『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 参 話『凡庸ならざる者達』

 

私の育手として御指導下さった岩柱が仰るには、私には凡庸ならざる鬼狩りとしての才覚があるらしい。

 

食えば食うほどに厚みを益す肉体は、鬼の攻撃を寄せ付けず。

『聴き』それを『処理して正確に把握する』能力は、呼吸を重ねる毎に際限なく強化された。

 

師へ教えを仰ぎ、一月で最終選別を突破し、季節が一巡りする頃には階級で言う最高位の甲に達した。

それでも未だにあの日の事を夢に見る。

鬼への恐怖と、家族を守りきれなかった自責。

そして、家族に裏切られたという憤りを通り越した憤怒。

その全ての感情が、何一つ譲ることなく私の腹の中で蠢き出すのだ。

 

 

鬼を殺したい。

年老いて死ぬその時まで、心穏やかに過ごす筈の未来を壊した害悪を。

 

己を殺したい。

あの程度の絆しか築けずに、のうのうと家族ごっこに興じていた阿呆を。

 

家族を殺したい。

鬼を引き入れた恩知らずの餓鬼を。

呆気なく殺された木偶以下の屑共を。

 

私を労うばかりか、幼さに胡座を掻いて現実から逃げた小娘を。

 

 

許せなかった。

私は、もう自分自身を信じられなかった。

夢の中では鬼が私であり、私が鬼となってお互いに喰いあうのだ。

 

もういっそ、私は頭がおかしくなって夢の中で笑ってしまう。

 

 

そんな狂った状況でも、夢から覚めれば現実に戻る。

現実での私は常に平常心を心掛け、鬼を狩る時以外には誰に対しても穏やかに努めた。

 

心が乱れる予兆があれば、即座に念仏を唱えて己を律した。

こんな生活でも、五年十年と続けていけば、それが日常になる。

それがわかっていたから、私は訓練と任務に心血を注いだ。

しかし、悪夢の始まりから二年が過ぎた頃だった。

 

 

 

「今日は少し、遠出しようか」

 

恒である鬼殺隊士の墓参りを終え、お館様が私に微笑んだ。

 

「遠出、ですか?」

 

「そうだよ。今日は天気も良い、迷惑でなければ行冥にも付き合ってもらいたいのだけど」

 

「迷惑だなどと、滅相もない。何処へなりともお供して参ります」

 

お館様へは多大なる御恩がある。

そして今はもうそれ以上に、私はお館様へ心酔していた。

だが、その時のお館様の空気はどこか違って、妙にこそばゆい気配があった。

 

しかし、それを問うほどの事はなく。

 

 

結果、たどり着いたのは私の寺であった。

 

 

あれから、一度も訪れる事はなかった。

何故、お館様がここへ来られたのか理解できず、問いかけても梨の礫。

香りと気配、木々のざわめきを頼りに辺りを彷徨く(うろつく)

 

自分でも驚くほど、壊れた筈の記憶が蘇ってくる。

あぁ、あの楠は変わらず陽射しを遮っているな、とか。

井戸の縁にある凹みはトヨが蹴躓いて頭から石に当たって、それが井戸に落ちて出来たものだったな、とか。

 

幸せだった記憶が、私を迎え入れてくれた。

 

「本堂には入らないのかい?」

 

お館様がそう呼び掛け。

とても、返答に窮した。

あの日の記憶が、まざまざと思い起こされ、足が鉛のように重たくなった。

 

「おいで、行冥」

 

その声にすがるように、すがり付き、見捨てないでくれと懇願するように歩んだ。

 

 

目など見えなくとも全てがわかった。

全ては昔のまま。

何も変わらない……。

何も、変わっていない?

 

 

「な…なんだ、これは」

 

蹲り、床を触り。

立ち上がり、柱を撫でる。

かしわ手を打ち、音を拾う。

 

「何故…」

 

あまりにも、変わっていなかった。

 

二年前の、あの穏やかな日々を支えた寺の姿と、二年も放置された寺の姿が、同じである筈がない。

ここは山の奥深くにあり、ある程度懇意にしていた村人が寺を惜しんでくれたとしても、二年もの間ここに通い詰める事など出来はしない。

 

もしや、お館様が?

いや、しかし何の為にそのような。

独り、思い悩む私に再度お館様からのお声がかかった。

 

声の方には墓地が…。

 

ーーー私は走った。

 

目の見えぬ恐怖など、気にもならぬ。

それよりも大切な何かが、この盲た目に映ったのだ。

 

 

 

 

 

気配だけで、理解できた。

 

私の知らない墓が、七つ。

震える指で、丸い墓石をなぞると、そこにはそれぞれの名前が、歪な文字で彫ってあった。

 

『五郎丸』『雄七』『漢学』『当麻』『権児』『オキク』

 

一つ触れる度に、子供達の笑顔が。

その笑い声だけが私の脳裏に浮かぶ。

 

『トヨ』

 

石の大きさは、それぞれの背の高さに準じており。

その石が何度拭き清められているか、指の先から心の奥深くまで伝わってきた。

 

「私っ、私は…なんと…っ!」

 

情けない。

 

何が甲だ、何が『凡庸ならざる』だ!

