『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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感想、頂きましたー!!
うぇい。

嬉しいので今日は2回更新です。
2回目は夜の7時前後になる予定。
(投稿予約…お爺ちゃんには難しいのじゃよ)



第 弐拾漆 話『邪髪』

なるほど、お腹がすいていたのねぇ。

お乳の代用品を飲ませながら、そんなニンゲンとして当たり前のことすらも記憶や意識から消えていたことに気付いた。

仕方がない。

だって私は鬼なんですもの。

 

 

そうして、さねみ君のお母様が作って下さったお乳を飲ませ終え、出すものを出した赤ん坊の世話をしている時にふと思いたった。

 

「そう言えばエゲレス…あぁ。今ではイギリスと言うのでしたか、海外から取り入れたと言うお茶がありますの。私は苦手なのですがせっかくの貰い物を腐らせるのも勿体ないので、よろしければ一服いかかですか?」

 

いかが?

と言いながら即座に行動する。赤ん坊を床に置くと、泣き出す前にさねみ君がさっと抱き抱えた。

やっぱり、髪が良いだけあって利発な子供ねぇ。

 

…と、何の話だったか。

あ、そうねお茶よ、お茶。

私にとってはお茶なんて無価値な代物でしょ?

だけどニンゲンにとっては違う。

精神的な充足具合が髪質を向上させる事は統計上間違いないし、今はお腹も減ってないもの。

見たところ奥様の髪は細くって、今のさねみ君にそっくりでしょ?常のごとく頭を結い上げて油で固めてるから質まではわからないけれど、家族間であれば髪の毛の固さや癖も遺伝しやすい。

 

このまま、さねみ君を美しく育てあげて、それに平行して奥様の髪の手入れもしっかりと行っていきましょうね。

彼の髪が男の子特有の髪質に変化した頃。

その頃には奥様の髪もきっと艶やかに光を弾くようになるでしょう?

 

 

…嗚呼。

そうして、最も髪が美しくなったその時に………。

 

 

「ーーーす!」

「あらぁ?」

 

 

横から手が入る。

あら?

私は何をしていたのかしら?

 

「私に任せてくださいませ」

「あらあら、申し訳ないのかしら?」

 

特に考えずにお茶の用意をしていたのが悪かったのかしら、私の手の先には薬缶一杯に茶葉が詰め込まれていた。

見かねたのかじっとしているのが苦手なのか、さねみ君のお母様が薬缶から葉っぱを取り出すと、台拭きを濡らして薬缶の外をなぞった。

 

「あら、埃がそんなにあったのねぇ」

 

拠点の手入れを任せているのは比較的に理性があり、戦闘力が低い鬼なので、床一面とか、ざっくりとした掃除は得意でも台所の小物なんて言う無価値な飾りにまでは目が向かなかったのでしょう。

やっぱり鬼とニンゲンとを上手く使い分けしなきゃボロが出るという典型よね。

まぁ、ここを使う頻度事態は少なかったし、どうとでも繕えるけれど。

 

「なぁ、このおくるみってユイの物か?」

 

手持ちぶさたになった私の様子を見計らって、さねみ君が声をかけた。

名を呼び捨てる物言いに奥様からの叱責が入るが、私はそれほど気にならなかった。

 

「さねみ君は利発なお子さんですもの、きっと他所ではこんな失礼はしないと思いますよ。ね?私に懐いてくれたのよね?」

 

強引に表情筋を動かして唇を吊り上げると、さねみ君が顔をそらして舌打ちした。

そこで今度こそ奥様が彼の頬っぺたを指で摘まんで。

…ふふ。

良い親子ね。

 

少し落ち着いてから用件を聞いてみると、おくるみに名前が書いてあったらしく、それで赤ん坊の名前が判明した。

 

『善逸』

 

それだけ、走り書きのように書かれた名前。

捨てるくらいなら名前なんか寄越さなければ良いのに。

 

「名字は無いのねぇ。ならこの子は牧野善逸としましょうか」

 

牧野。

魔と鬼と、野原の野で牧野。

あとは髪を巻く所とからも取って付けた私の名字。

それでも一応戸籍もあるから、もし将来ゴンが大きくなった時にも………あ、あら?

