すみません。
ちょっと子供がトイレにSwitchを落とした影響で投稿を忘れていました。
まだストックはあるのであと数日はお楽しみいただける予定。
意識の無い善逸を入り口の側に横たえ、即座に臨戦態勢に入る実弥の様子を見て、童磨が涙を流した。
「あぁ、悲しいぜ。君の気持ちはとてもよくわかる」
「五月蝿ェ! 御託はいらねんだよォ!!」
目にして、肌で感じてユイよりも上位の鬼の脅威を理解した実弥は、己の中にある天性の感覚で攻撃を選択した。
例え勝ち目が零に等しくとも、動け。
己の心が砕け、この足が崩れ落ちる前に…!
「困ったな、少し落ち着いてくれよ」
一瞬だった。
渾身の回し蹴りが童磨の顎を砕く。
実弥がそう確信したと同時に童磨の姿が消え去り、次の瞬間には腕を極められた状態で童磨に組敷かれていた。
「ぐ…っが!」
「ダメだよ実弥君、動けやしないって」
腕が破損する激痛。
その痛みに脳を焼かれながらも止まらない実弥。
「やれやれ、困った子だ」
微笑みながら童磨がフッと息を吐くと、ものの数秒で実弥の関節が凍り付いた。
「冷たくしてゴメンよ? だけど実弥君はこうでもしないと自分で身体壊しちゃうだろ? でも大丈夫さ、安心しなよ! 俺は実弥君も、ゴ…善逸ちゃん、も…大好きなんだぜ、食べちゃいたいくらいにね」
信用出来る要素が裸足で逃げ出すような笑みにより、実弥の焦燥が一気に燃え広がる。
だが、普段の童磨であれば別として、今の童磨は本当に困っていた。
自己紹介が終わったばかりの実弥に、本気で相談にのって欲しいと思う程度には。
「コレを作ったのは俺では無いのだが。う~ん、信用無いなぁ」
手負いの野良犬のように牙と敵意を剥き出しにする実弥。
その懐柔を一度保留して童磨が囁いた。
「結晶ノ御子」
邪気が雪を形取り、それが集まり氷の人形が造り出された。
新しく造られた人形がトテトテと室外に走りだし、それを見送りながら童磨が実弥に視線を合わせた。
「俺が使える血鬼術の一つさ、魔法みたいで面白いだろ? 最初に設定した命令しか出来ないし途中での変更も利かない、一度使ったら月が欠けてもう一度満ちる迄は使えない制限もあるし、稼働時間は日の出まで…と、ざっと上げただけでも制約の多い術なんだけど、それなりには便利なんだぜ」
言いながら童磨が歩む、この先には。
「なっ! ヤメろ! ゼン起きろ! 逃げろ善逸ゥゥゥ!」
意識の無い善逸を両腕で抱えあげ、牙を見せて笑う。
「軽いねぇ、子供ってこんなに軽かったんだ」
首筋に口を近付けて匂いを嗅ぐ。
その様は、実弥に絶望と後悔を促すには十分だった。
…が。
「あ、来た来た」
白い物が外から迫る。
いや、それは。
「…布団?」
布団に毛布に枕に座布団。
暖かそうな寝具諸々を両腕で持ち上げて戻った氷の人形が、手早くそれを蝋燭の灯りの側に敷いた。
「目覚めそうにもないし、床で寝かせて風邪でもひいたら大事だろ? あ、心配しなくてもこの寝具はお客様用だし、今日はよく晴れていたからキツカちゃんが…あーっと、ほら、頚の塊の右下に蓮の花の簪を挿した女の子がいるだろ? ほらアレ見える? ベロ出して白目向いてさ、ちょっと今は人様にお見せするのは心苦しい感じの表情になっちゃってるあの娘、あの娘は普段は寡黙な働き者でねぇ、この寝具も彼女が張り切って天日干ししてくれたばかりだから、寝るには最高さぁ」
長々と喋りながら布団に善逸を横たえ、そっと毛布をかけるその仕草には、どう見ても害意は含まれていない。
「ふがふが…ズキキキキキィィィ…」
「はは、変な寝息だねぇ?」
ポンポン、と毛布の上から軽く二度善逸の身体を叩き、実弥に振り返った。
「どうかな、俺の話を聞いても良い気分になったかい?」
「………」
決めあぐねている感のある実弥に近付き、童磨がすぐ側に胡座を掻いた。
「善逸ちゃんの首のお守り、アレの紐って邪髪ちゃんの髪の毛だろ? 効果は善逸ちゃんへ危害を加えようとする者の排除とか、そんな内容かな?」
問うと同時に実弥の反応から答えを得て、ニヤリと微笑む。
「アタリだろ? だったら尚更、俺の話を聞いてくれても良いはずだし、実弥君が邪髪ちゃんを助けたいのならここで転がっているよりは俺の相談にのってくれた方が良いと思うんだけど?」
「んな面倒な事に割く時間はねぇよ。早くユイを連れてこい、そしたら俺ぁ秒でここから立ち去ってやらぁ」
憎まれ口を叩く実弥をニコニコと見つめながら童磨が氷の術を解く。
実弥が舌打ちをしながら身体の具合を確かめ、仕方なく用意された座布団に座ると間髪いれずに童磨が口を開いのだった。
◇
童磨が相談をする前提として行われた情報の摺合せ。
それは鬼に関する認識の深掘り。
鬼とは何か。
人よりも遥かに勝れた膂力と肉体の再生能力を持ち、人の血肉を欲して倫理を無くした悪事を働く。
何百年生きたところで老化する気配すらない癖に、太陽の光を浴びるだけで塵になって消える。
では、それは何故か?
