『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

5 / 50
第 伍 話『選別』

 

私は一本の畦道を歩いていた。

左右には背の低い草が繁り、時折枯れた木の姿もある。

とても明るい筈なのに、空は真っ暗。

 

おかしいな、変だな。

そう思うんだけど、思った瞬間に疑問が打ち壊される。

 

だから、ただ歩いていた。

だけど、心が寂しい。

右手。

誰かが握ってくれていた筈の右手が、なんだかとても寂しい。

 

「あれ?」

 

道が、途切れている。

途中で、なんでだろう。

何かに喰い千切られたみたいに、道が消えて…闇が。

 

『来るな』

 

闇の先から声が聞こえた。

 

知ってる、声。

私、貴方の声を知っているよ?

 

だから、怖くない。

怖いわけ、ない。

そう思って、私は足をーー。

 

『来るな、真菰!!』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

脳から血が抜けるような悪寒を感じて目覚めた。

 

何か、変な夢を見たんだと思う。

心臓だけはそれを思えていて、全力で呼吸を使った後のように慌ただしく震えた。

 

 

駄目だ、集中して呼吸を整えるんだ。

どんな時でも、何があっても折れない精神が大切。

 

鱗滝さんの教えを思い出し、心の中に水面を思い浮かべる。

そこはとても静かで、豪雨のように降り注ぐ私の心の乱れを全て受け止めてくれる。

そうして、気持ちを落ち着けると外の世界の様子が見え始める。

 

…そう、今日の狭霧山は雨だね。

雨の匂いと小さな雨粒が草木に触れてふんわりと溶け合う気配を全身で感じ取る。

 

 

 

 

あの日もこんな天気だった。

 

一年前、錆兎と義勇君が最終選別へ旅立ったあの日。

あの時は私も鱗滝さんもどこか上の空で、朝の稽古に身が入らなかったっけ。

 

藤襲山には雨が降ってなければ良いんだけどな。

とか、そんな事ばっかり考えてた。

 

鱗滝さんからは聞いていた話だった。

長い間、鱗滝さんが育てた子供達の中で最終選別を生きて帰ってきた人は居ないって。

けど、心の何処かで思ってたんだ。

錆兎なら…って。

 

私達は義勇君がここに来るよりずっと昔から一緒にいた。

お互い、事情は違ったけれど親を無くした身として鱗滝さんに拾われて、兄弟のようにして暮らした。

 

錆兎はいつも、お兄ちゃん風を吹かせて私の前に立った。

技術でも、力でも、錆兎は私の前に立って、いつでも私の手を引いてくれた。

 

育ちが良かったのかな。

気持ちが綺麗なだけ頭の方はちょこっとゆるくて、自分が正しいと思ったことしか見えない所がお馬鹿で可愛い。

そんな自慢のお兄ちゃんだった。

だから、思った。

 

 

 

あぁ。

この世界はやっぱりこうなんだ…って。

私の大切なモノは、何がなんでも奪い取って、私の手の届かない場所に棄ててしまう。

 

 

私は、志願した。

鱗滝さんには止められたよ?

 

『力でも、技術でも至らないお前が最終選別を越えるだと?馬鹿を言うな、みすみす命を捨てる気か』

 

その言葉は今も一言一句覚えている。

 

だけど、その声に私が何と返したのかは憶えていない。

けど、私は今日もここで剣を振るい、最終選別は一週間後に開かれる。

つまりは、そう言うことだね。

 

 

 

 

 

この山での暮らしは今日が最後。

 

その気持ちを胸に、呼吸を強く意識しながら山を駆け回る。

正しい呼吸を行っていれば自然と身体に熱が灯る。

その熱は、私の心が折れない限りこんな小雨には負けない。

本当はもっと力が欲しかった。けど私の細腕で剣を振れる時間は短い、だから走る。

 

走って、走って、走って、走る。

 

この一年でようやく刀の重さに慣れてきた。

先生は「既製品はお前には大きすぎる」と仰っていたけれど、この重さ程度に振り回されていたら、きっと鬼を倒すことなんて出来ない。

 

「全集中・水の呼吸」

 

動きを止めるな!

