ルドルフにとって初めての重賞となる、GⅢサウジアラビアロイヤルカップ。
秋晴れとなった空の下、東京レース場には多くの観客が詰めかけていた。
やはりというべきかデビュー戦で強さを見せつけたルドルフに注目が集まり、事前の人気投票では1番人気に推されていた。
とはいえ前回のデビュー戦と違い、中央での特にレベルが高いとされる重賞の一つだ。ルドルフに限らず、それぞれが何かしら秘めた物を持つウマ娘たちばかりである。1番人気だからと言って絶対に勝つとは言い切れないのが、怖いところだ。
「トレーナー君、緊張してる?」
武が観客席の最前列で出走の時刻を待っていると、チームメンバーとして一緒に来ていたマルゼンスキーに隣から声をかけられた。
「そりゃあ、ルドルフにとって初めての重賞だから。ルドルフが勝つって信じてるけど、どうしてもね」
武はかつてレイと共に地方で様々なレースを戦ったが、重賞として設定されているレースに出てくる中央のウマ娘たちのレベルは段違いに高かった。
それに、チーム・アルデバランとしても初めてのレースだ。ここで勝って幸先のいいスタートを切りたいというのが正直なところだ。
「ルドルフは違うみたいよ?」
マルゼンスキーが視線を向けた先、コースを挟んで観客席の正面に設置されたモニターにはゲート入り前のウマ娘たちの表情が映し出されていた。
一人ひとりがアップで映され、最後に一番人気となったルドルフの姿が流される。
体操着に身を包んだルドルフは腕を組み、静かにゲートの方を見ているようだった。
「――泰然自若、か。ルドルフらしいな」
よく四字熟語を口にするルドルフに倣って、ターフの上で佇む彼女のあり様を武は口にする。
緊張はしていても、それすらも力に変えて悠然と目の前のレースに集中する。そんな立ち姿だった。
デビュー戦後のウイニングライブの時、ルドルフが一緒にステージに立つウマ娘たちに語っていたことが思い出される。あの時口にしたことを、今も有言実行しているのだろう。
それが、ルドルフの強みの一つなのだと今更ながら武は思い至る。
「私もね、初めて重賞に出たときは緊張してた――気がするわ」
「気がする……?」
「ええ。緊張する気持ちよりも、大舞台で一番前を走ることが楽しみで仕方がなかったのよ。その時、自分を突き動かしていたものの比重の方が大きかったわ。ルドルフも多分、似たようなものじゃないかしら」
今のルドルフを突き動かしているのは、ウマ娘たちが幸せに暮らせる時代を創ること。そのために彼女は生徒会長として下地を積み重ね、ついにターフの上へと進出した。
どうしてルドルフがその夢を持つに至ったかを、武は知らない。けれど、そこから始まった歩みの中で彼女が胸に抱いていた物がなんなのかは、言い表すことが出来る。
「ルドルフの場合は……使命感、か」
「きっと、ね。そういう“何か”を持ってる子の意志の強さは、トレーナー君が何よりも知っているでしょ?」
マルゼンスキーの言うとおり、ルドルフは武が初めて出会ったころから心に決めた“何か”……明確な夢を持っていた。理想、と言い換えてもいいだろう。
冷静に考えればあまりにも途方もない、いつ辿り着けるかも分からない夢だ。終着点があるのかどうかさえ、疑わしい。
それを、ルドルフは分かっているのだろうか。いや、聡い彼女のことだ。きっと分かっていたのだろう。
困難な道のりだと分かっていても、ルドルフはそれを願わずにはいられなかった。
武の「ウマ娘を笑顔にしたい」という夢と、根本的な部分では共通している。しかしルドルフの夢は、更にその先を行っていた。
「……そうだね。いつだってルドルフは地に足が付いてた。あの子なら、本当にやってくれるんじゃないかって思う」
夢を叶えるため、ルドルフは生徒会長になり、勉学もトレーニングも手を抜かずにやってきた。それが自分に必要な物だと判断したのだろう。そしてしっかりと、結果も残してきた。
だから今回も、ルドルフは必ず勝つ。ルドルフの在り方を見つめ直して、武は確信にも似た思いを抱くことが出来た。