童磨は鬼だ。
だが彼は一般的な鬼とは違った。
己を狂わせるほどの感情を持たず、鬼という存在に疑問符を挟む事が出来る知性があった。
故に調べた。
弱くて頭の悪い鬼を拐かして実験に使用する事も検討したが、目敏い無惨の監視から事が発覚した場合の粛清を考えて見送った。
無惨は鬼の思考を読むことが出来るが、童磨を読むことは極力避けようとする傾向があったし、童磨も己の実験が無惨の逆鱗に触れる可能性を理解していたが、バレて消滅したとしても問題なく受け入れられる己の心根にうんざりしていた。
それはそれとして鬼の核心に対する興味はあったし、つまらないことで失敗するよりは万全の状態で神を欺き通す方が面白い。
そんな投げ遣りな興味によって無惨の目を掻い潜り、実験は進む。
腕を引き裂く実験、頚を切り離す実験、脳髄を擂り潰す実験、身体の一部を日の光に晒す実験、人ではなく家畜の血肉だけを喰らう実験。
【腕を引き裂く実験】
まず鬼は腕が千切れた程度では死なない。
上位の鬼になれば簡単に再生する。
これに疑問を感じた瞬間、童磨はその
再生する…再生する。
馬鹿じゃないのか?
千切り、投げ捨てた腕を見れば霞のように消え去り、血痕の一つも残っていない。
これが再生だと思い込めるんだから、鬼という存在は本当に歪んでいる。
【頚を切り離す実験】
日輪刀での斬首であれば話は変わるが、当然ながら鬼は頚と身体を切り離した所でなんの事はない。
鬼によっては視線のズレを感じて動きが鈍ったり、自分の感知外で【己】から離れ過ぎた肉体が消することはあるだろうね。
切り離した腕に対する認識が薄れた途端に消え去る摂理と同等。
ここで面白いのが個体によって結果が変わるところか。
特別実験用に追い込む訳でもなく、ただ目についた鬼が俺の望む実験結果を提供できるように誘導してやった結果なのだが、基本愚鈍で人体に関する知識が薄く、股間でモノを考えるのタイプの鬼ほど頚が切り離された際の対応が優れているようだった。
肺がないにも関わらず声は出せる。
少ない業を振り絞って頚から腕を生やしたり、髪を操って手の代用としたり。
これが下手に優秀で頭の固い個体だとそうは行かない。
備え持った知識が邪魔をするのか、単純に鬼として不適合なのかは知らないが、アレはなかなかに哀れだった。
あ、一応補足しておくと目の前のこの頚の塊はよくわからないんだぜ。
普通の鬼とはまた別の枠らしい。
【脳髄を擂り潰す実験】
脳が潰れた状態では思考力が著しく低下した。
記憶を思い出すことも難しく、肉体を動かす際に誤作動が起きたり、動作の遅延が確認できた。
そして、その状態では血鬼術の精度が劣化した。
劣化。
発動が鈍り、狙いが崩れ。
それでも確かに術としての行使が確認できた。
脳が壊れたとしても術の発動その物には支障がない。
これは童磨からしても面白い結果であった。
【身体の一部を日の光に晒す実験】
これは危険だった。
電気の存在を知りながらも、実際にはその恩恵に与らずに山奥で育った子供が戯れで電線に触れたような愚行。
「危ないらしいけど、ちょっと指先が触れる程度なら死ぬことはないだろうさ」
そんな気軽さで日の光に差し出した指先は一瞬で焼け焦げて炭化し、脳が捻られるような激痛と苦痛が全身に広がる。
即座に指を影に戻してもその現象は止まらず、手首全体が炭に変わり、もげて落ちて、霞になって消えてからようやく治まった。
手首の損失を復元するために三日。
それから三ヶ月ほどの間は手首から先にしこりのような不快感の塊が残り続けたし、それ以降は完治したかと言えばそうではなく、そのしこりを迂回した活力の経路が構築出来たから平然としていられるだけで、本質的には修復不可能な状態に落ち着いたし、直接日の光を浴びせた指先には今でも感覚が無い。
