『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 肆拾玖 話『勝利する臀部』

 

実弥と雪菜の助けによって窮地を脱した善逸は、一人花街へと向かっていた。

 

「ちくしょう…!」

 

己の無力に歯痒さが募る。

まだ一桁にも達していない幼い肉体は、どれだけ合理を意識して鍛えようとも届かない。

精々張り合えて下弦の鬼が限界だろう。

 

相手は上弦。

雪菜と実弥が力を併せても退けられるかどうか。

しかし、もし自分が引き返したとしても足手まといにしかならないだろう現実に、どうしようもなく意識が焦がれる。

 

だから進む。

恩師の願いに応えるために、仲間の献身を活かすために。

 

 

 

 

そして。

たどり着いた花街では全てが終わった後だった。

 

 

 

 

「兄貴!」

 

東の空が白みがかったその頃、事後処理の為に訪れていた音柱・宇髄天元を強引に攻め落として雷月の居場所を突き止めた善逸が目にしたのは、恋人のように指を絡め合って手を繋ぎ、身体の半分以上を雷月の胸の中に埋没させている鬼の尻だった。

 

「どーなってんの!? イヤコレ、ドホォォォォオオなってんの!? ケツしか勝たん? ケツしか勝たんの!?」

 

混乱する善逸にドン引きする二人の女子。

 

「あわ、あわわわわ」

 

三方の困惑を余所に、一時静止していた鬼の身体は沼に落ちるようにゆっくりと雷月の肉体に吸い込まれ、やがて完全に消え去った。

 

「どうなったの? コレ大丈夫なのぉ!? あ! 突然来てゴメンよぉ、けど俺兄貴が心配で来ただけなんだよぉ、悪い奴じゃないんだよぉ?」

 

まだ警戒している真菰とカナエに声をかけながら、膝を付き意識のない雷月の手を握ろうとしたその時、雷月が善逸の手を無意識の内に払い除けた。

 

「あ、兄貴!?」

 

「ぐ、ォォォォォォォォォオ!」

 

「兄貴!」

「雷月!!」

 

呻くように叫びながら、雷月が己の胸に指を突き刺す。

雷月の身体が人の側にあったのなら、それは致命傷となるであろう深さ。

しかし、彼の顔に浮き出したひび割れのような痣が雷月の特異性を物語る。

人の音色を持ちながら、鬼の邪悪を身に宿す。

 

即ち。

 

「鬼噛み…やっぱり、兄貴は…」

 

鬼を喰らい、一時的にその特性を得る特異体質。その権能によって自壊していた雷月の肉体が修復される。

ーーーその兆しが見える中、雷月の暴走が始まった。

 

手負いの獣のように牙を見せては立ち上がり、白目を剥いたまま後退り部屋の隅に身を寄せて…更に深く己を抉る。

 

「これは…雷月さん!」

 

いち早く危機を察知したのは胡蝶カナエ。

 

「いけません、止めて! 既にその者の命は雷月さんの内側に在ります、それを抜き出すと言うことは、命を捨てる事と同じ!」

 

そして、その混乱を狙っていたかのように。

 

「琵琶の音色…血鬼術!?」

 

突如、地鳴りのような琵琶の音が地も空も見境無く掻き乱した。

 

「雷月!」

 

激甚な血鬼術の暴威、そして何よりも周囲の変化など歯牙にもかけず、己の命そのものを抜き出そうとする雷月を止めるために、真菰が駆ける。

 

薄く、現実に重なるように幻影の扉が雷月の足元に投影され、駆け寄った真菰は雷月の腕の一薙ぎによって振り払われた。

 

「真菰さん!?」

 

悲痛な胡蝶の声。

そしてがなり立てる琵琶の音。

そこに紛れて水面を揺らす、小さな小さな心の言葉。

 

ーーーゴメンーーー

 

「っ…らぁ!」

 

音を、見付けた。

時空を越えて、ようやく掴んだ兄弟子の本心。

 

「兄貴!」

 

善逸は守る。

彼と、彼の願いを。

 

壁に衝突する寸前だった真菰を受け止めた善逸が、琵琶に負けじと声を張り上げた。

 

「我が母『牧野ユイ』との盟約に於いて命ずる、斎藤ジグザグよ疾く(とく)早く我が前に姿を示せ!」

 

その刹那、次元が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蝶の髪飾りが震えます。

これ迄に無く、まるで命を得たかのように。

 

「…なんや、面倒事に呼び腐りおって」

 

琵琶の音は変わらず、恐ろしいほどの技と呪を魅せて弾かれております…しかし、それは隔絶している。

 

まるで見えない板一枚向こうの、別の世界の事柄のように。

…なんと極められた術なのでしょう。

『私』がこの場を握る限り、この琵琶の音は至らない。

そうした確信を持たせる凄みが場の色を塗り替えました。

 

「お、おま…! なんで?」

 

不思議な金髪の少年が慌てて立ち上がり『私』を指差しておりました。

 

「なんでやて? 阿保な事を言わはります」

 

