正解の選択肢が見える能力を下さい。
隠の呼吸・仄暗キ雷ノ神。
この発動に際して、雷月は幾つかの思い違いをしていた。
彼は隠の呼吸が生み出す莫大な活力により肉体が崩壊する現象に対し、水の呼吸が無いから基盤が軟弱になったのだ、と考えた。
まずこれが一つ目の間違い。
呼吸の原点である日の呼吸であればその考え方は正しい。
五つある活力の箱を自在に開閉して肉体の強度と活力の濃度を調整する日の呼吸において、最も堅実に肉体の硬度を増す事の出来る水の活力は雷月が考察した通り、基盤となりうる価値を持つ。
しかし、雷月が使う隠の呼吸は違う。
隠の呼吸は別々に別れた活力の箱を管で繋ぎ、一つの箱から強引に活力を生み出す方法。
わかり易く書けば、
日の呼吸が最大で
水100%炎100%雷100%風100%岩100%
合計で500%の活力を得る。
これに対し隠の呼吸の最大値は
雷400%(内訳・炎100%雷100%風100%岩100%)
となるのだ。
もし、雷月が水の呼吸を習得していたならば、いかに彼が呼吸に選ばれ呼吸と生きた雷の呼吸の天才であり、人生の殆どを鍛練に捧げた異常者であると言えども、所詮は12歳の子供。
沸き上がる五箱相当の『雷の呼吸』が生み出す莫大極まりない活力に耐えきれず、内側から爆発四散し【頭残念の極致】【
そして、もう一つ。
雷月は、己を信じていない。
あらゆる部分で己の欠点から認識し、他人の長所を真っ先に認める。
だからこそ、信じてなどいなかった。
自棄糞の、破れかぶれで当たり散らした無惨へ宛てた胸中の罵倒。それか正しく真理を貫くモノであったなどと、考える余地すら無い。
【お前ごときなら、それで十分死ねる】
相手は無惨だ。
珠世の毒を受け、鬼殺隊の総攻撃に耐え、その大半を道連れにして死んだ鬼の始祖。
まさか縁壱でもない己が、日の呼吸の擬物しか扱えない自分などが、それをなし得るなどとは考えもしなかったのだ。
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仄暗キ雷ノ神。
その技は単純だった。
コレを新しい技と呼ぶ事に疑問を感じるほどに。
肆ノ型の脚で駆け回り、陸ノ型の剣で振り回す。
それだけの技。
咄嗟に善逸の火雷神の名を参考にして命名したが、中身はただ動き回る陸ノ型でしかない。
無惨の攻撃を避けながらこちらの攻撃を入れなければならない、その難題に対する回答として消去法の末に選択された行動。
それだけの刃。
しかし、その重みを彼らは知らない。
放つ雷月も、受ける無惨も、そこに込められた歴史を知らない。
『呼吸』
始まりの剣士、継国縁壱が広めた技術。
しかし、それ以前から技はあったのだ。
水の型や炎の型、それぞれ剣士が連綿と受け継ぎ、練り上げ続けた鬼殺の刃。
その中で、間違いなく呼吸の技術が普及した後に出来たと断言出来る技がある。
雷の呼吸、その伍と陸の型である。
『熱界雷』
斬撃によって、肉体を稲妻の形状にひび割り焼いていく。
『電轟雷轟』
一撃でもくらうと斬撃で体がひび割れ続ける。広範囲に放たれ避けるのは困難。
そして、間違えてはならない情報が一つ。
鬼となった獪岳はこれらの技に血鬼術を加え威力を強化(もしくは増大)させたのだ。
そう【
強化とは十分でない点に力や物を補って、全体的に強くする事を言う。
結論として、この二種類の型は音の呼吸の派生後に、その性質を取り込み創られた技。
もとより雷の呼吸で得られる活力を体外に排出し、その活力を用いて敵をひび割る、外法に類する業なのだ。
雷月は理解しなかった。
己への、呪縛とすら取れる不信から獪岳の用いた技すらも信じるに足らぬと切り捨て、評じた結果はお飾りの型。
鬼と言う単一の存在を相手取るには、過剰過ぎる攻撃範囲であり、その副次効果も鬼滅に足り得ないと。
物事には必ず、表があれば裏がある。
雷月の評価の裏側。
【広範囲殲滅用】
そう。
恐ろしい事に陸ノ型『電轟雷轟』は、広範囲を殲滅する業なのだ。
◇
あの時と同じ恐怖に、細胞が凍えた。
有り得ぬ。
五つの脳が下した結論は全て同じ。
見ればわかる。
眼前の小僧、その肉体は未熟の一言。
最盛期には程遠く、まだ子供特有の柔らかさが強い。
例え呼吸の技術に精通しようとも、それを活かすべき基盤となる肉体が未熟なのだ、縁壱などと言う化け物とは比べるべくもない。
どう高く見積もっても、小僧から受ける圧力は縁壱の半分程度。だと言うのに、疼く。あの男が、この偉大なる鬼の始祖である、この私に刻み付け、今もなお癒えぬ斬撃が…!
