『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 肆 話『珠身常』

音がしない。

 

どれだけ意識を集中させようとも、目の前に確かに立つ筈の悲鳴嶼さんからは生物が必ず発する音、即ち心音すら聞き取れなかった。

 

「南無阿弥陀仏」

 

夜更けに、墓地で。

心臓の音すらしない巨漢が、気付けば背後にいて滝のような涙を流しながら念仏を唱え出すこの空間。

 

ドッと油汗が吹き出し、叫び声をあげそうになる自分を意思の力で押さえつけた。

例え幽霊だろうとも、俺には悲鳴嶼さんに命を差し出す義務がある。

そう思った瞬間、悲鳴嶼さんの気配が一変した。

 

 

「度し、難し!!!」

 

 

その言葉を皮切りにして、音が戻ってきた。

 

グツグツと煮え続けてきた火の山が、遂に爆発したかのような、地を割るような轟音が悲鳴嶼さんから放たれて、濁流のように俺を飲み込んだ。

 

こんな音は聞いたことがない。

生き物が、出せる音じゃない。

全身が粟立って震える。

 

 

死ぬ。

俺は死ぬ。

ここで?

この場所で、この時に?

俺は、何を成したと言うんだ?

あの日から、二年間もの間。

稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して稽古して。

それで…………。

 

 

ーーー嘘つき…!

 

 

声が、俺の背中を押した。

 

『生きて…獪岳!』

 

あの時、あの夜。

君はそう言ってくれた。

俺のせいで、死ぬと言うのに。

それでも君は、トヨは。

俺を守ってくれた。

 

 

 

俺には、それが重たかったんだ。

 

 

 

記憶を閉じて、頭を垂れるほどに。

なんて、弱い。

 

トヨの命だぞ。皆の命だぞ?

 

『命を差し出す義務がある』だと?

度し難い。

 

本当に、度し難いと言う言葉ですら現しきれない。

 

「ごめんなさい」

悲鳴嶼さんへ。

 

「ごめんなさい」

皆へ。

 

俺は…。

 

「全集中」

 

生きる。

 

「雷の呼吸!」

 

全身を締め付け、砕かんとする圧を跳ね除ける!!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「南無阿弥陀仏」

 

私は、己を狂人だと思っていた。

 

念仏を唱え阿弥陀様にすがることで、薄氷の上を進むかの如く日常を送っていた。

だから、知らなかった。

私の憤怒が、激情が、身を砕くほどに膨大であった事を。

 

 

見よ、我が家族の姿を。

生きていて、申し訳ないだと?

己には未来を語る資格など無いだと?

 

 

誰が、ここまで追い詰めた。

こんな小さな、私の大切な、大切な家族を!!!

 

 

怒りだ。

念仏では決して誤魔化すことの出来ない、この激憤こそが私の宿業。

 

私は怒る。

不甲斐ない己の弱さに。

私は怒る。

弱さを赦さないこの世の鬼に。

 

 

だから、折れてくれ。

私の傲慢の前に、膝をついてくれ。

 

私が払う。

 

この世界の理不尽を。

私が、この業火の怒りを持って全ての鬼を焼き払う。

なのに、何故立ち上がる。

子供達よ、何故この子の背を支える。

 

 

逃げて欲しい。

これ以上、傷付かないで欲しい。

 

この傲慢を、どうか見逃して欲しい。

だから、私は。

 

「雷の呼吸!」

 

獪岳の呼吸は、素晴らしいと言うより他ない。

彼の呼吸を感じる度に、私の呼吸が研ぎ澄まされる。

 

それほどの練度。

彼の内側から蒼い雷電の闘気が迸り爆ぜる。

 

「岩の呼吸」

 

叩き折る。

因果も業も、その全てを叩き潰して私が背負う!

