【
獪岳は己の血鬼術にその名を定めた。
黒死牟に追い詰められて血を飲んだ獪岳。
その鬼喰いとしての資質は黒死牟…いや、鬼の始祖である鬼舞辻無惨でさえも瞬時に欺く、正に天賦の才であった。
『鬼喰い』という特異体質を知らなかった彼は吐き気を催す程に混迷した。
己は鬼なのか、人なのか。
はたまたそのどちらでもない化物なのか。
だが世界は、天は彼の心情に配慮などしない。
血鬼術が解けたら、今度こそ死ぬだろう。
死ねば楽になれる。
それでも父親との約束を違える事だけは出来ず。
そうして彼は鬼を喰らい、天に定められた役割を全うした。
内側から鬼を喰らい。
城の造りを暴き、
それを然るべき人へと託し。
決戦においては無惨の計画の、その要を歪めた。
それで終わりだった。
天はそれより先を彼に与えず、また彼も求めなかった。
だが。
一つだけ。
人でありながら人で無く。
鬼でありながら鬼で無い。
そのような
だからこそ、弟弟子との邂逅は彼にとって救いで。
人でなしの肉体で、人でなしらしく悪態をつきながらも、誤魔化しようが無いほどにその剣は甘かった。
即ち。
ひび割れのような黒い痣が胸に刻まれた、金色の髪の子供。
その血の中に。
善逸の血を飲み、その結果邪髪の呪いは歪んだ。
本来であれば耐えられる筈か無いのだ。
鬼に刻まれた呪い。
人の血肉を欲っし、命の連鎖を乱して残酷を撒き散らす。
本来の、あるべき世界で風の柱が明言したように。
鬼が人を喰らわないなど、有り得ない話でしかないのだから。
時空を越えて邪髪へと取り込まれたそれは変質し、宿主の願いを経て暴走した。
いや違う。
あらゆる障害を突き貫き、その上で歪みなく本来の能力を発動した。
即ちそれは、鬼の認識の狂化。
獪岳が『生き足掻く』ために得た呪い。
本来ならば己の外側に作用するはずのそれを得て、邪髪は己の鬼を狂わせた。
内側に、内側にと変化した願いは、実弥の血の誘惑を退けて愛する我が子を己の邪気から遠ざけた。
実弥の血のお陰で得る事が出来た血鬼術【振分髪】はとても便利な能力で、邪髪の中に残存する極僅かな愛情や常識を本体に残し、己の中核である鬼としての意識を切り離して日常をこなす事が出来た。
その影響で邪髪の精神や認識は輪をかけて狂ってしまったのだが、それで五年の蜜月が得られたのだから彼女からすれば望外の結果だった。
だから頼った。
彼女からすれば選択肢は無かった。
速やかに事にあたる。
肉片となっても相手が鬼である限りそこに死は訪れず、本気になれば即座にでも再生して来るであろう童磨を前にして、彼女が選んだ行動は一つ。
「早く、帰らなくちゃ。ゴンが、待ってる」
脇に手を突き刺す。
激痛の中で肋骨を握りしめて彼女は祈った。
「【血鬼術】振分髪」
その祈りが何処へと通ずるとも知らずに。
◇
善逸伝。
前の世界で書いていた俺の小説。
手記と言うには妄想や願望が強すぎて、書き始めた当初は友人に酷くダメ出しされた空想本なのだが、俺はそれを書き続けた。
ダメ出しを受けても止まらずに、事実を重視して書き直したり、はたまた空想をより突飛に練り上げて娯楽へと舵を切ってみたり、正直やりたい放題やって書きまくった。
表現の上手い下手とか、世間の流行とか。
そんなのはわからないし気にしない。
雷の呼吸だって壱ノ型しか使えなかった俺は、気が付けば常人とはかけ離れた精神力を培っていたらしく、小説家として食う為の下地は完璧だった。
だから兎に角書いた。
自分が楽しいと思える物をモリモリ書いて、それで読者からの感想が送られてきたら小躍りして喜んだ。
俺は俺の才能の方向性を見極めてそこに特化する事で生き延びた人間だったから、自然と『楽しい』に加えて『書きやすい』ジャンルに足が向かい自分が作れるお話の中で『読者が喜んでくれた』空想を練り上げていったんだ。
そんで、その中に【善逸伝~伝説の桜の木のある校舎で引く手あまたな善良番長…即ち俺が大切な人を選ぶまで~】という題名の連載小説があった。
「背表紙の文字数制限考えろやォォォォォォォォォオン??」
て感じで怒られて背表紙には【善逸伝~伝説の以下略~】と記載されてしまった哀しみのヒストリーを背負う俺の代表作。