ただ逃げていただけだ。

己の産まれ持った地力を盾に、一度だって振り向かなかった。

人助けを武器にして、己が果たすべき使命を踏みつけにした。

 

祈ってあげれば良かった。

赦してあげれば良かった。

ただ、生きて上を向いて歩けば、それだけで良かったのだ。

 

「皆、ただいま。長く待たせてしまって、すまなかった」

 

私の悪夢は、こうして終わりを告げた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「仕舞いじゃ」

 

名を授かった翌日。

洗濯を済ませて朝食の準備行い、稽古場を布で拭き終わると、食前の稽古を座して待っていた。

 

しかし、いつもの時間になっても先生は姿を見せず、探しに行くといつの間にやら先生が朝飯の握り飯を頬張っていた。

 

「ど、どうされたのです?」

 

「じゃーからぁ、御仕舞いじゃと言ったのよ。壱ノ型を会得した今、ワシがお前に教えることはもう無い」

 

は?

何を言って…!

 

「こ、困ります!俺は、まだ弱い!!」

 

「ほーん」

 

寝惚けたような目付きで、取り付く島もない。

 

と言うか鼻糞ホジるなやオォン?

いくら恩師と言えどそこだけは譲らんぞ。

 

気合いを込めて腕を押さえると、面倒くさそうに鼻糞を飛ばしながら先生が俺をね睨め上げた。

 

 

ハナクソ飛ばすなーーーーーーーーーー!!

 

 

「最終選別まではあと一月あるが、明日からはお館様の下で働いてもらう。いや、まさかここで壱の型を会得するとは思ってもおらなんだからの、ギリギリ捩じ込めて良かったわぃ」

 

「…先生」

 

複雑な意味で唖然として呼び掛けると、産毛がチリつくような圧を伴って睨まれた。

 

「親父殿と呼ばんか!」

 

「………は?」

 

あまりに唐突な流れに茫然としていただけなのだが、実に鋭い指摘を受けて声が漏れた。

 

「わ、ワシはちと、出掛けてくるわぃ」

 

「お、お供します」

 

「いらん、今日は好きに過ごせ。明日の朝には戻る」

そう言い残して先生…お、親父殿は家を発たれた。

 

好きに過ごせと言われても、困る。

困るが、時間を無駄にすることは出来ない。

先生に訴えた通り、俺は弱いのだ。

 

 

 

 

 

 

飯を腹に落とし込み、舞い戻った稽古場でひたすらに壱ノ型を繰り返す。

眼前には善逸の幻影。

その後ろ姿に、ただ歯痒さを噛み締める。

 

六連?神速?

そんなものは無い。

あり得ない次元の話だ。

 

俺は、明確に解るほど劣った速度で、灯火のように微かな雷光を纏った剣撃を繰り出すのがやっと。

むしろ、型を崩さずに剣を振り抜けた事に安堵する体たらく。

 

基礎にして、奥義。

会得したことで更に理解が進む。

 

俺が思うに、雷の呼吸にとって壱ノ型以降の型は飾りのような物だ。

 

例えば技の中で俺がもっとも得意とする弐ノ型・稲魂。

これは自身を中心として半円を描くように刃を振るう五連撃なのだが、考えてみてほしい。

 

基本、鬼は群れない。

 

単一の相手に対して己を中心とした円形の攻撃を披露して、それが何になると言うのか。

 

普通にあり得ない。

あえてこの技を単体の敵に対して使うのであれば、それは相手がよほど巨大か、攻撃を壁として敵との距離を取りたいのか、そのどれでもないのならまず使用は考えられない。

 

参ノ型・聚蚊成雷は近距離で敵と殴りあう際には優秀だが、宙に舞い身体を回転させながら攻撃する性質上、格上に披露した場合即殺されても文句は言えない。

 

肆ノ型・遠雷は単純に言えば壱ノ型の劣化でしかない。

技の出の早さと、俺のような技量に劣った隊士が技の初動を隠しながら使う場合においては壱ノ型を上回るが…うん。

 

伍ノ型・熱界雷。

敵の身体をひび割って、焼く?

頚を落とさないと死なない鬼を相手に、ひび割れ…?