次に同じような実験をする時には必ず身代わりの鬼を立てようと心に誓った。
【人ではなく家畜の血肉だけを喰らう実験】
これは無意味だった。
牛、馬、野犬に野良猫、果ては熊まで喰らってみたが腹が
どれ程の量を平らげても、まるで霧でも食べているように消えてしまい、まるで腹に残らなかった。
以上の実験から導きだした仮説。
『鬼は生物では無い』
『謂わば質量を伴った幽霊』
腕が千切れようが肺がなかろうが、頭が潰された所で、生物で無いのであれば問題はない。
その物質は幽霊である鬼が現世に干渉する為の道具に過ぎないのだから、あれば便利、なくとも存在を消滅させるような影響力は無い。
何故ならば、鬼の本質とは血と呪いによってこの世に停滞し続ける幽霊でしかないのだから。
そう考えてみれば消滅へ至るまでのプロセスにも説明がつく。
『太陽の光』もしくは『太陽の光を溜め込んだ鉱石で作った刀による斬首』これにより魂を祓い清める。
除霊を物理的に行使しているだけだ。
あれは肉ではなく魂を断ち切るための技であり、呼吸なのだから。
実弥に理解できること出来ないことはあったが、一先ずはそうした認識を得た上で童磨の話が始まった。
◇
「この仮定を基に、まずは邪髪ちゃんの血鬼術【振分髪】について考察しようぜ」
張り付けたような笑顔で振る舞う童磨を睨み、実弥はその先を促した。
振分髪の特性。
それは以前述べたように存在の二分化にある。
複製でも増殖でもない。
意識と心、呪いと魂。
本来別けられる筈のないソレを、解して揃えて切り分ける。
肋骨邪髪には鬼の意思と呪いがある。
そして、本体の邪髪に残された心と魂は。
「理解出来なくても問題はないぜ、だって俺も理解してないからなぁ? あぁ…だけど、答えが出たようだ」
あの時、邪髪の血鬼術によって肉体を細切れに刻まれた童磨は、その魂で分裂した邪髪の本体に触れた。
「時間を取らせて悪かっ…だ、デェ」
最初はただの興味本位だったのだ。
無惨さえも欺く特異性、鬼としての枷すら超越する特殊性。
その根元へ至る扉が目の前で開け放たれたのだから、そこを覗かない筈がなく。
その結果、彼は渇望していた心に触れた。
「お…お前!」
実弥の目の前で童磨の顔が溶ける。
頚から上の皮膚だけが、果実が腐り食肉からウジが沸きだしてグザグザに溶け解れるように、その様を時間を切り飛ばしながら見せ付けられる。
ボト。
…ボト。
目玉が落ちて、顔の皮が剥がれ。
髪が頭皮ごとズル剥けて油が飛び散る音を伴って床で砕ける。
ーーーその穢れの上で、彼が口を開いた。
「思ったよりも…決断に時間がかかってしまったなぁ」
声の波長は先程までとなんら変化なく。
しかしそれ迄の声が硬質な白であったとするならば、この声は黒。
心が、意識が、様々な要素が絡まり、粘りつくように聞き手を捉える。
血を被ったような柄を持つ、白橡色だった外側に跳ねる癖毛は、血の柄を残しながらも汚濁した油が纏わり付いたような黒に変色し、髪の質も真っ直ぐで癖がなく、細く柔軟な長髪に変わっていた。
その髪が弾く光は歪に屈折し、油に浮き上がるような仄暗い虹色に変換される。
そしてその瞳。
縦長の瞳孔。
鬼の始祖と同じ形の、透き通るような邪眼。
上弦も下弦も数字も無い。
そのような枷で縛る事は出来ない。
何故ならば其れは新たなる鬼。
始祖により歪められた血と末裔によって狂変した呪い。
凍える魂と欠落した肉体。
願いが狂い、呪いが果てて。
「新たなる鬼…
心を得て、涙を流し。
「不死川実弥、牧野善逸の両名を抹殺せよ」
その声に、彼らの目が動いた。
醜悪な塊。
頚と骨で繋がれた数多の眼がウゾウゾと蠢き、塊の両端から一対の野太い腕を生やす。
「嗚呼でも、出来るだけ優しく殺してあげてね」
心から悲しそうに、ソレが微笑んだ。