『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

43 / 50
第 肆拾参 話『纏うべきモノ』

胡蝶は乗り越えた。

時にふらつき、俺の手を貸すこともあるにはあったが、それでも彼女は自分の足でこの山を登って見せた。

 

限界をなどとうに越えていたのだ。

俺が労いの言葉をかけるよりも先に意識を無くし、前のめりに倒れた。

 

「…ありがとう」

 

地の岩肌に顔を打ち付けるより早く抱き止め、姉と錆兎…二人の布を合わせたて作った羽織を木の根本に敷き、その上に寝かせる。

 

胡蝶は、ただ聞いてくれた。

 

これほどの覚悟を見せたのだ、きっと彼女も俺や鬼殺隊に所属する隊士と同じ苦しみを背負っているのだろうに『半端者』と切り捨てようとしたこの俺の情けない過去に耳を澄ませてくれた。

 

彼女に出逢えて良かった。

まだ出会ったばかりだと言うのに、おかしな話だ。

だが、心からそう思う。

 

心の凪。

水面の中心が水鏡となって光を弾く。

 

師範の教えが、その内側から霧のように広がる心地だった。

 

まだ怖い。

己をずいぶんと恥じている。

未熟で半端なのは自身であると確信出来る。

 

 

 

 

ーーーそれでも。

 

 

 

 

「久しいな、真菰」

 

しめ縄がぐるりと巻かれた大岩に歩み寄る。

霧が風を受けて揺らぎ、その岩の上に儚げな真菰の姿を認めた。

 

右目の下に青い花弁の花二つ。

鱗滝さんが彫った厄除の面で顔を隠しても意味はない、優しい花柄の着物に、外に跳ねる癖毛。

記憶にある姿より随分大人びて見えるのは、やはり俺が過去との対峙を恐れているからなのか…。

 

いや、それよりも。

 

「真菰、行儀が悪いぞ」

 

らしくない。

そう感じた。

 

内側にある芯の固さは兎も角として、外側への見せ方はとても女性らしく淑やかなのが俺の知る真菰だ。

岩に腰かけるなら両足を揃えて美しく座る。

 

それが。

 

「チッ!」

 

「…!?」

 

舌打ち?

今俺は真菰に舌打ちされたのか?

え………嘘だろ?

 

「なんだろぉなーこの餓鬼は」

 

「な、が…餓鬼?」

 

記憶とは明らかに食い違う発音と言葉遣いに、脳が混乱する。まるで理解が追い付かない。

 

俺の来訪に気付いてからも、変わらず空を眺めていた真菰の首が下がり、面倒そうに左右に振られた。

 

「俺様の貴重な時間を邪魔しやがって」

 

俺……様?

何を言っているーーーっ!

 

風に舞うように立ち上がり、予備動作もなく舞い降りる。

その手に握られた木刀を認識したその瞬間、嫌と言うほど身体に叩き込まれた護身術が身体を動かした。

 

『ガッ』

 

真菰の木刀と、抜刀した俺の刀の柄が激しくぶつかる。

一瞬の安堵、しかしそれは腹に受けた衝撃によって砕け散った。

 

…蹴られたのか?

真菰に?

あの華奢な体躯で俺を蹴り飛ばした…?

 

混乱、混乱、混乱ーーー否ーーー。

 

『常に心の中心に凪の水面を保つのです』

 

「水鏡…」

 

混乱など捨て置け。

自意識など切り捨て。

俺は水。

師範の理想を体現する水で在れば良い。

 

中空で凪の心境へと意識を切り替え、同時に身体を変えて地を捉え、片膝をついて踏み止まった。

 

「鈍い」

 

声が、上から刺さる。

 

「弱い」

 

その声は確かに真菰。

 

「未熟」

 

だが、違う。

これは、違うモノだ…!

 

「そんなものは男じゃねぇ!」

 

摺り足かーー!

俺の程度では見抜けぬほどに巧い足裁き。

木刀を上段に構える所作の一つからしても師範に匹敵する精緻な動きで、真菰が…真菰に酷似したナニカが俺に迫る。

 

「何を…!!」

 

刀を裏返し峰の部分でその打撃を受け止めた。

 

「何を…だぁ? お前の方こそ何をしていやがる!」

 

怒り、呆れ、焦燥?