「そうね、私もそう思うわ。だからいっぱい応援しましょ」
「うん。……励ましてくれてありがとう、マルゼンスキー」
「ふふっ、何のことかしら?」
マルゼンスキーは愛らしさと大人っぽさを兼ね備えたウィンクを武に送りながら、笑っていた。
『東京レース場1600m、芝の状態は良の発表となりました。各ウマ娘、気合十分の表情をしています。注目はやはり、1番人気17枠2番のシンボリルドルフでしょうか』
『前回のデビュー戦は2着に4バ身差を付けて勝利しています。今回はどのようなレースを見せてくれるのか、目が離せないウマ娘ですね』
女性の実況と男性の解説の声がスタンドに流れるのを聞きながら、武はゲートインしていくウマ娘たちの様子を見守る。
ウマ娘たちはジュニア級、クラシック級、シニア級と1年ごとに昇級していくことになるが、このレースで出場するのは今年デビュー戦を勝利したジュニア級のウマ娘たちだ。
多くのウマ娘たちにとっての最初の関門を突破しているだけあって、ほとんどの子が仕上がっており気合も十分に見える。展開次第では、誰が勝ってもおかしくはない。
「――頑張れよ、ルドルフ」
右手を握りこみながら、武はモニターを祈るような気持ちで見つめた。
東京の芝1600mは、3コーナー周辺の下り坂と最終直線の上り坂があることで距離以上にスタミナを消耗しやすい。その対策は、同様のコースを走ったことのあるマルゼンスキーにも協力してもらって練習を積み重ねてきた。
普段の勉学や生徒会の仕事もある中、ルドルフは練習も手を抜いていなかった。そんな彼女の頑張りが、報われてほしいと武は思う。
『各ウマ娘ゲートイン完了しました。――今、スタートしました!』
実況の声と同時にゲートが開き、ウマ娘たちが一斉に飛び出す。
『各ウマ娘、綺麗なスタートを切りました。1番人気シンボリルドルフは4番手の位置に付けていますが――他のウマ娘たちとの位置取り争いでやや順位を落としたようです』
『最初の300mは緩やかな下り坂が続いていますからね。スピードは出やすいですが、この後の展開を考えると出来るだけいい位置に付けておきたいところです』
実況と解説の言葉通りルドルフは好位置で走っていたものの、下り坂を利用するように走るウマ娘たちが複数いたことで追い越され、中団のやや後方に順位を落としていた。
しかしルドルフはそんな状況にあっても焦らず、スピードを一定のまま維持しながら前方を伺う。
「流石ルドルフ」
ルドルフの冷静さに、武は言葉を漏らす。
東京レース場芝1600mは、序盤から中盤にかけて長い下り坂と短い上り坂の繰り返しで、息が抜き辛いのが特徴だ。ここで他のウマ娘たちに付き合って最初の下り坂をハイペースで進もうものなら、あっという間にスタミナを消耗させられてしまう。
あえてライバルの消耗を狙っている子もいるかもしれないが――ルドルフはあくまでも冷静に、脚を溜めることに専念していた。
『2番手以降は順位が定まらず、混戦の様相を呈しています。やはりこの後のカーブを警戒しているのでしょうか。先頭を駆けるのは3番、後続を2バ身放しての逃げのようですが――』
『掛かっているのかもしれませんね。今回のコースはマイル戦ながら中距離戦並みかそれ以上のスタミナが要求されます。持つといいのですが』
逃げ自体はレースの主導権を握りやすく、スタミナを持たせられるのであれば決して悪い選択ではない。
「マルゼンスキーはこのコースで勝ってたよね。逃げで」
「そうね。二回走って、二回とも勝ったわ」
当時のことを思い出しているのか、マルゼンスキーは楽しげに笑みを浮かべていた。彼女の場合は先頭を走るのが好きだっただけとも言えるだろう。
一方で息が入れ辛いとも言われるこのコースで二勝しているのは、走り切れるだけの実力があったということでもある。
『最初の上り坂を越え残り1200m、3番、後続との差が1バ身ほどまで縮まっています。もうすぐ3コーナー、辛そうな表情を浮かべる子も出てきていますがここから差せるウマ娘は出てくるのでしょうか?』