 

「来い!」

 

 

 

 

 

 

獪岳は肆ノ型・遠雷を使う。

 

本来ならば今よりも離れた間合いから発動するべき技なのだが、初動までの溜めが少なく瞬間的な加速力に優れた肆ノ型を用いる。

 

体格・技術の圧倒的な不足を補うためには、初手で戦闘の流れを掴みとる以外に道はなかった。

 

 

対する行冥はそれを知覚した上で迎え撃つ構えだ。

 

四感から伝わり来る情報を処理し、その脳が警鐘を鳴らす。

型により保証された最低限の技術を、暴力的な呼吸の技法によって十重二十重と包み込むように増強させる。

その莫大な迄の活力の渦。

 

「参る!!」

 

獪岳が、吼えた。

行冥を前にしては、矮躯とさえ表現できる肉体を極限まで収縮させ、解き放つ!

 

かつて己が幻視した【我妻善逸の壱ノ型】さえも貫く一撃。

 

狙うは顎。

どれほど肉体を鍛えようとも、鍛えることの出来ない脳を揺らし、倒す。

 

 

「南無…!」

 

 

愚直な一撃。

欺瞞一つ無く、型の導く通りの軌道を描き迫る痛打の一撃。

 

行冥は対象の呼吸を感じ、筋肉と骨が稼動する際に放たれる波動のような情報を正確に受け止め、理解して対応する。

これこそが視力なく生き、戦い続けた者のみが至れる境地。

 

鬼との戦いにはこの揺らぎの感知に加え、愛用する武器により得られる音の反響でその精度を増すのだが、今はそれなくしても尚、過剰と言えるだけの波動を全身に感じていた。

 

 

単純な力比べであれば、瞬間的な爆発力を加味して獪岳にも利があっただろう。

しかし、戦闘とは駆け引きである。

 

相手の思考を読み、複数の可能性を絞り、もっとも抜き放たれる確率の高い攻撃を想定する。

それが逸れた場合の回避策を用意しつつ、その上で相手を篭絡して攻撃の選択肢を作為的に狭める。

そうして相手の攻撃に併せて己の攻撃だけを突き貫かせる。

 

 

獪岳が己を弱いと評価する最も大きな要因がコレなのだ。

相手を見て、感じて、それに合わせて変化する水のような思考。その戦闘へおける柔軟性が、欠落とすら表現されかねない程に硬かった。

 

 

 

ーーーそう。

そんな事は、知っていたのだ。

 

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

欠落があるなら補えば良い。

穴が大きすぎるなら、それすら凌駕する梯子を作れば良い。

桑島慈悟郎の指導は常に一本の筋がある。

短所を補う、その方法は長所を伸ばす。

ただその一点。

 

「見事…!」

 

思考すらなく、空気が抜け出すように賛辞が口から転び(まろび)出た。

 

『全集中・雷の呼吸』

 

本来、呼吸を常中させる程の巧者であれば、態々声に出して呼吸を意識する必要などない。

 

呼吸に限定して言えば、行冥より優れた練度を誇る獪岳。

その彼があえて声にする理由こそ反復動作にある。呼吸による活力に加え、声を引き金とした反復動作により集中力を極限まで引き上げる。

そうして、丹田を意識するのだ。

身体の中心へ向かって闘気を送り、その中心に雷の珠を作り出す。

 

その珠を脚へ、腰へ、胴から背の肉を通して腕へ。

これこそが、今この瞬間に解き放たれた獪岳の全霊。

 

 

「雷の呼吸・捌ノ型ーー珠身常(たまみつね)ーー」

 

 

その速度は圧倒的だった。

光の反射を用いた視覚よりも、関知までの速度に劣る四感では到底捉えることなど不可能。

故に、その一撃は行冥の防御を突き抜けーーーー。

 

 

「良い、一撃だ」

 

 

握り締めた拳の小指側の面で、獪岳は確かに行冥の頬を殴り付けた。だが、行冥はその拳が己の頬を打つ前に、自身の拳を反対の頬に添えていたのだ。

 

あとは頬に刺さる獪岳の拳の当たり具合に併せて己の拳に力を込める。

頬に触れると同時に動きだし、一毛(0,03㎜)よりも厳しい精度で力点を探し、一切の過不足無く力を相殺させる。

 

 

これが本当に、人間の技なのだろうか。

 

 

鬼殺隊最強と呼ばれる男。

その冠に嘘偽り無く。

 

「獪岳…いや、雷月」

 

涙を流し、微笑んだ。

 

「生きていてくれて、有り難う」

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴嶼さんとの和解は、俺が想像したあらゆる未来を無視してしまった。

赦される筈がない。

そう訴えると「南無阿弥陀仏」と言って微笑まれて終わる。

 

昔から好い人過ぎて少し理解出来ない所があったのだが、今ではそれが度を越えているように思う。

 

 

と言うか、衝撃を反対側から同じ衝撃で相殺する?