ナニカの感情が仮面から溢れて俺の中の水面に触れる。

 

「水柱が! 百鬼夜行の! 只中に!」

 

信じられない。

コイツの剣は師範に匹敵する…いや、それどころか。

 

「俺は…!」

 

強く剣を薙ぎ、距離を取った。

 

「水柱ではない…か?」

 

先ほど迄の剣舞の嵐が、嘘のように脱力してナニカが俺を睨んだ。

 

「如何にもお前が言いそうな台詞だぜ」

 

真菰の細腕が、どうして。

当然のように腕を真っ直ぐに伸ばし、木刀の重さを感じさせずに俺に切っ先を向けた。

 

「その『構え』その『呼吸』…弱くなったなぁ?」

 

確信したような言葉に、水面が乱れる。

 

「ふざけるな」

 

弱いだと?

鱗滝さんに教わり、師範に叩かれ、戦場で練り上げたこの水の業が弱いだと?

水の歴史を、見くびるな!

 

「水の呼吸・肆ノ型…!?」

 

「どうしたどうしたぁ? 水柱様の肆ノ型、見せてくれるんだろうぉ?」

 

それこそ、鏡に映したような構え。

真菰は肆の型を含む抜刀後の技、それも大きく腕力を必要とする型は苦手だったハズ…いや、今は一振りに集中しろ。

 

「「打ち潮」」

 

重なりあう声。

しかしその動作は寸分が違う。

 

「馬鹿な…」

 

俺の体捌き、剣線の流れ。

その全てを完全に掌握し、寸分…それこそ毛先ほど僅かにずらして剣を差し込み、俺の攻撃を完全に無力化した上で間隙に差し込むようにして『漆ノ型・雫波紋突き』が放たれた。

 

それこそ、この激しい攻防の最中でありながら、まるで初めて出逢った際の師範がしたように、俺の程度でも見抜ける次元にまで速度を調節して…!

 

「流石は雪菜だ、こんなカスですら使えるように仕込む」

 

ギリギリで防御が間に合った。

驚愕より早く、師範に教えられた動作で腕が動いたのだ。

 

「しかし、間違いだ」

 

「…何だと?」

 

応えず、ナニカが剣を構えた。

 

「さあ、かかってこい。今度は峰打ちなど不要」

 

「…あり得ない」

 

剣が、刃が外を向いている。

俺は確かに、峰を外に向けていたはず。

 

「来ないなら、此方から行く!」

 

は、早い!

 

「待て、真菰!!」

 

咄嗟に刃で受け止めた。

瞬間、鉄の打ち合う音が響いた。

 

「心配など不要、お前は真菰に怪我をさせると思っていやがるが、それは全くの見当違いだ! 心の底から安心しろ、俺はお前より強い!! 風を纏っているからなぁ!!」

 

風を…纏う!?

 

「どうした、お前は水柱程度で収まる男ではないのだろう?」

 

「何を、馬鹿な!」

 

「水の呼吸! 水の型! 水柱に繋がれた想いや願い!」

 

猛攻、強打、俺の反撃を意にも介さぬ痛烈な返し!

 

「その全てが!!」

 

木刀と真剣。

性質の異なる二つの物質が奏でるべきでは無い、甲高い金属音が空気を引き裂いて鳴り響く。

信じられない。

俺は夢でも見ているのか。

 

「お前の足枷となっている!」

 

下段。

小柄な真菰の連撃に耐えるうち、一瞬だけ俺の意識がそちら側に傾く。

その揺らぎを捉え、弐ノ型『水車』が真上から俺を打ち据えた。

 

「…どういう、事だ?」

 

追撃の気配は無い。

無様に地を舐めた身体の調子を確かめながら、理解に苦しむ発言の真意を問う。

 

言葉を選んでいるのか。

真菰の姿をしたナニカは、立ち上がった俺が剣を構えるまで微動だにしなかった。

 

「お前は全てを忘却している。お前の魂は頑なに変化を拒んでここまで来たと言うのに」

 

忘却…?

魂…だと?

 

「…運命とは誠、残酷を強いる」

 

俺に理解を求める素振りすらなく。

息が、その息遣いが決定的に変わる。

 

「水の呼吸・零の型【(うしお)の息吹き】」

 

マズイ……!!

 

本能が怯える。

心臓が絞られて血の流れが滞り、脳が(酸素)を無くして肉体が硬直する。

この剣は受けられない。

俺の能力で対応できる限界を完全に凌駕している。

見知らぬ技であるにも関わらず、肌が粟立つ。

 

ーーーギン!