『直前に短いながらも急勾配の坂があったので息を抜きたいところですが、すぐにスピードの出やすい下り坂に入っています。選手たちにとっては恐らく辛い状況でしょう』
『1番人気シンボリルドルフは現在4番手の位置に上がって、前方集団を見ています』
『坂でややペースは上がっていますが、冷静な走りですね。ここからの展開に期待が持てます』
レースは中盤に差し掛かり、先行していたウマ娘たちの内側からルドルフが位置取りを押し上げ、その差は2,3バ身といったところだろうか。
観客席にいる武の目からも、ルドルフが
3コーナーを下りながら、ルドルフは呼吸を乱すことなく前方集団を見つめていた。
短いながらも急勾配な坂を高速で駆け上がり脚も肺も苦しくなったところで、今度は長くやや急な下り坂とカーブを走らされる。中距離以上のスタミナが要求されると言われるのも納得だった。現に、序盤で脚を使いすぎてしまった子が後ろに下がっていくのが横目に見えている。
その上前回走ったデビュー戦よりも400mも短く、脚を溜められる時間も短い。重賞のコースとして使われるだけのことはある、難易度の高いコースだ。
それでも、ルドルフの走りは揺らいでなどいなかった。
デビュー前から積み重ねてきた、武とのトレーニング。
彼が施すトレーニングは基礎の徹底が特徴的だ。瞬発力や一定のスピードで走り続けられるスタミナの強化といったものもそうだが、目標とするレースや距離適性、脚質から必要な感覚を身に付けさせる。身体能力だけでなく「感覚」もレースで走る上で必要な基礎だというが、それはルドルフも同意するところだった。
武はルドルフと年齢は近いが、当たり前のようでいて徹底させるのにも経験が必要なそれをやってのけられるのは“以前の担当ウマ娘”の存在があったからだろう。
基礎を徹底させるというスタンスは、マルゼンスキーとのトレーニングにもよく表れていた。
実際にコースを走った時の所感をマルゼンスキーから聞いて、レースの研究を皆で行う。急勾配の坂道を使って、体に感覚を覚え込ませるとレーニングもしてきた。
加えて、幼いころから鍛えてきた基礎体力もある。
「想像していたよりも肺はきつい。脚も重い。――だが」
4コーナーに侵入すると同時、ルドルフは先頭三人のウマ娘たちの後ろにつける。
ここから先は緩やかな上り坂が続き、最後の直線で更に急勾配の坂を上ることになる。しかしルドルフは、“それがどうした”と言わんばかりに虎視眈々と前を伺っていた。
最後の直線が、本当の正念場だ。序盤から中盤にかけて削れたスタミナを振り絞り、最後まで走り抜けられるかどうかが問われる。
前方を走るウマ娘たちは流石というべきか、ここまでペースを乱すことなく走り続けていた。きっと、デビュー戦で勝利を飾った後もルドルフと同じく鍛錬を続けてきたのだろう。
それでもルドルフは負けられない。
自分を選び共に夢を見てくれる武と、一度も負けず憧れに近い尊敬を抱いているマルゼンスキーが見ている。 そして、“アルデバラン”の名の如く未来の星になるウマ娘たちの夢も背負っている。
多くの想いを受け取って、ルドルフはこのターフに立ったのだから。
最後の直線に入る。前に進む度、急になっていく坂をウマ娘たちが懸命に登っていく。
残った力を振り絞り、一着にならんと駆けていく。
それでも僅かに前方集団のスピードが落ちていくのと、外側に
「――ハアッ!」
勝利への道筋を確信し、ルドルフは鋭くターフを蹴りつけた。
『おおっと! ここで2番シンボリルドルフ! シンボリルドルフが伸びてきた! 後続のウマ娘たちも追いすがる!!』
前方三人のウマ娘たちとの差を詰めるようにルドルフが仕掛け、実況の声と共に観客席から歓声が沸き起こる。
後方のウマ娘たちはルドルフに釣られるようにスパートをかけ、前方のウマ娘たちは追い付かれまいと必死に走り続ける。
しかし皇帝は、それを物ともせず最後の直線を突き進んでいた。
『シンボリルドルフ、外からぐんぐん伸びていく! シンボリルドルフ今追い抜き先頭!