あらあら。

今なにかおかしなことを考えたような。

 

この子は牧野善逸。

私の手で、手ずからに最高の髪を作り上げて、そして最も美しく仕上がったその瞬間に命を刈り取る為の養殖ニンゲン。

それだけの命。

珍しい髪の毛に付属した部品。

 

美しく育て。

ただただ、美しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は昔から髪結いという職を活かして権力者へと顔を繋ぎ、青い彼岸花に関する情報の収集に勤めていた。

その中で、時折最高の状態に仕上げた髪の付属品を絞め殺したり、目障りな鬼殺の一味から逃げたり殺したりしていたのよね。

そんなわけで基本的に日中は忙しいでしょ?

だから仕事中は不死川家に善逸を預けるようにしたのよね。

 

ご飯だって毎回穀粉で作ったミルクをあげたりしたら直ぐに髪に悪い影響が出るから、不死川さんの奥様の伝で乳貰いをお願いしたり、熱が出れば日中出歩けない私に代わって信頼出来る人に病院に行ってもらったりと、彼女には頭が上がらなくなるほど助けて貰ったわ。

最初の頃は特にね。

ほら、本人に直接お願い出来ればそれが一番適切だったのだけれど、彼女も身重だったでしょ?

そこはお金で解決出来る問題じゃないし。

 

 

そうね。

もちろん、謝礼に関しては必要十分以上に与えているわ。

髪結いの仕事には妥協しないのが私のポリシーだから、お客様には当然それに見合った額を要求するでしょう?

けれど私は鬼だから。

特に使う当てもないから貯まる一方。

銀行の口座は無惨様にも共有してあるけれど、あの御方からすれば端金だし。ちょうど良かったのよね。

それに平行して髪の手入れもしてあげる。

奥様も、さねみ君も、弟君にもそれぞれの髪の美しさがあって、けれどやっぱり親子だと思わせる質感の類似があってね、やっぱり楽しいのよねぇ。

あぁ、これは当然だけど無料よ。

 

まぁ、そうはいっても奥様は当初とても嫌がっていたわね。

髪結いに関してはどんな意見も黙殺されるのが必然だけれど、育児にお金を絡めることに抵抗があるのは理解できたわ。

 

強引に押し付けた日の夜。

髪結いの仕事が終わって長屋に帰りついた頃、旦那さんと奥様の言い争う声が聞こえて。

まぁそれだけなら私も無理には干渉しないのだけど、声が聞こえたから。

奥様の髪の声。

 

やっぱりどこにでもいるのよね。

自分の理想通りに世界が回ると妄執していて、現実がそれにそぐわなければ幼児のように泣いて叫んで暴れてグズる。

 

肉を叩く程度なら良いのよ?

所詮は付属品だし、髪のダメージと違って簡単に修復する。

けれど、あのクズは私が手掛けた髪をグシャグシャに握り締めたの。

 

 

見えないから平気だとでも思ったのかしら?

ゴミが。

存在価値の欠片もない肉塊が。

 

 

駆け付けて、クズの腕を握り潰す直前まで圧迫したわ。

たけどこの男は私を畏れる素振りも見せず。

 

「この化物!」

 

そんな風に吠えながら、それでも反対の腕で私の襟を掴み、反撃の回し蹴りを放って来た所だけみれば見所もあるんだけれど。

きっとこのまま腕をへし折っても止まらないわね。

鬼殺の隊士に多いのよね、こうと決めたら生半可な痛みでは止まらないタイプ。

あー嫌だ。

仕事でもないのに面倒臭い男の相手だなんて。

 

殺す、のは無いわね。

面倒が増えるだけ。

それなら。

 

「やめろ!!」

 

さねみ君がクズの足を抱えるようにして飛び付いた。

軸足だけで立っていたクズがバランスを崩す。

 

「あら」

 

こうなったなら仕方ないわね。

玉の一つでも蹴り潰せば流石に大人しくなると思っていたんだけれど、ここは柔軟に切り替えて…。

 

「よっと」

 

経験上の話なんだけれど、突発的にバランスを崩したニンゲンは動作が簡略化される傾向にあるのよね。

今回の場合だとクズは私の襟を掴んでいるでしょ?

