『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 肆拾漆 話『良縁悪縁なし崩し』

やりおった。

朝焼けに光を弾く…黄金の小川のような美しい長髪を、後ろで一括りに纏めた小僧。

 

見たところまだ十歳ほどの弱々しい体躯で、歪の呼吸じゃと? 咎雷じゃと?

なんと言う…。

 

若かりし頃より物理も条理も、何もかもを飛び越える鬼血術の奇妙奇天烈な有り様に晒されてきた来た身ではあるが、流石にこれほど不可思議な出来事に遭遇したことは………。

 

ーーーと。

ワシの脳裏にアヤツと出逢うた日の、月の輝きが浮かんだ。

 

「ぅ…ぐぁ」

 

腕を突っ張り、身体を起こしにかかる。

久方振りの激痛に、どうにも声が堪えららぬ。

 

「じいちゃん! 無理しちゃダメだよぉ!」

 

途端に顔を崩して駆け寄ってくる黄色い頭の小僧。

その顔が可笑しくて力が抜ける。

腹筋の痙攣が腰に響…し、死ぬ!

ぐぉぉぉぉあ痛痛痛痛痛。

この小僧っ子、ワシを殺す気か!!

 

「腰はヤバいから、とりあえず今は動いちゃ駄目だって!」

 

よほど心配なのか、何なのか。

目から大粒の涙をボロボロと落としながら、慌てふためく姿にワシへの思慕を感じて、それが誇らしくもあり悲しくもある。

………よし。

 

腹を括り身体を直してから息を整える。

すると即座に反応があった。

 

「何やってるの!? 足も折れてるし腰だってヤヴァイんだよ? 歳なんだし、無理に呼吸使ったら後に響くよぉ!?」

 

ふむ、やはり呼吸を深く理解しておる。

…当然か。

この者は雷に水の呼吸を重ねる等と言う荒唐無稽の神業を使う童子だ。アヤツと比肩する超凡の輩。

 

ーーーしかし。

水を得たからこそ、ここまでの域には至っておらぬらしい。

 

背を壁に預けてて座り、腰と足から矢のように飛ぶ『痛み』の信号だけを選りすぐりて活力に変換する。

微弱なそれを音の呼吸から伝わり得た技法により体外に放出した。

流石に痛みが全て消えることはない。

じゃがこれで会話程度は出来る。

 

…と。

おーおー。

あからさまに驚いておるな。

普通であればこの微細な変化にその歳で気付ける童子の存在こそが驚きなのじゃが、ワシの縁者には頭残念しかおらぬのかの。

ならば、こんな誘い口でどうかの?

 

「ーーーまずは礼を言おう『弟子』にこんな情けない格好を見せるのも(しゃく)じゃが」

 

「いい! そんなの全然気にしなくていいよ、じいちゃん! 俺こそ遅くなってゴメン! もっと早く気付けてたら………あ?」

 

かぁー。

やっぱし頭残念じゃの。

楽しくなってきたわ。

普通ここまで簡単に口を割るかのぉ?

 

「やはり…か。お主、名は善逸じゃな?」

 

げ…。

せやった。

俺ってじいちゃんとこれが初対面だよ。

弟子とか言われて素直に納得しちゃダメだったわ。

ん…てか、名前までバレてる?

なんで?

 

そんな頭残念・弐号の内心が耳に聞こえるようじゃわ。

…まったく。

 

「刀…見せてみぃ」

 

どうしたら良いのか。

それがわからず、童子が…善逸が思考停止でワシに従う。

 

「ふむ…蒼天の刀身に黄金の霹靂とは…なんともまぁ」

 

そわそわしおって。

どうせ何と無く気まづい気持ちになって、そこでようやくこの家の濃密な血臭が気にかかり、今も気絶しているこの家の子供が心配になったんじゃろうな。

わかる。

…わかる、が。

今は時間が惜しい。

 

「鉄珍の作じゃな」

 

童子の背丈に合わせて打たれた逸品。

見紛うには無理がある、この世で最も至高に近い男が叩いた刃じゃもの、このワシが間違えたなら後ろから刺し殺されても文句は言えぬ。

 

「二年前…ヤツから文があった。ワシの縁者に一振り、日輪刀を打ったと」

 

それを善逸へ返しながら、ワシは目を閉じた。

 

「その頃、ワシの縁者に刀を与えられる資格を持つ者などおらぬ、それもあの里の頭領たる鉄珍が手ずから打つ事などあり得ぬ話しだったからの。ヤツもとうとう耄碌したかと思うて…そうか、その夜じゃったか、アヤツに出逢うたのは」

 

思えば、もっといぶかしむべきじゃったのかの。

あんな小僧が、あれほど卓越した呼吸を成しておたのじゃ。しかも蓋を開けてみれば立派なのは呼吸の業だけで、剣術も心も、まるで野放図で頭も残念な頓珍漢よ。

 