【それこそが、人の技】
縁壱よりも遥かに遅く、それでも一般の鬼狩りとは隔絶した速さで、小僧が私の間合いに入り込む。
常軌を逸した活力。
それを制御する能力すら欠如しているのだろう、全身から漆黒の雷が弾ける。
それでも…。
【人は、諦めなかった】
「ふ、ふざけーーー!?」
その斬撃が、私の指先を切った。
【己では届かない。己の膂力では至らない】
崩壊。
信じられるわけがない。
崩壊?
私の、この鬼舞辻無惨の細胞が…?
【だが、だからこそ繋ぐ。この技術を繋ぎ】
ひび割れて、燃える。
細胞が侵食され、食い尽くされるように…!?
【いつの日か、鬼の始祖を討つ】
◇
鬼の細胞を焼き続ける日の呼吸。
それの再現となる技こそが、雷の呼吸・陸ノ型なのだ。
その異常極まる再生を見越した上でのひび割れであり、分裂する鬼を殲滅するための広範囲攻撃。
人が、人のまま絶望を握り締めて悲願した鬼の始祖討伐。
人間に、出来る技ではない。
編み出した人物の絶望は、図り知れず。
それでも、だからこそ後世に繋いだ。
『いつか、誰かが』
人の歴史とはその繰り返しである。
己ではない、己の未来に生きる命に、技を・知識を・想いを託す。その積み重ねは決して無駄にはならない。
廃れる事もあるだろう、邪魔になることすらあるだろう。
だが、その積み重ねは絶対に消えない。
この偉業は雷月という特異点無くしてはあり得なかった。
だが、雷月ではこの技を創造する事など出来ず、桑島慈悟郎が居なければ、慈悟郎を育てた人間が居なければ、そこまでの繋がりが途絶えていたならば。
決して、届くことのない一撃だった。
例え縁壱に劣る膂力であろうとも、その赫刀に込められた活力は純然なる『雷』だ。
敵の細胞に浸透し、ひび割れて焼き続ける鬼滅の活力。
縁壱ではどう足掻いても雷の活力は一箱しか使えない。
それを上回って余りある、絶大なる
人の歴史が、鬼を捕らえた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
切り離し、小僧へ投げつけた腕が一瞬にして消える。
この鬼舞辻へ対抗する手段は三つ。
一つは薬剤等を用いた科学的な対処。
二つ目は先程の花身術を筆頭とした外法での対消滅。
そして三つ目は『鬼』という現象を上回る現象による上書き。
この小僧は、その業は!
私の細胞、飛散した血潮の一滴にまで届き、ひび割り焼いていく。信じがたい、信じることなど、出来ぬ!!
分裂など、ここに来ては自殺行為だ。
別れた瞬間、脆弱になった細胞が汚染される。
あの黒いひび割れ。
私を、殺すモノ!
動けない、私の中に刻まれたあの男の傷が私の足を縫い止める。死ぬのか?この私が??
千年の時を生きたこの私が、こんな、こんな所で?
死。
憤怒の中で、抗いながらも実感した終わり。
それを変えたのは、私ではなかった。
「円斬旋回・飛び血鎌!」
妓夫太郎…?
