『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 参拾陸 話『月下の狂演』

 

小生の前に転がる足の無い蜘蛛。

大人の拳程もある大きさの、色取り取りの蜘蛛が七匹も蠢いている。

派手な色の蜘蛛もいればその逆の蜘蛛もいて、左から順に【鋼糸】【操糸】【強蟲】【狂変】【斑毒】【隷毒】【繭糸】と文字が書かれていた。

 

「これが累の血鬼術よ」

 

言いながら堕姫様が【繭糸】の蜘蛛を手に取り、零余子様に放り投げた。

 

「喰いなさい」

 

「…ゲロびちゃ。マジで言ってんの?」

 

臆した様子の零余子様に構わず、堕姫様は【鋼糸】の蜘蛛を手にして頭をもぎ取ると大きく口を開け、流れ落ちる血のような業を一気に流し込んだ。

 

唖然とした周囲の反応に構わずに嚥下し、空の器を投げ捨てて堕姫様が零余子様を睨んだ。

染み一つない雪原のような(おもて)、その右目の下に累殿の顔にある蜘蛛の紋様と同質の呪いが浮き上がる。

 

「チッ、わぁったわよ」

 

零余子様も同様に蜘蛛を喰らい、顔面の四隅に蜘蛛の呪いを受け入れた。

 

「邪髪、お前はこれだ」

 

投げられたのは【操糸】の蜘蛛。

躊躇い一つ無く呑み込み、残る蜘蛛は四匹となった。

 

「う、ヴぅ…ゲ」

 

何がどう作用したのか、先程までおとなしくしていた累殿が、小生の腕の中で血の混じった泡を吹く。

小生は自分が鬼になった際に混乱の極致を味わったと思っていたが、まだまだ現実とは理不尽にも果てがないモノらしい。

放っておけば、死ぬ。

手の中にある、鬼の呪いに犯された命。

所詮は小生とは縁の無い、消えかけの…。

 

「あ、あああの、あの申し…」

 

つい、声をかけてしまった。

血を吐き出す累殿を無視して、堕姫様の眼力が小生を貫く。

 

(死にそう。なんでこんなことに? 殺されるのであるか?)

(せっかく十二鬼月になれたのに)

(何故(なにゆえ)か…何故か…小生はこれからもっと…もっと…)

 

「鬼狩りよりも私の方が怖いか?」

 

ギクーーーと、擬音が見えていやしまいか。

 

「…いいえ!!」

 

「お前はこの場から解放された場合、自室に籠って震えていたいと思っているな」

 

「いいえ思っておりませぬ!! 小生は貴女様のために命をかけて戦います」

 

小生の返答を受けて、堕姫様が微笑んでくださった。

それはもう花すらも霞む美しさがーーー憤怒に歪む。

 

「お前は私が言うことを否定するのか?」

 

真っ白な死が予見出来た。

ほら帯が。

純白の帯が小生目掛けてーーー!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「本当に使い物になんの?」

 

先程まで得たばかりの血鬼術【溶解の繭】を使いながら、アーシは堕姫に尋ねた。

 

「さて、そればかりはやってみなければ判らないわね。貴女や邪髪程度に業が蓄積されていれば見通しも立つけれど、このゴミは下弦の陸、それも成り立てだからねぇ」

 

アーシの繭を包むように、堕姫の帯が覆い被さる。

その白い帯から先程蓄積した姑獲鳥(うぶめ)の血肉が降り注がれる。

 

「ま、なんにせよ今は鬼の質が悪すぎるのよ、ゴミの中でもまだコレはマシな部類だ」

 

「ほぉーん? けどそれをゆーなら姑獲鳥のほうがマシの度合いが高かったんじゃね? わざわざこの雑魚を素体にする必要あったぁ?」

 

「逆上せ上がって耄碌した婆の介護はゴメンだね、わかるだろ?」

 

その言葉に、自然と口角がつり上がる。

なんだ、話がわかるじゃん。

わかったところで嫌いなのは変わんねーけど!

 

お互いに笑顔で威嚇しあって、それから会話を再開する。

 

「響凱ちゃんに喰わせたのは【強蟲】と【狂変】の二種類。【斑毒】は死にかけの累っちに戻したから残りは【隷毒】の一匹だけか。コイツは誰が喰うの?」

 

「魘夢だ」

 

魘夢…下弦の弐、ねぇ?

アイツきっっっしょく悪ぃから苦手なんだよねー。

今は煉獄邸でお仕事中だっけ?