ワシのような出来損ないの、ただただ死に損なっただけの残りカスを先生と慕い、己の信念を保ちながらワシの課した訓練にも手を抜かず、溜めて溜めて、何もかもを背負いに…背負わされて。

 

開くと直ぐに、善逸と目がかち合った。

そこに有るのは驚愕と…確信。

 

「ふむ、わかるか」

 

まさか。

そんな思いが顔を歪めて。

 

「でも…! だって兄貴は、まだ何年も…!」

 

この童子も知っておるな。

雷月と同じか、同等の何かを抱えておる。

なれば、託せる。

ワシは己の弱さを恥じる。

じゃが、恥よりも…ワシはアヤツの未来が欲しい!

 

「今、この夜」

 

痙攣が止まぬ手を伸ばし、願う。

 

「北の花街で上弦の陸と、若い鬼狩りの死闘が繰り広げられておる」

 

暖かなコヤツの心を感じる。

善逸の手が、壊れ物を触るようにワシの手を包む。

 

その手のなんと暖かなことか。

 

肌の張りが失せ、余った皮膚がシワになり。

外から触るとひんやりと冷たく、シワの部分が柔らかく歪む。

終わりに近付いたワシの手へ、活力を注ぐように。

 

「嫌な予感が消えぬのよ、アヤツが…ワシの子が、二度と帰っては来ないような」

 

手の震えが止まぬのよ。

恥ずかしくも情けない。

ワシは、あの子を喪うことには耐えられぬ。

誰を地獄に導いたとしても…!

 

「きっと、本当の未来とやらでは、ワシは間違えたんじゃろうな。今が完璧とは到底言えぬ。じゃが、アヤツが知っている未来において、ワシはアヤツの心を救えなかった。そうじゃろ?」

 

そうでなくて、何故アレが鬼になど堕ちるか。

あれほどの、輝くような高潔な男が、ワシの失態無くして、堕ちる筈が無い!!

 

「………」

 

申し訳なかった。

どれ程の重石を抱えてここまで来たのか。

それでもワシを慕う男を前に、なんと…惨めな。

 

「すまんの、お前を苦しめるつもりはなかった」

 

残された左手で、黄色い頭を叩いた。

 

「肆ノ型…咎雷、見事じゃったぞ」

 

ーーー違う、あれは。

その声に、微笑む。

 

「わかっておる。わかっておるわぃ」

 

ポンポンと叩いていた手に、少しずつ力を乗せて。

 

「アレは呼吸以外、完全に遠雷の写しじゃな…まぁ、三連には魂消たが」

 

「あ、いや、その」

 

叩く、叩く。

叩けば叩けくほど、コヤツの顔から険が抜ける。

良い子じゃ、本当にワシには勿体ない程に。

有り難う。

その思いを込めて伝えてやろう。

 

「しかし、本来の遠雷とは違う」

 

そう。

本物の遠雷をお前は知らぬ。

それこそがワシの罪の証。

 

「お前が使ったら技は獪岳固有の遠雷じゃ。あの足運びに剣の筋…違ってはおったが本来受け継がれて来た物に遜色無かったし、ワシもこの足じゃろ? あえて訂正せぬまま肆ノ型に関しては黙認した。故に、アレを遠雷じゃと認識しておるのはアヤツと、アヤツの縁者に限られるのよ」

 

ーーー俺は、鬼となり、これから貴方の弟子となる我妻善逸によって討たれるのです。

 

アヤツの声が、今も耳に残っておる。

 

「じゃからこそ理解できた。お前がワシの弟子であり獪岳の弟であると。そして、惰弱なワシに変わってアヤツを斬り、ワシが負うべき罪を背負うて来たのじゃと」

 

「ち、違う」

 

「違わぬ。咎雷の名がその事実を証明しておる」

 

最後に一つ頭を撫でて。

そしてワシは両手を重ねた。

 

「縁とは不思議な物よな、時空を越えて…至らぬワシの蒔いた種が、こうして受け継がれてここに繋がる」

 

童子の手を包むように、祈るように。

 

「ワシは良い子に恵まれた」

 

「じいちゃん…」

 

「アヤツを…今は雷月と名乗らせておるワシの息子を、どうか…支えてやってはくれぬか」

 

童子の葛藤も重責も。

一顧だにしない厚顔無恥な爺の願い。

 

「任せて」

 

黄色い童子は、その全てを受け止めて微笑んだーーーその時。

 

「ヒョッ」

 

間抜けの放つ奇声のような『ソレ』が、善逸の背後から這いよった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…!」

 

邪な気配に即座に反応し、善逸が気絶している子供を抱えて距離を取った。

 