私の意思とは無関係に右手が持ち上がり、耳の後ろを爪先で掻き回しました。

 

「…っと? 流石にうら若き乙女の髪はやわっこいやないか…傷んなってないよな?」

 

『私』が少し困ったような気配を滲ませ、今度は指の腹でそっと髪の奥にある肌を撫でました。

そして、実に不愉快な心情を顔の表に乗せて、金髪の少年を睨みます。

 

「アンタなぁ、俺は神様と違うのですよ。呼ばれて飛び出てパンパかパーンと言ってやれるほど暇ではないのです、やること仰山ありますのや。やのにアンタ親の名前まで使ぅて呼び出しかけおって、その癖に『なんで』やと? お前が呼んだから問答無用で意識だけ飛ばされたんやろがぃ! ほんま困りますわぁ…!」

 

研ぎ澄ました刃のような怒気を放ちながら、大股で近寄る。

 

「なんか言うことあるんと違いますかねぇ? そもそもなんでこんな場所でこんな事に首突っ込んでおりますのや、俺の与えた仕事はどうなっとるのや、終わらせられる筈がない。まさか職務放棄したんか? まさかお前その歳で職務放棄したわけや無いやろな? なぁなんでや、答えろ、なぁなぁなぁ!」

 

喋りながら、私の指が金髪少年の頬を掴んで、そのまま強く握った。

 

「ひゃの、しょの、あ…あふん♡」

 

快感混じりの声に引きました。

正直に申し上げて鳥肌モノでしたので、その影響が強く響いて指先の主導権が私に戻り、その反動で『私』の構築した結界が揺らぎました。

 

「阿保! 気色悪い声出しとる場合か!!」

 

「ば! バカ! だってオマ、こんな綺麗なお姉さんに頬っぺたプニプニされたら無理だろ!? 誰だって無理なの! お前もうちょっと考えろよ! こちとらまだ一桁年齢の純真ボディーなんだぞ!」

 

「貴方は少し静かにして!」

 

「ぴゃ! ご、ごごご…ごめんよぉ」

 

狂いかけた空気を正し、真菰さんが『私』を見据えます。

『私』が彼女の持つ素晴らしい才覚を理解しました。

金髪の少年と戯れながら、その影で構築していた鬼滅の式を、見抜かれている…と。

 

「貴方が誰でも構わない。雷月を救ってくれるのなら、例え鬼であっても私は貴方の助力を望みますーーーけれど」

 

花の呼吸。

真菰の花弁が舞う幻影を浮かばせて、雷月さんを守るように立ちはだかります。

その決意はーーー。

 

「無茶苦茶やな」

 

一度構築した滅式を砕き『私』が手の平を上向きにして伸ばします。

柔らかな胡蝶の式を、息に乗せて吹き掛けました。

 

「俺が借宿にしておるお嬢ならまだしも、ソチラさんは誤魔化しようが無く『鬼殺隊』なんやで?」

 

息に込めた術が無数の蝶となり、真菰さんの周りを舞う。

 

「俺が鬼でも助力を願う? 図太い神経の鈍感太郎ならまだしもや、ソチラさんは花の呼吸に花身術まで修めた一端(いっぱし)の術者やで? 隊律法度の畏ろしさを、理解しておらんわけでは無いやろ」

 

胡蝶の羽織を織る際、その原型として選ばれたアサギマダラの蝶々の幻が、次第にその羽の白を紫に染めて。一頭…また一頭と墜ちては無に戻ります。

 

「どうだっていい」

 

「ハァ? なんやて」

 

「どんなに馬鹿げてて道理に反したとしても、それを盾にして雷月を見捨てるなんてこと、私にはありえないんだよ」

 

柔らかい見た目とは対極にある芯の強さ。

その美しさが『私』の心をくすぐりました。

 

「ほぉ、オモロイやないか。なんでそこまで肩入れする? いやいや、そもそもソチラさんかて、わかっておるのやろ? その男が求めとるモノが何であるのか」

 

見ればわかる。

己自身の命を、こうも簡単に投げ棄てようとする男の願いなど。

 

「わからないよ」

 

けれど、真菰さんの心の水面は動かない。

 

「雷月は子供なんだ。自分の心がわからなくて…だから毎日苦しくて。逃げたしたくて、逃げられなくて、誰かに愛してもらいたいけど、誰かを愛する自分を許すことなんて出来ない」

 

「はん、わかっておるやないか」

 

「うぅん、わからない。私はぜんぜんわかってなんか無いの。だから知りたい。知りたいし、知って欲しいし、同じ時間を生きていたい。私の未来には雷月が必要だから」

 

「傲慢や、それはソチラさんの我が儘やで?」

 

「そうだね、だけど雷月だって悪いんだよ? 乙女の私がこんなに恥ずかしい想いでいるのに、このお馬鹿さんは見向きもしないで自分の世界に閉じ籠もってる。ねぇカナエちゃん、こんなのってあんまりだよね?」

 

ふわりと風にくすぐられるような花の香り。

美しくて、愛らしい。

 

「真菰さ………?」

 

あ…れ?

