『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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本日は2回更新です。
こっちは2回目なので前話を未読の方はお気をつけ下さい。



第 参拾 話 『渇望』

失望した。

そう思えたなら、どれだけ良かったのかなぁ。

 

自らを構成する血肉が細切れに切り裂かれ、ばらまかれる感触を魂で感じながら、俺は思考を続ける。

 

失望したい。

絶望して、落ち込んで、心の底から嘆いてみたい。

それは負のベクトルに限った事じゃないんだ。

幸福でも良い、驚愕でも良い。恋を知るのも好ましいぜ。

時に人間が自らの人生すら狂わせるほどの激情。

それが俺にもあることが確認できればそれだけで俺は満たされる。

 

動機としてはそれだけで十分で、俺が見込んだ彼女(邪髪ちゃん)は俺の予測を凌駕する実力と、通常の鬼であれば絶対に辻褄が合わない量の(カルマ)を魅せてくれたのに。

それなのに俺の心は動かない。

 

凄いな、感心だよ!

なんていう浅い感覚だけはあるけれど、心の中心というか殆どの全てが凍り付いていて、端っこの柔らかな部分だけがふわふわと俺の興味を教えてくれる。

 

あーぁ。

駄目だ。

こんなんじゃまるで足りないのに、その事実にすら動かない。

 

…けど、それでも彼女へ興味。

それだけは尽きない。

 

下弦の参、邪髪。

人間の赤ん坊を育てながら、それを無惨様にすら秘匿する術を持つ奇鬼変鬼。

俺が彼女に目を付けた切っ掛けは鬼殺隊に忍ばせた俺の(・・)草からの報告だった。

 

 

 

 

上弦の鬼ってのは俺以外はみぃんな個性的で扱いが難しい。

だからかなぁ。

無惨様は戦闘狂の壱と参に配慮して情報を隠蔽なさっているが、当代の炎柱は恐ろしく強くってさ。

 

ーー煉獄槇寿郎ーー

 

百年に一人の剣士、だかなんだか。

無惨様にとって幸運な事にその剣士が扱う呼吸法は炎。

炎であれば十年だか二十年だかを待てば良い。

それだけで、奴等は自ずと燃え尽きる。

彼らの宿命を知っているからこそ、無惨様は彼の剣士との戦闘を避けた。

まぁ、あのお方はそれこそ無駄や非効率を嫌うから、さもありなんと言ったところで。

 

けど、俺は知らなかったんだが無惨様は青い彼岸花の在処をここ、帝都近郊であると睨んでいるらしくてな?

産屋敷の勢力が幅を広げすぎないように最低限、損失しても惜しくない程度の鬼や労力を掛けて鬼側の拠点や人脈の維持を行いたいと仰せだった。

 

ある程度で良い。

強かな産屋敷当主を相手に、まさか無惨様も自身の方針を隠し通せるなどとは思っていない。

炎が燃え尽きるまでの束の間の平穏。

それを産屋敷が理解していたとしても、その周辺に群がる政の狸にはその真贋がわからないんだから。

 

 

そんなわけで、無惨様直々に指示を受けてここ数年は俺がこの帝都の鬼を管轄していたんだ。

ざっくり見繕って面白そうな人間を鬼に変えたり、子犬ちゃんくらいには知能がある鬼を顔が大きな狸ちゃんにぶつけてあげたり、なるだけ鬼狩りが楽しく愉しく仕事して、少しでも一人でも慢心して気楽な日々を過ごせるように気を配ってあげたんだぜ。

 

そんな日々を経て、無惨様にも俺の頑張りが伝わったんだろうなぁ。最初の頃は何度も何度も呼び出されて思考を覗かれていたのに、最近では…あれ?

前に呼び出されたのっていつだったかなぁ?

駄目だ、脳ミソがないから思い出せない。まぁいいや。

無惨様が俺を信頼してくれている事実さえあればそれで十分だ。

 

で。

なんの話だったか。

無惨様が俺の事を好きすぎて困ってる?

いや俺は困らないぜ?

