鬼滅の世界ってみんな人体に詳しいし、勉強してると思うんだよね。
炎の呼吸。
この呼吸法を広めた奴は鬼では無かったのだろう。
だが、間違いなく『人』では無い。
見てみろ、俺のこの身体を。
薬に頼らねば夜も眠れず、酒を欠かせば昼も起きれぬ。
その癖、あらゆる呼吸の中で最も弱く、未来がない。
なんだ、呼吸を知りたいだと?
今更…まぁよかろう。
呼吸。
忌々しい事に、これが人外の活力を生み出す理屈を知っている者は少ない。知っている爺どもは皆一様に口を閉ざすからな。
一般的に知れている知識としては『肺を大きくして、血の中に多くの空気を取り込むことで力を増幅させる』とされているが、その力とはなんだ、どこから沸き上がる。
空気を取り込むことで一様に力を得られるのであれば、炎や水、各種属性の違いはどこにあるというのか。
そうさな、最も親しんだ炎の呼吸、その本質を教授してしんぜよう。
炎の呼吸は精神の燃焼により活力を得る。
ふん、嘆かわしい。
俺もそう教わったし、愚かな事に倅にもそのように教えてしまった。だが…違う。炎の呼吸とは脳の呼吸よ。
脳に備えられた『人が人として生きるための最低限の枷』を破壊する事で活力を引き出す外法。
俺の親父も、そのまた親父も。
祖先となる炎の呼吸の使い手は、どこぞの一族と同じく『まるで呪われた』かのように短命だ。
調べてみて笑ぅたぞ。
炎柱と成って
なぁ、なぜ俺は生きているのだ?
答えろよ、お館様。
産屋敷耀哉。
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私は生来、自分の命というものに頓着が無かった。
妻を娶り、子を授かれば何かしら変わるかとも考えていたが、違う。生きれば生きるほど、喉が渇くように魂が枯れる。
鬼舞辻を倒す。
その使命に頼り、それでようやく息をしてきた。
…だから、さ。
知りたくならなかったんだよ、過去を。
過去を知ることは未来を知ること。
ただありのままのこの命にさえ価値を見いだせない私にとって、未来を知ることは耐え難い苦痛でしかなかった。
君は私の父親を知らなかったと思う。
私達が初めて出会ったのは君の柱就任を祝う席で、私がまだ三歳の頃だったね。
父が自殺したのはその前日だったから、その日は実質私のお館就任を祝う席でもあったのだが、ふふふ、懐かしいね。
あの時の君の表情は今でも目に焼き付いているよ。
…話を戻そう。
私の父であり先代の産屋敷。
彼は産屋敷の血を引きながら、極めて人間に近い感性の持ち主だった。
しきたりを守り、神職から嫁をもらい受けて血を繋ぎ、鬼舞辻を倒すためだけの歯車としてのみ、息をすることが許される。
それ程に呪われた血を持ちながら、彼は人間に恋をした。
煉獄由華。
そう、君の叔母様だね。
彼女は君の父上亡き後、柱としての責を継ぎ女性ながらに数多の鬼と闘い、人を護り、そして死んだ。
最後の相手は上弦の壱、黒死牟。
向かうは由華ただ独り。
そう、死刑と変わらない扱いだ。
強く、大切で、なによりも愛するその人を、私の父は死に追いやった。
父の死因は自刃。
由華と同じ場所を小刀で切り裂き、最後には首を突いて死んだ。無意味で、母子を省みない、実に人間味のある最期でね。
私は子供心に羨ましいと思ったものさ。
そして、その結果として失伝した唄があった。
【焔の柱は人柱 人に火を付け闇夜を裂いて 鬼を滅ぼし光を放つ 光に吊られた虫の声 逢わせて猛りて痣となる】
【柱の炎を絶やさず繋げ 継いだら古きは業火へ投げよ 燃え殻残すは恥と知れ】
酷い唄だよね。
とても、残酷だけどこれが真実。
当時の産屋敷は知っていたのだろうね。
炎柱の真実を。
痣者の中に炎柱だけが存在しない理由。
君も祖先の残した書物に見たのだろう。
『痣は呼吸に頼らぬ方法で人が人として生きる為の枷を壊した証、故にその為の呼吸法を用いる炎柱に痣が現れないのは道理だ』
始まりの呼吸の剣士はそう言ったそうな。
慈悲も同情もない。
そのような感覚は最初から持ち合わせていなかったのだろう。
初代炎柱の苦悩が偲ばれるよ。
単純に言えば他の柱は己の呼吸に加え、炎の呼吸を直列して能力を増大させる中、自身にはそれが出来ないのだから。その格差はとてつもない壁となったろう。
そればかりか、ある日突然に火が消えたかのように全身から活力が消え失せる。刀を握るどころか、ただ背を伸ばして立ち上がる事すら難しい。
