『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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前回の鏑丸=神様説は自信あります。
鏑丸本人はオスだったそうですし、正しくは神様の化身になるのだと思うのですが、原作最終決戦での鏑丸の活躍を考えれば妥当でしょう。

[蛇が状況を伝えている?][あのような畜生に私の攻撃が]
[読まれているだと?]

無惨様の思考の一端です。
その後に伊黒本人の訓練や自分を蝕む老化薬の影響を考察していましたが、作者の感性からするとーーないです。
ごく普通に鏑丸=神様として考えた方が納得できます。

あの無惨様だぜ?
面攻撃に近い攻撃の密度を避ける。
目が見えていても厳しいそれを、普通に少し頭が良い程度の蛇に防げてたまるかと。
その程度で避けれるなら誰も死にません。

ちな、神様の名前は実在の神様から拝借しています。
銀色狐もそう。
作者は記憶力がサイコロステーキ先輩並に細切れなのですが、幼い頃から兄貴の影響で女神転生をプレイしていましたからね、神様とか悪魔とかには親和性があるのです(謎理論展開)。

いや、うん。
当然ながらぐーぐる先生に検索丸投げしか出来ませんが。
ははは。


★重大な間違い★


あのですね?
この話を書いてる時にやっと気付いたんだけど。

奉行所ってナニ?

第弐話で獪岳が奉行所の前をウロウロしてたって書いたんだけど、この時代って大正初期か下手したら明治末期だよね。

奉行所?
俺は、時代を知らないのかぃ?
(知らない)

いや、本当に困惑しましたよ。
自分の脳ミソの出来の悪さに。

いいわけを書くと、鬼滅の鬼側の回想シーンでよく奉行さんぽい人が出てくるじゃないですか。
それで鬼滅世界=奉行所ってイメージが頭に定着してたっぽいのです。

ホント、やらかす作者で申し訳ない。
訂正したのでご容赦くださいませ。




第 弐拾壱 話『獪岳』

 

真っ暗な世界で俺は独りぼっちだった。

 

空っぽなのに、押し込められた、そんな不思議な黒い闇。

 

【ド『ドクン』クン】【ド『ドクン』クン】

 

と規則的に重い音が響く。

 

世界はとても温かいのに、音は俺の心臓を凍らせるように聞こえるんだ。

 

【くた『しね』ばれ】【くた『しね』ばれ】

 

呪いだ。

 

産まれ来ようとする生命を呪う唄。

人間こそが奏でる、嫌悪の災歌。

 

この世の憎悪を一身に受け、そうやって俺は成長していった。

 

きっと俺は 真面(まとも)には生きられないだろうし、そもそもこんな音を四六時中聞きながら産まれることなど出来ない。

 

…そう。

そう思っていたんだけど。

 

(トク[ト]ン) (トク[ト]ン)

 

ごく稀に、遠くから音が聞こえたのだ。

その音は本当に遠くて、俺にまとわりついた嫌悪の音が強すぎて、とてもとても聞こえたモノではなかったんだけど、けれど確かに、その音はあったのだ。

 

(うれし[いきて]いな) (うれし[いきて]いな)

 

温かい。

いや暖かい。

 

遠くて、弱くて。

 

けど、時折聞こえてくる『音』が俺の心を支えたんだ。

 

だから俺は産まれた。

 

鍵屋縁児(かぎやえんじ)』と名を授かって。

 

 

 

 

 

 

産まれ、別たれてから理解した。

 

母親は、鍵屋雨姫(あまき)は俺の事を憎んではいなかった。

赤子という現象が疎ましかったのだ。

 

何故なら『美貌が崩れるから』

 

その一言に集約される。

もし、俺が産まれ落ちる世界の常識に[妊婦こそが美の極みである]としたモノがあったのならば、彼女は嬉々として生活しただろうし、俺を産み落とすことすら拒んだだろう。

 

その程度には、彼女の美と周囲からの賛辞に対する渇望は深かった。

 

彼女が【悪】だったから。

そう切り捨てる事が出来たなら、簡単だったのだが。

 

 

 

彼女は授乳を拒んだ。

理由は乳房の形が崩れるから。

 

彼女は包容を拒んだ。

理由は涎が汚いから。

 

彼女は会話を拒んだ。

理由は理解できない生き物に時間を割きたく無いから。

 

 

 

全てに理由があったのだ。

 

心臓から常に聞こえた嫌悪も、結局の所周囲からの対応が悪かったのだ。

彼女が誇って、よすがにしていた『美』への賛辞が消えた。彼女が求めて止まない唯一の声が、遠く遠くへ遠退いた。

 

