は、ツルンとゴンドラの中に落ちた。
ポコン
しりもちをついた格好のアリア社長を見て、そのウンディーネはクスッと笑った。
「ばいちゃー♡」
アリア社長の顔がいっぺんに輝きだした。
「残念だったわね。風船、届かなかったね」
「ぷい~」
「でも、勇敢ね。普通あんなことできないわよ」
「ばぁ~い~」
アリア社長は自分でも何を言ってるかわからなかった。
アリア社長とその麗しのウンディーネは、運河のほとりに並んで座っていた。
アリア社長は頭から大きめのタオルをかけられ、ゴシゴシと拭かれていた。
これ以上ないくらい、幸せの絶頂といわんばかりのアリア社長。
「ぷいにゅ~♡」
「でも良かったね。すぐ近くに床屋さんがあって。タオル、おっきかったし」
「ぷいぷいー」
「ふふふふ♡」
「あなた、アクア猫でしょ?」
「ぷぁーい」
「正直言って、あなたが何を言ってるのかわからないけど、わたしが何を言ってるかはわかるんでしょ?」
「ぷいぷい」
〈当然です〉
アリア社長は大きく胸をはった。
「すごいねぇー」
「ぷぁー、ぷぁいぱぷぁい!」
〈いやー、それほどでも!〉
アリア社長は後頭部をかいていた。
「そうだ」
「ぷぁい?」
「あなたになら、話しても大丈夫かも・・・」
「ぷい?」
そのウンディーネは、大きなタオルから頭を出したアリア社長を、じっと見つめた。
「ぷ、ぷい~♡」
「わたしアイラっていうの。あなたは?」
「ぷぁいぱぱい」
「ごめん。やっぱりなんて言ってるかわからない」
ドテッ
「じゃあ、どうしようかなぁ。白くてまあるいから・・・おもちちゃん!」
「ばっ」
〈おもちっ〉
「いやだった?」
「ぷいぷい。ぷいにゅー♡」
〈まあいいか。アイラちゃんがいうんだから♡〉
目が合ったアイラがにっこりと微笑んだ。
アリア社長は膨らみすぎて、ぺったんこになったおもちのようになっていた。
「ぷいー♡」
「変に思わないでほしいんだけど」
「ぷいにゅ?」
明るかったアイラの表情が、少し曇り始めた。
「実はね、わたし、この世界の人じゃないの」
「ぷい?」
〈アイラちゃん、急にどうしたんですか?〉
アイラをじっと見つめるアリア社長。
「わたし、自分でもよくわかってないんだけど、前にいた世界では、確か、死んだはずなの」
「ぷい?」
「驚くでしょ?なに言ってるんだってなるよね」
「ぶいぶい」
〈それは驚きます、アイラちゃん〉
「それでね、気がついたら、わたし、こんなふうになっていて」
「ぷいぷいぷい」
〈そんなに可愛くなってたんですね〉
「だから、多分なんだけど、本当のアイラちゃんは、もうこの世にはいないんだと思う」
「ぷい、ぷいぷい?」
〈えっ、なんですと?〉
「でもね、不思議なのよ。わたし、ウンディーネの経験なんて全くないのに、オールを持ったら自然と手が動いてたの」
「ぷいぷいー」
〈それは不思議ですねぇー〉
「だから、本当のアイラちゃんは、間違いなくウンディーネだったんだと思う」
「ぷぷいぷいぷい!」
〈アイラちゃんがそう思うのなら、間違いないです!〉
「わたし、このウンディーネっていう仕事、最近ようやく慣れてきたの。やってみてわかったんだけど、とってもやりがいのある仕事だと思う。この世界にやってこなかったら、わからなかった」
「ぷいぷいぷい!」
〈それはいい経験でしたね、アイラちゃん!〉
「だけど、元いた世界に未練がないといえば、うそになると思う。このネオ・ヴェネツィアは、ほんとにいいところだと思うけどね」
「ぷぷいぷいぷい」
〈それはそうですよ、アイラちゃん〉
「それに、ほんとのアイラちゃんは、どんな人生を歩んでたんだろうって考えることもあるの」
「ぷいぷい」
〈やさしいね、アイラちゃん〉
「だからね、ほんとのアイラちゃんを、捜そうと思うの!」
「ぷぷいぷい・・・ぷ、ぷいにゅー?」
〈なるほど、それはいいアイデア・・・な、なんですと?〉
「手伝ってくれるかなぁ。どう?」
「ぷいにゅいー!」
〈手伝うに決まってるじゃないですかー!〉
「いいの?やったぁー!」
「ぷいぷいー!」
〈やったぁー!〉
「じゃあ、あしたまた、ここで会いましょう!」
「ぷぷいぷいぷいー!」
〈そうしましょー、アイラちゃん!〉
アイラは笑顔いっぱいの表情で、その場をあとにした。
振り返って手を振ったアイラに、アリア社長は大きく手を振り返した。
「ぷいぷいにゅ♡・・・ぷ、ぷいにゅ?」
〈あしたアイラちゃんとアイラちゃんを捜す♡・・・ど、どういうこと?〉
〈Episodio 05に続く〉