私の細胞ではない。
妓夫太郎の、人間として残った僅かな細胞を全力で燃やし、アレが動いた。
右腕で私を斬り裂きながら突き飛ばし、左腕で…。
「グァ…!」
ほとんど意識が残っていないのだろう、獣のような呻き声をあげながら、小僧が反応した。
雷の活力を垂れ流し、向かう先は妓夫太郎の左。
狐の巫女を護るようにその立ち位置を変えた。
(妹を、お願いします)
敬愛、畏敬。
私を心から慕う駒の微笑み。
託された重みを手に、私は叫ぶしか無かった。
「鳴女ぇぇぇぇぇ!」
血鬼術により空間が開く。
無限城へと繋がる道を落ちる。
「滅ぼせ!ソレを亡き者にせよ!!」
妓夫太郎がひび割れていく。
私の駒が消えて行く。
お前の命は私のモノだ。
私だけが命じ、私だけが奪える。
だから、絶対に…!
安らかに微笑む姿に、どうしようもなく臓腑が捩れる。
私はあと何回、駒が潰える時を見るのだろうか。
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無惨が消え、雷月が倒れた。
「くはは…はは。なんとまぁ、面白れぇなぁ?」
この場に残るは俺と、上弦の陸。
「お互いひび割れずくしのボロボロだぁ」
その言葉に、意図せず笑みが漏れた。
「お前も、俺も。あと何秒立ってられる?」
「そうさな、俺は貴殿が倒れる時までは立つぞ」
胸がすく。
心が踊る。
「はっ、なら俺も右に倣うわ」
その声に笑った。
久しく、無い。
これほど腹の底から笑うのは、いつ以来だ。
鬼も、鬼であるなどと信じられぬほど快活に笑う。
なんと、良き人生であったのか。
俺ごときに、これほどの死に場所が用意されようとは。
「煉獄槇寿郎、炎神」
「妓夫太郎、上弦の陸」
それが、別れの言葉だった。
「飛び血鎌!」
血の刃を無数に放つ。
合理的で隙のない、俺に対する最適解。
その返答は…!
「ば、嘘だろぁ!?」
跳躍。
俺には不可能な速度と高度を生み出す。
最後に、良いモノが見れた。
至らぬ存在が、枷を壊す方法。
邪法でも外法でも、一向に構わぬ。
今、この一秒を超えるために!
「呼法壊放・彼岸の呼吸」
慣れ親しんだ炎の呼吸に花の呼吸を混ぜる。
その人外の活力を、炎に変じて我が身に纏う。
神仏など、信じぬ。
俺が信じるのは、ただ一人。
「咲き誇れ、
俺達の絆は
そうだろ、瑠火。
一閃。
鬼の無惨な泣き別れ。
これにて終幕。
そう、思ったのだ。
俺の人生の幕も降りる、と。
だが、俺の胸にあの人の微笑みが灯った。
だから、俺はそこで終わらなかった。
斬り飛ばした頭へ向かい、座す。
ひどく驚いた様子で、鬼が俺を睨む。
「んだよぉ、俺を嗤いに来たのかぁ?」
これは童子だ。
妹を守る。
ただそれだけを胸に、残酷な世界を生き抜いた。
それだけのごく普通の、小僧。
鬼となり、人の世を憎み、数えきれないほどの命を奪った。
悪鬼滅殺。
その四文字だけを背負い、駆け抜けてきた俺が…。
(心の指すままに)
内から、そのように声が聞こえた。
それは俺の声なのか妻の声なのか分からない。
だが、それで良いと思える自分がいた。
「お前は立派だった」
頭を、撫でる。
息子へ向けた愛情と、違いなど無い。
違える必要などない。
「妹を守り、主君を守った」
「な、なにを」
「お前と刃を交えた事は、俺の誇りだ」
心から、お前を認める。
誰がなんと謗ろうとも、お前は俺に勝ったのだ。
俺の身体が砕け散る。
それが、俺の魂が妓夫太郎にも舞い落ちて溶ける。
だからこそ、鬼にまで堕ちた彼にも通じたのかもしれない。
「…ハッ、ハハ」
消えた口で、妓夫太郎が笑った。
「達者でな」
俺の声が聞こえたか否か。
答は風だけが知っているのだろう。
さらばだ、妓夫太郎。
せめて俺だけは、お前の冥福を祈るぞ。