新聞のコラムで『なんか卒業式みたいな題名の変な本があってーーー』と紹介された事が切っ掛けで重版がかかり、その結果俺の担当が怒るべきか喜ぶべきかの判断がつかずに鼻血を噴き出す事件が勃発したんだよね。
内容はなんだったかな。
十三等身で、足がの長さが1m20cmあって、顔が良すぎてすれ違う女子が全員失神する上に蹴球では全国常連の蹴球部の首将『超突太郎』にボールの蹴りかたや戦略を教えてあげて、生徒会長の『Hey・Say・治郎(帰国子女)』からは特別な行事がある度に臨時召集されて全体の方針を纏めてあげたり、外国から来た留学生にも優しく完璧な英語で日本の生活を教えてあげたり、行く先々で「俺、なんかやっちまいましたか?」を発揮していた…と思う。
超ド級エリート財閥の胡蝶蘭姉妹や、留学生のスカイちゃん、ムーザンス星人を崇拝する秘密結社
俺が思うにさ。
それが許されるのはフィクションの中だけだと思うんだよ。
俺達の出した結論として、お母ちゃんは何かのもめ事に巻き込まれて帰ってこれなくなっている可能性が高いから、とりあえず真っ黒の万世極楽教を探ろう。
となったのだが、肝心の所在地がわからない。
実弥の話ではかなり危険な団体らしいから、あまり大っぴらに情報を集めるのも怖いとのこと。
俺はほら、生まれながらの箱入り息子だろ?
だから頼りは実弥お兄様だけなんだけど。
「任せろぉ」
で、向かったのがお昼休みの小学校。
実弥お兄様が校門を潜ると同時に、産まれ直してからは初めて見る数の子供がうじゃうじゃわらわら集まってきて取り囲まれてさ。
「風柱だ!」とか「風柱様お帰り!」とか言うガキんちょに混ざって女子の嬌声がわんわん響いてさ、その内警笛が響いて。
「え!? 警察? 警察なの!? 俺逮捕されちゃうの? イヤ! イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
怖くてつい叫んじゃったんだけど、警笛の主は生徒会の集団だったらしくてさ?
そのまま生徒会室に連行されたんだよね。
で、生徒会室についたと思ったら女の生徒会長(純和風の大和撫子って感じで、流石に実弥くんと比べたら子供っぽさが残るけど十人が十人美少女判定入れるレベルの淑女。桜色の着物が似合ってる上に上で人括りに纏めてる癖のない長髪がすんざまじく可愛い)が人払い後に秒で実弥に抱き付いた。
「実弥君、もう会えないかと…!」
「ド阿呆、心配すんなって言ったろぅが」
微動だにしないまま、片手でポンと少女の頭を撫でる実弥さん。
…体格がね?
いや、
何が言いたいかって?
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!?」
事案ですよ事案!
実弥くん、それぁ詐欺だろ?
年齢詐欺。
パッと見
見てよ俺のこのお腹。
ぷにっぷにだぜ?
つきたての餅より柔らかい究極の腹部だぜ?
なんなのキミ?
その鋼のボディー。
大人と子供がイチャイチャしたら逮捕ってコレ常識じゃないのかよぉぉぉぉぉぉお!
マジでくっそこれ、警察に捕まれよお前ぇぇぇぇぇぇえ!!
はっはーん?
ここさ、善逸伝の世界だったの?
あ、いやこの場合主人公が実弥だから実弥伝が正解か。
は、ははははは。
「はァ↑はァ↑はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!?」
俺の怒りの絶対許せないモテ男許さない例え兄であれ何であれ確実に許されない認められない くっそふざけんなよ有り得ないだろこんなくそったれな世界誰得なんだよ 実弥か実弥なのか兄貴だからモテても許されると思ってるんなら俺にそのモテパワーを半分といわず全部寄越せよ このお前くっそ筋肉モリモリで背も高くて声も良い上にブラコンの甘党とかモテる要素の塊の癖に お前俺の母ちゃん大好きなの知ってるんだぞマジでバラすぞ畜生ちくしょうちぃっっっっっっっくしょう! 俺も、モテたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
「…ビックリしましたわ」
実弥の背中に背負われていた俺に気が付き、少女がその場から飛び退いた。
「脅かせてスマン、コイツぁ俺の弟の善逸。箱入り息子で育ったから情緒不安定なんだ」
はぁ?
