『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 肆拾陸 話『月光の導き・下』

 

俺達を拾ってくれた斎藤ジグザグは蠅庭と言う巨大組織の長だった。

蠅庭は数年前、ジグザグが俺のお母ちゃんと出会う前までは本当に薄い繋がりで成り立つ組織モドキの組合だったらしい。

それを塗り替えたのがジグザグであり、俺のお母ちゃんだ。

 

お母ちゃんから与えれたのは桁外れの呪力と財力。

 

呪いは元より並外れた才能を秘めていたジグザグの枷を壊してその本質に溶け合い、人から外れたとすら表現される呪力を育てて蠅庭に属する術者の心を折り、江戸の頃から溜め込まれた髪結いとしてのお母ちゃんの財は折れ曲がった心に添え木として入り込み、ジグザグ無くしては立てない迄に仕上げたらしい。

 

そうして組織の力を得たジグザグは鬼狩り…産屋敷から隠れつつ鬼の動向を注視し、陰ながら干渉していた。

俺のお母ちゃんとの契約だから…と言葉を濁してはいたけれど、実のところ産屋敷と繋がりを持たないのは彼の奥深い場所から聞こえる決意…? の音に起因しているんだと思うんだよね。

 

決意ってなんなんだよ、勿体つけてないでさっさと話せ…って?

いや俺だって気になるよ。

けどほら、相手が相手でしょ?

お爺ちゃんの巧妙極まる話術で攻めても、お子ちゃまの向こう見ずなフレッシュトークでプシュプシュしてもずぇ~んぜんお話にならないんだわコレガ。

 

一応の保護者だし?

ジグザグの過去が気になるのは間違いないんだけどさ、俺も基本的に忙しいし時間が無いわけよ。

修行してプニプニボディーから脱出したり、修行ついでに解呪屋としても働いたりしなきゃならない。

 

それにほら、俺ってお子さまでしょ?

身体が求めるのよ、休養を。

脳ミソが傾くのよ、娯楽へと。

 

そんな訳で連日連日、くる日もくる日も繰り返されてはギッチギチに詰め込められる依頼の密度に嫌気が差してね?

蠅庭の監視下から脱走したんだ。

 

いや、ほんとヒドイんだよ?

社畜って言うの?

ホントこれ、俺の中身がお爺ちゃんだってバレてるのも一因だろうけどもだよ? ガワの方はまだ九才のお子ちゃまなんだよ? そんなベイビーなこの俺の睡眠時間も削られて、分単位でスケジュール管理されて詰め込み教育ならぬ詰め込みお仕事。

…っとに、どこの真っ黒企業だよヲイ。

 

ほんと、俺に呪術の才能があったなら憎しみで蠅庭が崩壊してるレベルのギリギリ犯罪未満だぜ。

 

 

 

 

そんな風に連日の激務で疲れきった精神と肉体を休めながら、この数年を振り返っていた。

 

場所は廃棄された古寺の中。

孤児経験のある善逸さんにはわかるんだよね。

自然とそういうヤツラが集まる場所ってのが。

 

俺って今世では最初っから頭キンピカでしょ?

お母ちゃんに育てられて、蠅庭に管理されてた事もあって肌の色艶も良いし着物だって上等だ。

だから無駄に目立って古参の孤児兄ちゃん達を刺激しちゃったんだけど、そこはほら俺も大人だから。

 

「一緒に食おうぜ!」

 

基本さ、孤児は餓えてるんだよ。

食にも愛情にも餓えてやつれて疲れて果てて。

今がひもじくて未来が薄い。

 

そんな時にホカホカぷんぷんの温かい飯を出されたら我慢なんか出来ないんだわ。

 

「これ飲むと暖まるぞ」

 

そこに果実酒をぶっ込む。

酒って言ってもピンキリだかんな。

大人としての経験があるなら、子供にもバカウケする甘くて柔らかい酒なんて直ぐに見つけ出せる。

 

当然、孤児は集団を組むから猜疑心が強い奴もいる。

そんな奴は音が違うから直ぐにわかるだろ?

で、そう言う手合いは俺が本気でヨシヨシ攻撃してサクッと沈めてやりましたとも!