そのまま死んでくれればアーシも一日くらいは気分爽快ですごせるのになー。

 

「性格的な相性は最悪と言っても過言ではないが、性質的に見れば魘夢ほど累の術と噛み合う鬼は存在しない」

 

はぁ~ん?

なるへそ。

堕姫の話を聞く限り、その計画事態は無惨様の考案だったみたいだね。

 

魘夢の血鬼術【強制昏倒催眠の囁き】に累の持つ【隷毒】を混ぜ合わせる。

 

アレは小器用な鬼だから術の遠隔発動が出来る。

切符に術を仕込むんだっけ?

 

楽しい楽しい夢を見せながら、その夢その物に【隷毒】を仕込む。

じわりじわりと、魂を汚すように広がるその毒は、瞬く間に全身に行き渡り、血流と呼吸を妨げる。

目覚めたとしても身体が痺れ、一秒、一秒と鬼の影が汚染する。

 

なるほどねぇ?

確かにエゲツない組み合わせかも?

 

【隷毒】で下僕にした使い魔に魘夢の血鬼術のを仕込めば一般人なんて無限に増殖する蜘蛛の卵みたいなモンだし?

 

勘が鋭い剣士なんかが目覚めても襲いかかってきても、その都度お寝んねさせれば笑っちゃうほどに余裕な戦いに…というか、戦いにすらならなくなるのか。

流石に無惨様って残酷な事考えるのが得意だわねぇ。

 

「それが上手く嵌まらなかった場合の代案として【狂変】を組み合わせるお考えもあったそうな」

 

「狂変…つーと、今コイツに混ぜてる蜘蛛の片割れ?」

 

響凱は鬼としてまだまだ未熟で、業が不足している。

だからその隙間を埋めるように二匹の蜘蛛を詰め込んで、それに喰い殺されないように姑獲鳥の業を注いでいる…だっけ?

 

「あの蜘蛛の能力は狂化と進化。己の業にあわせて自らの肉体を変貌させる」

 

肉体の変貌…あぁ?

弱い鬼の中には滑稽な肉に変形するぶたぶたブーちゃんがいるけど、アレのこと?

雑魚くね?

 

「気色悪い事に魘夢は列車が好きで、それとの融合を何度か試しているらしい」

 

あ、気色悪いって言ったし。

 

「無惨様は土台がある場所に補助として狂変の血鬼術が入れば面白いことになる、と予想されていた。気色悪さに身震いはしていらしたが」

 

あぁね、やっぱね?

そこは気色悪いもんね?

…と、そこでピーンと来たね。

 

「なぁなぁ堕姫ちゃんや? アーシって累の父親役をしてた鬼を見たことがあんだけどさぁ、もし響凱ちゃんがアレみたいな蟲頭になってコンチワ! したらどーすんの?」

 

その問いかけに堕姫が深い笑みを作った。

 

「細切れかな?」

 

ふふっ。

と自然と笑いがこぼれる。

アーシたちの笑い声に釣られてか、響凱ちゃんが入っている繭もピクピクと揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その始まりは唐突だった。

鳴女が琵琶を奏でたのだ。

常の音ではない。

手首から先が目視出来ぬ速度で駆け回り、音の列を作り出して音楽を奏でる。

時に腕を止め、時に動かしながら朗々とその喉から唄を解き放つ。

 

【羅生門】

 

その揺れ、空気を揺るがす弦と声の振動が聞き手の魂にまで染み渡る。

壮大な一幕を脳裏に描く芸術が終わる頃、鳴女の手前に人が掌を合わせたような大きさの、ごく小さな障子が現れて一冊の本を落としたのだ。

 

それこそが二十三巻。

鬼滅の刃と題された書物の、唯一にして最後の一冊。

 

それを得て無限城は揺れ動いた。

ふざけた緑の怪物らしき生物の絵や文章『★この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません』という触れ込みから始まり、近々政界で検討されている『大正』という年号に変わった時代と思わしき世界でのあらすじ。

 

そこに書かれていた事は無惨をして驚愕を禁じ得ぬ。

 

『太陽を克服した竈門禰豆子』

『鬼舞辻が産屋敷邸を襲撃』

『鬼殺隊による上弦の鬼の殲滅』

『珠世の薬で衰えゆく鬼舞辻』

 

そして人物紹介に記載された見知らぬ隊士と柱達。本編から得られた青い彼岸場の実在と竈門炭治郎の存在…。

およそ無惨が求めるあらゆる情報を網羅した一冊の存在は、それまでの鬼のあり方を大きく変えようとしていた。

 