だとすれば…あ、そうそう。

無惨様からの信頼に応える為に努力と鬼の死骸を積み重ねてはいたんだけど、やっぱり弱い鬼ばかりじゃ立ち居かなくなってさ。

それなりに強くて古い人間にも知名度があって、損失してもそれほど体勢に影響しない鬼が必要になったんだよ。

 

鬼は帝都を諦めていませんよ?

マトモな人間はどうぞ怯えて、悪い悪いニンゲンの皆さんは安心して他人の足を引っ張ってくださいね…と。

 

 

 

そんな理由で選ばれたのが邪髪ちゃん。

 

 

 

彼女は良い。

器が小さいのか、無惨様との相性が悪かったのか。

鬼としての能力は既に限界で発展性が無く、消失したところで無惨様からの御叱りを受ける可能性は零だもの。

 

鬼から見た場合の評価はその程度でありながら、人間からの評価は反転している。

 

要は古い。

人間が直接鬼に出会うことはまず無いだろ?

そうなってくると鬼の、個々それぞれの驚異の基準を測る尺度を調節する場合に持ち出すのが年数なんだ。

 

偉くなって頭がカチンコチンに硬くなった爺ほどその傾向が強い。

ほら、鬼狩りなんて所詮は鉄砲玉だし、回転率も早い。

そんな小僧の言い分に耳を傾けるのは馬鹿だって言う風潮があるんだろうね。いや…そういう風潮になるように情報操作したのは俺なんだが。

 

そんな訳で鬼としては古い。

そうさな、あの鬼は猗窩座殿よりは古かった…んん? その後で生まれたのだったか、いやはや脳ミソが無いのが痛いぞ。

まぁどちらにせよ一番古い鬼が黒死牟殿、次が半天狗殿か玉壺殿だったから、現存する鬼の中では四番…あ、そうか。下弦の肆を忘れていた。

零余子ちゃんは本当に立ち回りが上手いから、ついつい忘れてしまうんだがあれは本当に曲者だからなぁ。

ふふふ。

そうなると邪髪ちゃんは五番か六番目に古い鬼って事になるか。

 

産屋敷に蓄積された悪鬼目録にも記載されているし、古狸へのアピールには十分な効果を発揮するだろう。

 

 

 

そんな思惑のもと送り出し、帝都で暴れてもらってね?

ほど良く鬼の実在を知っている為政者を恐がらせた頃に炎柱と衝突させたんだ。

あー…いや、衝突だなんて言うと誤解を招くか。

【結晶ノ御子】と名付けた血鬼術があってさ。

氷を用いて小さな俺の複製を造り出す能力なのだが、これを最大数動員して邪髪ちゃんの様子を記録させていたのだよ。

だがねぇ?

それが困ったことに一体も帰ってこない。

 

複製といっても其処らの劣化品と比べられたくはないよ?

無惨様は劣化が嫌いだと仰っておられたから、俺は頑張って最大までこの術を鍛え上げたんだ。

だから個々の能力は俺の八割程度までは引き上げてあるし、そもそも御子には戦闘記録を優先し、有事の際には他の御子と連携してその場で一番生存率が高い個体を優先して逃がすように命令してあった。

それが全滅。

 

こればっかりは予想すらしていなくて、無惨様の慧眼を心から信じきることが出来ていなかった自分の不明に恥じ入る気分が味わえたよ。常のごとく、ちょっとだけだったけれどね。

 

そんな一連の流れを経て、無惨様に報告したんだ。

下弦の参は残念でした、と。

涙を流して。

 

「お前は何を言っている?」

 

無惨様のあの瞳。

思い出しても背筋が震えるから大好きなんだ。

心地良いよなぁ。

あの御方はいつだって俺が弱い存在だって事を思い出させてくれるし、震えさせてくれる。

童磨にも人間の心がけあるんだよ、だから心配しなくていんだよ! と励ましてくれる。

あぁ。

なんて優しいんだろう!

尊敬するぜ。

 

「鳴女」

 

ベベん!

