『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 拾漆話『雷ノ神』において。

無惨様のターンで縁壱に出会ったのを300年前としていたのを「あの時」に修正しました。
黒死牟さんの追憶から考えると4~500年前くらいが正しいのかな?

300年だと思い込んでいた理由は不明。
もう自分で自分が理解できないんだよ。



第 弐拾弐 話『 む げ ん 』

これが獪岳くんの過去かぁ。

なるほど、なるほどなぁ。

警察署から抜け出し、育ての親に貰った名前だけを首に括り着けて夜の闇に姿を消すその後ろ姿を、俺はジィっと見つめた。

 

とても、向いている。

鬼に向いている。

 

彼が残していった影が、ゆっくりと起き上がる。

月夜の中で、形を作る。

それこそが隠と呼ばれる鬼ならば。

 

「美味しそう」

 

現実の世界で、涎が出るほど美味しそうに香ったひび割れの匂い。その源泉がここにある。

 

鬼とは欠落。

鬼とはひび割れ。

鬼とは現からの落伍。

 

「好き過ぎる。情報が一番なのはかわりないよぉ?だけど、だけど好き過ぎるんだぁ!食べたい、食べたい、食べたいぃぃぃぃぃ!そしてあの子供にも俺を食べて貰いたいなぁ!!小指の一本だけでもいい、俺を食べて、味わって、一つになってもらいたい!溶け合いたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

精神世界でならば、不可能ではない。

当然、世界の中心である獪岳に決定権があるが、俺ほど夢を熟知した鬼なら命半分も捧げれば強引に欲望を押し付けることだって出来る筈だ。

 

…そうだ。

こすりつければ!!

 

天啓としか思えない閃きに、俺の魂が熱く燃え立つ。

 

「…あれ?」

 

燃えるように熱い、その場所に手を当てると。

 

「濡れてる」

 

堕姫様から頂いた大切な瞳から、血が流れる。

ドクンドクンと、俺を追い込む。

 

あぁ。

俺を見てくださっている。

堕姫様が!

あの御方が!!

 

お怒りなのかなぁ!

俺の浮気心に、お怒りなのかなぁ!?

 

「あぁぁぁぁぁぁぁん。夢見 ご・こ・ち 」

 

俺の声に反応してくる。

それはもう、脳ミソが掻き回されるような快感(痛み)でもって。

 

すごい。

さっきまで見るだけが限界だったのに、この短時間でここまで俺に繋がってくださるだなんて!

 

なんて素敵なんだろう。

 

やっぱり堕姫様だ。

一つになるのなら堕姫様が一番だぁ!

だってほら、無惨様は神が過ぎるから。

尊いが極大過ぎて俺の俺様が脅えてしまう。

それを考えればやっぱり堕姫様がイィ。

堕姫様のオブラートで甘い甘ぁぁぁぁぁい蜜で包んで貰うんだ。そうすれば食べられるし、食べて貰える。

そして、最後にはあの御方と一つに…!!

 

快楽が強すぎて立っていられない。

虫のように地面を転げ回る。

 

ステキだ。

この人は、こんなにも、俺を、オレを、俺だけを見て、愛してくださる。

その事実が、涙が溢れるほど嬉しい。

 

「そうだね。頑張らなくちゃ」

 

快感をグッと堪えて立ち上がる。

 

 

 

[夢は無限には続いていない]

[それを見ている者を中心に円形となっている]

[夢の外側には無意識の領域があり]

[無意識の領域には"精神の核"が存在していて]

[これを破壊されると持ち主は廃人になる]

 

 

 

「俺くらい夢を熟知すれば、夢の端っこにある壁まで歩く必要もないんだけどね」

 

俺の体感時間で七年を夢の中で過ごし、それでも無惨様が求める情報には出会えなかった。

夢の続きに答えがあるのかもしれないが、獪岳くんはきっとここ迄の(記憶)を繰り返すだろう。

 

彼の精神は俺よりも鬼の本質に近い。

強い鬼は必ず過去に執着する。

執着は未来へと進まない。

 

 

だから、求めるべき答えはきっと。

 

 

目についた長屋の戸に手をかける。

 

「コンコンコン、入ってますかぁ?」

 

うん。

繋がった。

 

優しく行こう。

俺は紳士だからねぇ。

 

ゆっくりと戸を開けて、真っ暗闇へと踏み入れた。

 

「…?」

 

なにか、潰れた?