どこの世界の生物なの?

この人本当に人間なの??

 

 

疑問は尽きることはなかったが、それでも悲鳴嶼さんから聞こえる音が全てを物語っていた。

彼の苦しみと、怒りと、そして青空よりも広い愛情と。

 

「あ、そうだ!」

唐突に思い出して叫んだ。

 

「俺の後ろに立った時、悲鳴嶼さんから音が聞こえなかったのです。心臓の音もしなかったし、あれって何か仕掛けがあるんですよね?幽霊とかじゃないですよね?」

 

「あぁ、アレか」

 

ニヤリ、と笑うと一瞬で悲鳴嶼さんの心音が消えた。

 

「し、死んだぁぁぁぁぁぁ??」

 

慌ててその胸に手を当てると『ドクン』と命の声が響いた。

 

 

混乱する俺を一頻り笑ったあと、行冥さんが教えてくれた。

 

「獪岳が耳が良いことはあの頃から知っていたのだ。私も視力がない代わりに聴覚と、そこから得られる情報の理解力には長けていたが、聴覚に限定して言えばお前ほどの能力には至らなかった。だが、優れた能力はその優れたるが故に欺瞞を見抜けぬ」

 

そう言って俺の両手を取り、右手を俺の心臓の、左手を行冥さんの心臓の上に押し当てた。

 

「これは、同じ鼓動?同じ早さ、同じ強さで脈打ってる?」

 

「そう。あることが切っ掛けで知るに至ったのだが、生物の鼓動は皆一様に違いがある。兄弟でも顔の形が違うように…いや、そっくりの者もいるのだが、基本的に同じ顔の者は少ないと耳にしたことがある。それと同じで鼓動にも違いがあるのだ。だからお前や私はその心音から個人を別けて判別できる」

 

そう言われて考える。

確かに、今まで心臓の響きが同じ人間には出逢ったことがない…ような気がする。

 

いや、そもそもそんなこと気に止めた事すらないし。

 

「だから、鼓動をお前と同じ調子にあわせて調整すれば」

 

そこまで聞いて手を挙げた。

 

「ふむ、どうした?」

 

どうしたもこうしたも無いですわ。

人外だわ人外。

心臓の動きを調整する?

あふぉか。

阿保阿保のあふぉなのっか!

そう思ったものの、よくよく考えてみれば俺の知識の中で音柱の人が自分で自分の心臓を止めてたような。

 

「柱って化け物」

 

魂が抜けるような感覚。

よく善逸が口からなんか出してたのコレかぁ。

 

「化け物とは言ってくれる…が、本物の化け物は私の比では無いぞ」

 

そう言って、悲鳴嶼さんが俺の頭を撫でた。

おぃおぃ、これより上なんて鬼しかいないんじゃない…え、いるの? 本気で??

 

…煉獄?

煉獄槇寿郎?

 

えっと、同姓同名のマルでダメな酒呑みおじさんなら知ってますけれど…んんん??

 

 

 

 

ーーその後、二人で墓地の掃除をしながら様々な事を話した。

過去の思い出に始まり、近況の報告。

どれも他愛ない話だった。

溜まりに溜まった心の澱を、俺達はただ清めた。

 

もっと前に話をすれば。

お互いがそう感じながらも、今この瞬間の奇跡に感謝した。

 

 




お寺の管理は行冥さんが引き継ぎました。
尺八仲間の坊主に弟子が居たので、そちらに文を送るとの事です。

それにしても、名前に引き続き技まで増えてしまった。
あばばばばばばばばばば。
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