そうすると『強く握り締める』と『自分の方へ引き寄せる』の二点をほぼ無意識に実行するの。

だらかクズが傾いた方向にだけ意識を割きながら、クズの腕を支点にして飛び上がればニンゲン程度に抑えた活力でも簡単にその頭上へ舞い上がる事が出来る。

 

軽く立ち回って背後を取って、そのまま首を絞めて落とした。

うっとうしいし、これで朝まではお寝んねだわ。

 

それにしもこのクズ、瞬間的な判断力もあの状況で倒れなかった足腰の強さも、一般人とは思えないほどに優秀ね。

ま、宝の持ち腐れなんだけれども?

 

 

 

 

 

そんな感じて不死川家の騒動の大元となる旦那さん。

 

騒動が収まった()夜半。

私の立ち回りに興奮したさねみ君をなんとかして寝かし付けた後、なんでこんな男と夫婦になったのかと問うと、昔はここまでまるで駄目な男ではなかったと返ってきた。

流石に疲れたのだろうか。

私に髪を手入れされながら、ポツリポツリと奥様が語った。

 

 

 

「私には許嫁がおりまして、今の旦那との結婚は私も両親もまるで考えてはいないものだったのです。けれども私も、私の許嫁もなんというか…その」

 

「押しに弱い?」

 

「あ…そう。そうなのです。この人ったら人の話なんて半分も聞こえないくらいに強引で『お前の旦那は俺しかいない!』とか『俺の側にいるのがお前の幸せなんだ!』とか言って、アレヨと言う間もなく気が付いたら入籍していました」

 

「あらあら、それはまぁ」

 

「そうなると当然、許嫁との縁も切れまして。まぁ…正直に申しますと、彼の事は今でも好いてはいますが私だって女です。旦那様に求められて、受け入れたのですから。そりゃ腹を括って妻として旦那様を支えようと、そう決めていたのです」

 

けれど、と彼女が続けた。

 

「産まれた子が…実弥が」

 

聞くと、許嫁の髪はさねみ君と同じ真っ白だったらしい。

 

「私は不貞なんてしておりません。旦那だって本当はわかってる筈なんです。見てくださいな、さねみの顔付きは旦那様そっくり。なのに…どうしても目に障るのでしょうね。私の許嫁の顔も覚えてないくせに、だからこそ余計に髪の白さだけが目について」

 

嗚呼。

なるほど。

 

「憎い…です。こんな事を人に打ち明けるのは初めて。だけど本当。本当に憎い」

 

ここから産まれたのね、貴女のこの、どうしようも無いほどに深くてねっとりと絡み付くような独特の艶は。

 

櫛で梳かしていた髪に、優しく触れる。

撫でて、愛して。

 

嗚呼、嗚呼…!

なんて美しい絶望の賛歌。

 

「なんで、私が…私たち家族がこんな目にあわなきゃならないの。私も旦那も、実弥だって。誰も悪くなんて無い筈なのに…なのに」

 

憎しみ。

憎悪。

愛すれば愛するほどに。

どれほどの愛情を注いだところで、現実は揺るがずに。

澱となる。

よどんで、腐って、嗚呼、嗚呼、嗚呼!

 

これも良い。

これもまた、一つの美の到達点。

 

今。

今ここで、貴女が最も妖しく艶かしく輝くこの瞬間に…!!

 

「あばぁ」

 

ーーー手が。

 

本当に小さな、ちいさなちいさな手が。

梳かした奥様の髪を握った。

 

「ん…ぎ!」

 

全身を震わせて、見えもしない目をしっかりと見開いて。

 

「あ…」

 

刹那、奥様の髪が変わる。

たった一点。

赤子の握ったほんの毛先の一点から、光を帯びたように目に痛い感情が走りそれが奥様と繋がる。

 

稲妻が天に昇るような幻を魅せる温かな輝き、それが一瞬で髪の全体に広がってーーー。

 

ーーーざけるな。

 

擬態を解いて、鬼として『捕食者』としての圧を放つ。

私の、下弦の参にまで上り詰めた人喰い鬼の、殺意を込めた圧力。それをこの部屋だけに押し留めるように重く圧縮して食い散らかすように封じ込めた。

並の人間に耐えられる訳もなく、奥様は悲鳴をあげる間もなく一瞬だけ痙攣して意識を無くし、もとより眠っていた家族の方々も寝ながらに全身が痙攣し、落ち着けば死体のように静かな寝息へと息遣いが変わった。

 

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 

私が今まで培ってきた髪への愛と情熱が教えてくれた。

この髪は先程の一瞬こそが最も優れていたのだ。

この髪は、絶望と憎悪によってのみ、真の美しさを垣間見せるのだと。

 

それなのに。

 

変わってしまった髪を、一房掬い上げる。

そこにあるのは子供を産んで、育てて、生活に追われるだけの。

ただそれだけの、ありふれたしあわせ(母親)の髪。

 

何かが、ガチガチと音を立てた。

それは私の髪?