覚えがある感触。

人間だった頃の記憶。

芋虫を、指でつまんで潰した時の感じが…あれ?

アレレ?

なんで、俺の瞳が…俺と堕姫様との愛の繋がりが、潰れた?

 

空気だ。

それが、まるで深い深い水の底に潜った時のように重たくて。それで、その圧力が俺の目を潰した…?

 

は?

いや、直感的にはそれが正しいと思うよぉ?

けど、道理にそぐわないよね?

この目は堕姫様の瞳で、つまり俺よりもよほど、よっっっっっっっっっっっっっぽど深く、無惨様と交わってる。

それが潰れる?

貧弱な俺よりも先に?

 

いやまて、そもそもここはーーー!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「コンコンコン、入ってますよ~!」

 

明るくて、穏やかな声に俺は戸惑う。

…あ、れ?

なんで、戸惑うなんだ?

変だ。

いや、変じゃない。

いやいや、変だろう?

 

ん…。

あれ?

俺は…??

 

「もう!早く入ってきなよ!」

戸が開き、そこから手が延びる。

俺の手をためらい無く取ると、中に引き入れた。

 

その手は小さくて、普通なら柔らかい筈なのに固く、幼さを封じ込めた子供の手。

爪もそう。

赤くて、尖ってて、肉を引き裂くのにはとても都合の良い、至って普通の(・・・・・・)子供の手だった。

 

「あ、あぁ…?」

安心する。

普通の子供がいたから。

とても安心する…?

 

「もぅ、兄ちゃんは大人なんだから、しっかりしてよ」

その言葉に、もう一度確認する。

 

そう、この子は子供だ。

子供特有の肌の柔らかさを感じさせる頬っぺた。

そこに左右対称に大きなひび割れのような痣が二本。

 

…うん。

………うん?

 

違和感は無いのに…なんで引っ掛かるんだ?

 

耳の尖りかたも普通だし、右目には『上弦』左目には『陸』と刻印されている。

 

「ん?僕の顔になんかついてるの?」

問いかけてくる子供の口だって、肉を喰い千切るための牙が並んでいる。

 

「うん、なんでもないよぉ」

まったく、俺は疲れているのかな?

こんな普通の子供を警戒するだなんて。

 

「そう?それじゃ一緒にご飯食べようよ!」

嬉しそうに俺を奥に招く。

 

「そんなに引っ張るなよぉ、おとと」

「あ、ゴメン!」

 

危ない。

右手が無いからバランスが取り難いんだ。

…ん、と?

右手が、無い?

 

「あ、あれ?」

「どしたの?」

 

「俺って、右手どこにやったのかな?」

「は?兄ちゃんの右手ならお料理に使ったでしょ?」

 

本当に大丈夫?

と、子供が俺を心配してくれた。

一生懸命に背伸びして、俺の額に手を当ててくれる。

あぁ。

この子供は本当に、優しい子だなぁ。

 

「ありがとう、心配かけてごめんね」

膝を曲げ、視線を合わせてから頭を撫でた。

あぁ。

可愛いなぁ。

 

 

 

それから俺たちは二人で鍋を囲んだ。

俺の腕の肉と、野菜をふんだんに使った鍋で、出汁には俺の腕の骨が使用されている。

 

「美味しいね!」

「そうだねぇ…誰かと一緒に食べるご飯って、こんなに美味しかったんだ。俺、なんでこんな事も忘れてたんだろう」

 

しみじみと思ったとも。

 

「メインディッシュだ!」

そう言いながら子供がバリバリと骨を噛み砕いた。

 

「丈夫な歯だねぇ。固くないの?骨だよ?」

問いかけると、ニッコリと微笑まれる。

 

「しっかり煮込んだから、大丈夫だよ」

そういう問題なのかな?