しかし、江戸時代から続く老舗の一人娘としては子を産まぬわけにはいかない。仮定の話になるが、産まれ落ちた子供の性別が女子であったなら、恐らく彼女の怒りはその命を即座に奪い潰していただろう。

 

その程度には『美』とは彼女にとって重要なモノであり、その認識を満たすための道具として『男』を欠かすことは出来ない。

 

貞操や常識など彼女が信じる『美』の前には塵芥に等しい概念に過ぎなかったし、それは夫から向けられる愛情などで埋まる欠落ではなかったのだ。

 

そして、俺を産んだ影響は大きかった。

 

「美しい」

その言葉の影には『子を産んだ女の割には』と書かれていたし、どれほど気を使おうとも、彼女の肉体が受胎前の状態に戻ることも無かったのだから。

 

それもあって、彼女が俺に向ける憎悪は日に日に増していった。目が合えば憎まれ、声がかかれば叩かれる。

 

当然彼女も人間社会に生きているので、人の目がある場所では上手く隠して立ち回るし、勘の鈍い旦那を誑かせる程度には上等な話術を持っていた。

 

それでも不信はたまり、結局は腐心になる。

俺達は、彼女が受胎した瞬間から家族ではなくなっていたのだ。

 

 

 

「お父様、ボクはどうすればお母様に愛してもらえますか?」

 

 

 

その問いかけに、父は酷く狼狽した。

婿養子として鍵屋に入った父は、仕事には強い。

その反面、家庭に関する事柄には本来の軟弱な性質を強く見せた。

 

「縁児くん、雨姫さんは君を愛しているよ。ただそれを上手く示すのが苦手なだけなんだ」

 

丸い顔と丸い鼻の父はそう返した。

俺の事を『縁児くん』と呼び、妻の事を『雨姫さん』と呼ぶ彼は。それでもその言葉に嘘を匂わせなかった。

 

本当に、心の綺麗な人だったのだ。

 

「そうだ、縁児くんにこれをあげよう」

 

そう言って、手首につけていた飾り物の紐を切った。

 

「これは勾玉という」

それは円が半分に欠けたような石ころだった。

 

「勾玉は月を意味するとも言われている」

 

月は商売に繋がる。

満ち欠けを繰り返しながら永遠と繋がってくその姿。

 

「それは人生にも言えるのだよ。私はこれを先代から頂戴した。君のお祖父さんだね。あの御方は身寄りのない私を信頼して雨姫さんを預けてくださった。そして雨姫さんがいたから、君と出逢うことが出来たんだ。だからこそ、君に受け取って貰いたいんだ」

 

そう言って微笑んだ。

『父』は本当に『良い人』だったのだ。

 

 

 

ーーーだから。

 

 

 

だからこそ、俺の中のひび割れは。

ーー壊れてしまったのだ。

 

「なぜ、お父様を裏切るのですか?」

 

今思い出すと、そこは花街だったと思う。

母はよくそこに足を運んでいた。

 

別に、そこで春を売るわけではない。

そんな下賎な事を彼女は好まない。

 

ただ友人に会いに行くのだ。

名前は覚えていない。

ただ、母と同じく何かの漢字の下に『姫』の一文字が入った事だけは覚えている。

 

私の方が美しい。

私は何人囲っている。

馬鹿な人ねぇ?男なんて私が耳にふっと息を吹き掛ければそれだけで失禁する程度の生き物よ?

そもそも餓鬼を孕んで産み落としたような婆が、どうした理屈でこの私に楯突くのか。

 

そんな会話が彼女の中にあるナニカを満たすらしく、帰り際にはいつだって憤慨するくせに、彼女は遊郭通いを止めなかった。

そして、その道の帰りには男に抱かれるのだ。

 

己の優位を示すために、なるべく顔が良くて地位がある。

そんな男を漁るのだ。

 

「お母様、答えてください!」

 

その日は警察署の帰りだった。

馴染みの男に抱かれて、満足した様子で帰宅した母。

それを知らずに暖かく出迎えた父をあしらった母の態度に、鬱積していた感情が爆発した。

 

学の無い子供であろうとも、日常的に隠れ蓑として使われれば心など簡単に擦りきれる。

七つにもなれば、どれほど拒もうとも常識が身に付く。

 

稽古と称して剣を振り、払おうとも。

呼吸を用いて己をその限界に追い込もうとも。

 

視界を遮れば問題ない?

ふざけるな。

こんな耳など削ぎ落としたい。

 

湯浴みをすれば関係ない?