と奏でる音色でもって琵琶の君が応えた。

あーぁ、ズルいなぁ。

そんな感じの対応ってまんま無惨様の好みじゃないか。

黒死牟殿も猗窩座殿もそんな感じでさ、ズルいよなぁ。

俺も真似してみたいけれど、どうしても無惨様への敬愛心が言葉に出ちゃうから難しいんだよなー。

 

そんな事を考えていた余裕が瞬時に消し飛ぶ。

 

「…あらあらぁ? ここは、あら…無惨様、ご機嫌麗しゅうございます」

 

現れ出た鬼の名は邪髪。

捨て駒として消滅したはずの、下弦。

 

「ああ、変わらずか?」

 

「…? はい、取り立ててご報告申し上げる事は御座いませんねぇ」

 

「はは、無惨様に虚言を申し立てるだなんて、愚かだなぁ。どんな血鬼術で切り抜けたのかは知らないが」

 

「黙れ」

 

あちゃぁ。

せっかく助け船をだしてあげようと思ったんだけど、無惨様ご機嫌斜めかぁ。

これじゃどうしようもない。

どのみち本当なら死んでる命なんだから、恨まないでおくれよ。

 

そんな風に頭のなかで自分の無力を邪髪ちゃんに謝罪していたら、何故か無惨様が俺の額に指を突き刺した。

 

「童磨よ、お前は私を虚仮にして遊べば、目当ての感情が手に入るとでも考えたのか?」

 

「へ? いや俺は」

 

「私が発言を、いつ許可した?」

 

血が暴れる。

体内で、血液に絡み付いてほぼ完全に同化した鬼の呪いが。

 

溢れる寸前、いや…これは溢れてるなぁ。

溢れて、零れて。

それでも俺が崩壊しないギリギリの境界で『怒り』を俺に伝えてくださっている。

 

「上弦だからという理由で甘やかし過ぎたか? 帝都を任せた事で己は他の上弦とは格別の存在であると図に乗ったのか?」

 

あ、これは駄目なパターンだぜ?

 

「童磨よ、私は変化が嫌いだ」

「激情が嫌いだ」

「お前が追い求めるあらゆる凡てが嫌いだ」

「端的に告げるならば」

「お前が嫌いだ」

「骨の髄から怖気が迸る程には」

 

ーーーだが。

 

「貴様ら鬼はどうあっても『ソレ』が呪詛の大元になっている。それは覆しようのない事実だ」

 

血の暴走が止まる。

ゆっくりと指が引き抜かれて、俺はエサを前にして芸を仕込まれている犬のように、大人しくその場で沈黙を保つ。

 

「二度は無い」

 

ーーー失せよ。

 

そうして世界が反転したのだった。

 

 

 

それからさ。

九死に一生を得て、その奇跡に酔うよりも遥かに強く俺の興味を引くようになった邪髪ちゃんについて調べたのは。

 

彼女は面白い。

そうさ。

心が凍えるこの俺でさえも惹き付ける。

鬼にして母親。

母親でありながらどうしようもなく鬼でしかない。

素敵な素敵な邪髪ちゃんを調べるうちに理解した幾つかの事柄。

 

 

彼女の変化はゴン、もしくは善逸と呼ばれる赤子を手にした頃から始まっている。

鬼は人を喰らう。

光が闇を払い、重力が物を地面に縫い付ける事と同等のこの世の摂理。

 

彼女の側に侍る稀血の少年。

恐ろしいほどに香る血の彼を前にして、不殺を貫くだなんて、無惨様にも不可能な奇跡…いや、不具合だ。

 

その稀血によって会得した血鬼術【振分髪(ふりわけがみ)】これも面白い能力で、本体は赤ん坊の世話をほぼ自動的に行い、その間は下弦の参本来の実力と思考を伴った分裂体が日常の業務を処理していた。

あの夜、炎柱と対峙したのも分裂体であり、彼女は自らを『肋骨邪髪』と名乗っていた事も後の草からの報告で確認したんだ。

 

そこが無惨様の読心から逃れられた一つの要因なんだろうなぁ。

分裂体が得た情報は本体と合流しない限り共有される事なく霧散する、とか。

いやいや、さっきの【殺目篭】と言い、肋骨から分体を産み出す【振分髪】と言い、彼女は本当に仲間を良く見ていて素晴らしいよね。

 

 

だけど。

だからこそ。

…なんだよなぁ。

 

 

それを得るための前提が狂っているんだよ。

 

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