 

そして最後に獪岳の奥義的な扱いの陸ノ型・電轟雷轟。

 

広範囲殲滅用。

広範囲、殲滅用です。

効果は伍の性能強化。

 

 

俺なりの考察なのだが壱以降の技は、元来呼吸の適合者が少ない雷の呼吸の使い手が、技量に劣る隊士の生存率を上げるために編み出した技なのではないだろうか。

 

壱ノ型を極めることが出来ないが為に、初撃で鬼の頚を落とすことが出来ず近距離での戦闘を強いられた隊士。

稲魂で、あえて狙いをつけずに剣撃の壁を張るか、聚蚊成雷を放って押し込みをかける。

頚を狙うだけの技量を持たない事を前提に考えれば、熱界雷や電轟雷轟は十分以上の価値を持ち、隊士の生存率向上に貢献するだろう。

 

 

そのような事をつらつらと考えながら壱ノ型を只管に繰り返す。

 

そうして、気が付くと日が暮れていた。

盛大に悲鳴を上げた腹の虫に、殴るように飯の塊を押し付けて俺は山に向かい走った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

今日は良く晴れて月も明るかった為、俺は早々に寺にたどり着く事が出来た。

 

産屋敷邸がどこにあるのかは知らないが、ここに通える距離にあるかと言えば、まず無いのではないかと思う。

まぁ、通えるなら問題は無いのだが。

 

兎も角、掃除に移ろう。

 

いつもは庭に生えてきた雑草のなかで、背の高い物を選び稲魂を用いて切り捨て歩くのだが、今日は霹靂一閃も交え、遠近問わず動き回りながらなるべく多くの草を刈り落とした。

 

外から続く中道だけは、しゃがんで丁寧に根から草を引き抜く。

本来なら刈り取った草は一ヶ所に纏めて焼くか、森へ捨てるのが良いのだが、流石にそこまでは手が回らない。

 

中道以外の草は腐るに任せ、本堂の外周をぐるりと回りながらクモの巣や落ち葉を払い除ける。

 

そして次に、本堂に踏み入る。

 

裏手においてある掃除用の布を井戸水で濡らし、まずは壁を拭き始める。

 

長く帰れない事を思えば梁の掃除も必要か。

外から持ち込んだ箒を片手に、呼吸により強化された筋力でひとっ飛びに梁に手をかけて身体をその上に引き上げる。

 

クモの巣を払いながら梁を拭きあげ、ある程度納得してから壁の清掃に戻り、最後に床を拭いて室内用の掃除用具を片付けた。

 

「さて、と」

 

次は墓地の掃除。

いつも、ただ無心で掃除していた。

 

 

最低限の義務として。

朝食を作る、稽古をする、呼吸を整える。

 

 

それらと同等の生活の一部として認識しなければ、耐えられなかったから。

けど、今日はここに来る最後の日になるかもしれない。

 

そう思うと、急に胸の奥に穴が空いたような恐怖を思い出した。

 

『お前が殺した』『痛い』『苦しい』『人殺し』『お前が死ね』『苦しんで死ね』『…嘘つき』

 

「ゴメン、なさい」

 

墓前に、跪いて。

初めて謝罪の言葉が溢れた。

 

「生きていて、ゴメン」

「皆を殺して、そのくせに生きて、その上に未来を夢に見て」

 

やっぱり、駄目だ。

俺は、雷月にはなれない。

 

「桑島の姓は先生に還すよ」

 

当然だ。

俺のようなクズが、あの人の名を騙るなど、許される筈がない。

 

「雷月だなんて、そんな名は俺には眩しすぎる」

 

意地汚い。

口惜しいのか俺は。

 

 

涙など流して、それほど卑しい男なのか。

己への怒りに眼が眩む。

それでも、だからこそ俺はその全てを無視して墓石に布を押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその時。

【ジャリ】と、数珠をしごく音が背後に聞こえた。

 

 

 

 




悲鳴嶼さんて、お坊さんだったんだ。
本気でコスプレと言うか、そんなキャラクターなんだって思ってたんだ。
そんなわけで壱話の『神職でもないのに』を削除しました。

俺の中では未だにあの頭で坊主を名乗る事に納得がががががががががががががが。 



最後に『大正こそこそ噂話!』

何年たっても綺麗なまま、誰も居ない筈なのに、朝になったら雑草が刈り取られ、床はいつでもピカピカに磨き上げられた悲鳴嶼さんのお寺は村人からとっても畏れられているよ☆

日照りが続いた日に村人がお供え物をすると、翌日には備えた穀物や野菜が消え去り、シトシトと雨が降った話は村での伝説になっているそうですよ。

ちなみに真夜中「こんなに綺麗な野菜を棄てるなんて、バチが当たる。何を考えているんだ」と怒った人がいたとかいなかったとか。

では次回第肆話『珠身常』しおれた野菜とナムナムお化けに未来は来るのか?

お楽しみにしてくださいね(^o^)v

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