「ヒョヒョッ」

 

気配の元は壺。

『魚と共に夫のもとへ』と銘打たれた陰惨な壺の飾り。

裸体の女性の上半身、その中の本来眼球が収まるべき場所に埋め込まれた一対の鯵の頭。

 

その魚の口から、気狂いの声が漏れ出した。

 

「面白い、実に素敵な見世物を拝見致しました」

 

固まっていた女の指が動き、宙を掻きむしるような動作を取りながら、その身体が壺に引き込まれる。

 

骨を砕き、肉を啜る。

 

その音の後に壺より出でたるは【上弦の伍】。

人間の顔を捨て、人間の四肢を捨て。

他者を巻き添えにしながら己の理想へと堕ちて行くひた向きな厄災。

 

その名を。

 

「玉壺…まさかもう一度、貴様の気色悪い面を拝むことになるとは…」

 

持ち得る限りの活力を放ち、全霊を震わせて慈悟郎が立ち上がった。

 

「…はて? なんでしょうかね、この瑞々しさの欠片も無いみすぼらしい老骨は」

 

全身に生えた短い手と指をザワザワと蠢かせ、身体をくねらせる。

目があるべき場所にある一対の口は、コトバを弄しながらも忙しなく動き、肉を噛んではこぼれ落ちた血を舐めて。

口と額の真ん中に取り付けられた瞳、その周りの筋肉がいぶかしむようにぐにゃりと歪んだ。

 

「んん? その呼吸…その足、そして汚ならしい便所虫のような目付き。やもするとお前はチャボ? あの伝説の…!」

 

「たわけ者が!」

 

慈悟郎が仕込み杖の鞘部分を投げると「ヒョッ!」と楽しげな声を発して壺の中に引っ込んだ。

 

「むっ!」

 

家屋の外に気配の源が移る。

それを察知した善逸は、既に限界を超過している慈悟郎と意識の無い子供。

この二人を強引に抱えて庭に飛び出す。

 

「ヒョッ、良い判断ですね? 腐っても鳴柱だった出涸らし(でがらし)の縁者だけはある」

 

庭にある巨木の根元、そこに湧き出した壺からニュルリと現れては一対の口で笑みを浮かべた。

 

「しかし、見たところお前の呼吸は雷由来の半端物、その死に損ないが尻尾を巻いて逃げ出したこの私、偉大なる芸術家であるこの私に! 勝てるとか? まさかまさか、そんな大それた妄想に頭を狂わせておられるのかな?」

 

独特な声で嗤いながら背筋を伸ばし、無数の短い腕を広げて見せた。

 

巨木が揺れる。

その鮮やかな赤い花弁が………いや。

 

「ワシを捨てて行け!!」

 

慈悟郎の言葉も、か弱い腕の力も。

何一つ善逸を動かすには至らない。

 

「【血鬼術】」

 

見せ付ける為にゆっくりと。

愉悦を獲るために緩慢に。

 

巨木に飾り付けられた無数の艶やかな金魚の化け物が、一斉に頬ベタを膨らませた。

海外で生まれた芸術の一種。

あの美しい感動の舞台。

 

玉壺が己の身体を指揮棒に見立てて振り上げ。

 

「【千本針・魚協奏楽殺(ぎょきょうそうがくさつ)!!】」

 

振り下ろされると同時に、千本を軽く凌駕する極太の毒針が豪雨のような密度で放たれ、空間を埋め尽くした。

 

 

 




大正コソコソ噂話!

刀鍛冶の里の長である鉄地河原鉄珍様と桑島慈悟郎、鱗滝左近次は同期であり、フランクな鉄珍は二人のことをジゴロちゃん、サッちゃんと呼んでいるとかいないとか。
鱗滝さんは真面目だから普通に名前呼びなのですが、慈悟郎さんは鉄珍さんの事をテチオと呼んでいるそうですよ。

もちろんこれらは作者君の脳内設定なのですが、よくよく考えてみて頂けませんか?

原作での善逸の刀。
折れたことある?

もちろん、抜刀からの一撃必殺が主な攻撃方法だから炭治郎や伊之助と損耗の具合が違うってのは道理だと思う。
思うのんですけれども。

打った人が飛び抜けた達人だったから、と考えるのも面白いと思うんですよね。

んで、その仮定を真実だと仮定して考えた時、なんで善逸の刀を鉄珍様が打ったの? て疑問符が出てきますやん?
そこでティーンと来たね。

鉄珍×慈悟郎ズッ友説。
年代も近そうだ、面白いよなって思った話。

さてさて、そんなところで次回『第 肆拾捌 話 お魚天国! スーパーギョッコブラザーズ(嘘)』張り切ってヨロシクお願いします!
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