 

 

 

 

ーーーそれはそれとして。

 

新たな情報に湧く無限城の一角。

誰からも忘れられた部屋の隅に存在するのは一つの繭と身動きできない赤子の鬼、累。

 

「あっ…あ」

 

魘夢の頚が本に変化した過程で、同じように存在を忘れられた【隷毒】の蜘蛛に向かい、短い手を懸命に伸ばす。

 

自分の中核を担う【鋼糸】を奪われた事が響いている。

【斑毒】を回収したことで首が座り、這いずる程度の事は出来そうなのだが、腕も脚も、何もかもが上手く動かずに前に進めない。

 

疲弊している。

 

堕姫と下弦の二人に奪われた三匹の蜘蛛が、彼女達に適応するために一匹で累の過去の家族全員に匹敵する量の業を必要とし、その業の負担はすべて累に集約していたのだ。

 

【隷毒】が必要だ。

今は、何を差し置いても。

 

そう思っているのだが、何をどうやっても身体が進まない。

もう一刻か、二刻か。

赤子の無駄に鋭敏な感覚が時間の流れを乱し、磨耗する筈のない累の魂を消耗させる。

 

(死ぬ…こんな、惨めな…お、か、あ…さ………ん)

 

ついに仰向けに寝転がり、身動きがとれなくなった累。

朦朧とする視界が映したのは、蜘蛛の腕。

繭の内側からこちらへ伸びた大きくて醜い蜘蛛の鉤爪が蠢き、その鋭い爪先が【隷毒】の蜘蛛を背中から刺し貫いた。

 

もがく蜘蛛を持ち上げ、その流れる業を累の真上に運ぶその動作。控えめに言ってもおぞましいその動きに、何故か累は母の優しさを思い出した。

そうだ。

雪の日に体調を崩して。

お母さんがいつも、お粥を、僕に…。

 

 

 

 

 

業を得て、ようやく呼吸が安定した。

身体に漲る活力は未だに脆弱ではあるが、最低限二本の足で立ち上がる程度の事は出来る。

 

繭の中の響凱に意識などなかったと思う。

ただ単純に、弱いからこそ累の業に負けて、累が求める生存への行動を取った。

それだけだと思う。

 

思うが、しかし。

 

「お前は鬼なのに」

 

確かに助けられたのだ。

誰一人累の生死を憂慮する事のないあの場で、己の命を顧みずに累のために声をあげたあの姿は。

形こそ醜くとも間違いなく累の渇望を刺激しうるモノだった。

 

そっと手を添える。

爪の先が変形し、鋭く長く、毒を滴らせる。

 

「【斑毒】【隷毒】」

 

毒とは生物の生命活動にとって不都合を起こす物質の総称である。

それが反転して生物の疾病の診断・治療・予防を行うために与える物質が薬と呼ばれる。

しかしてその本質は同じ。

 

同じ本質を用いて繭に干渉する。

【強蟲】と【狂変】そして大胆に無遠慮に注ぎ込まれるソレ。

考え無しな大雑把で変体の妨げにすらなっている姑獲鳥…下弦の壱が集積していた業を調律する。

 

恐ろしく難解な作業ではあったが、ここでしくじれば累の味方と成り得る存在は零になる。

『家族』その叶わぬ願い、そして欠片ほどの、己すら理解していない想いに突き動かされるように、累は己の限界を超えて行く。

 

使い慣れない二種類の毒、中核となる血鬼術の欠落、今まで扱ってきたどれよりも重くのし掛かる姑獲鳥の業。

脳の…いや、己を構築する大切な部分が砕けて砂になっていく。

だが、それも今更だ。

堕姫にいいように弄り回されたこの様で、何を拘るモノがあるのか。

砂になった自分のナニカすらも繭の調整に使用して、無心の中で累はただ思った。

 

「悪夢だ」

 

言葉にして、やっとわかった。

 

「産まれてからずっと、僕は悪夢の中にいる」

 

誰かに庇護され続ける悪夢。

弱くて惨めで無価値な自分が、誰かの足枷として存在し続ける悪夢。

 

その夢が終わって、また次の悪夢が始まって。

 

鬼としての時間は面白かった。

自分でも自覚しないまま『家族』という欠落を埋めるためのごっこ遊びに没頭した。

埋めても埋めてもキリがない。

決して埋め合わせる事の無い、賽の河原の石遊び。

 

けれど、それは僕にとっては救いだった。

大切な人の足枷として、大切な人の心に根付き、まるで汚い宿り木のような人生を送っていたあの頃に比べれば遥かにマシだ。

 