一瞬、私が。

『私』は……誰?

 

「くくっ、やりおるな。乙女心なんざ俺には解らん。そこを突かれれば確かに困りますわ」

 

『私』がなんだか楽しそうで、それは私も心地好い。

けれど…なにか。

 

「こらあかんな、降参や。神の草を名に持つだけの事はある、それともこれが愛の力ちゅうヤツなんかな?」

 

『私』の声に、真菰さんが可愛らしく頬を赤くーーー。

 

「照れはるなや、言うたこっちまでむず痒いわ」

 

『私』が帰る、その前に。

 

「このまま退場するとなると、ちと具合が悪いですし? せっかくやからその『愛の力』とやらを試して差し上げますわ」

 

手をかざすように簡単に。

ありきたりな動作の中に絶句するような術式を内包し、真菰さんから立ち上る隊律法度の呪を自らの使役()で包みました。

 

先ほど消えた筈のアサギマダラが、再び虚空から雲霞のごとく湧き出し、一息に真菰さんの小さな身体を呑み込むと呪いも何もかもをない交ぜにして、雷月さんの胸の内側へと雪崩れ込みました。

 

「あっ!」

 

蝶の群体に引かれるようにして意識を飛ばされ、崩れ落ちる真菰さんの身体を金髪の少年が受け止めます。

 

「無意識領域に落っことして差し上げましたわ。俺ってホンマ優しい男ですな」

 

「お前…なんで!?」

 

「次はこっちや、意識が無いからってやらしい事したらあきませんよ」

 

「ば、バババ馬鹿野郎! 俺はそんなーーー」

 

動揺した様子で、慌てて私へと駆け寄る少年の目を見ながら、私の意識はプッツリと、糸が切れたように闇に落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんとも」

 

別たれていた意識と肉体が繋がり、覚醒する感覚が草花の声を捉える。

まだ薄暗い世界で、冷たい朝露を飲みながら。

そわそわと朝日の訪れを楽しみにしながら微睡む美しい命の声無き声を。

 

「時間が…ありませんなぁ」

 

この局面での呼び出し、抗えぬ契約による空間の超越。

…流石に。

時代の波により衰えてはおっても、道理は変わらぬ。

俺の選んだ道は、端的に言えば神に唾を吐く道ですよって、この程度の理不尽は当たり前の事なのですやろな。

 

やからと言うて納得出来る筈も無いのやけど。

…ほんま、あそこまで情報規制して、関わりようの無い程に時間を潰して差し上げて。

なんで、あの場所に至れるのや。

 

 

そもそも、この場所に於いても理屈が通らん。

百鬼夜行、その影で現鬼殺隊当主・産屋敷耀哉によって立案計画された花街での上弦討伐作戦。

その遂行の為に、古く弱い柱は尽くが使い潰され、その足場を支える若い鬼狩りたちも次々と血を流しては命を散らしておる最中。

常識的に考えて、こんな人里離れた山の奥に人員を割く余裕などありません。

…あり得ぬ事やと、思っておったのですけどな?

 

 

肘から先を、肉も骨も見境無しに叩き潰された右腕。

なんぼ精神を平静に保っても、その痛みは消えません。

痛すぎて痛すぎて。

肉体の反射なのかどうか、勝手に涙やら鼻水やらが溢れてきおって、なんともどうにも邪魔くそぉてかないませんわ。

 

契約の履行によって意識を飛ばされる寸前、咄嗟に切った隠遁と変わり身の効果が切れる前に戻れた事だけは幸運に数えても良さそうですけれども…これは治らんやろなぁ。

 

あ~嫌やなぁ。

こんな大怪我したのがバレたら、マミコさん絶対怒りはるやろ。

あの人は仕事任せたら間違い無いのやけど、こんな時には恐ろしゅうて敵いませんよって。

まったく、参るわ。

 

「…しかし、それでも、やらねばならん」

 

どのみち、この先の心配をするには、ここを切り抜けねばならんのですし。

 

無事な左手で印を切る。

切る…切れ……切れへんわ。

 

「あかんな、ハッ。ここまで痛いと関係ない所まで震いよる」

 

震えておっては術にはならん。

丹田で氣を練り上げ、重いヘドロを押し出すように経絡に通す。

 

欺瞞の印は捨てる。

この腕から溢れる血臭、そして一切の制御を受け付けぬ動悸の乱れ。

ある程度の小物相手であれば、呪力任せに騙し果せる(おおせる)可能性もあったかも知らん…が。

 

「化け物め…」

 

俺のお相手はマトモやないですし。

少しでも前に進まなあかん。

それ以外の道は全部間違いや。

なぁ…せやろ?

 

【ジャリ】と、数珠をしごく音を背後に一つ。

 

「南無阿弥陀仏」

 

岩柱、悲鳴嶼行冥。

俺の敵が、舞い戻りおった。

 

朱天童子。

十二年前の災厄の再来。

その為に暗躍する道を選んだ、この俺を討つために。

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