立ち回りながら、肺が壊れるような痛みを抑えて鯉口を切る。

 

「玖ノ型ーー水流飛沫・乱ーー」

 

乱立する木々を足場にして縦横を駆け跳ねる。

抜刀は一瞬。

攻撃の直前まで納刀しておく事で機動力を確保し、型に居合いの技術を取り込む事で切断への道筋を拓く。

 

狙いを定めていた木の枝が、私の背後で落ちる音を聴いた。

 

 

 

 

 

 

鍛練を始めて一刻ほど経った頃。

 

「水車…!」

 

弐ノ型・水車は全身の筋力を用い、回転しながら切りつける技。

だからこそ、この技は私の非力を補える。

 

身体の柔軟さを延ばし、抜剣したままでも動き続けられる体力を得るためにひたすらに繰り返す。

その時。

 

「呼吸が乱れておるぞ」

 

知らない人の声に驚いて刀を向けた。

 

「ふむ、型もまだまだ。ほれ、腕が下がっておる」

 

片足が義足の老人だった。

そのすぐ背後に鱗滝さんの姿を見つけ、ほっと安堵の息が抜けた。

 

「真菰」

 

あ…油断した。

隙が出来た事に叱責を受けると思ったのだが、鱗滝さんは困ったように頭を掻いた。

 

「茶の用意を頼めるか?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

狭霧山へ着いたのは、最終選別が始まるちょうど一週間前の事じゃった。

 

「久しいな、慈悟郎」

 

麓まで降りて、出迎えてくれたこの男。

名を鱗滝左近次と言う。

 

「ふん、相変わらず律儀な男よ」

 

お互いの壮健を確認し、自然と空気が緩む。

この年になれば流石に死が近い。

まだまだこれからが人生よ、と語った友が二月で病に没する事も少なくはないのだから。

 

「行くか?」

 

躊躇いがちに聞く所に、左近次の不器用さを思い出す。

 

「なんじゃ、ワシのような爺に山登りは無理じゃと言いたいんか」

 

「いや…」

 

「心配せんでも良い、馬鹿で頭の残念な息子が出来たのでな、身体はここ数年で鍛えられっぱなしよ」

 

袴をまくり挙げて筋肉を見せつける。

そうか。

ワシ、雷月を指南し始めてから一日も遠出しておらなんだな。

 

「ほぅ…」

 

「阿呆の世話の結晶じゃな」

 

カカカと笑いながら山へ向かった。

左近次は何も言わなかった。

いや、言えなかったが正しかろうか。

…うむ。

 

 

 

 

 

 

「真菰には荷が重い」

 

弟子を追いやり、重い重い仮面を脱ぎ捨てた爺が呟く。

 

「錆兎の話しは以前の文に書いた事があったな。儂が育てた子供達の中でも極めて優れた才能の持ち主」

 

囲炉裏にくべた薪の炎を、火鉢で撫でながら続ける。

 

「一年も前の話になるとは…儂は今でも信じられん。アレが選別から戻らなかったことも、いや、錆兎だけではない。儂が鍛え上げ、これならばと送り出した子供達は誰一人ここに帰ってきてくれなかった」

 

仮面の下にある爺の顔。

昔はもっと生気があった。

老いよりも、恐ろしいモノがその顔を歪めていた。

 

「儂は真菰に言った。お前には無理だと。するとあの子はなんと返したと思う」

 

過去だ。

この爺は過去と話をしておる。

 

「『ならば何故育てた』と、言いおった。儂は言葉が続かなかった。多くの子供達を育てた。鬼を狩り、人の世を守る。そのために沢山の子供達を鬼に喰わせた」

 

 

子が、親よりも先に死ぬ。

その現実が、どれだけ残酷なことか。

 

 

「あの子だけでも生かしてやりたいと思う。だが、そうすれば今まで死んで行った子達はどうなる。儂は、儂は…」

 

溜め息をついた。

ワシの周りに居る奴は、どいつもこいつも頭残念でかなわんわ。

 

「ん~、それなんじゃが」

髭を扱きながら、どうやっても笑みが溢れる。

 

「真菰は死なんぞ」

そうじゃ、死ぬ道理がない。

 

「二時間。これ、なんの数字じゃと思う?」

 

「う、うむ?」

 

「ワシの息子、雷月と言うのじゃがな?雷月は筋金入りの頭残念でなぁ。本人曰く産まれる前から雷の呼吸を知っておったらしい。最低限の身体が出来上がる七つの頃に全集中の呼吸を常中させ、それからはよほどの事がない限りそれを維持し続けていたんじゃと。当然、寝る間もずっとじゃ」

 

ワシの言葉の意味を理解するために、左近次は数秒の時を要した。

 

「七つの頃に、常中…全集中の呼吸を。常中だと?」

 

有り得ない話じゃもんな。

無理はない。

 

「アレは、己の体重と同じだけの岩を背負って生きるような苦行だぞ、七つの童子が行える筈がない」

 

「そうじゃな。ワシも思った。このアンポンタンはまた糞ド級の大法螺吹かしおって、とな」

 