 

…普通の人生歩んでれば理解に苦しむ行為かもな。

けど孤児の巣窟で一夜明かすならこのくらいはしなきゃ駄目なんだよ、お互いの為に。

 

腹一杯食わせて酒も呑ませれば少なくとも明日の明け方までは目が覚めない。

そうなれば、旨い飯の種であるこの俺にちょっかいを出す事もないし、俺がそれに抵抗する必要性も生じない。

…悲しいけど、これが孤児なんだわ。

 

酔いが回り、あちこちで寝こけている孤児を寺の中に回収する。

一番風通しの少ない場所に布団が敷かれていたので、そこに全員を集めてぼろ布のような毛布を被せた。

団結というか、普通に人肌って暖房だから。

集まって寝るのが一番効率的なんだよね。

一緒に寝なきゃ寒いってわかってれば、無駄ないざこざも減るし。

 

「なんか、懐かしいな」

 

なんともなしに呟いて、俺も横になった。

彼らとは少しだけ距離を置いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

自分でも夢だってわかる不思議な夢。

 

夢の中の俺は布団の中だった。

頭から毛布を被って丸くなってる。

 

なんとなく、そこに至るまでの粗筋が頭に浮かぶ。

そうか。

これは俺がじいちゃんに拾われてきた日の事だ。

 

俺は孤児だった。

孤児ってのは普通一人では生きていけない。

自然と集団が形成されて、なんとなく役割があって。

そして寒い夜には皆が一ヶ所により集まって眠るんだ。

顔も名前も風化してしまった懐かしい仲間の記憶が、今この瞬間だけは鮮やかに蘇っていることに驚きと感動を感じる。

…けど。

 

「ひっく、ひっ…」

 

途端に意識が変わる。

俺は傍観者じゃなくなって、一瞬でその時その場のぜんいつになる。

 

「ひぐっ、ひっく」

 

かなしくって、胸の中の骨が痛いよ。

さびしくって、頭の中が怖いオバケでいっぱいだ。

 

そりゃそうだよ。

おれって孤児なんだよ?

ずっとずっと、冬の寒い日に寝る時にはどんな喧嘩してたって皆一緒だったんだぜ?

 

じいちゃんがくれたお布団キレイだけど冷たいし、俺って一人っきりだし、知らない家だし。

目をつぶったくらいで寝れるわきゃないのよ。

 

じいちゃんは違う部屋で寝てる。

そりゃそうだろうね。

俺って十四才の誕生日過ぎてるもん、大人の手前だもん。

一人で眠れないだなんて思われないよね、普通。

 

…誰にも助けてもらえない。

俺、こわい。

こわいよ。

こわい。

 

こわくて、さみしくて。

どうしようもなくって。

だけど、ここから抜け出したら怒られるかもしれない。

優しい音のじいちゃんだったけど、せっかく助けてやったのに、って。

すごくすごく怒られて、もし捨てられたら、また借金取りに殴られるのかな?

こわいな…こわい。

 

 

…あ。

 

 

そういえば、カイガク?

アニデシ?

どっちが名前か知らないけど、先輩がいた。

となりにいるから一緒に寝て…。

 

…あ、あ、あ。

そうだった。

 

俺、凄ぉぉぉぉく嫌われてた。

やっぱりダメかな。

嫌がられるかな?

けどこわいし、寒いし。

 

…ちょっとだけ、触ってもいいかな?

 

けどな。

こわいけどな。

だけどな。

やっぱりさみしいけどな。

えっと、だって。

 

「ぴ!」

 

いま、バサって言った!

なんか、音した!

 

…隣から、聞こえた?

 

こわいけど、気になって。

そんで、お布団の隙間からとなりを見たら。

 

「あ…えっと」

 

カイガク…アニデシ?