累犯、というのだたったか。

何度も何度も罪を重ねて。

何もかもから落ちこぼれて。

 

そんな悪夢の中で掴み取った筈の新しい『家族(ちから)』は、まるで災害のような一個人に、馬鹿(ぼく)にでもわかるような明確さであっさりと、まるで道に落ちた蟲を踏み潰すような無関心を見せ付けられるように解体されてしまった。

 

残らない、残せない。

何も出来ない無意味が、何をしたところで無意味で。

 

わかっていても抗いたかった。

どうせ悪夢の中で溺れ続ける以外に無いのなら、せめて負けないという意思だけは守り抜きたかった。

子供の意地だ。

愚かで惨めで無意味の極致。

ーーそれが。

 

『あ、あああの、あの申し…』

 

あれは鬼だ。

身体中に鼓なんか生やした品のない大男。

僕だって鬼だからわかる。

自分と無惨様以外の存在は、どれもこれもが塵芥。

どこでどんな鬼がどれほど不様に死に絶えようが知ったことではない。

それが鬼というものだろうに。

 

「欲しい」

 

そうだ。

『家族』と名乗らせたクズどもは、どれもこれもが自分の役割一つこなせない塵だった…いつも、どんな時も。

 

それに比べてどうだ。

この鬼は、響凱は僕を守るために声をあげ、そして僕は自らを顧みずにコレを助けようとしている。

 

「絆だ。本物の…!」

 

少しずつ、道が見えてきた。

手に入れる。

手に入れる手に入れる手に入れる!

 

渇望が絶望を喰い潰す。

 

ーー細切れかな?ーー

 

させない。

僕の家族は、化け物にはならない。

 

「母さんだ…お前は僕の、母さんになるんだ」

 

人であった頃の記憶など思い出せない。

だから思考する。

 

母に求める姿を。

堕姫よりもっと美しく。

零余子ごときは路傍の石ころ。

 

力で競い合って勝てないのなら、それ以外で優位を示せ。

 

「僕とお前の糸は、誰にも斬らせはしない」

 

それに応える声は無く。

頭が痛い。

ひどく空気が冷たくて。

どれだけの時間が過ぎ去ったのだろうか。

もうなにも考えられない僕は、だからこそ夢現に呟いた。

 

「…ねぇ響凱、僕と一緒に悪夢を見ようよ」

 

やっぱり駄目だ。

僕はどこまで行っても…。

そう思った。

 

そして意識を失う直前。

何か柔らかい物に触れた気がした。

 

「悪夢を題材にして稼げるほど、文筆家としての小生は有能ではありませぬ」

 

その声は。

記憶にすらない母親の物と寸分違わず。

 

「ふむ…?」

 

抱えられ、温もりを全身に感受して。

そして聞いた。

 

空を裂くような、いや。

空に咲くような、美しい鼓の音色を。

 

 




魘夢×累はめっちゃ夢想した。
作中でも書きましたけど、子蜘蛛を作り出す毒との昏倒催眠の掛け合わせは絶対にヤバいと思ってたし、列車形態の超進化は本気で妄想が止まりませんでしたね。

最終的に『もし魘夢が本気をだしていたら』というタイトルの2次創の執筆を検討したいと思うくらい楽しかった。

鬼生をやり直した魘夢が那田蜘蛛山で累の頭を回収して吸収。
決戦の場となる無限列車で本気になった魘夢くん。
列車との融合、か~ら~の~?
人形の大型ロボットに完全変形!

「幽鬼特急エンムザイン! 定刻通りにただいま惨状★」

みたいな? みたいな!?
煉獄さんも炭治郎も圧殺ですよ圧殺。
残念な事に作者は子供の頃視聴出来なかったからもとネタの勇者様に関する知識と熱意が不足しているし、今のご時世で勇者ロボとか誰得なのかと。

どのみち執筆時間も無いので無理なのですけれど。
けどなぁ。
胸は熱いんだよね。
勇者。
ゴルドラン好きだったなぁ…。



さて、今回の連日更新はこれで打ち止めです。
無理やり更新を続けるよりはある程度書きながら道筋を調整する方が自分の性分に合っているようなので、しばらく更新は無いかと思います。

最悪GWまで更新しない可能性もあるのですが、書き溜めを作りながら月一話でもいいから更新できればなぁ。
とか思ってます。

ひとまずは、ここまでお付き合いく下さった読者の皆様へ感謝を込めて。

m(_ _)m ぺこりーぬ☆
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