じゃが。

 

「身体の造りからして違うのよ。ワシともお前とも、歴々の柱と比べても違う。ワシらは呼吸によって身体を鍛え、作り上げていくのじゃがアレは違う。アレは呼吸が先にある。あの子の身体は呼吸を成す為に造られ、人生の全てをかけて磨かれておる」

 

今思い出しても指先が震えるわぃ。

 

「二時間。それがあの子の、一日の睡眠時間じゃ」

 

左近次以外には一生言うことは無いだろう。

ワシは、己の苦悩を込めて口を開いた。

 

「眠れぬらしい。これはお館様からも厳に口外を禁じられているのじゃが、御主ならばかまわぬ。あの子はな、未来を知っているらしい。ハッキリと知覚したのはワシと出会った頃との事じゃが、それ以前からその重石はアヤツの人生を狂わせておったのじゃろう」

 

おかしい、と思ったのは弟子に引き取って一週間。

 

朝の三時には起き出して朝食の準備に稽古の支度、四時からはワシも床を起きて二時間ほど訓練に励む。

それからようやく朝食を済ませ、すぐに稽古を再開する。

 

昼食を取り、更に稽古。

 

型の反復から彼奴の苦手とする戦闘での思考の読み合いや座学。

あらゆる稽古を通り越し、五時にワシはお役御免となる。

 

アヤツはそこから夕食の支度に風呂の用意。

働かせ過ぎと言われそうじゃが、ワシもその頃には疲労困憊じゃし、そこは躾の一部じゃて、外野の文句は聞かぬ。

そうこうする内に七時じゃ。

 

当然、日も暮れる。

多くの人と同じようにワシは床につく準備をするのじゃが、アヤツは独り稽古に出かける。

 

月の光が無かろうが、雨の日だろうが、雪の日だろうが。

 

ワシが何と言っても止めようとはせず、必ず出かけ、帰ってくるのは日付が変わるその頃よ。

 

最初こそ外で息抜きをしておると思うておったのじゃが、これはおかしい。鎹鴉に後を追ってもらいようやくわかったのじゃが、アヤツは毎夜、己がかつて生活し、鬼に全てを壊された寺へ向かっておった。

 

その距離は優に五里(20km)を超えておる。

 

雨も雪も無く、山へと続く険しい道を当時数えで十歳の子供が、ただの一日の休みもなく通い続けるなど、鬼が出ると吹いて廻るほうがまだ信憑性がある話よ。

 

死んでしまう。

 

そう思ったのじゃが、当の本人は至って健康。

ワシはそれこそ、気が狂いそうになったわぃ。

 

 

 

重すぎる。

 

この子供の背負うモノの、なんと過酷なるな重さか、と。

当人はその重石を、苦痛を完全に己の一部にしてしまっておる。

 

あんな小さな背中で、未来等と言う見えもしない命を背負い、それでも決して折れてはならぬと奮起して。

全身の穴と言う穴から血を流しながら耐えておったのじゃ。

 

 

 

「なんと、言う」

 

「しかもな、アヤツが知る未来で鬼舞辻が倒される為の過程として、アヤツ自身が鬼となる必要があったのじゃと。救いの無い話よ。それを理解して、それでも折れぬ、折れることを己に許さぬあの高潔な魂を、ワシは信じる」

 

結局のところ、子供を信じる以外親に出来ることは何もないのじゃからな。

のう、左近次。

折れて腐った親父の背中なぞ、見せて許されると思うなよ。

 

最終選別?

片腹痛い。

選ぶのは常に、ワシの息子じゃ。

 

 

 




無限列車のブルーレイ&DVD発売まであと僅か!

作者君は諸事情によりまだ映画館に行ってないんだよ!

鬼滅ファンとして許されないよね!

けど人間イロイロあるのさ!!

ファンブックを買ったのはこの本を書き始めた数日後だったり、未だに3巻から7巻まで単行本を持ってなかったり。
今日なんてやっとのことで12巻を買って密璃ちゃんのオパイパイにニッコリしたんだよ(^^)d

あ、せやせや。
この小説もようやく動き始めたし、自分には信じられないほど多くの人が読んで下さってるのですよ。

9割が原作のおかげなのですが、それでも嬉しいし。
嬉しいし、いつまでも「俺、雑魚ですゆえ」なんて言ってられないので、自発的に宣伝することにしました。

微力極まりない支援ですが、鬼滅から受け取った感動を少しでも還元できることを願ってこれからも励みます。

てか、気が付いたら1時40分なの。
明日もお仕事なの。
ナノなの。
( ゚∀゚)ノシ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。