えっと、そう。

先輩は何も言わなかった。

目も開けない、身動きしない。

人が入ってこれるように、手で毛布を上に持ち上げた姿勢で固まってる。

 

「あ…ふぅ」

 

なんだかそれが嬉しくて。

先輩の音が暖かくて、ポカポカして。

お互いに、なんだか噛み合わないような変な音なのに。

噛み合わないからこそ、お互いの事がわかったような気がして。

 

 

 

じいちゃんの家で、最初に貰った温もりは。

そうか。

そう…か。

 

 

 

起きる頃にはいつも獪岳の姿は無かった。

けど、俺が一人で寝られるようになるまではずっと知らないフリをして布団を許してくれたんだ。

 

けどそのうち俺の甘えを見抜いて一緒には寝てくれなくなって。

俺も獪岳に頼らなくてもぐっすり眠れるようになったんだよな。

 

それで寝こけて。

日が登った頃にじいちゃんが怒って部屋に入ってくるんだよ。

なんて言って怒ったっけな?

 

「この」

 

あ、そうそう。

 

『たわけ者がぁ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃい!!」

 

身体が跳ねる。

びっくりし過ぎて本気で跳び跳ねた。

 

なんだ?

なんか夢見てたよな?

じいちゃんの夢…だっけ?

 

「え…あれ、じいちゃん?」

 

驚愕が凍るように熱を失い、変わりに焦燥が燃え上がる。

 

「じいちゃんの、声…!?」

 

俺の耳に届くのは明かな戦の音色。

 

「まさか…マジか!」

 

音源は近い。

即座に走れば間に合う程度に。

 

「間に合う…間に合う?」

 

間に合うってなんだ?

じいちゃんだぞ?

歴戦の剣士、雷の呼吸の正統な後継者で、過去の鳴柱その人だ。

その人が本気で戦っていて、焦ることなんてある筈がない。

あっていい事じゃない。

 

まだ寝ぼけた頭はそんな思考を並べるけれど、俺の肉は…魂は、馬鹿な脳ミソを置き去りにして即座に全力稼働を開始した。

 

風切り音で妨げられる空気の流れ。

それを精密に捉えながら地を駆けて宙を舞う。

…ここ!

 

一軒のあばら家。

その玄関先に着地したその時に、聞こえた声。

 

「どうか、その子供の、命だけは…お助け、くだされ」

 

じいちゃんも鬼も、俺の存在に気付かない。

 

「あぁ~? 爺は声も掠れてやがるなぁ? もっと大きな声で、オラ、言えよ…ぐひぐひぐひ!」

 

その嘲笑で理解した。

その面を見て把握した。

 

「ーーーー」

 

口が独りでに動き出す。

 

「な、んだぁ?」

 

呆けたような、驚いたような。

そんな間抜けの反応が、その足元に転がる物言わぬ骸の流血が。

臓腑が燃えるような激情に火をつける。

 

殺す。

このクソ野郎は絶対に殺す!

怒りのままに言葉を並べ、言語に殺意を塗りたくって投げる。

 

その間に整える。

身体の中の血の流れを整え、身体の中を光る意思と願いの雷光を捉える。

 

「歪の呼吸・壱ノ型」

 

「ぐひっ! ガキが剣士の真似事ーーー」

 

あぁ。

やっぱりな。

この鬼は本当に阿呆だ。

何度俺の目の前に立ったところで。

 

「ーーー雷一閃ーーー」

 

全盛期とは比ぶべくも無いものの、この程度の小鬼に捉えられる速度ではない。

その首を落とし、家の壁を背に即座に反転して残る魚の怪異に意識を向けた瞬間、まだ宙を回っていた四つ目の鬼と目があった。

 

「【血鬼術】」

 

「!?」

 

「【舌先三寸…!】」

 

鬼の長い舌が三つに別れて残存していた三匹の怪異、その口の中に潜り込んだ。

 

あの鬼は死んだ。

それは間違いなく、呪いの摂理に基づいて確信してる。

何よりも頚を斬ったんだ、堕姫や妓夫太郎じゃあるまいし。

…けど!

 

 

「「「ぐひ…クソガキが、やってくれたなぁ?」」」

 

 

口の奥、舌の付け根に浮かび上がる四つ目の顔。

 

「ああクソ、俺の身体が」

「なんて事だ玉壺様の作品が」

「醜い、俺のせいで醜く歪んでいるぅ」

 

ぐひ、ぐひ、ぐひ。

 

三匹の怪異の中から汚ならしく響くのは笑い声なのか、鳴き声なのか。

これは呪いだ。

本体の死を引き金にして発動する特質系の呪術。

血鬼術の…呪いの本質。

 

クソ…ヤバい。

元から気色悪かったのにそれが三倍になるとか…!