呼吸を用い、強引に肉体を奮い立たさねば息をすることすら出来ない人生の末路。
その呼吸を、その呼吸と知って。
それでも尚、子々孫々に受け継ぐ道を選んだその苦しみ。
…杏寿郎にはすまない事をしたね。
私が知っていれば道を選ばせることも出来たろうに。
ふふ、心にも無いことを言うな、とでも言いたげだね。
そうだね、あの子は何を知ろうとも父の背を追うだろう。
かつて炎神と称え賞された偉大なる父上の背を。
ーーーそして死ぬ。
怖いな、そんな目で睨まないでおくれ。
これは大切な話なんだ。
始まり呼吸の剣士、継国縁壱。
彼が鬼狩として生きた時代の産屋敷家の当主。
産屋敷はね、代々異能を持って産まれるのだよ。
それは千里眼であったり、読心の術であったりと多岐にわたる。私の場合は『
いや、私のことはどうでも良い。
問題は、過去に異能を持たない産屋敷が一人だけ存在した事実。今では前例が二人に変わってしまったがね。
そう、始まり呼吸の剣士が鬼舞辻を取り逃がした際、六歳で当主となった産屋敷真昼。
そして、私の子輝利哉。
鼠の如くに忙しなく世代を重ねる産屋敷の家系の中で、この二人だけが異能を持たない。
まるで、本来己が持つべき能力を他者に奪われたかのように。
この書を見て欲しい。
そう。
私の妻、そして子供たちの名前。
健やかなること心よりお慶び申し上げます、と。
それだけの簡素な文。
これを受け取ったのは一月前。
当時、獪岳と名乗っていた十二歳の少年が私宛に送ってきた文だ。
面白いと思わないかい?
妻や娘たちならば、強引に処理すればまだ理解できる。
だが、輝利哉は違う。
産屋敷のしきたりを、君も知っているだろう?
男子は病弱であり、齢十三になるまでは女児として育てられる。当然その真名も封じられ、知るは私と本人に限られる。
それを、知っていたのだよ。
あの『人』は。
即座に全ての隠を動員して彼を調べた。
産まれも、道程も、本来の名も。
その時点では、それでも私は冷静だった。
ただ単純に、来るべき時が来た。鬼舞辻との決戦が近い。
その程度の感慨しかなかった。
それが。
ふふ、少し落ち着こう。
大丈夫かい?
槇寿郎。
私の声をこれほど長く聴くのは、辛いだろう?
『人誑し』私の異能。
否応なしにこの声には人を狂わせる魔が宿る。
私はあの人に聞いたよ。
「私はどのようにして死ぬのかな?」と。
するとあの人は少し悩んだ後答えた。
「貴方は家族を守るため、一人勇敢に鬼舞辻の前に立ち死ぬ」と。
あり得ない。
私ならば必ず、鬼舞辻を油断させるために妻子の命を巻き添えにして死ぬ確信があった。
だからまず、妻を退けた。
そして長く話した。
彼が知る
そして、再び聞いた。
教えて欲しい【お願いだ】【頼む】と。
あの人は何と言ったと思う?
「先程も申し上げた通りですが?」と平然と言ってのけた。
私は、震えたよ。
人生に、命に初めて感謝した。
私の声の前には、人は皆傀儡に過ぎず。私の願いの前には折れる以外に道がない。そのような人形に囲まれてこの命が潰える時を座して待つ。
それだけが私の全てだと思っていたのに。
私は生きたい。
僅かでも可能性があるのなら、掴み取るために手を伸ばしたい。手を伸ばすために人形を踏みつける必要があるのなら、容赦なく踏み潰し、それでも生きたい。
【お願いだ】槇寿郎。私達の道は同じ場所に繋がっている。
あの人の知識に聞いた。
七年、このまま何もせずに時を過ごせば七年後には無惨は死ぬだろう。だか、その為には数多の命を捧げなくてはならない。
その中にはあの人の命も、私の命も、そして杏寿郎の命も含まれている。
あの人は鬼になるそうな。
私は病に倒れ、杏寿郎は上弦の参に破れる。
耐えられるかい槇寿郎。
私は嫌だ、耐えられない。
初めて世界が光に満ちたんだ。
初めて見えない心が見えたんだ。
絶対に生き延びる。
生きて、あの人の側で人生を謳歌する。
だから【お願いだ】立ち上がって欲しい。
【頼む】から、立ち向かって欲しい。
七年も待つ必要など無いんだ。
演者は既に揃っている。
大切なのは経験。
そして経験を得る為の人柱。
燃え尽きろ。
その殻を灰になるまで焼き付くし、新たな火種を猛々しく燃やせ。
煉獄槇寿郎よ、炎神よ。
汝に命ずる。
桑島雷月・煉獄杏寿郎・伊黒小芭内・真菰。
以上の四名を伴い上弦の陸『堕姫・妓夫太郎』を討伐せよ。
お互いの未来の為に。
絶対に、成し遂げておくれよ。