その差は1バ身、2バ身! 凄まじい末脚だ! これは強い! シンボリルドルフ! たった今――ゴールしました!!』
ゴール板を駆け抜けた瞬間、更に大きな歓声が会場を包み込んだ。
まるで風のように、悠々と坂を登り圧巻の走りを見せつけた皇帝の姿に、多くの人々が魅了されていた。
ルドルフは勝利に湧く観衆たちに手を振り答えながら、武たちの下へと歩み寄ってきた。
「おめでとう、ルドルフ!」
「最っ高の走りだったわ!」
傍に来るなり武は前のめりになりながら、マルゼンスキーはガッツポーズをしながらルドルフの勝利を祝う。
二人の歓迎ぶりに面食らいながらも、ルドルフは笑みを浮かべた。
「ありがとう、二人とも。君たちから見て、皇帝に足る走りは出来ていただろうか」
「ああ、完璧だったよ」
「ルドルフ、マイルは苦手とは言ってたけどやるじゃない!」
ルドルフはクラシック路線で皐月賞やダービー、菊花賞の三冠を一つの目標にしている。どれも中距離以上のレースばかりで、必然的にトレーニング内容もそれらのレースを見据えた内容になってくる。
そのため距離の短いマイル戦はやや不利にも思えたが、ルドルフは難なく走り切ってみせた。
終盤での凄まじい伸びと共に勝ってみせた姿は、まさに皇帝と呼ぶに相応しいものだった。
「それを聞いて安心したよ。私はまた一つ、夢に近づくことが出来たのだな」
握りしめた右手を胸元に当て、噛みしめるようにルドルフは呟く。
「そうだな。皆が君を見てる。ウマ娘だけじゃなくて、ここにいる人たち皆が」
武の言葉に、ルドルフは顔を上げて観客席を見渡す。
ほんの1、2分前のルドルフの勝利に、ある人は驚きの表情を浮かべ、またある人は興奮冷めやらぬ様子で叫んでいる。東京レース場の観客席に集まった多くの人々が、熱の籠った視線をルドルフに向けていた。
「――ああ。私は夢に近づいただけではなくて、夢を与える者にもなったのだったな」
たくさんの人々の歓声を受けて、ルドルフは眩しそうに目を細める。
ルドルフの胸の内にどんな想いがあるのかは、武には伺い知れない。それでも表情を見れば、その感情は決して悪い物ではないだろうということだけは分かった。
「サウジアラビアロイヤルカップ、優勝おめでとうございます! シンボリルドルフさん、今の心境をお聞かせください」
「はい。今回、サウジアラビアロイヤルカップ優勝の栄誉を授かることが出来たのは、この日に向け連日指導してくれたトレーナー、そして私に声援を送ってくれた全ての人々の力添えがあってのものだと思っています。そのことに、感謝の意を表したいと思います」
レース後の記者会見場で、ルドルフは記者たちを前にして堂々とした佇まいでインタビューに答えていた。シャッター音にも動じた様子はない。以前から注目のウマ娘として取材を受けることがあったからか、随分と慣れた様子だった。
武も隣に立ち、ルドルフのインタビューの様子を見守る。あくまでもルドルフが主役だが、記者から会見の趣旨から離れた質問が飛んで来るのを防いだり、単純に武自身に向けた質問に答えたりするためだ。こうして矢面に立つのは高校時代には無かったので緊張はするが、これもルドルフのためだと割り切って武はこの場に立っていた。
「ありがとうございます。シンボリルドルフさんは生徒会長も務めており、元々学園内での注目度は高かったそうですが、今回2戦2勝を達成したことでよりかけられる期待も大きくなります。プレッシャーなどは感じているのでしょうか?」
「プレッシャーは特に感じていません。私は自らの名と、生徒会長としての立場に誓って多くのウマ娘たちの道を全身全霊の努力でもって拓いていく所存です。とはいえ今はまだ、大言壮語の域を出ません。故に、まずはクラシック三冠を目標に研鑽を積んでいこうと思います」