それとも、内側にある筈の、壊れたナニカ?

 

『………』

 

失くした記憶が。

壊れたニンゲンの欠片が。

()の知らない映像と触感。

 

壊れた私の手のひらには、たった一房の金髪。

 

「あ…ぁ………?」

 

それは。

私の子供。

金色(ゴン)と名付けたんだ。

あの人と二人で、因習に凝り固まった村を抜け出して。

 

「う、あ…あ…ぁ!」

 

なのに、最後には。

たったの一房しか残らなかった、私の、可愛い…。

 

 

 

 

 

ズルい。

 

 

 

 

 

お前は、この世は、なんでこんなにも理不尽なの?

お前は私と同じなのに、私はお前と同じじゃなきゃおかしいのに。

 

なんで?

なんで私は鬼なの?

なんでお前は、そんなにまで『おかあちゃん』なの?

 

 

酷い、残酷だ、許せない、妬ましい、許さない。

 

 

清算しろ。

帳尻をあわせ。

命で、私に詫びろ。

 

『バチン』

 

私の髪が変質して出来た真っ黒い六つの鋏。

 

『バチン』 『バチン』

  『バチン』『バチン』

    『バチン』

 

音が重なり、幾重にも木霊して命に迫る。

 

どうやって殺す?

薄皮を剥ぐようにして、じっくりと?

それとものたうち回るような痛みを伴って、盛大に?

 

血が出る直前の薄皮を切り裂く。

顔も、指も、首も。

 

動脈が見える。

私とは違う。

赤くて、暖かい血が今この瞬間もドクドクと心臓の鼓動にあわせて身体中を巡るのよねぇ?

 

お母ちゃん、お母ちゃん。

 

貴女はさねみ君のお母ちゃんなのよね?

ズルいわよね?

私にはもう誰もいないのに。

 

 

 

死ね。

 

 

 

決断した。

髪をーーーーーー?

 

動かない。

髪が…私の鋏が、動かない…?

 

「ん…ぎ、ぃぎ」

 

鋏の一つが、赤ん坊の手に刺さっていた。

 

「あ…ちょ、お馬鹿」

 

赤ん坊はまだ手足の自由がきかない。

側にいたのが災いして、運悪く私の髪の軌道に入ってしまったのだろう。

赤い血が流れ落ちて、そのあまりの鮮やかさに動揺が増す。

 

「ど、どうすれば良いのかしら。赤ん坊がこんなに出血して、そんな、どうして…!」

 

血は命だ。

取り返しがつかない、大切な、大切な…!

 

刺さっている鋏を髪に切り替えて抜く。

その後は髪で縛って圧迫すれば。

そして、後は病院に。

 

そこまで考えてから、違和感を覚えた。

 

泣かない。

泣き声が、無い。

 

そして、髪の感覚。

 

握られている。

 

鋏のままなのに。

ちいさなお手々を貫いているのに。

痛い筈なのに。

痛くて痛くて。たまらない筈なのに。

産まれたばかりの、小さな命が。

 

「…ゴン?」

 

なぜ、とうの昔に亡くした我が子の名前を呼んだのかわからない。けれど、知らぬ間にその名を口にしていた。

 

「…んぃぎ」

 

「泣いてる…」

 

本当に、不思議な赤ん坊。

だって、泣いているのよ?

自我を持った人間がするように。

心が溢れて、こぼれ落ちるようにポロポロと。

信じられないくらいに綺麗な、綺麗な涙を。

 

「ごめん」

 

ゆっくりと、懐に抱く。

 

「ごねんなさい」

 

壊れないように、押し潰さないように。

この美しい命を、もう二度と手離さないように。

 

 

 

 

 

 

 

だから、

だからこそ。

「ーーーーー嗚呼…喰べたい」

 

臓腑が燃えるような、血の味に。

魂が痺れた。

 

 

 

 

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