俺が情緒不安定なのはアンタが原因なんすけど?
………と…いうか、あ…アレ?
叫んだお陰で少し落ち着いたから考えれるんだけど、本当になんで、こんなに情緒が壊滅してるの??
肉体の年齢に精神が引っ張られてる?
昔の、あの頃の俺がメチャクチャ主導権握ってるんですが。
…これ、ヤバない?
「それよりミドリよぉ」
俺の混乱を完全にスルーして実弥がミドリちゃんの髪に指を差し込んだ。
「あ…! ダメよ実弥君、ちっちゃい子が見てる前で」
この台詞がね?
怒ってる系統の発音なら雷の呼吸壱ノプチくらいで済んだんだけどね?
これ確実に喜んでる系統の発音なのね?
もぅ心音なんか聴くだけで耳が溶けるくらいのアレでね?
…
この善逸様を試してんのかょ!?
壱ノプチ六連お見舞いしまーすぞぉ!!
もぉ!
俺は情緒不安定だって言ってるでしょ!?
労って!
この世界さぁ、もっと俺に優しくてよぉ!!
内心穏やかじゃない俺を放置して、実弥の野郎がミドリちゃんの肩を押して隣室に消えた。
内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない
内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない
内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない
内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない内心穏やかじゃない
あ、鼻血出てきた。
この身体にとっては初めてのドキドキ体験にやられっぱなしの俺ですが、中身は立派なお爺ちゃんです。
この程度でワシの心臓を止めようなどと、片腹痛いわ…!
よたよたの足取りで歩みより、震える指でドアを押し開いたその先には………!
「髪は女の命だって教えたろうがぁ」
「ごめんなさい。けど…どうしても自分で手入れする気になれなくて」
ここは…美容室?
俺とお母ちゃんの家にある一室と同じ。
髪を切り、整え、美しく育むための場所。
作りも違うし道具も違う。
けど。
だからこそわかった。
この空間を作った人がどれだけ母を、牧野ユイを尊敬しているか。
実弥は男で、お母ちゃんは女だ。
当たり前だけど人間の骨格は性別によって大きく異なる。
だから同じ姿勢にはならないし、なれない。
だけど、鋏を持つ実弥の手は、その愛情の現れる髪の扱い方や、二枚の刃が擦れて奏でるその『音』は、お母ちゃんと同じだった。
その音は、尊敬を越えて、親愛に揺蕩い、髪を経由して人間を愛する。
不器用で、歪で、だけど不思議と惹き付けられる。
俺の自慢の『お母ちゃん』の音だった。
「そんなに私の髪は乱れていますか?」
ーーねぇお母ちゃん、俺の髪ってボサボサ?
「いんやぁ、綺麗なもんだぜ?」
ーーーいいえ? とっても素敵よ。
「けど実弥君は会うたびに鋏を動かされます」
ーーじゃあなんでそんなにチョキチョキするの?
「あぁ、これか」
ーーー嗚呼、そうねぇ。
「これぁ枝毛を退けてるのもあるが、なんだ、
ーーーお母ちゃんなりの、おまじないよ。
「呪い、ですか? 初めて聞きました」
ーーおまじない!? スゴい!
あの時、お母ちゃんはが微笑む気配に、俺はそれだけで満足して…。
だから知らない。
知らないその先に、実弥が背中が応えた。
「ーーー人間ってのは生きて動くだけで穢れ作るし集めるんだ。だから俺ぁはこの鋏をでそれを切ってる。切って、祓って。少しでも俺に髪を託してくれた人が幸せな人生に進めるように…」
「…そう。ねぇそれってお師匠様の受け売り?」
「いや、アイツは…ユイは」
それから言葉を探しているのか、実弥とミドリちゃんとの空白の時間を、鋏の声が静かに繋いだ。
例のごとく作者の妄想ですが、万世極楽教の教徒に危険人物は少ないです。
そもそも人生に疲れた人が救いを求めてすがり付くタイプの宗教ですからね。
他人に危害を加えるような元気は無いですし、そもそも殆ど童磨に食べられちゃうから娑婆に戻れる人の数も知れてますし。
実弥が彼等を危険視していたのはユイさんからの情報で教祖のヤバさを知っていたからで、一般的な認識ではそこまで危険だとは思われていません。