ルドルフがさらりと口にした言葉に、会場にいる記者たちのざわめきが大きくなる。
まだデビューして2勝目のウマ娘が、記者たちに向けて明確にクラシック三冠への意志表明をするというのは珍しい。そのためか、驚きの表情をする者もいれば期待の籠った眼差しをルドルフに向ける者もいた。
あとは、今年のクラシック三冠に王手がかかっているウマ娘がいることも手伝ったのか。“彼女”に続いてルドルフも三冠を手に入れれば、とてつもない話題にもなる。記者としては聞き逃せない発言だったはずだ。
ルドルフとしては、ここで明確に意思表明をしておくことであえて退路を断ち決意を固めておきたかったという意図もあるのだろう。
それが今後吉と出るか凶と出るかは分からないが、何があっても全力で支えようと武は思うのだった。
「おかえり、二人とも! 記者会見見てたわよ! すごく立派だったわ!」
武はルドルフと共に控室に戻ると、マルゼンスキーが太陽のように明るい笑みを浮かべて二人を出迎えた。
「ありがとう、マルゼンスキー。君にはいつも、苦労をかける」
ルドルフが笑顔で応じつつ、気遣うように言葉を投げかける。
それは一ヶ月ほど前、つまりはチーム・アルデバランを結成してほどなく世間に向けて新チーム設立と共にマルゼンスキーの移籍を発表したことから由来する、心配の言葉だった。
世間的にマルゼンスキーは、8戦8勝の無敗記録を打ち立て引退した伝説のウマ娘の一人という認識だった。そんな彼女が元いたアンタレスを離れ、“新人トレーナー”とデビューしたてのウマ娘による新チームに移籍するとなれば必然、話題になる。
発表してから最初の一週間は特に、学園への取材依頼の申し込みが殺到したり、街中にいたマルゼンスキーへの飛び込み取材があったりと、反響が大きかった。
今日のレースでも、観客席に入っていく際に他の観客たちからマルゼンスキーが声をかけられていたくらいだ。
武にとってはマルゼンスキーの世間への影響力はそれだけ大きいのだと、改めて実感させられる出来事だった。
「いいのよ。今日の主役はルドルフだもの。私があの場にいたら話題、逸れちゃってたかもしれないから」
自然と観衆たちがレースに夢中になる観客席は兎も角、記者たちが集まる会見場の場合はマルゼンスキーがいると話題も自然と彼女のものになりかねない。
そのことを危惧していたマルゼンスキーは、レースが終わった後武たちと別れ控室で会見を見守ることにしたのだった。
「まあそれでも、何でマルゼンスキーは移籍することになったのか、とか現役復帰はあるのか、とか色々聞かれたけどね」
武は会見で、自分に向けられたいくつかの質問内容を思い出す。一ヶ月の間で別々の記者から何度も聞かれたことだったので、質問自体に戸惑うことはなかった。
理由の部分で言えば、マルゼンスキーがルドルフに才能を見出したことやチームとしてもぜひ彼女を迎え入れたかったことなど、一ヶ月前に本人と話したことを取材向けに話した。
復帰に関しては、今後のコンディション次第だと言って濁してある。この辺は本当に、まだ決まっていないからだった。出走させるなら、まずは次の春辺りのOP戦からかと考えている程度だ。
あとは、別の取材で本人が答えているとおりだと言って話題を切り上げた程度だ。
「ありがとね、トレーナー君っ。しっかり答えてくれてて、すごく安心したわ」
「どういたしまして。まあ、マルゼンスキーっていうすごいウマ娘のトレーナーになった洗礼みたいなものだから、このくらいはちゃんとしないとね」
「ふふっ、トレーナー君のそういうところ好きよ」
マルゼンスキーはそう言いつつ口元に人差し指を当て、ウィンクをする。その少女らしい愛らしさと大人っぽさという相反する要素を併せ持ったポーズは、随分と様になっていた。