と思ったんだけど。

子供の幸せそうな微笑みに俺も釣られて微笑んでいた。

 

 

 

「あ」

食後、ふと見ると子供の頭に一匹の蝶がとまっていた。

 

「蝶々がいるよ」

教えてあげると、子供が微笑んだままそれを摘まんだ。

 

「これ、知ってる?」

問いかけを消化する。

たぶんこれは、種類を聞いているんだよねぇ?

 

白に肌色と灰色を混ぜたような色で、羽には黒い斑点が半円状にポツポツと規則性をもって並んでいる。

…けど、蝶には詳しくないんだよなぁ。

 

明らかに困っている俺を優しく見つめて、子供が続けた。

 

「これ、ゴマシジミっていう蝶なんだ。好蟻性昆虫(こうぎせいこんちゅう)って言って、幼虫の時は蟻の巣の中で育つんだよ」

 

「…へぇ?」

 

「蟻の巣の中で、蟻の仲間の真似をしながらパクパクパクパク食べちゃうんだ」

「パクパク…?」

「そ、パクパクっと蟻の幼虫や蛹を食べるの」

「え、それって気付かれないの?」

 

あり得ないよね?

蟻なんてウジャウジャいるんだから、一匹くらい食事風景を目撃する蟻もいるだろう。そうなったらすぐに殺される。

そうだろぅ?

 

「血鬼術」

 

…?

「今、何か言った?」

 

「うん!血鬼術みたいに、不思議な力があるんだ。幼虫の間はその力が強くて、蟻は一匹もその異常に気が付かないんだ」

「ははぁ。虫なのに凄いねぇ」

 

「うん凄いよね。ねぇ、虫に感情ってあるのかな?」

「感情…感情かぁ。難しいことを考えるね」

「この虫には思い入れがあるから」

 

何故か、泣き出しそうな顔に見えた。

子供は楽しんでいるんだ。

だから、悲しい気持ちになる筈がない。

 

理解しているのに。

何故か、この子供を抱き締めてあげたいと思った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「コンコンコン、入ってますかー!」

嬉しくて嬉しくて、ボクは何度も頭で戸を叩いたんだ。

 

「うっせぇ!」

…怒鳴られちゃった。

 

お兄ちゃんが戸を開けて、悪態をつきながらボクを家に入れてくれた。

「魘夢、何度も言わせるな」

 

「ごめんね」

獪岳お兄ちゃんは怖い顔でボクをにらんだけど。

 

「ふん」

そう言って頭を撫でてくれた。

戸にぶつけて赤くなったおでこを労るように。

お兄ちゃん…好き!

 

お兄ちゃんは優しいんだ!

両手が無い、片目も無い。なんの価値もないボクと、それでも遊んでくれる唯一の人。ボクをしっかりと見てくれる、大切な人。

ギザギザの牙を剥き出しにした、その不機嫌そうに背けた横顔を精一杯見上げるのがボクの幸せ。

 

「座れよ」

そう言われて、ゆっくりと座布団に座る。

お兄ちゃんが、ボクがバランスを崩した時のために神経を集中しているのがわかる。

うん…幸せ!

 

ボクが落ち着いたのを確認して、お兄ちゃんがゴロンと横になった。いつものように、本を手にして。

 

「あ、また『鬼滅』読んでる!」

番号は…17巻!

 

「ボク、善逸キライ!」

 

そう言うと、お兄ちゃんが少しだけ眉毛で反応した。

ふっふっふ。

ボクはこの日のために鬼滅を読み込んで来たんだ。

あっと言わせてあげるよ!

 

「だって上弦の力は少なくても柱三人分になるんだよ?しかも獪岳は善逸の兄弟子。弱点なんて考えるまでもなくわかってるのに」

 

そう言って、お兄ちゃんの側にすり寄る。

お兄ちゃんはボクを無視して本を読み進める。

 

「ホラホラ!怪我してないでしょ!足!あしあし!!」

 

100%手加減してるよね!

善逸みたいなパッパラパーと違うからね!

ボクは騙されないんだよね!