 

「弐ノ型・稲車!!」

 

叫び出したい衝動を堪えて技を撃ち、縦に回転しながら放つ三連撃で前方を押し上げる。

 

「ぐひぃー!!」

 

頭の悪い奇声を発しながら中央の怪異が飛び出して先制を潰された。

 

クソ、クソ、クソぉぉお!!

 

「ア゛ーッ↑!↑!↑! 何なんだよお前クソ、この! 何なの!? なんでそんなイチイチ気色悪いの!? ふざけてんの!? 俺は真面目にやってんの! 何でお前はそんなっクソこの汚いチ○コみたいなベロ出しくさりやがって! 臭いんだよ! 臭いの!! 魚臭いのもあるけどもうホント普通に臭いんだって!! 頼むから歯磨きして出直してこいよモーほんとやだぁ!」

 

ぐひぐひ五月蝿いし、こっちはじいちゃんと見知らぬ坊やの命がかかってんだぞ?

真面目にやれよ!

 

狭い室内、巨大な怪異。

その隙間に水のような流を見る。

流れの中に、己の回転を併せて猛る…!

 

「参ノ型! 迅雷・流舞!」

 

怪異へと攻撃を重ねながら、俺の意識はジリジリと焦がされるように焦燥が進んだ。

 

『アンさんは基本、運が良かったんですな』

 

いつだったか。

前世で倒した鬼との攻防を話すと、ジグザグは悩ましげに呟いた。

 

『アンさんの場合、一撃必殺が通用する個体が相手であったり、共闘相手が自分の実力と同等か、それ以上に強い仲間である事が殆どや。もし、今回の人生で自分より劣る仲間やら、一撃必殺が通じひん相手…一撃必殺の溜めを生み出す余裕の無い状況に追い込まれたら…オモロ無い事態に陥るやも知れんわな』

 

「っ…はぁぁぁぁぁあ!」

 

雷と水の呼吸、その参ノ型の融合。

小さく、鋭く。

独楽のように舞いながら、蜻蛉(トンボ)のように制止と起動を繰り返す。

状況と場の流れ。

その流れを掴み、離さず、畳み掛ける。

 

「うっ…ぐ!」

 

だが…浅い。

弐も参も、溜め無しで繰り出せる型の精度があまりにも至らない。

まだ戦闘は始まって間もないと言うのに、腕が重い。

いや違う。

 

重いのは…。

 

「ぐひぃ!」

 

二体の怪異を相手取っている間に、最初に稲車で顔を潰した筈の怪異が復活していた。

その舌が動けないじいちゃんに向かい、その爪が意識の無い子供へと振るわれる。

 

…重い。

人の命が、重い!!

 

かつて感じたことの無い重圧。

迫られる選択、届かない現実。

 

「ーーー壺を討て」

 

「っ…!!」

 

弱く、消え入るようなじいちゃんの声。

その声が、絶望の扉を開く鍵となり。

 

「肆ノ型」

 

目の前に見えたアイツの幻影が、俺の扉を押し開けた。

 

咎雷(トガイカヅチ)!!」

 

溜め動作を省略し、その上で迅速な加速を得、己と敵の状況を問わずに攻撃へと至る。

 

ーーー全てが。

 

この『歪』と名付けた業の全てが。

あの日、獪岳が俺に刻み付けた剣撃を下地にして作られた。

だから届く。

届かせられなければ、俺は今度こそ俺自身を許せない!

 

「ぐ…ひ?」

 

一匹目。

打ち崩した術の霧散を耳に聞く。

けど…まだだ!

 

「三・・・連!!」

 

水の呼吸で強度を補った血肉が、荒れ狂う雷の暴威を押し込める。

負けない。

獪岳の技を借りておいて、負けることなど許されない!

 

「ズァァァァァ!!!」

 

罪の雷。

その技を、命の為に。

 

 

 

振り抜いた姿から残心を捨てる。

この剣に、残すべき心など必要が無かったから。

 

 

 

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