他人から「好き」と言われた経験が数えるほどしかない武にとっては不意打ちも同然で、マルゼンスキーの言動にどう対応すればいいか分からず固まってしまう。
「あら、意外と初心だったのかしら? そんな可愛い反応されちゃうと、お姉さんのテンションもアガってきちゃうわ!」
「こら、マルゼンスキー。トレーナー君を困らせないでやってくれ」
「うふふ、冗談よ」
今にも悪戯心がトップギアに入りそうだったのをルドルフが諫めると、マルゼンスキーは笑いながらも矛を収めて事なきを得る。
その間に武はどうにか持ち直すことが出来た。
「ありがと、ルドルフ」
「トレーナー君を支えると決めた身だからな、この程度はお安い御用だ。――トレーナー君があそこまで異性からの言葉に反応するとは私も意外だったが」
「そこはまあ、色々あったから……」
「トレーナー君の過去は私も多少知ってはいるが……。今回は素直に受け取ってもいいのではないかな?」
「うん、そこはほんとに反論出来ないね」
これではどちらがトレーナーか分かったものではないと、武は苦笑する。
武が固まってしまったのは恋愛感情を抜きにした純粋な好意に慣れてないのもあるが、レイから告白されたときのことを咄嗟に思い出してしまったせいもあった。
「……まあ、えっと、その。ありがとう、マルゼンスキー」
「ふふっ、どういたしまして!」
ルドルフのアドバイスに従って、照れ臭さを飲み込みつつ礼を述べるとマルゼンスキーは華やいだ笑みを浮かべたのだった。
「ところで、さっきの会見だけど」
「ああ、私がクラシック三冠を目標にしていると記者の皆に表明したことだろうか。トレーナー君には事前の相談をしていなかったのは、申し訳ないと思っている」
「それは気にしてないから、謝らないで大丈夫。ルドルフ自身が決めたことなんだから、君が言うべきだと思ったタイミングで言えばいいと思う。それよりも、ライバルが増えるかもしれないけど……いいんだね?」
武が聞きたかったのは、クラシック三冠を目標に掲げたこと自体よりもそれによって難易度が上がる可能性についての再確認だった。
あの会見の場で既に答えは出ているようなものだが、トレーナーと担当ウマ娘という関係である以上明確に言葉にしておくのも必要だ。
「構わないよ。例えこの先に並み居る強豪が立ちはだかろうとも、一気呵成に三冠を成し遂げてみせよう」
武の僅かな不安要素を振り払うかのようにルドルフは胸を張り、鼓舞するように腕を振りながら宣言する。
「うんうん、いいんじゃないかしら! 私も沢山応援するわ! それで私もターフに戻れたら――いつか必ず、アツい勝負をしましょう!」
「ああ、そうだな。私も、君の雄姿を再びターフの上で見ることが叶う日を心待ちにしている。こちらも精一杯の応援をさせてもらうよ、マルゼンスキー」
気持ちが抑えられないのか尻尾を揺らして笑みを浮かべるマルゼンスキーを、ルドルフも穏やかな笑みでまっすぐ見つめ返しながら互いに誓い合う。
先輩後輩という関係から始まった二人が、仲間でライバルとなった瞬間だった。
お久しぶりです、大変お待たせしました。
あーでもない、こうでもないと悩んでいるうちに他の誘惑もからんでずるずると更新が遅れてしまいました。申し訳ない。
サウジアラビアRCは史実の映像を何度か見て参考にしてましたが、最後の直線のルドルフの伸びのすごいことすごいこと……。素人目にも分かるすごさでした。そりゃ無敗の三冠馬にもなる。
あと今回のお話の時点で三冠に王手をかけてる「彼女」ですが、今作自体に登場させるかどうか迷ってたところ、先日ゲームで実装されたエイシンフラッシュの育成ストーリーにまさかの登場。
あまりにもセリフのサンプルが少なかったころと比べたらまだ書けそうかな?と思い言及させました。今後、どこかで登場させられたらなあ……と思う次第です。