 

「そもそも、獪岳の肆ノ型が遅い時点で気付こうって話だよね!柱三人分の強さの鬼が呼吸まで使ってくるんだよ?

明らかに手加減してるよ!

その後だって使う必要のない技を出してるのに、なんでこれで気が付かないんだろ。鈍感過ぎ!せめて後日談で気が付いてくれたなら許せた…う~ん、やっぱり許せないかな!現実にいたら頭を引っこ抜いてあげるのにぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

イライラするよ!

すっごくイライラするぅ!

 

腕がないから飛び跳ねるくらいしか発散方法がなくて、ピョンこらピョンこらしてたらアッサリと足を踏み外して転け…。

 

「バカ野郎」

転倒寸前でお兄ちゃんが俺を捕まえた。

そのまま俺を膝の上に乗せてくれる。

 

「あ、ありがと。ごめんねお兄ちゃん」

反省しなきゃ。

けど、黙ってられない。

だって時間がないから。

きっともう、時間が無いから。

 

「そもそも無限城のーーー」

ボクの口を塞いで、お兄ちゃんが言った。

 

「まだ、足があるんだろ」

「…ふぁぃ?」

「歩けるなら、会いに行ける」

 

会う?

 

「ここでなら、お前の求める人に会える」

 

求める人。

求める人に、会う。

 

「きっと、お前の母親は間違えただけなんだよ」

 

ハハオヤ。

その記号に、脳ミソが凍てつく。

 

やめて欲しい。

せっかく、暖かな気持ちで死ねるのに、思い出させないで欲しい。

 

「お前は俺とは違う。お前の母親も、俺の母親とは違う」

やめろよ。

お兄ちゃんだって苦しいくせに。

心から、血を流してまで、言うなよ!

 

「かけ違えただけだ。ボタンを一つのかけ違えたように、お前への接し方を間違えた」

 

そうだね。

その結果が『俺』なんだよね。

 

「ここは夢だが、今ならお前から奪った神威で道を繋げられる」

 

へへぇん?

相変わらず何を言ってるのかさっぱりわからないけど、お兄ちゃんがお節介なのはわかるかな?

 

「だから、俺に喰われる前に」

「ダメだよ」

 

勢いをつけて立ち上がり、ビシッと回転してダダンと着地する。

うん!

百点!!

 

「ボクは満足してるよ!」

 

だからこれで良い。

この終わりで、ボクは納得できる。

そう思ったんだけど。

なんで、お兄ちゃんはずっと悲しそうなんだろう。

どうしてそんなに、悔しそうなんだろう。

助けてあげたいけど、なにも出来ない。

食べてもらう事しか出来なくて。

ほんとうに、ごめん。

 

 

 

「………クソが」

 

 

 

圧縮した感情が、少しだけ見えた。

莫大な思いを積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて。

 

途方もない密度になった黒い殺意。

 

誰に、何に対して嘆いているのか。

それがわからないから、だからボクはお兄ちゃんに頭を埋めた。

 

少しずつ溶ける。

お兄ちゃんの中に、ボクが溶けて、消えて。

そうすれば、お兄ちゃんの中の殺意も薄れるかな。

薄れて欲しいな。

助かって欲しいな。

ボクは。

お兄ちゃんに…。

 

 

 

意識が、魂が砕ける寸前。

お兄ちゃんがボクを引き抜いた。

 

「やってやる」

「?」

「何もかも、ブチ壊してやる」

「??」

 

なんだか、わからない。

でも、おにいちゃん、を。

おおえん、する。

だから、わらう。

ほほえむ。

ほほえむ?

どうすれば、わらえたのか。

 

「これを食え。ただ喰らうという意思を持て。それだけで良い、お前ならきっと抗える」

 

「魘夢、俺はお前を信じる!」

 

しんじて、くれる。

このひと。

ぼくを、しんじてくれる。

 

だから、たべる。

このほんをは、にじゅうさんかん。

さいごのさいごの、

だいじなおはなし。

ぼくは、にじゅうさんかん。

にじゅうさんかんを。

 

ぼ く は 、 た べ る 。

 

 




余談。

あなたは鬼の総数が何人いたか考えた事はありますか?

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