 

初撃を弾けた理由がわからない。

 

二・三・四・五・六…!

捌く度に、剣の鋭さが増していく!!

 

「魂を奮い起こせ! もっと、もっと、もっと!! 本来のお前なら! 俺様程度の贋作に! 負ける事など有り得はしない!!」

 

「わからない、俺は弱い! 姉さんも、錆兎も…師範も! 誰一人守ることが出来なかった!」

 

「舐めるな! 進め! 男なら! もう一度男として生まれたのなら! 進む以外の道などない!!」

 

嵐のような剣舞を前にして、俺の型が崩れる。

 

「かかって来い!! お前の力を、本来の『(ながれ)』を見せてみろ!!」

 

もっと…早く。

この型ではゼッタイに間に合わ…ナイ。

なら?

ソレナラ?

 

零ノ型………零ノ型……………零ノ型。

贋作………潮の、息吹き?

刃に風を纏わせて………。

 

明滅する。

視界が、世界が。

『流』が、見えてーーー。

 

「おぉおおおおお!!」

 

ーーーガン!

 

強い。

あぁ…。

お前、強くなったんだなぁ。

 

顎への強打により、身体が浮く。

意識が落ちる瞬間。

何故か俺の胸に感動が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

真菰の異才の稀有なる事。

 

ーーー義勇はきっと、今はまだ言葉じゃ納得出来ないと思うんだ。

 

どうしても行うべきだ、と言う真菰の主張に折れてこの場に座しておるのだが、早くもその過去を悔いておる。

 

『かかって来い!! お前の力を、本来の『(ながれ)』を見せてみろ!!』

 

真菰の身体に降りた水柱様の発破に、義勇が腹から声を振り絞って応えるーーーその、呼吸。

顎を打ち抜かれるまでの刹那ではあったが、その息は確かに、水の呼吸でありながらも、違う色を見せおった。

 

しかし。

儂の関心はそこに向かわぬ。

 

「真菰…!」

 

その細腕が義勇の顎を打ち抜いて後、真菰はその場に立ったまま一度細かく痙攣した。

恐らく吐血したのであろう。

厄除の面の影から、赤い血が首筋に流れた。

 

「真菰ぉぉぉぉお!!」

 

土台無理があったのだ。

つい先日まで呼吸の常中さえ知らずにいた少女が、覚束無ぬ(おぼつかぬ)花の呼吸を用いて己を依り代に変じ、神に近しい存在を宿して剣舞を成す…等と、身体が耐えられる筈が無い。

 

力を無くし、壊れるように倒れる我が子。

儂は即座に駆け寄り、身体の状態を確かめた。

 

「…これは」

 

奇跡の代償は余りにも酷い(むごい)

 

腕や脚、つい先ほど迄雪のように白かった真菰の肌は悉く(ことごとく)鬱血(うっけつ)して紫の色が差し、血に汚れた首回りは黒に近い(まだら)の模様が水に墨を落としたかのように浮き上がる。

 

先の吐血から考えて、間違いなく気管を損傷しておる。

即座に面を外してーーーそのように指を向けた途端。

 

「そのままで!」

 

胡蝶カナエの緊迫した声に、自制心が動く。

 

「鱗滝様、まだで御座います。まだ神降ろしの儀は途中、ここで仮面を取れば取り返しがつきませぬ」

 

儂の隣に座し、面に触れぬまま真菰の身体を回して気道を確保した。

 

「予定より冨岡様の到着が遅れた影響が大きく、かなり深い場所まで神が根差しております」

 

「多少の術理は知り得ていても、本職である胡蝶ミズハ殿の孫であり、弟子としての知識を備えるカナエには遠く及ばぬ。どうか、どうか娘をお助けくだされ」

 

儂の嘆願に、蝶はただ静かに頷いた。

 




一日考えたのですが、タグにアンチヘイトとBL(両方とも保険)を追加しました。
作者の性癖はそっち方面に尖っていないのでこれから先、生々しい感じで表現することは無いのですが、感想で頂いたご意見を妻に相談した所、

「えぇやん! メッチャ人来ると思うで!」

と大喜びしたので一応。
…たぶん少し、そっちの人なんですよね。

人が来るか離れるかはわからないのですが、どっちに転んでも執筆は続けるし、開き直ってみます。
ご不快に思われた方にはご免なさい。

先制土下座。
m(_ _)m
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。