ハエの集るような臭いで、よく言えたものだ。

 

淀みはどんどんと泥を増す。

 

 

 

限界だった。

助けてほしかった。

俺は何度も何度もお前を助けてきたじゃないか。

 

いっこうに俺を振り返ってくれやしない母親を、それでも慕ってみせたじゃないか!

 

けれど、きっとそれは彼女も同じだった。

 

限界よ。

私の人生が狂っていく。

私の理想とする世界の中にお前なんか居ないのよ。

 

『母』が何を言ったのかは覚えていない。

とてつもなく醜い顔で、俺の首を絞めた事だけは覚えているし、その母の胸を、ハサミで深く突き刺した手の感触だけは一生忘れる事は無いだろう。

 

俺が刺したのだ。

間違いなく、俺が彼女を殺した。

産みの親を殺す大罪を犯し、一つの家庭を壊した。

 

なのに、次に気が付いたときには俺の手にはハサミが無く、目の前には母に馬乗りになってハサミを振り上げる父の姿があった。

 

「お、お父様、もうやめて…!」

 

俺の声に振り返らず。

壊れた機械のようにその行動を繰り返す父。

 

肉を割き、押し潰すような音がグチグチャと繰り返され、やがて駆け付けた他人の悲鳴がその行為を終わらせた。

 

「ごめんね」

 

誰に向けた言葉だったのか、今でもわからない。

けど父は、確かにそう囁いた。

 

 

 

父は重い刑罰を受けた。

叩かれ、叩かれ、叩かれて。

町人に晒されて石を投げられた。

 

そして俺は労られた。

撫でられ、撫でられ、撫でられて。

誰一人として俺の話を聞いてくれなかった。

 

 

 

死ねば良かったんだと思ったし、遅まきながら死のうと思った。

いや、それ以外には考えられなかった。

だから最後に父に会いたくなった。

会ってせめて謝りたかったし、出来ることなら罵倒して欲しかった。だから夜、欠けた三日月が蒼白く輝く夜に彼のもとを訪れた。

 

「やぁ、縁児くん」

 

顔中が痣で腫れ上がり、歯も欠けた父がいた。

いざ出会うと、何も言えなくて。

 

「流石は私の息子だ。ここまで忍び込んでくるなんて」

 

父は信じられないほど穏やかな音を発していた。

俺とは全く違う音を。

 

「苦労をかけてごめんね」

 

その声に、自然と手が伸びた。

許すとか、許されないとか、難しいことは無かった。

ただ、この人に触れていたかった。

 

けれど、牢獄の冷たい鉄格子がそれを阻む。

ここに来ることは簡単だった。

大人は俺を子供だと侮っていたし、俺には大人に匹敵するほどの膂力があった。それに、ここは何度も訪れた敵地。

あの人が喧しい声を出して遊んでいる間、暇潰しに警察署の見取り図を見たこともあったから迷うこともなかったし、油断した見張りだって、一撃で倒した。

 

それでも、この牢屋の鍵だけは手に入らなかった。

 

「お父様」

 

悔しかった。

ただ、そばによって手で触れることすら出来ない己の無力が。

俺のせいで死ぬと言うのに。

それを変えられない己の無力が、どうしようもなく悔しかった。

 

「縁児くん」

 

そんな俺を、彼はただ赦した。

赦してくれた。

そしてその上で。

 

「君はこれからカイガクと名乗りなさい」

 

お父様は、壁のなかでまだ汚れが少ない場所に、自らの血で『獪岳』と書いた。

 

「意味は『偉大なる主に寄り添って生きます』となる。そんじょそこらの子供には理解できないだろうけれど、君なら私に言われるまでも無いかな。この名をもって署長殿を訪ねなさい」

 

 

ーー地面が、消えたような気がした。

 

 

「な…んで?」

 

「うん。君にはまだ詳しく話した事がなかったけれど、私は外国から鉄鋼を買い取る仕事をしていてね、その関係でまぁ、敵が多いんだよ。

人の怨みとは恐ろしいものでね、このままでは君にまで害が及んでしまう。それは申し訳ないのもあるし、何より私の資産はおそらく署長殿に没収されるだろうからね、それならば一番の資産である君も一緒にーー」

 

「違う!」

 

そうじゃない。

そんな事は、どうだっていい!!

 

「なんで…」

 

なんで、知っているのさ。

僕が。

僕の中に流れる血が、違っている事を。

 

「そりゃ、私は君のお父さんだから」

 

微笑んでいるのか泣いているのか。

腫れ上がった顔からは理解できなくて、すました耳には穏やかな音しか聞こえない。

 

死にたいと思った、だなんて。

俺は本当の絶望なんて何一つ理解していなかったんだ。

 

俺は知っていた。

ずいぶん前から理解していた。

 

顔が違う。

匂いが違う。

『音』が違う。

 

 

 

俺と母親とは音が似ている。

俺と父親とは音が違っている。

 

俺と、警察署長とは、音が…似ている。

 

 

 

認めたくなかった。

俺は理解していた。

けれど、お父様だけは知らないと思っていた。

そう思いたかった。

けど、知っていた。

 

いつから?

どこから?

 

どれだけの絶望を隠して、俺を息子として…。

 

「縁児くん」

俺の目を見て、お父様がゆっくりと声を出した。

 

この人はいつもそうだ。

俺を『俺』として扱ってくれる。

子供として愛しながら、人として尊重してくれる。

 

「正直に告白する。私は一度だけ君を殺そうとしたことがあるんだよ」

 

音は、何一つ変化しない。

穏やかで、暖かくて、親愛に満ちた音。

なのに、その台詞に俺の心臓が捻られる。

 

「君が幼い頃の話だから覚えてないかもしれないけれど、私はほら、仕事の関係でよく家を留守にしていただろう?

 

外敵をしこたまこしらえながら、先代の度肝を抜くほどのお金を稼いだ。それなりに充実していたはずだけど、家に帰ると最愛の妻は外出。家政婦からの告発を受けて探偵に調べさせれば、見るのも馬鹿馬鹿しくなるほどの不貞の証拠資料が山になって送られてくるんだよ。

 

いやいや、あれは本当に参った。

雨姫さんの事は先代への恩もあったけれど、それを抜きにしても心から愛していたし、愛されていると信じていたからね。

 

大切な息子だって、本当に私の子供かどうかわからない。いや、認めたくないだけで、血の親には検討がついていたんだ。

 

だから、まぁ。

ある商談が泡になって、ヤケになって家に帰ったときにね。

一度だけ雨姫さんに怒ったんだよ。

 

当然、あの人だからね。

けんもほろろに~ってのは、あんな態度を言うんだろうね。

いや、それでもあの人が好きな自分がいてさ、本当にあの時は雨姫さんへの怒りと同じくらい自己嫌悪に落ち込んだものだよ。

 

で、その八つ当たりだね。

 

寝てる縁児くんの首に手をそえたんだ。

どうせ私の子供じゃない。

血も繋がっていない、他人の子供だ。

 

そう思ってね。

殺そうとしたんだ。

 

そしたらさ。

笑ったんだよ、君が。

ニッコリ笑ってさ。

おとーちゃん、おすもうしよって。

寝言なのに、ハッキリ喋るんだよ。

 

私はね、その時初めて父親になれたんだ。

私みたいな、駄目な人間を。

心から慕って、信じて、愛してくれる我が子を。

 

この手にかけようとして、初めて気が付いた。

この子には、私が必要なんだって。

 

だから私は今まで生きてこれた。

 

君がいなかったら、私はとっくに死んでいたんだよ。

君に会える。

君が待ってくれている。

 

それが、私の支えだった」

 

「だから縁児」

 

最後になる、その名前に。

本当に、嘘みたいな愛情をのせて。

 

「いきなさい」

「僕は今までもこれからも、君をずっと愛しているよ」

 

その言葉が、愛が。

憎悪よりも苛烈で、

嫌悪よりも強靭な鎖となって俺の命を縛った。

 

 




重い話でゴメンね。

獪岳が好きで。だからこそ、この本を読んでくださっている兄貴&姉貴には釈迦に説法なのでしょうが、獪岳本当の意味は『犬のように主人(強者)に媚びへつらう』とかそんな感じの意味らしいです。
縁児くんの父親も当然それを知った上で歪曲して伝えました。

この当時の警察ってのは本当にまぁ恐ろしい相手だったそうですし、獪岳の血の父親と育て父親には事件以前から面識があったので、それはもう血で血を洗う以外に選択肢が無くてね。

当時7才の獪岳少年を生き延びさせる為にパパンが文字通り必死で考えた名前だったんですよね。
(当然ながら実史では名前の由来は不明ですが、考えれば考えるほどこのパターン以外に無いんじゃないかなと思う)

けど、獪岳少年が大人しく署長さんの足をペロペロするかと言えば、あり得ないですし。
追手がいたとしても、それを振り切って生き延びたんじゃないかなと思うんですよね。

だから彼は獪岳と名乗っていたんだと。
作者はそう信じているのです。

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